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名前が魔法使い狩りにあった一件から半年が経った。名前はあれから自分を変えたいと思い、魔法を使わずホールで暮らしている。


「名前、今日は食材を買いに行くぞ!」
『はい!』


ニカイドウの空腹虫の二階に居候する名前はバウクスの元で魔法被害者病棟の病院食を作ったり、ニカイドウの手伝いをしたりして生計を成していた。その合間にニカイドウに闘い方の稽古をつけてもらっている。

魔法を使わず料理をすることは初めこそ手間が掛かるなと思う名前だったが、元々能井ほど短気でも無く名前にとって魔法は生活の必需品でも無かったので、すぐに生活に慣れることが出来た。


だが、心残りなのは能井と心のことだ。






***





襲われた名前を能井が魔法で治療したあの日。ぼんやりとした名前の脳がクリアになり話せるようになる頃には、心は今回名前を襲った三人をとっくに捕まえ輪切りにし、名前の足元に並べられた状態にあった。


「名前、コイツらで間違いないか?」
『…はい。この人達です』
「ほら、言えよ」
「「「す……すみませんでした…!!!」」」


名前は静かに三人を見つめた。輪切りにされて心に催促されて謝る三人は、名前を嬲っていたあの時の楽しそうに下品に笑う姿は微塵にも感じられない。
心の視線、少しの仕草にさえも酷く怯えている。


『…貴方達、』


名前が言葉をそっと放った途端、魔法被害者の男達は矢継ぎ早に命乞いを始めた。


「わ、悪かった、だから頼む!!!俺達を見逃してくれ!!」
「お前を殺したわけじゃねーだろ!?な!?」
「どうか命だけは!!!」



なんて憐れなんだろう。

強い力の前では、弱い力とはこんなにも必死なものか。


名前はベッドの柵を支えにゆっくりと立ち上がる。


「お、おい。名前!?どこ行くんだよ」
『…トイレ』
「そうか…、」


能井は名前の答えた言葉にどこか違和感を感じた。目を合わせずに彼女らしからぬぶっきらぼうな物の言い方なのか、はたまた誰にも頼ろうとせず何処かへ行こうとする姿なのか。


「名前、コイツらどうする」



心の言葉に名前はぼんやりと考えた。


自分には、どうすることも出来ない。
力が無ければ自分の身さえ守れない。



『…心さんの好きにして』
「…分かった。…名前、俺に任せとけ」



その言葉がどれほど頼り甲斐があって、
どれほど自分の無気力さを感じたか。

まだふらつく足は一人では歩くことさえ難しく何かを頼ってでしか歩けない。名前は壁に沿って歩き出す。

名前がトイレになど目もくれず、前を通り過ぎる頃には廊下にまで男の断末魔が聞こえてきた。


このまま魔法使いの世界に帰って心達と一緒に過ごしても、自分が惨めになるだけだ。


こうして名前は心と能井の前から消えたのである。


勿論能井と心はその後すぐに名前の居場所くらいすぐに見つけた。だが彼女が治ったばかりの身を引き摺ってまで自分達から離れたその気持ちを理解しているからこそ、知らないふりを貫いている。

まさか半年も離れるなんてこの時は思わなかったが。




***



「名前、そろそろ帰らなくていいのか?」
『…私、もしかして迷惑掛けてる?!』


名前は空腹虫で暮らすようになって既にお手の物となった丸々太った豚の解体を丁度終え、ニカイドウの方へ振り返った。片手には豚の血が付いた大きな包丁を持って。ニカイドウは笑いながら「とりあえず包丁置けよ」と伝える。


「迷惑なんかじゃないよ!ココの手伝いをしてくれて本当に助かってる!業績も名前が来てから右肩上がりなのは一目瞭然だ!
でも、もう自分の身くらい守れるようになったじゃないか。さっきも名前一人でワケの分からん強盗から豚を守ったろ?」
『あ、あれはニカイドウちゃんが後から来たから強盗も気まずくなって…』
「バットを使って一撃だったのちゃんと見てたぞ!
名前、お前はもうあの時の名前とは違うよ。…あの日ちゃんと私がカイマンなんか放っといて名前についていればとずっと考えていたんだ。」
『そんな…
あれは私が弱かったからよ。だから自分の身くらい守れるように一人ホールで暮らして鍛えるつもりだったのに、
結局ニカイドウちゃん達のお世話になってるね』
「そんなの気にするな!
…ま、ここにはいつまでも居てくれていいからな!その分は働いてもらうけど!」


