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『霊って、信じますか』


宗教勧誘、もしくは新手のナンパかと思った。



***



昨日は夜遅くまでデビルハンターのバイトがあり、今日は一日ぼんやり眠たかった。授業もそれなりに聞くが、やはり眠たい。適当に栄養ゼリーを腹に入れ昼食もそこそこに机に伏した。外からは休み時間を身体を動かして楽しむ生徒の声。その声が段々遠くなっていく、そんな時だ。


『吉田くん』


誰かの声で目が覚める。ぼんやりと微睡んでいた頭ははっきりとクリアになってしまった。誰だ。

頭を上げるとそこには知らない女生徒が俺の顔を伺うように一人立っていた。見たことはあるような、無いような。同じクラスではないことは確かだ。だがそんなことはどうでも良かった。俺の眠りを邪魔したことに変わりはない。


『ごめんね寝てた時に。』
「…何か用」


俺はここ最近で一番苛々していた。


『吉田くん、デビルハンターしてるって聞いたの』
「…だから?」
『それって祓ったりも出来るの?』


祓う?一体何のことだ。討伐ってことか?
それよりも一体何が目的なんだ。
俺の容姿だけを見て近付いてくる女の子は少なくない。この子もその類なんだろうか。


「あー…うん」
『!!やっぱりそうなんだ変なこと聞くんだけど…
霊は信じますか?』



新手の宗教勧誘かと思った。

それにもうすでに俺にデビルハンターの件で話しかけてくるあたり普通では無いと思うが。


「…悪魔に困ってんならちゃんとした人に連絡して依頼した方がいいんじゃないの」
『あー…それはそうなんだけど…』


その子は目を泳がせる。
やっぱり、俺との関わりを作る為に知り得た情報を出しただけのようだ。


『公安の人も手に負えないって言われちゃって…』



その言葉に俺の興味が沸き立った。



「公安が…?」
『うん。出来ないって言われた。吉田くんならどうかなと思って』


民間で出来ない仕事が公安に回ってくるというのに。
そんなことも知らない彼女は本当に困っているようで下がり眉で俺を見る。

だが、公安も出来ない悪魔とは一体どんなものか。倒したい。公安が出来なかったことを俺が成し遂げたい。まぁ、これも彼女の嘘かもしれないが。


「…いいよ。学校終わったら“それ”見せてよ」
『!! いいの!?ありがとう!!』


俺と一度デートしたいがために嘘をついたのかもしれない。それはそれで、暇潰しになっていいだろう。


『帰りのホームルームが終わったら靴箱で待ってるね!』


寝不足だった俺の頭はその時、判断力が欠けていたのだ。

本当に。





***




彼女の名前は名字名前というらしい。隣のクラスで部活はしていないと話す。顔は普通。笑うと少し幼く見える。


「で、“それ”はどこにいるわけ」
『夜、出てくるの。場所は××町の住宅街の中で…』


夜か。まだ日没まで少しあるな。
これも彼女の俺と一緒に過ごす為の策略なんだろうか。


「まだ時間あるね。ファミレスかカフェにでも寄る?」
『う、うん!そうだね』


どこにでもあるようなファミレスに入ってとりあえずドリンクバーを頼み、俺はアイスコーヒー、名字さんはオレンジジュースを注いだ。


『吉田くんは何でデビルハンターになったの?』
「何となくだよ。他のバイトより給料の単価が高いし」
『そっか…』
「…名字さんはデビルハンターになりたいとか?」
『え?あ、ううん!そんなことじゃないんだけど…』
「そっか」


照れているのか、何なのか
とにかく話が続かない。そんな女と俺は何を話せばいいのか。


『…私のおばあちゃんなんだけどね』
「、あぁ」
『すごく霊感が強くてね。よく悪い霊にも付き纏われたらしいんだけど、おばあちゃん自分で祓うことが出来たから大事にはならなかったんだって。』
「霊感…」


何だ、オカルト系が好きな女か
だからデビルハンターをしている俺に食い付いたのか。


「名字さんも霊感あったりして」


俺がふざけてそう言うと、予想外に彼女は目を輝かせ『そ、そうなの!』と前のめり気味に言った。


『私、どうやらおばあちゃんに似ちゃったみたいで霊感が強くてね!視えるし、付き纏われるしで大変でね〜!』


あはは、と明るく笑っているが、俺は正直ドン引いていた。この歳で霊感があるだのなんだので人の気を引く奴ってまだいたんだな。そうは思っても俺は口元に笑みを浮かべて「そっか」と話を真に受けるフリを続ける。


