(少し前の話) 『少し場所を借りてもいい?』 そう言って煙屋敷の厨房に現れたのは、先日新調した白のフリフリエプロンを着た名前だった。厨房で働く調理班の者たちは突然の来訪に慌てて身なりを整えて厨房の一角を綺麗に片付け、名前が使えるように整えた。 冷蔵庫を開けて『これと、これと…あ、これ能井ちゃんの好きなやつ』なんて言いながら食材を取り出している。 調理班の者はそんな名前をじっと見つめていたが、それに気が付いた名前が気恥ずかしそうに 『私のことは放っておいて皆はいつも通りお仕事していいからね?』 と言ったことでハッとして通常業務へ戻っていく。しかし、皆何処か横目に名前を気にしているのは間違いなかった。 マスクを脱いで髪を一つに結い、エプロン姿の名前を可憐だ…と思う者もいれば、手際良く人参を細切りにしたり唐揚げを揚げたりする姿にエリート魔法使い育ちなのに料理出来るんだ…と感心する者もいる。 そんなことは気にもとめていない名前は、どこか楽しそうに料理を続ける。 名前は物覚えつく頃からターキーと共に遊びながら料理をしていたので、作ることも食べることも好きだった。 棚の中を覗いてうーん…と唸る名前はすぐ近くにいた者に声を掛ける。 『ねぇ、お弁当箱になるような入れ物ってある?』 「お弁当、ですか?」 「それなら彼が魔法で出せますよ! 頭で思った皿や弁当箱を出すことが出来るんです」 『ホント!』 「は、はい!私が出せます!どんな物がよろしいですか?」 『使い終わったら捨てられるような紙のお弁当箱がいいの!小さく折り畳められるようなのがいい!』 「かしこまりました。大きさはどのくらいで」 『小さめでいいわ。それを二つ』 「二つですね」 それを聞くと弁当箱を作れる魔法を持つ者は指先から煙を出し、紙の弁当箱を二つ出した。紙製が二つ。色は青と赤だった。 「一人は能井さんなのは分かったんですけど、もう一人はボスかな、と…」 『それで煙の髪の色の赤なのね! 煙にお弁当を作るならキノコ料理しか出せないでしょ。そもそもあの人には作らないけど』 じゃあ一体……と尋ねる前に名前は『ありがとう!』と人懐っこい明るい笑顔で礼を言い、作ったものを弁当箱に詰める作業に入っていた。 *** 『場所を貸してくれてありがとね!』 「いえ、とんでもないです!」 名前の手には紙袋が二つ持たれている。中に入っているのは勿論先程作った弁当。 「美味しく食べて下さるといいですね」 そう言った者を名前は瞬きを一度して見つめた。気さくな名前に乗じてそんな軽口を叩いてしまい焦ったが、名前はすぐにはにかむように笑った。 『そうね。 美味しいって言って貰えたら、凄く嬉しい』 それは明らかに恋をした女の顔をしたので、一同はそこで確信した。 弾むように厨房を出ていく名前の背中を見送る。 よくよく考えてみると、能井と一緒に弁当を渡す相手等一人しかいないじゃないか。 弁当箱の色が赤で良かった。 あのマスクだって赤に違いない。 真っ赤な心臓の、あの赤に。 「あ!今日から先輩も名前の弁当貰えるようになったんですね!ラブラブみたいで安心しました!」 「…うるせェ」 2020.11.09 |