なんて快活に笑うニカイドウにつられて名前も笑う。


「それにしても名前は飲み込みが早いな!私も教えがいがあったよ!」
『本当!?』
「あぁ!すぐ覚えて実践出来るから驚いた!これなら魔法使いの世界に帰っても守られるばっかりじゃなく済みそうだな!」
『だと、良いなぁ』


素直に名前は徒手格闘の達人であるニカイドウに褒められて嬉しかった。
少しでも自分の身を守れる姿を能井や心に見せたら「頑張ったな」と褒めてくれるだろうか。


『決めた!
明日、お家に帰る!』
「えぇ!?また急だな!」




***





「先輩!!今日こそオレは名前を迎えに行きますからね!!」


煙屋敷。能井は自室の床に座り込みぼんやりとグラグラを撫でる心に声を張り上げた。

この半年、能井が名前の姿を黙って見守ろうと出来たのは初めの一週間だけだった。

そこからは毎日心に「様子を見に行った方が良いのではないか」「迎えに行きませんか」と必ず誘っていた。


練習にホールへ行き、魔法使い狩りに合い命を落とす魔法使いは少なくない。いつまた名前が巻き込まれるか分からない。あの時は親切なホールの住人(後にサーティーンだと分かる)が名前を助けてくれたものの、次は命を落とすかもしれない。


「もう半年経つんですよ。次煙に聞かれたら“まだワゴンで遠出してる”なんてさすがの煙も捜索隊を出すに決まってる。
…もしもまた名前に何かあったら、!」


名前がいない人生など、能井にとっては考えられなかった。



「…お前の気持ちはよく分かってるよ」


グラグラを見つめていた視線を上げて、心配そうに眉を下げる能井を見る。

勿論それは心も同じ考えであった。



「…そうだな。そろそろ様子を見に行ってみるか」
「先輩…っ!! ハイッ!
でも、先輩は何でこんなに名前のこと放っておいたんですか?」
「放っておいたわけじゃねぇよ。ただ…
名前の気持ちを大事にしてやりたかっただけだ。そりゃあ、俺が名前の足を輪切りにして歩けねぇようにして連れて帰った方が楽だろ」
「先輩!!!」
「例えばだよ!そう怒んな!」
「冗談でも名前に関してそういうこと言うのやめてください!」
「悪かったって!
…無理矢理連れ帰っても、名前はまたホールに行くのがオチだったと思うぜ。…ほら、頑固なところあるだろ」
「あ〜〜、確かに!
それを見越して名前を待ってたんですね!さっすが先輩!」
「じゃあ様子を見に行くかね」
「楽しみだな〜!!」





***



「バットは持ったか?」
『うん。ほら大丈夫!それじゃあ行くね』
「あぁ、気をつけてな。今度は寄り道すんなよ!」
『半年間も、今まで本当にありがとうニカイドウちゃん!落ち着いたらまた来るね!』
「あぁ!いつでも来てくれ!」



今回はニカイドウに見守られながら扉を出した名前はスッキリとした笑顔でニカイドウに手を振り、扉の向こうへと帰っていった。







その五分後、空腹虫のドアが開く。



「おーいニカイドウ!名前いるかー!?」
「様子見るだけなら声掛けちゃ駄目だろ」



能井と心が来たのだ。



「名前ならついさっき魔法使いの世界に帰ったぞ」
「「何だって!?」」






一方その頃、煙屋敷。



「名前さん!!?」
「名前ちゃん〜!!」
『藤田くん恵比寿ちゃん久しぶりね!』
「どこまでワゴンで売りに行ってたんですか!?煙さんなんか今週帰って来なかったら捜索隊を出すって言ってたんですよ!?」
「ボス心配しまくり!」
『それより能井ちゃんと心さんは?お仕事に行ったかな』
「ボスぞんざいに扱われる」
「会ってないんですか!?」
『え?』
「能井さんと心さんなら名前さんの様子を見にホールに行ったんですよ!?」
『えぇ〜!?どこに行ったんだろう…最後に会ったのが病院だからそこかな…
とにかく行ってみるね!』
「名前ちゃんまた行くのか〜!?」
『もし能井ちゃんと心さんがこっちに戻ってきたらそのままここに居て、って伝えて。
向こうで会えなかったら私も屋敷に戻ってくるから』
「わ、分かりました!」



