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アキの腕が無くなった。




アキ達が地獄に落ちて、闇の悪魔と対峙した際に両腕を無くしたらしい。一本くっついたからまだマシだとアキは話していたが、名前は大泣きした。

生きていただけ“ マシ ”だと思えばいいのだろうか。腕が一本くっついただけ“ マシ ”だと、有難いと、思った方がいいのだろうか。
そんなわけは無い。こんな仕事に就いていなければアキは腕を失うことも、子どもの未来を一緒に見ることが出来ない今を悔やむことも無かったのだ。

もう自分を包むように抱きしめたあの二本の腕は無い。




『もう仕事辞めてよ、一緒に生きようよ』



大粒の涙が床にぽたぽたと落ちていく。
名前はアキの無くなった腕に縋るように萎んだシャツを強く握りしめる。その姿から目を逸らすようにアキはもう一本の腕で名前の体を抱きしめた。





アキには考えることがもう一つあった。パワーのことだ。

闇の悪魔と対峙してから、パワーは酷く怯えている。パワーがあまりにも怯えて可哀想な為、名前は日中ずっとパワーの相手をしている。甲斐甲斐しくパワーの世話をする名前は母親のようで、アキも名前が良いならと見守っていた。しかし図に乗ったパワーが「名前の膝の上でしか食べん!!」「名前があーんしてくれんと食べん!!」「歯磨きの最後は名前じゃないとイヤじゃ!!」と主張し始め、腹が出てきた名前の負担になってはいけないとデンジとアキもパワーの世話を担うことにした。

特に夜、寝る時はパワーは名前と寝たがったが、突然叫んだり暴れ出したりするパワーと一緒にするといつ腹を蹴られるか分からないとアキは懸念し、それだけは許さなかった。




『おはようデンちゃん』
「おはよ…」
『昨日もよく叫んでたね』
「そーなんだよ…パワーの奴、夜中もずっと叫んでてあんまり眠れなかったぜ…」



洗濯物を干し終え、よしよしとデンジの頭を撫でる名前の姿をアキは眺めた。

一時食べては出すばかりだったツワリもようやく落ち着いて腹が出てきた。赤ん坊が育っている証拠だ。これからは名前の負担が減るように家事の大幅を担いたいところだと思っていた矢先、今度は自分が腕を一本無くしてしまった。つくづく彼女には苦労を掛けている。

ぼんやりと負い目に感じていると、デンジの部屋からパワーの喚く声がまた聞こえてきた。デンジが暴れるパワーを取り押さえると、パワーは「口の中に何かおる!何かおるんじゃあ!!」と泣き叫ぶ声がリビングにも響いた。名前は皆がリビングに来れた時にすぐ食事を始められるように朝食の準備を進める。

ふと先日マキマに江ノ島旅行に誘われたことを思い出した。



「お腹がもっと大きくなって、赤ちゃんが産まれたら旅行なんて早々行けなくなるんじゃない?一緒に行こうよ」
『…アキやデンジくん達を差し置いて旅行に行くなんて、私には出来ません』
「早川くん、一本は腕くっついたよ?」



軽々しくそう放ったマキマに名前は酷く傷付いた。



「…行かないの?」
『すみませんが、今回は行きません』
「そう… 残念だなあ。名前ちゃんと海で水着着て泳ぎたかったなぁ」



ビームも暴力の悪魔も、沢山の人が死んだことを聞いた。そんなことがあった後にこの人はもう旅行を考えている。喪にふくす、なんてこの人の中にはきっと無い。いや、それは名前がおかしいのかもしれない。岸辺の言う通り、常識ある者がこの世界で生き延びるのは難しいのだから。

マキマさんってこんな人だったっけ。前はもっと優しくて、素敵な人だったような気がするのに。



「名前〜〜〜!!!デンジが嘘つくんじゃあ〜〜!!!」
「嘘じゃねーよ!!」
『おはようパワーちゃん』



パワーとデンジの声で現実へと引き戻される。



『ほら、アキがオムライス作ってくれたよ』
「んんん〜〜」
『パワーちゃんには特別にケチャップでハート書いてあげる』
「ニャーコがいい…」
『いいよ』



ケチャップで手早くネコを描く名前の手元をパワーはじっと静かに見つめた。横から「オレ星がいい」と言ってくるデンジにもいいよと笑みを浮かべて相槌を打つ。パワーとデンジのオムライスを特別仕様にケチャップで彩った名前の姿が、アキを癒す。きっと自分一人ではこんなふうにパワーだけでなくデンジの機嫌までも取ることは出来なかった。



『あっくんのはハートにしようね』
「やめろ」
「良かったなあっくん」
「やめろ」





***





西大久保平市立記念病院。

先日までアキも入院していたそこに、天使の悪魔にとって珍しい来客が訪れた。



『天使くん』
「…君は、」



アキとバディになったばかりの頃、サムライソードの討伐の時に一度だけ共にゾンビをひたすら倒したことがある。その後は妊娠が分かって現場から離れたと聞いた。あの時は分からなかったけれど、今ではその膨らんだ腹に生命が宿っていることは見て分かる。



『名字名前です。ゾンビの時以来だね』



デビルハンターにしては似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべたその女が、天使は少し苦手だった。



『アイスクリームが好きってアキに聞いたけど、ここの病室に冷蔵庫って無いからやめたんだ。リンゴとか食べれるかな』
「いや、要らない」
『そっか。ならお見舞いの果物置いていくから誰かにあげてね』
「君んちの方が食べる人多いんじゃないの」
『天使くんの為に買ったんだから』



名前が棚に果物が入ったかごを置いて椅子に座ると、天使は思い当たる節に口を開いた。



「早川アキのことでしょ」



名前は足元を見つめたまま、うんと少しだけ口角を上げて呟いた。



「僕にはどうして欲しいの。言うけど彼、結構頑固だから僕には何も出来ないよ」



悪魔にしては理性的でよく人間を見ているな、と中性的で小柄な少年のような天使の悪魔を名前は見つめた。時々、アキから彼について話を聞く。仕事に対しては怠慢、でも仕事の合間に食べるアイスクリームを凄く好んでいる。

アキは悪魔嫌いだ。だが天使の悪魔に対しては嫌悪感を抱いていない。守ろうとしているところがある。それが全てだ。



『天使くんにしか頼めないお願い事があるの』
「…僕にしか出来ないことなんて、限られてるでしょ」



名前はアキのことを頼むならマキマではなく、彼しかいないと思っていたが、やはりその直感は正解だと感じた。

天使の悪魔は名前とふと目が合った時、未来の悪魔なんていなくても直感でこれは面倒臭いことになると予感した。



『早川アキを、殺して』



ほらやっぱり。
天使の悪魔は息を吐いて肩を落とした。



2021.02.07