名前はターキーが大好きだ。ターキーは人形を作る魔法使いだが、料理も上手かった。名前は幼い頃ターキーに作ってもらった食べたターキーがたまらなく大好きで、胃袋を掴まれてしまったのだ。 普段は他人に無関心な宇井だが、能井と心、それからターキーのことになると目を輝かせる。 煙屋敷の厨房の一角を借りた名前は、手際良く野菜類を切っていく。その様子を見た煙は面白くなさそうに声を掛けた。 「名前、今日はいつものつなぎじゃないのか」 『今日はターキーが来るもの!一緒に料理を作って食べるのよ。 ほら見て、エプロンだって新調したの。』 じゃーん!と嬉しそうに出して見せたのは愛らしいフリフリした白いエプロンだった。 「俺が贈ったエプロンはどうした」 『あれは…ワゴンに置いてるの。可愛いからお仕事用よ』 「そうか。ならいい」 煙は以前名前の誕生日にエプロンにキノコが総柄で入っているものを贈ったのだ。一体あれはどこへ行ったかな。密かに考える名前だった。 *** 「名前さん、お待たせしました」 『ターキーさん!お久しぶりですね!』 「お店の評判が良いようで、私もよく噂を耳にしますよ。」 『ありがとうございます!』 ターキーを目の前にした名前は子犬のように目をきらきらさせて喜ぶ。しっぽでもあればブンブン振っていたところだろう。 「今日使う豚が中々捕まらず手こずりました」 ターキーの後ろから来た煙の部下が2人がかりで豚を運んできた。大きくまるまる太っている。 『ターキーさん、これさっき狩ってきたんですか…?』 「はい。今日は名前さんに豚の捌き方も教えようと思いまして。切り落とした物だけではなく、体から離したばかりの肉を料理するのも料理人としてやっておくべきですよ」 『は…はいぃ』 名前は無駄な殺生を好まない。それに加えて煙や能井等周りの者たちが酷く過保護であった為出来る限り暴力や血などから離れた生活を送っている。 豚を捌くことは名前にとって一つの試練でもあった。酷く顔を顰めて死んだばかりの豚を見つめる名前を、ターキーは予想通りだと思いながら優しく声を掛けた。 「最近は能井さんのお仕事前の軽食も作ってるんでしょう?」 『はい…』 「捌き方を知れば能井さんにまた美味しい料理を作ってあげられますね」 これを言えば名前はどんなことだって頑張ることが出来る。名前と知り合って二十年の付き合いになるが、ターキーはこれを魔法の言葉として使っている。 『そうですね!!能井ちゃんに美味しいお料理を作ってあげるためと思って私頑張ります!!』 *** 「で、その時ハルちゃんが飛んできてですね!」 「おー」 心と能井が厨房の近くを通りがかった際、聞き覚えのある声が聞こえ、それまで能井と他愛ないことを話していた口を紡ぐ。 「先輩どうしたんですか?」 立ち止まった心を不思議に思い、先に行きすぎた能井が振り返った。集中した顔つきで耳を澄ます心に合わせて、能井も耳を澄ました。 「そうです。もっと刺して」 『こ、こうですか!?』 「…あ、名前だ!あとターキー!名前に顔出しますか?」 「…いや、いい」 「そうですか?じゃあオレは行こう〜!」 「行くのかよ」 いつもは穏やかに料理をして会話を楽しんでいるターキーと名前だったが、今日はいつもと違うようだ。 「もっと!もっと刺しなさい!一思いに!」 『うう…っ!ふんっ! ワァー!!ターキーさん!!血が!!』 その言葉に心は走る。 名前が怪我をしたのかも、その一心で。 「名前!!!」 『あ……』 そこには角の付いたマスクも、白のフリフリエプロンも、真っ赤に 赤い血しぶきを全てに浴びた名前がいた。手には包丁。 キッチン台には切り開かれた大きな豚。 「すぇんぱ〜い、何で走り出したり、 …うおおおぉ!!名前!!お前どうしたんだよその格好!!」 「名前さんと豚を捌いていたら違う所に包丁を入れてしまいましてね。いや〜こんなに豚から血が出るとは。新鮮な証拠ですね」 「暢気だな…」 暢気なターキーを能井は呆れたような目で見る。 そんな二人の会話等、名前を見つめる心の耳には入っていなかった。 普段は愛らしいエプロンに身を包み美味しい料理を笑顔で提供する印象のある名前が、包丁を持って血潮を浴びている。 そんな名前に心は興奮していた。 「名前さんもうちょっとですよ!ほら、捌いてしまいましょう!」 『新しく下ろしたエプロンだったのにぃ』 「あ、ホントだ!似合ってるぞ、名前!ね、先輩!」 『今は血まみれだけどね… どうですか、心さん』 落ち込んだ様子の名前を前に突然、心がマスクを脱いだ。 突然のことにどうしたんだと言う暇も無く一同の視線は心に行く。心は名前の血の飛んだマスクを掴み脱がせた。マスクの下の名前は何が起きているのか解らず目を点にした表情をしている。 心は名前の小さな後頭部を掴みそのまま乱暴に口付けをした。 「先輩!?」 「おやおや」 角度を変えて行われる熱い口付けに名前は脳みそがグルグル、ドロドロに溶けそうで、心が唇を離した頃には顔を真っ赤にして自分の力では立てそうになかった。 「……悪ィ、興奮した」 未だ心に腰を掴まれていないと自分の足で立てない名前はへろへろと心の足元に座り込んだ。 「おーい名前〜!大丈夫か〜!」 『ら、らいひょうふ…』 「心くん、名前さんはまだ豚捌きの途中なんですから。邪魔しちゃダメですよ」 「すんません」 心に両脇に手を入れられて立たされるもののキッチン台に手を付いて体を支えるのがやっとだった。 「なぁターキー、これ後で食える?」 「名前さんの回復次第ですけどね」 「名前ー!オレこの豚食いてえから早く作ってくれよー!」 『わ、わかった…!』 「ヨッシャー!!仕事頑張るぜー!!」 「じゃあな、名前」 何事も無かったかのようにさらりと名前の髪を撫でて心はそのまま能井と厨房を出ていった。 「心くんと付き合うことになったんですか?」 『は、はひ…』 「後で詳しく聞かせてくださいね」 「心先輩、案外情熱的ですね!」 「うるせェ…」 理性が効かずに名前にキスをしてしまった。 二人にとってあれが初めてのキスだった。 ふと我に返って思い返せば、普段の自分なら人前でキス等まずしないだろう。 「うわあぁ…!!!」 「心先輩!?」 心はしゃがみ込み頭を抱える。 頭の中には赤に濡れるあの娘の姿。 今日はまともに仕事に集中なんて、出来るはずがない。 2020.10.18 |