「どうしよう、俺、どうしよう、ナーちゃんに、どうしよう」 「どうしたんだよビーム。いつもの元気がねェな。何焦ってんだ?」 「チェンソー様、俺、どうしよう、俺…」 「ビーム」 「マキマさん!」 「!!! マ、マキマ様…!!」 「ビームに話があるの。ついてきなさい。」 「は、はい…」 「いいなビーム!マキマさんと二人っきり」 ビームはマキマと二人っきりで嬉しいだなんて感じたことは今まで一度も、微塵にも思っていなかった。これからも来ないだろう。 早く名前と仲直りをして、名前と二人っきりになりたいと考えながらマキマの後ろをついていった。 *** 「何の件か、分かるね」 「……っ」 「苗字ちゃんの件だよ」 「は、はひ…!!」 「昨日の夜、怪我させたらしいね。 本人は頑なに言わないけど、傷を見せて貰ったら明らかにビームの歯の痕跡だった。 私、君に話したよね。喧嘩する悪い子は嫌いだよ、って。」 「は、い」 「苗字ちゃんが話さないのはどうしてかな。 理由を話したら君が公安に処分されるようなことになるからかな。」 「!!!」 「でもね、私は君たちの喧嘩の理由なんてどうでもいいの。 問題はビーム、君だよ。理性を保てず、気持ちのままに悪魔になって苗字ちゃんを襲ったよね」 「は、あ、……」 「苗字ちゃんは人間なんだから。すぐに死んじゃうよ。いいの?」 「!!そ、それはダメ!!です!!」 「でも君は苗字ちゃんを危険に晒した。公安としても、そんな危ない子は置いておけないなぁ…」 「お、俺…まだ、ナーちゃんと、一緒にいたい…」 「一緒にいることで公安の人間である苗字ちゃんが死にそうになるなら、それは許されない」 「マ、マキマ様…」 その時だ。 マキマの部屋のドアからコンコン、と軽くノックの音がした。 「誰?」 『苗字です。入ってもよろしいでしょうか』 「苗字ちゃん… どうぞ」 『失礼します』 その声はビームの大好きな声のはずなのに、ビームは心臓がぢくりと痛くなり、心拍数が更に上がった。 入ってきた名前の髪は昨夜ビームに誤って噛まれてしまい、短くなっていた。背中まで伸びた長い髪は、今やベリーショートになっている。頬には擦り傷を止血する為、ガーゼが貼ってある。 大好きな人をそんな姿にしたのは ビーム自身だ。 「どうしたの苗字ちゃん。今日はデスクワークの日じゃなかった?」 『ビームくんの姿が見えなかったので、職務放棄かと思い、探していました』 「そう。ビームなら君を傷つけた罰として処分しようか検討してたんだよ」 名前の肩がぴくりと動いた。 普段、感情があまり読み取れない彼女が反応する姿はマキマにとっても、とても興味深いものだった。 『お言葉ですが、昨夜の一件はビームくんが原因ではありません。』 「!!ナーちゃ……」 「詳しく話す気になったの?」 『詳しくも何も。…帰りに釣りをしていた時に釣った魚と激闘の末、髪を食べられ、頬を擦りむいただけです。』 その言葉にビームの思考は止まった。 マキマも予想外な名前の言葉に、聞いた言葉を再度脳内で再生させ咀嚼する。 「…苗字ちゃんの髪を食いちぎるなんて、随分大きな魚だったんだね」 『そうですね。 魚だって、感情があるのでそんなこともありますよね。』 「……じゃあ今回の件とビームくんは関係無いってことかな」 『そういうことですね。私が勝手に怪我をしただけです』 「……その魚はどうしたの?食べたの?」 『いいえ。』 名前の視線がビームに行き、この日初めて二人の視線が交わった。 『和解して、私が水槽で飼っています』 「そっか。 ……ビーム」 「!は、はい!」 「今日はデスクワークだから、苗字ちゃんにやり方を教えてもらうんだよ」 「ハイッ!」 「苗字ちゃん」 『はい』 「餌のやり忘れには気をつけてね。いくら感情があるからって、油断してるといつ自分が食べられちゃうか、分かんないよ」 『肝に銘じておきます。』 ビームには何のことだが分からなかったが、ゆるりと名前に繋がれて引っ張られるようにマキマの部屋を離れていく。 部屋を出ていく時に名前と同じように「失礼しましたっ」と言う事が出来た。 あんなことがあってもやはりビームの頭の中は名前に誉めて貰いたいと思うばかりであった。 *** 名前が手を繋いでくれているものの彼女との距離はどことなく遠く、 マキマの部屋から職務デスクへ向かう廊下はビームにとってはいつもよりも長く感じた。 だが名前にとっては足取りは軽かった。 何せ今回のビームとの喧嘩は名前が悪いと自負していたから、マキマという大きな難関を突破出来て安心していた。 名前はそのままビームと屋上へ行く。誰もいないことを確認して、ビームと向き合った。 『ごめんね、ビームくん』 「!! な、何でナーちゃんが謝るの?!悪いの俺!ナーちゃん悪くない!」 『ううん。昨日せっかく泊まりに来てくれたのに私がイライラしちゃったのが悪い。せっかくビームくんが優しくしてくれたのに、私ってば……』 「ナーちゃん! 俺、ナーちゃんのこと大好き!」 『え、あ… わ、私も好きだよ。どうしたの急に』 「優しいナーちゃん可愛い!怒ったマーちゃん怖かった!でも好き! 俺、どんなナーちゃんでもずっと大好きでいられる自信ある!でも、ナーちゃん死んだら意味無い!絶対言わないで!」 『ビームくん…』 名前はその言葉がどれほど嬉しかったことか。 ちゃんと、必要とされている。それが嬉しかった。 今まで三度に渡り、バディが変わってきた。 バディが死ぬ度に“また、生き残ってしまった”という思いが強くなる。 特に強いわけでもないのにどうして私が生き残ってしまったんだろう。 死んだあの人には小さな子どももいる家族が。彼女には闘病中のお母さんが。彼には先日私をビンタするまでに愛してくれる彼女がいた。 私にはそんな人、誰もいない。 家族は銃の悪魔に殺された。私を心配する人なんて誰もいなかった。 でも、今は違う。 私には、ビームくんがいる。 「絶対死なない!ナーちゃん、約束して!」 『…絶対死なないなんて、分かんないよ』 「何で!ナーちゃんが死にたいって思わなきゃいいだけ!それにナーちゃん危ない時、俺がすぐ助ける!」 『…そっかぁ』 デビルハンターが絶対死なないなんて約束するの、面白いね。 それでも死にそうになった時は、本当にビームくんが助けに来てくれそうな気がする。 『ビームくん、魔人だけどヒーローなんだ』 「ほら早く!約束!ゆびきり!」 『そうだね。約束。』 私達は小さな子どもみたいに小指同士を絡ませ、指切りをした。 その三週間後、デンジ達と地獄に落とされた二人。 ビームは名前を守るように身を呈したが、名前は死んだ。 それでも名前は最後まで約束を守り、最期まで一緒にいてくれたビー厶のことが誇らしく、彼女の屍の唇はビームの名前の最後の音を象るようにして、冷たくなっていた end 2020.10.14 |