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十年前。舞踏会が開かれた時に煙に参加しろと言われて訪れた。何だかよく分からない民族衣装みたいなのを着て、能井ちゃんとお互いに顔にペイントをする。


「名前〜オレもう帰りてぇよ〜
家帰って名前の飯が食べたい〜」
「何を言ってるんだ能井。今からが本番だろうが」
「うるせェ!!」
『私自信無いなぁ。緊張する…』
「名前、そう固くなるな。お前ならすぐに男共から声が掛かるだろう。コネクション作りだと思って気楽にやれ。」
『んー…』
「ただし、求婚されたらすぐに俺を呼べ。そいつを殺す」
『ふふ、煙ったら。ありがとう、煙の冗談を聞いたら気持ちが軽くなった!』
「冗談ではないが……」


私も能井ちゃんも舞踏会は初めてで正直帰りたい気持ちが勝っていたけれど、当時私は家業を継いで経営者をしていた為コネクション作りとして頑張ろうと意気込む。




***



会場に着くと早速同じように民族衣装みたいなのを着た男の人に声を掛けられた。顔も知らない人。やだな、どうせなら能井ちゃんと踊っていたい。でも、煙の言葉を思い出す。

私が頑張れば能井ちゃんも幸せに暮らしていける……


『能井ちゃん!お姉ちゃん頑張るから!』
「え!?」


私は知らない男の人の手を取り、一緒に踊る。同じ歳くらいの彼は私にとても優しくて、有名な会社の御曹司だった。今仲良くしておけば、将来の仕事に繋がるかも。
栗色の目が炎の明かりでもっと明るく見えてとても綺麗だなと思った。そしてその彼に



「今日会ったばかりだけど、結婚しよう」




本当に求婚された。冗談じゃなかったんだ。

今日会った人と結婚だなんて、私には分からない。こんな感じで結婚って決まるんだろうか。

とりあえず言われた通り煙を呼び、紹介すると彼は煙に腕を掴まれそのまま何処かへ行ってしまった。






「あんた、煙さんの知り合いなのか」



後ろから声を掛けられる。振り返るとそこには金髪の男の子。私と同じ歳くらいかな。青空みたいな青い瞳。
青い瞳ってサファイアみたいで憧れる。


『煙は親戚なの』
「へぇ…
あんたの顔、ファミリーでは見た事無いな」


品定めをするみたいに私を見つめる。初めて会ったのにじろじろ見るなんて、ちょっと失礼な人!


『……そういうの聞くのは野暮だって、煙が言ってたわ』
「あ……、
俺今日が初めてなんだよ」


慌てたように下を向いて頭を掻く男の子はどこか可愛くて笑ってしまった。

またじっと見られる。よく見る人だこと。



「…俺と踊ってもらえますか」
『ふふ、お願いします』



能井ちゃんは上手くやれてるかな。




***



十年前に舞踏会に出た時、金色の髪の子を見た。宝石みたいな濃い赤い瞳だった。もしかしたら中央にあった炎のせいで本来よりも赤く見えたのかもしれない。どんな顔かはハッキリと覚えていないが、顔が物凄く好みだと感じたのは覚えている。

彼女を見つけた時に誘うならあの子にしようと思った。だが、周りも同じだったようで俺が目を離し、次に見た時にはもう別の奴に取られ、踊っていた。クソ。

急いで相手を見つけて踊らないと、悪魔に尻を刺されてしまう!
なんとかその場しのぎに相手を見つけて踊った。




***



「結婚しよう」


ふと聞こえた言葉に目を向けると、言われていたのは金色の髪のあの子だった。俺には背中しか見えないが戸惑いながら、周囲で何かを探していた。そしてそれは見つかったようで駆け足で向かった。その先にいたのは俺の雇用主、煙さん。あの人形みたいなあの子と煙さんが何故繋がるのか。


