とある日の夕方。 仕事の合間に少し時間が出来た心は、少しでも一緒にいようと思って名前宅に来た。 ホールで暴行をされた一件がある為、最近は能井か心が名前のスケジュールをしっかり把握している。しかし彼女は心配する二人を他所に思いつきで行動するところがある。聞いていたスケジュール通りのことなんて滅多に無い。 ここ最近、名前と会えていない。 名前に限ってそんなことはないとは思っているが、ココロが離れているんだろうか。いや、そんなわけない。と、思いたい。というのが心の本心だった。 ココロのもやもやした黒い渦を名前に会って早く消し去りたかった。 しかし、何度インターホンを鳴らしても彼女は出ない。 「(出ねぇな。 …まぁそんな日もあるだろ)」 名前宅から踵を返そうとした時、「あれ、心様」と声がした。 振り返るとそこには煙の所の部下が胸に何やら箱を抱えて立っていた。 「名前様はお留守ですか?」 「あー…、そうみたいだ」 「そうですか!すれ違いになったようですね」 「どういうことだ?」 「名前様、今年もブルーナイトに向けてオープニングパーティーで出すお料理の開発に携わっていただいているんです! オープニングパーティーではフルコース、ブルーナイト期間中には立食パーティーもあるので我々調理班もてんてこ舞いなんですよ」 「あー…なるほど」 四年前のブルーナイトの時は名前を知らなかった心はその時のことは名前から少しだけ話を聞いたことがある。 名前は煙の手伝いで厨房にいたらしい。 ブルーナイトは大規模なパーティーの為、調理班は臨時増員される。中には調理等初めてという者も駆り出されるのだ。 その者達の指導のやり方が的確で、その時を境に料理に目覚め調理班への異動希望を出した部下もいたほどだ。(これは聞いてもいないのに煙が誇らしげに話していた。) それでここ最近会えなかったわけだ。 心はどこか安心感を覚える。 「で、名前に何の用があったんだ?」 「ブルーナイト期間中は警備も強化されますので、外部の者に間違われないよう煙ファミリー専用のエプロンをお持ちしたのですが… ここに居ないとしたらもう屋敷のキッチンに行かれたようですね。 心様も屋敷に戻られますか?」 「いや、俺はまた今度にするよ。 …名前に、頑張れよって伝えてくれ」 名前も仕事をしているのだ。邪魔をする訳にはいかない。心はそう思い踵を返した。 名前に煙ファミリーエプロンを持ってきた部下の男は、そんな心の姿をかっこいいな…とその背中が小さくなるまで見つめた。 *** 『心さん!煙屋敷のキッチンで会えるなんて嬉しい! でもどうしたの?お腹すいたの?』 「あ、あぁ。そうなんだよ。 腹が減ってたまたま、寄ったらお前がいてな!たまたま」 『お腹が空いてるのね!すぐにお料理出してあげる!』 結局心は何だかんだ名前に会いたい欲に負け、屋敷へ戻ってきた。 彼女も心を求めていたようで、顔を見ただけで花が綻ぶように満面の笑顔になり心の胸に飛び込んできた。心のココロの黒い渦は一瞬で消え去ったのは明白だろう。 名前は何も乗っていない皿を持ちフーッと煙を出すとみるみるうちにハンバーガーが山盛りで現れた。おぉ…とキッチンにいた部下達から歓喜の声が湧き上がる。 その中にいた先程名前にエプロンを持ってきた部下は「(心様やっぱり来たんだな)」と何も言わず微笑む。 『はいどうぞ!』 「相変わらず美味そうだな」 別に本当に空腹だったわけではないが名前の作り出した食べ物を前にすると、誰しもが腹の虫が鳴き出す。一口食べれば「美味い!」と声が出て、次々に口にしてしまうのだ。 「名前様、続きを」 『あ、そうね! 心さん、ちょっとだけお仕事をするけど気にせず食べててね』 「おう」 名前は料理長と複数人の担当長達とオープニングパーティーの料理の打ち合わせを再開したようだ。食材の発注数や時間等が話の中に飛び交っている。煙が主催となるブルーナイトのパーティーには何百人という著名な魔法使いだけでなく、悪魔も訪れる。 パーティーで食べられる料理はあまりの美味しさに舌鼓を打つは悪魔の中でも有名な話になっていた。 その料理を毎年作っているのが、恋人の名前であることに心はとても誇らしく思っている。 「今年はホロホロ鳥を使った料理を考えておりまして」 『ステキ! ホロホロ鳥は能井ちゃんの大好物なの! そうね、セップ茸と合わせるのはどう?ソテーにしたら合いそう』 「良いですね!」 「ホロホロ鳥はいかほど調達しましょうか」 「500羽くらいですかね?」 『オープニングパーティーのフルコースだけじゃなくて、立食パーティーでも出すんでしょう?ケタが足りないんじゃない?』 「800羽ですか?」 