『アキきらい』 全身の血の気が引いた。 隣にいた姫野さんは「おーっと…」と気まずそうに俺から距離を取る。 後ろで聞いていたデンジは「早パイ何したんだよ!」と叫ぶ。 俺が叫びたいから黙っとけ。 だがデンジの言う通りだ。 俺、何したんだ。 俺は現場に向かった先に名前がいて、挨拶代わりに尻を触っただけだ。 普段なら『わっ!もうアキ!』と顔を赤くして怒る名前が見られるのに。 振り返った名前の顔に感情は無く、淡々と 『アキ、嫌い』 そう言った。 朝、普段より遅く起きてしまったせいでお前が作ったコーヒーを飲まずに家を出たからか?やっぱり謝罪の連絡を入れておけば良かった。 出勤して立て続けに二件入って忙しかったからと言って悩んだ挙句しなかったが、こうなるならやっぱり、連絡しておけば良かった。 「…名前、あの」 『何?』 後ろから声がして振り返ると、 きょとんとした名前がいた。その隣には俺から距離を取った姫野さんがいる。 二人目の名前の声に弾かれるように振り返ったデンジとパワーが「オバケだ!!」「わしは怖くないがの!!」と言いながらも慌てふためいている。 もう一度、前を向くとやっぱり無表情の名前がいる。 と、いうことは… 「化け狸か」 目の前にいる無表情の名前を見ながらそう呟くと、 《あっくんはまだまだ詰めが甘いのだ。》 目を三日月に曲げ、口元をにやりと上げた。 コイツは名前の契約している二体目の悪魔である、狸の悪魔。ちなみに日本で“化け狸”と呼ばれているのは全て狸の悪魔だ。俺のことをどこまでも嫌っているようで、人に変化する能力を持っている為名前に化けては俺に何か仕掛けてくる。 《名前、今日はもう終わりだな?》 『あ、うん。もういいよ。また呼ぶね』 《むふふ! じゃあの、あっくん》 そう言うとぽふん、と音と煙を残して消えた。 「消えた!」 「消えたぞ!」 デンジとパワーが叫ぶ。 『なになに?どんな状況?』 名前はそっと隣に近づき、俺の顔を下から覗き込む。その表情は楽しそう。先程の無表情で俺に「きらい」と言ったあの姿を思い出し、心臓が縮み上がるほどきつく苦しくなった。 「朝、コーヒー飲まなくてごめんな。もう寝坊しねェ。」 『え、ああ、うん。別にいいよ。 ていうかどうしたの?飲まなかったの、今日が初めてじゃないじゃん』 「うん…今までもごめん」 きゅっと名前の手を握った。 『ええ〜?!益々状況が分かんないんだけど!』 「…ま、アキくんが反省してるってことよ」 姫野さんはどうでも良すぎたので小さくなった煙草を捨て、一本、また煙草を口に咥えるとライターで火をつけた。 2020.11.25 |