あれから名字さんと何度か悪霊退治をした。そして分かったことが四つある。 一つ、俺には霊感は無い。 二つ、名字さんはとにかく霊感が強い。霊感が全く無い俺でも名字さんが俺に触れる、もしくはとてつもなく近くにいるだけで視える程だ。 初めて悪霊という存在を身を持って知ったあの日は名字さんが近くにいたことと、あまりに強い瘴気であったことから視えたようだ。 三つ目、蛸は悪魔だからか、霊を消すことが出来る。詳しく言えば蛸でぶった切ると霊が消える。 つまり俺には除霊する力は無いが、俺が契約する蛸にはその力がある。 そしてそれを可能にするには名字さんの視える力が必要になる。と、いうことだ。 『吉田くん、お願いしたいことが…!』 昼休み。申し訳なさそうに俺の元を訪ねてきた。 四つ目。 それは名字さんはその力の強さ故なのか、名字さんの命の危険にも関わる程の瘴気を持った悪霊に取り憑かれやすいということだ。 これが本当に厄介で… ある時は名字さんの足に何かデカい怪物に掴まれ爪で抉られたような爪痕を残され、またある時は名字さんの目玉に憑こうとした霊の手がずっと名字さんの目を覆い右目が見えないということもあった。 「今回はどうしたの」 『左耳の所に、いるの』 気まずそうに右に目を背けた名字さんは俺の腕をそっと掴んだ。こうすれば俺にも視えるようになるからだ。 「……おぉ…」 『いるでしょ…』 いる。 名字さんの左側、頭の傍にぼんやりと黒い霧のような粒子が集まっている。 名字さんにはこれがもっとはっきりと視えているらしく、人の形をしているらしい。 一度好奇心からもっとはっきりと視てみたくて橋本さんに頼んだことがある。やめた方がいいと名字さんは言ったが俺は聞かなかった。 渋々頷いた名字さんは普段軽く触れる程度の掌に力を込めてグッと俺の肩を掴んだ。そして視えたのは今まで見ていた得体の知れない黒い霧なんかではない。はっきりと人の形をした“それ”がそこにはいた。顔に感情は無い。だがそこには明らかに名字さんだけに執着した念があった。 もう二度と見ない。俺はそう決めた。 名字さんは絶対にそれを見ようとしない。 “目が合えば心を襲われる” 彼女はそう言った。 ずっとこんなモノに一人で耐えてきたとは。 俺は改めて名字さんの精神の強さを思い知る。 あの恐怖を知ったからこそ俺に出来るのであれば早く消してやりたかった。 「…南棟の裏に行こう。あそこなら昼休み誰も来ない」 『あ、ありがとう…』 俺がそう言うと、名字さんは毎度のことながら本当に安心したように礼を言う。 そりゃそうだ。あんなもんがずっと近くにいれば頭が狂ってしまう。 南棟の裏は雑木林に覆われている。だからこそこんな所に生徒は寄り付かない。 名字さんは俺の腕を掴んだ。 相変わらず“それ”は名字さんの左側に滞留している。 「行くよ」 俺の声を頼りに、名字さんは恐怖に耐えるようにぎゅっと強く目を瞑った。 「蛸、足」 蛸は名字さんの身体ギリギリにいる“それ”をテッペンから叩き切った。 瘴気が消える。その途端名字さんは弾かれるように顔を上げ目を開いて俺を見た。 『っハア〜! ありがとう吉田くん! 蛸ちゃんもありがとう〜!』 犬を撫でくり回すみたいに名字さんは蛸の吸盤を撫で回す。蛸も割と悪い気はしないようで機嫌良く撫でられている。(表情豊かな顔があるわけではないから正確には分からないが。) 「毎日塩に塗れてきた方がいいんじゃないの。そうすれば少しは霊に取り憑かれないんじゃない」 『生きてる時日本のホラー映画を見た人にしか効かないよ』 「…ごめん、分かんねェ」 『塩を撒いたら霊が消えるっていう概念があるのって日本だけなんだよ。だからそれを知ってる霊は“あ、嫌なんだ”って気付いて何処かに離れていく。それだけのことなんだって。前にテレビの人が言ってた!』 なんて軽く名字さんは言う。 いや、自分に大いに関係してることなのに他人事だな… 『お昼ご飯、もう食べた?』 「あー、うん」 昼休みになって五分で吸収した栄養ゼリーを思い出す。 『ゼリー、好きなの?』 「え?」 名字さんは俺の昼食なんて知らない筈だ。 「俺がゼリー吸ってるとこ見た?」 『あ!!ごめん急にそんなこと言われたら気持ち悪いよね!? 見てないんだけど、ほら、吉田くん女の子から人気だから…私のクラスの女の子たちが“私も吉田くんと同じゼリー食べて共通の話題にしようかな”って…』 盗み聞きしてしまった!ごめんね!と名字さんは慌てて追加して謝る。 名字さんがクラスの女子の話を盗み聞きしたことはどうでもよかった。 「…そんなんで本当に共通の話題が出来たと思ってンのなら、残念だね その子」 どいつもこいつも、見るのは俺の外面だ。 『…吉田くんも大変だね』 なんて名字さんは眉を下げて心配そうに俺を見る。自分の方がもっと大変な目に合っているのに。つい笑ってしまった。 「一番名字さんに言われたくないよ」 『それもそうだね』 つられて暢気に笑う彼女を見ていたら、どうでも良くなる。 名字さんには不思議な魅力がある。 だからこそ、霊にも酷く好かれるのかもしれないな。 『今度、吉田くんが悪魔と戦ってるところ見てみたいなぁ』 「楽しいもんじゃないよ」 『悪魔と霊だったらどっちの方が怖い?』 「断然、霊だよ」 2020.11.23 |