料理長は冗談混じりに彼にとっては規格外の数を出したつもりだった。しかし名前は真面目な顔をして『足りないわよ』と言ったことに料理長は唖然とした。 『5000羽でしょ?』 「「5000!?」」 「そんなに要るか…?」 料理に関しては素人な心もさすがに突っ込んだ。 『好きな物は沢山食べてほしいもの! 心さんも好きそうな味付けにするから、楽しみにしておいてね』 「ならいいか」 「「(いいんだ…)」」 *** 後日、名前が経営するワゴンに煙が来た。 いつの間にか部下によって人払いされた為、そこには名前と煙、それから煙のお付きで数人の部下しかいない。 「名前。俺の部下を寄越したはずだが?」 『さっきはちょっとお客さんがいっぱいで忙しかったの。ごめんなさい』 「まぁいい。」 まぁいいんだ、と名前に追い払われた部下の男は思った。 「お前もブルーナイトのオープニングパーティーに出ろ」 『私、煙ファミリーじゃないでしょ』 「お前はブルーナイト期間中は調理班の大事な相談役だろう。キッチンの代表として出ろ。既に料理長の許可は得ている」 『また勝手に。』 名前は四年前のブルーナイトの時は本当はパートナー探しの為にパーティーに参加したのだ。煙の手伝いで厨房にも入ったが、それはオープニングパーティーまで、との約束をしていた。 しかし、とある出来事があり名前は料理をひたすらに作り続けることとなった。 あの時はパートナーを見つけることも募集をすることも出来ず、キッチンで全てを終えてしまったことを思い出す。 今年もまた、名前はパートナー探しを出来そうにも無い。いや、元々今年はパートナー探し等するつもりも無かったが。 『オープニングパーティーの時はキッチンにいなきゃ。 煙はオープニングパーティーが始まるまでのキッチンを知らないからそんな暢気なことが言うんだよ。戦場だよ?』 「とにかく俺がステージで挨拶する時は一緒に来い。」 『えー……』 「お話中失礼します。 煙様、デザイナーが幹部の皆様の採寸を終えました。あとは名前様だけです」 『え。』 「あぁ分かった。 名前、お前も行くぞ」 『えぇ?わざわざドレスまで作るの?』 「ステージに上がるんだ。まさかエプロン姿で人前に出るつもりじゃないだろうな」 『エプロンじゃダメなの?フリフリ付きだよ?』 「四年に一度のブルーナイトだぞ。」 『私、パートナーは作る予定無いよ?』 「そんなことは分かっている。 もう他の奴らは大広間でデザインを決めたんだ。さぁ名前も行くぞ」 『話を聞かない人ね… まぁ、元々この後オープニングパーティーの試食会もするつもりだったし、早めにお店を切り上げるか。』 「ドレスは露出が少ないものにしろ」 『はいはい。 ねぇ、心さんは何色が好きかな。赤かな』 「知らん!」 『何で怒るのよ〜』 煙は未だに名前が心の話をすると不機嫌になるのだった。 *** ブルーナイトのオープニングパーティー 当日。 能井と心は、一足先にパーティー会場の料理の確認へ向かった名前を待っていた。 煙ファミリーの幹部達も続々と待ち合わせ場所に集まってくる。 「先輩!今年は名前もオープニングパーティーに出るらしいですよ!楽しみですね!」 「おー」 「最近会えなかったからどんなドレス着るかも聞いてねーんだよなぁ。先輩は何か聞いてますか?」 「いや、着るモンは何も」 「煙に調理班に任命されてなかったらパーティー会場も回れたのにねっ!」 能井は鳥太の言葉に噛み付くようにキレた。 「ホントだぜ!煙の奴、余計なことしやがって!今年こそは早めに先輩とパートナー契約しに行って名前と会場回ろうと思ってたのに!また一緒に会場回れねェじゃん! ねぇ先輩!」 「お前は暢気だな」 心は今年が初めての名前と知り合って、そして恋人同士になってからのブルーナイトだったので何も考えていなかった。 「そういやぁ、名前はパートナー決めねェのか?」 「名前ちゃんは内臓の契約書をチダルマに管理されてるんだよっ!」 鳥太の言葉に一同は耳を疑った。 「チダルマ!?何で」 こればかりは能井も初耳のようだだった。 近くにいた煙が口を開く。 「前回のブルーナイトでチダルマに気に入られたからだ」 「腹が減ったチダルマに捕まってご飯を出してあげたら気に入られたんだって!さっすが名前ちゃんだよね〜!」 「俺達が薬と爆と戦ってる間にそんなことがあってたのかよ!」 「へぇ…」 「ところで鳥太、お前は何でそんなこと知ってるんだ」 「名前ちゃんとお茶会した時に教えてもらったんだよっ!煙も今度一緒にしようよ〜!」 「しねェよ」 まだまだ名前に関して知らないこともあるもんだと心はぼんやり考える。 と、その時だ。 道の先から煙の部下と並んで、ドレス姿の誰かが早足で歩いてくるのが見えた。 