「じゃあ名字さん、悪い霊に付き纏われて大変なんじゃない?」
『…実はそうなの』


今までにこにこと愛想の良い笑みを浮かべて話していたのに、急にぎこちない笑みとなる。


『私、おばあちゃんよりも霊に付き纏われやすいみたいで… 色んな霊を呼び寄せちゃう感じなの。だからおばあちゃんが悪い霊から守ってくれる“おまじない”をかけた御守りを持たせてくれてたの。でもその効果が持つのは一ヶ月で先週、その効果が切れたの』
「…やばいじゃん」
『そうなの。やばいの。』


名字さんが窓の外を見る。
辺りはいつの間にか日が暮れて暗くなっていた。


『だから吉田くんに倒してほしいなと思って』





***





「な、何だコレ……」



結論から言おう。
名字さんの言う“それ”は悪魔では無かった。そりゃあ悪魔でないものは公安にも対処出来ないよな。

なんて言っている場合ではない。


住宅街の暗い夜道。

影が伸びてくるように黒いもやのようなそれは名字さんの足を掴んだ。


『こ、これ!出てきた!
吉田くん、祓えそう!?』
「…コレ、悪魔じゃないよな?」
『悪魔?悪霊と悪魔って違うの?』
「違う、と思う」
『ええ〜!?そうなの!?』


振り払おうともがくが、名字さんは全く動かない。それどころかグイッと足を引っ張りあまりの勢いに名字さんは体幹を崩し地面に倒れ込んだ。いつの間にかどこからとも無く現れたそれは俺の足をも掴む。そして強い力で闇夜の影に引き摺り込もうとしていた。


『よ、吉田くん何とかならないかなぁー!?』
「な、何とかって…!」


悪魔の倒し方ならいくらでも分かる。
でも、悪霊の倒し方って何だ!?

悪霊から滲む瘴気なのか。気分が悪くなってきた。目もチカチカと見えづらくなってきて、頭がぼんやりしてくる。

とりあえずこの状況はまずい。


「…っ蛸!!」


俺の声と共に現れた蛸は、俺と“それ”を切り離すように影を叩きつける。と、身体が解放されたように軽くなった。
蛸も悪魔だから悪霊の類を倒せるのだろうか。


「蛸、名字さんも」


影から切り離された名字さんは息を切らして俺の傍へ寄ってきた。


『あ、ありがとう…』
「いや…」


蛸はまだ影を追う。そして瘴気の元を見つけたようで、足が何かに巻き付くように動いた。そしてパチンッと急に耳の詰まりが取れたかのように頭が軽くなった。名字さんもそれを感じたようで『あれ、』と同じタイミングで声を発した。蛸が戻ってきた。その動きはどこか軽快で、満足気だ。


「…お前もしかして、食ったのか?」


肯定するかのように蛸は俺のスニーカーを撫で、そして消えていった。


先程の出来事がまるで無かったかのように、住宅街の静寂に俺達は包まれる。


『巻き込んじゃって、ごめんね。
でも、本当にありがとう。凄く助かった』


名字さんは俺に向かって深々と頭を下げた。


「…“こういうの”今までもあったわけ?」
『あー…うん。』
「いつから視えるの」
『いつかな… 気付いた時には視えてた』


やっと、名字さんの話が本当だと身を持って理解した。


『でも今まではおばあちゃんがいたから何とかなってたから』


こんな得体の知れない“何か”と名字さんはずっと闘ってきたのか。
戦い方の分かる悪魔の方が何倍もマシだ。

いくらにもならないのに、命を賭けるような真似をしてしまった。


『私、霊感があること中々他人(ひと)に言えなくて…
だから吉田くんが話を茶化さずにちゃんと聞いてくれて嬉しかった。ありがとう』


だが名字さんのこの少し幼い笑みを見ると、何故か全てを許してしまえる気がした。

気をつけて帰ってね、と言い名字さんは帰ろうとする。いやどっちがだよ。


「…家まで送るよ」
『え、いいよそんな』
「また影から“アレ”が出てきたらどうするの。今度こそ名字さん、引き摺り込まれるよ」
『う"…』


特殊な体験を共にした俺達は歩き出した。


『あ、吉田くん。今日はお風呂に入ったらまず右腕から洗った方がいいよ』
「何で?」
『吉田くんの右腕に何か黒いドロドロした悪いヤツが付いてる』


もう勘弁してほしい。





2020.11.20