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アキが死んで変わったことが少しある。






今私はデンちゃんとは一緒に住んでいない。というのも、あの後すぐに公安を辞めたから。





それから、お腹の赤ちゃんは死んだ。






病院に行った時には既に赤ちゃんの心臓の鼓動は止まっていたのだ。















ただ、家族が欲しかっただけだった。




アキとデンちゃんとパワーちゃんと、

それから産まれてくる赤ちゃんと

皆で過ごせる日を楽しみにしていたのに。










仕事も無い。

家族もいない。






それでも、

私は生きている。























『あ、デンちゃん』
「お、いた」




今でもデンちゃんとは時々会う。

場所はデンちゃんとパワーちゃんと初めて会った時に来た、あのファミレス。




「体、大丈夫かよ」
『うん。最近はご飯もちゃんと食べれてるよ』
「なら良かった」




赤ちゃんが死んだと分かった日から、それまで赤ちゃんの為にと栄養のある食事をしていたのに食べる意味が分からなくなり、一時期は全てトイレに吐き出してしまうようになっていたのだ。




『デンちゃん何食べる?ハンバーグ?』
「んー…今日はオムライスにする。」
『じゃあ私はチキンサラダにしようかな』
「ウサギのエサじゃん」
『いいでしょ』
「腹いっぱいになんの…?

すんませーん」




デンちゃんはお店の人を呼んで注文をする。
最後に「お願いします」と付ける。

アキに教えられたからだと以前話していた。




デンちゃんはアキが死んでから私を酷く気にかけてくれている。


体調の悪い私と一緒に病院にも付いてきてくれた。

赤ちゃんの供養も一緒にしてくれた。


デンちゃんは、きっと……





『…デンちゃん、もう会うの辞めよっか』
「え……」




酷く驚いたような、悲しい顔をした。




「俺、なんか名前ちゃんが嫌になるようなことしちゃった…?」
『ううん。デンちゃんはすごく優しかったよ。いつも私が一人にならないようにしてくれてたよね』
「じゃあ、」




ふと、彼らとの日々を思い出す。

初めのうちは家にデンちゃんとパワーちゃんだけにならないように私とアキが交代で彼らを監視、というよりお世話をしていた。

デンちゃん達が来たあの日から一人で過ごすことなんて滅多に無くなったのだ。



それから過ごしていくうちに、私達は確実に“ 家族 ”になっていた。普通とは違うかもしれない。それでも私達は一つの家族だった。




ひとりぼっちの寂しさなんて、忘れてたなぁ。







『もう私は公安じゃないからデンちゃん達とは一緒に住めない。でもこうしてデンちゃんと時々会うとさ、その度に思い出しちゃうんだよ。デンちゃんとパワーちゃんと、アキと…過ごしてきたあの毎日をさ。
そしたら家に帰った後、一人になると物凄く、寂しくなるんだよね』




こんなの私のわがままだって、分かってる。

へへ、と笑った私の笑顔は引き攣るようなぎこちない笑みで、流石のデンちゃんにも私の無理矢理さが伝わったみたい。そのまま口を詰むんで黙ってしまった。


その時タイミングが良いのか悪いのか、頼んでいたオムライスとチキンサラダが運ばれてきた。


私達はぎこちない空気感を保ったまま、目も合わせず無言で食べ物を口へ運んだ。








***





『今日は会ってくれてありがとう。
…風邪とか引かないようにね、体に気をつけて』
「……」




お会計をして店を出る時も、まだデンちゃんは納得いかないようで眉間に酷くシワを寄せて黙ったままだった。

やっぱり私が急に『もう会わない』なんて言ったから怒っているのかもしれない。

一度視線を下に向けてさっきのナシにしよう、と言おうか悩んだ。




いや、でもデンちゃんは私と会っている間はアキからも、私からも逃れられなくなってしまう。














結果だけを見ればデンちゃんはアキを殺したということになる。


でもそれはそうであって、そうではないのだ。

それは私もよく分かっている。何度もデンちゃんには『正しいことをしたまでだよ』と話したが、納得している様子は無い。

あの時も今みたいに眉間にシワを寄せていた。







デンちゃんが私に優しくしているのは、
きっと罪滅ぼしなのだ。



もう、誰かに囚われて欲しくない。





『それじゃあね、デンちゃ……』
「やっぱり、嫌だ」





視線を下げたまま、デンちゃんは少し強い声で言った。





「俺と会うと、一緒に暮らしてた時のことを思い出して寂しくなるのは分かった。けど、それでもう名前ちゃんに会えねェのは、嫌だ」





ようやく、デンちゃんと目が合った。

真っ直ぐに私を見るその目は、まるで泣き出す前の小さな子どものよう。





「名前ちゃんが会いたくないなら一ヶ月、いや二週間くらい会わねェよ。でも、その後はまた会いたい。
名前ちゃんと話してる間だけ、俺は、皆で一緒に暮らしてた時のこと思い出せて幸せになれる。糞みてェなことを忘れられんだよ」





そっか。

苦しいのは私だけじゃない。デンちゃんもやっぱり今を生きるのに苦しんでるんだ。




「名前ちゃんが前みたいに元気になったら、その時はまた名前ちゃんの飯食いてェし…」
『…昨日は夜ご飯、何食べたの?』
「…ポテチ」
『お菓子は夜ご飯じゃないよ。

…アキがいたら、怒られちゃうね』





そう小さく笑った私に、
デンちゃんもつられて小さく笑った。





『せっかく、決心が付いたと思ったのになぁ…』




デンちゃん、私もだよ。

デンちゃんと過ごすこの時間だけ、君に名前を呼ばれるだけで、少しだけ心が満たされる気がしていた。




『今日は名前ちゃん特製のお好み焼き作ってあげるよ』
「!! マジか!」
『お家に材料ある?どうせ無いんでしょ?』
「あるわけない!!」
『ほら、買い出しに行くよ。荷物は全部、デンちゃんが持ってね』
「っしゃアー!!名前ちゃんのお好み焼き!!!!」
『デンちゃん!ちょっと静かに!』







帰ろう。



明日になれば、大丈夫って笑ってるかな。







2021.08.13 end