『ホロホロ鳥をあと500羽追加しないとゲストに出す前に、全部能井ちゃんと心さんに全部食べられちゃうよ?』 「今から500羽ですか!?」 『オープニングパーティー終わったら私が出してあげるから』 現れたのは、黒のドレスに身を纏った名前だった。 胸からウエストにかけては身体のラインに合わせており、ふわりと大きく広がったドレス スカートには星屑のようにキラキラと輝くスパンコールが囁かだが上品に散りばめられている。 普段は長く下ろした髪もアップにされて白く綺麗な首筋からデコルテライン、 愛らしく色付けられたアプリコット色の唇が心を魅了した。 足元に光るのはガラスの靴。 まるでおとぎ話のお姫様のようで恵比寿は「お姫様だ!名前ちゃん、お姫様みたい!」と大はしゃぎする。 『お待たせしました』と一同の前に立った時、心と目が合うその赤い瞳はいつにも増して煌めいて見えた。 「名前ちゃん、それいいじゃない!」 一番に名前を誉めた鳥太は興奮気味に名前の足元を指さす。 それに加えて恵比寿が「シンデレラ!」と乗っかるものだから名前は少し恥ずかしくなる。 『デザイナーがこのドレスにはこの靴しか無いって変えてくれなかったの』 名前は能井と同じく悪魔や大魔王等強いものにはカッコイイ!と思うものの、 お姫様や妖精、ユニコーン等にはあまり関心を持たなかった。 皆からしてみれば「お姫様みたい!」というのは名前に対する最高の褒め言葉であるが、彼女にとっては気恥ずかしさすら感じている。 「名前!!可愛いじゃねェか!!」 『えへへ、ありがとう! ていうか能井ちゃんの方が素敵!何その美しさ!?可愛い!!そして強そう!!』 「だろう〜!?名前、黒も似合うんだな!」 『本当!?嬉しい!』 やはりこの姉妹、感性が似ているからか、相手の喜ぶポイントをよく理解している。 「そのドレスいいなぁ〜!ホントに似合ってるよ!ねぇ先輩!」 「……」 能井が話し掛けるが、心は名前の姿を見てからぼんやりとしていた。 能井は不思議に思い、何度も声を掛ける。 「先輩?」 「……」 心は驚いていた。 名前のイメージからしてピンクや黄色等柔らかい色かと思っていたが、まさか自分の好む黒を選ぶとは。 「先輩ってば!!」 「……ア? 何か言ったか」 『…聞く気にもならないほど心さんに響かなかったのね…』 「ア、!? いや、違ェよ、その…… お前があんまり綺麗で驚いたんだよ」 その言葉に一同は口をあんぐりと開ける。まさかあの心がこんな甘い台詞を言うとは! 言われた名前はもうメロメロだった。分かりやすいくらいに目を甘く蕩けさせ、嬉しさから叫びたい気持ちを抑え、口元を押さえている。 『私、生きてて良かった!!』 「良かったなぁ名前!!」 『うん!!』 名前は能井が今まで見てきた中で一番嬉しそうに輝いた笑顔を見せた。 *** 結論から話そう。 今回のブルーナイトでも能井と心は爆達の襲撃によりのんびり食事等出来なかったし、厨房にいた名前は結局、チダルマに見つかった。 名前は今年もチダルマが、もしくは違う悪魔がお腹を空かせていても対応出来るように食材を揃えているところだった。 《ここにいたのか名前!》 『あ、チダルマさん。四年ぶりだね』 《そうか、会うのはブルーナイトぶりだな。》 チダルマは気に入った玩具は大事に使うタイプなので、四年前のブルーナイト以降、時々会わずとも名前の様子を空から眺めることもあった。彼女の契約書をチダルマが管理しているのも、気まぐれな執着心によるものだったが、今回は比較的長く名前という名の暇つぶしを気に入っているようだった。 《早速だが飯を作れ》 『だと思って今回は沢山食材を用意しています!それに、私も煙を出せるように栄養ドリンク飲んできました!』 《そりゃあ良い心掛けだ!ならブルーナイトの期間はずっと俺の元で飯を作れ》 『え。』 《黒い家に行くぞ》 『え!や、やだ!そんなこと言って、そのまま監禁するつもりでしょ!?』 《そんなわけないだろう!》 『何その間!絶対嘘よ!』 実は四年前も監禁されそうになり、なんとか帰してもらう条件が契約書をチダルマが所有することだったのだ。 『いつ返してくれるか約束して!』 《じゃあ煙の所の掃除屋達がどうせ契約に来るだろう!アイツらが来たら一緒に帰してやる!》 『約束だからね!?』 結局能井と心が来たのは最終日だった為、名前はその間ずっとチダルマの傍で求められる料理を作り続けたのだった。 「名前!こんな所で何してんだ?」 『遅いよ能井ちゃん!!!』 「え〜!?何で怒ってんだよ!」 『うう…っ!』 青い夜の思い出は、爆破、チダルマ、パイに そして何より、甘いロマンス。 2020.11.30 (30000打 感謝) |