名前は持っていたバットを握り締め、もう一度扉を出した。向かうのは37秒前までまでいたホール。





***




名前はまたホールへ戻ってきた。
場所は魔法被害者病棟の路地裏。



名前は藤田の話を思い出した。

煙や能井は心配性だからすぐに見つけ出されて強制送還されると名前は思っていたが、予想外に半年も自由に出来た。

藤田の話だと“様子を見に”ホールへ来たようだ。連れ戻す為ではない。きっと心が助言してくれたんだろう。


『(心さんも心配してくれたのかな)』


妄想でもいい。それでも心が動いてくれたことが宇井にとっては嬉しかった。にやけそうになる口元を押さえて、名前は能井と心を探すことに集中しようと頭を振った。

その時だ。



「お前今扉から出てきたよなァ……」


路地裏の奥から聞こえたその声に名前は振り向く。一人の青年がそこにいた。


「俺ァ魔法使いが大嫌いだ… 女だろうが何だろうが、お前が魔法使いなら殺すまでだ」
『…私、貴方に何もしてないのに』
「うるせぇ!!!お前ら魔法使いが魔法を使うからホールがこんなに腐ってんだろうが!!」


なんて理不尽な理由!と、思っている暇も無く名前は頭を動かす。こんな狭い路地裏ではバットをうまく振り回せない。名前は路地から大通りに出ようと走り出した。


「逃げるつもりかァ!?ギャハハハ!!捕まえてやるぜェ!!」


下品に笑うその男は名前を追い掛けてくる。表へと出た名前は振り返った。


「魔法でも使うのかァ?!」


馬鹿な人。何も分かっていない。
名前は大きく跳躍し、持っていたバットを握り構えた。

名前の小柄な体格では大の男一人を倒すのも力がいる。そこでニカイドウと考えたのは跳躍による重力を利用することだった。力に加え、跳躍力による勢いも入れたら名前でも男を倒せる力となる。

あとは気持ちの問題だった。
血や暴力と離れて暮らしたい等と甘いことを言い被害に合うのは自分自身だと名前は漸く分かった。他人を傷付けずに平和に、なんて言ってられない時もあるのだ。自分の身を守る為に。



『ホームランっ!』


名前はボールをバットで打つように、勢いよく男の頭にバットを振った。重たい振動がバットに響くが腕全体に力を込め振り切った。鈍い声を出して男が吹き飛び、地面に叩きつけられた。勢いで歯が複数折れて転がっている。


『これからは突然襲ったりしないでね』


気絶して泡を吹く男を見下ろし言った名前は、晴れ晴れとした気持ちだった。

自分の身は自分で守る。それがついに成し遂げられたのだ。


『…よし!』


小さくガッツポーズをする。一人でガッツポーズをしてるなんて誰かに見られてたらどうしよう。そう思いキョロキョロと慌てて周りを見回すと、


「名前」
『あ……』



心がいた。
半年ぶりに見た青い瞳は、相変わらず名前の心臓をどくどくと早く動かす。


『心さん… 今の見てた?』
「あぁ…」


名前の所まで歩いてきた心は周りの状況をもう一度見た。
名前の右手に握られたバット。
泡を吹いて倒れている男。
全て、非力だと思っていた目の前にいる恋人がやったのだ。
会わない半年で、彼女は変わり過ぎてしまったのだろうか。

名前の頬に男から飛んだ血が付いている。それが嫌に彼女を汚すように感じた心は服の袖で優しく血を拭うと、名前は嬉しそうに目を細めた。


『私強くなったでしょう?』


少し照れたようにはにかんだ名前を見て、心はどこか落ち着いた。

変わってなんかいない。


「ずっと俺に守られときゃいいだろ」
『ダメよ。心さんとずっと一緒にいるなら危険はつきものでしょ』
「あー…まぁ、確かにな」


名前の小さな身体を抱き締めた。


「会いたかった」


名前の腕が背中に回り、ぎゅっと心の背広を握る。


『私も!』


その声はどんな時にも増して嬉しそうに弾んでいた。






「せんぱぁ〜い、名前こっちには居ませんでした…よ、……」


離れたところからフラフラとしながら歩いてくる能井が見えた。
そんな能井を見つけ、名前が見ていると
目が合った。


「アア〜〜〜〜〜!!!!
名前〜〜〜〜〜〜!!!」
『能井ちゃんっ!』


心の腕から出て名前は勢いよく走ってくる能井に手を広げる。飛び込んできた能井のあまりの勢いに名前は地面に倒れ込んだ。


「どこ行ってたんだよ〜〜!!!またいなくなったのかと思ったぜ〜〜!!」
『あはは!能井ちゃん久しぶり〜!』


ギュウギュウと凄い勢いで気持ちのままに抱きしめる能井に、されるがままに名前は抱き締められた。ボキッと音が鳴り、体が痛む。


「おい、今の音…」
『あはは!アバラが折れたみたい!』
「能井!お前抱き締めすぎだ!」
「わ、悪ィ名前〜!!」



半年ぶりにようやく三人の笑う声が響いたのだった。



2020.10.26