俺の興味はもうあの子だけだった。


求婚した俺と同じ歳くらいの男は煙さんに腕を掴まれて何処かへ連れて行かれた。周りの者達は踊りを止めると悪魔に刺されるので気づかず踊り続けている。


ようやくあの子が一人になった。
俺は酒を一杯煽り、一か八か話し掛けた。




「あんた、煙さんの知り合いか」



あくまで素っ気なく。

だが、振り向いた彼女の宝石みたいな赤い瞳と目が合うとそんな余裕は無くなった。何故だか惹かれてしまう。突然話し掛けられ怪しんでいるのか目が揺らいだが、柔らかそうな唇を開けて答えた。



『煙は親戚なの』


思っていたよりも落ち着いた声。小柄だからもっと幼いかと思っていたが、俺と同じ歳くらいなのかもしれない。


「へぇ…あんたの顔、ファミリーでは見た事無いな」


でかい目。唇は柔らかそう。小柄。胸……
って俺は何を考えてるんだ!!!


『……そういうの聞くのは野暮だって、煙が言ってたわ』
「あ……、」


不快感を抱かせてしまったようで、彼女は少しばかり棘のある言い方をした。うん。今のは俺が悪い。クソだせぇ。

それに比べて彼女は落ち着いて見知らぬ俺の質問に答えている。初めての俺なんかと違ってこういう場も慣れてるんだろうな。きっと、エリート魔法使いだ。



「…俺今日が初めてなんだよ」



プライドなんか捨てちまえ。
素直にそう言うと、『ふふ、』と笑い声がした。俯いていた顔を上げると目を三日月のように細めて笑っている。世界にはこんなに俺を幸せにしてくれるものがあるのか。

またじっと見てしまい、それに気付いて慌てて頭の中をクリアにした。



「…俺と踊ってもらえますか」
『ふふ、お願いします』



今思えば、あの時作法なんて無視して名前を聞いておけばよかった。





***




「はあー!?また舞踏会あるのかよ!!」
「あぁそうだ。今回も能井も参加しろよ」
「今回も名前は行くそうだぞ」
「お前また名前が行くように仕向けたんだろ!!」
「そんなことするものか。コネクションを増やして客を増やせば能井も喜ぶ、と言っただけだ」
「それだよ!!!!」


なんて言い合う(能井が一方的に煙さんに言っているだけだが)二人の話を耳に入れながら廊下を歩いて自室に向かう。



舞踏会か……
あの金色の髪の子も来るんだろうか…

いや、今の俺には名前がいる。
十年前に出会った子のことなんか忘れよう。




廊下に飾られた煙ファミリー達の写真をぼんやりと視界に入れながら歩く。
俺と能井が組んだばかりの時の写真や、もっと前の写真が……



額縁に入れられた一つの写真が目に入った。

これは若い煙さん、そして幼い能井、その隣には金髪の子… 確かこんな顔だったはず…?




「クソッ!煙の奴…!
先輩、次アイツから仕事が来たらガン無視してやりましょうね!!!」
「…なぁ能井、これって…」
「ん?あぁ!それは煙が屋敷を新しく建て直した記念に撮った時のやつですよ!
うわ、煙若〜」
「これ、お前だよな」
「ハイ!」
「じゃあこの金髪の子は…」
「それは名前です!」
「名前!?」


耳を疑った。


「でも髪の色が、」
「そっか、先輩は名前の黒髪姿しか知らないですよね!
名前は生まれた時は金色だったんスよ!オレが銀色で名前が金色で、よく周りの大人に褒められたんですよ〜!」
「名前が、金髪…」
「でも大人になるに連れてどんどん暗くなってきて、で!今のブルネットになってました!
金髪の名前と黒髪の名前、どっちが好きですか?!」


ワクワクと楽しそうな能井を横目に俺は額縁を再度見る。



「…どっちも。」
「ハハッ!流石先輩!欲張りだな〜!」




今夜の舞踏会で聞いてみよう。

俺にあの日の男みたいに求婚する勇気はまだ無いけれど、酒が無くても名前を踊りに誘うことなら出来そうだ。




2020.10.17