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「ゼノさん、犬を飼ってもいいかしら」
「犬?構わんが…」
「ふふ!ありがとう!嬉しいわ!」


思えば、これまで名前が俺に欲しいものをねだってくるなんて無かった。しかもそれが動物とは。名前は俺と違って仕事をせず、ずっとこの家にいるから寂しい思いをさせているんだろうか。仕事に行く時は毎回必ず玄関まで見送りをしてくれる。俺を送った後、彼女がどんな思いであの暗い廊下を一人で歩き戻って行くかなんて、考えたことも無かった。


「本当に嬉しい」


なんて愛らしい笑窪を浮かべながら言う彼女からは想像もしないがもしかしたら俺が行った後、泣いていたのかもしれない。



「名前…お前、誰かに虐められたりしてないか?もしかして、執事達に虐められてるんじゃ…」
「そんな事無いわ!皆さん本当に親切なの」
「ならいいんだが…」
「ゼノさん、私本当に大丈夫よ?犬が欲しいだけなの。私、小さい頃から犬に芸を教えるの得意だったのよ!」


珍しく自信に満ち溢れたように胸を張る名前は本当に犬が欲しいだけのようだ。


「犬種は何がお好み?」


と楽しそうに尋ねてきた。名前は可愛い物が好きだから小型犬になりそうだ。いや、前に実家を訪ねた時に家にいたのは大型犬が多かったな。


「君の好みに任せるよ」


確かにそう言った。




***



何週間か経ったある日、名前がついに犬を連れてきた。


「ゼノ、こっちよ!ついてきて!」
「分かった分かった」


興奮気味に俺の手を握り、庭へと引っ張る名前の機嫌は今まで見てきた中でダントツ一番良い。なんと愛らしい。こんなに喜ぶのならもっと早く犬を飼わせてやればよかった。


庭へと続く扉の前に着くと名前はくふくふと高揚した気持ちを抑えきれないように愛らしい笑いが零れていた。それとは対照的に、扉の傍に立つツボネは申し訳なさそうに「止めはしたのですが、」と眉間にシワを寄せ何とも言えない表情をしている。

一体どういうことだ。
だがそれは庭についてすぐ分かる。






「…名前」
「はい!」
「これは… 犬か?」
「勿論ですよ、まだ子犬なんですって!それでも私より大きいの!可愛い子でしょう?」


黒い目を光らせ細長い顔のソレは子犬にしては随分と大きく、逞しい。名前の背丈と同じか、それ以上だ。

ハンター協会に祖父・マカと出向いた際(仕事で呼ばれた祖父の付き添いとして何故か名前が選ばれて一緒に行ったらしい)、そこで危険保護種として協会が持て余していた“犬”の容姿に近い生き物を名前が引き取ったらしい。

危険保護種の動物を一般人に渡すのはどんなハンターだと独り言のように呟くと


「ネテロさんというおじいさまが譲って下さったわ。“お嬢さんなら大丈夫そうだ”って、ハンターの方にお墨付きを頂いたのよ!」


ハンターに褒められちゃった、なんて可愛い笑窪を浮かべながら嬉しそうにするが、俺はちっとも面白くない。他の男に褒められたくらいで喜ぶのはやめてくれ。


「名前は、そうね…“ミケ”にしましょう!」



これが後にゾルディック家の番犬となるミケとの出会いである。





2020.09.01