(ニカイドウ、カイマンの弁当屋初体験)(「女の子は誰でも」7話より前という感じです。) 魔法使いの世界に美味い弁当屋が出来たらしい。川尻兄ちゃんが得意げに言っていた。 私はあまり魔法使いの世界に行きたくなかったが、カイマンはそういうのに興味があるだろうと思って話すと「美味い弁当なら食いてえだろ!餃子入ってっかな!?」とすでにその弁当を食べる気満々だ。 そこで能井に頼むことにした。 もう魔法使いの世界を嫌がる理由は特に無いのだが、まだまだホールの人間を練習台にしようとする魔法使いはごまんといる。出来ることなら安全に過ごしたいものだ。 ちょうど餃子を食いに来た能井に弁当屋のことを尋ねると、能井は前のめりに「そうなんだよ!!!」と言った。 「飯は全部美味ェし、値段も高くねぇし、なんせコックが可愛い!!超絶美人だ!!それに優しくて賢くて最高だぜ!!」 能井がこんなに人を褒めるところを見たことが無かったので興味は湧いた。カイマンなんか「マジか!!今すぐ行こう!!」だなんて乗り気だ。 「カイマン…今すぐは、」 「おう!いいぞ!行こう!ちょっと待ってくれ、この餃子全部食っちまうから!」 「え。」 能井は食べてしまうとすぐに扉を出した。 そして私とカイマンも流れるように魔法使いの世界へ…ってちょっと待て!装備させろ!このままじゃ魔法使いに狙われる! *** 「いやぁでも、お前達にもあの弁当屋を紹介出来るの嬉しいよ!」 能井はいつになくウキウキしている。 「そんなに美味ェのか?お前の舌バカそうだけど大丈夫かァ?」 「テメェに言われたくねーよ! 当たり前だ!美味いに決まってんだろ!何せオレの姉貴がコックしてる店だからな!」 「身内贔屓じゃねーか!」 「だから違うって!味は絶ッ対保証する!」 ホントだろうな…と カイマンはまだ信用していなかった。 しかし能井のお姉さんなんて、一体どんな大男、いや、大女なんだろう。 姉というくらいだから能井より大きくて筋肉質なんだろうか。背丈はカイマンと同じくらいだったりして。 なんて考えていたら路地裏へと入っていく。 そして能井が立ち止まり「あそこだ!」と声を上げた。 暗い路地裏にぽつんとワゴンがとまっている。 「今日はここだったな!」 「今日はって…いつもは違うのか?」 私が聞くと能井は頷いた。 「ランダムなんだよ!今日はここだったが、明日はどこに出るか分からない。 それでもあの弁当屋のファンは大勢いるからな。毎日ワゴンと隠れんぼしてるぜ!」 能井の言葉にカイマンは期待に胸踊らせて弁当屋のワゴンへ走り出した。 後を追うようにワゴンへ行く。 「おーい!まだ弁当売ってるか!?」 『はーい 売ってますよ〜』 若い女の声がした。 受付からそいつを見ると、大男どころか私よりも小さな小柄な人だった。灰色のマスクに鹿のような角が二本生えている。作業着のようなつなぎの胸元には「NAMAE」と書いていた。 「よォ、名前!」 『能井ちゃん! じゃあこちらの方達は能井ちゃんのお友達?』 「友達…っていうのか?」 「ン〜〜、まぁそうだろ!そうだ!友達だ!」 『そうなの〜!ならタダでいいよ〜!』 「ええ!?いいのか!?」 『もちろん!能井ちゃんのお友達なら特別サービスだよ〜!ちょうど残り3個だったの!お兄さん達、運が良かったね!』 なんて話しているとバタバタと走ってくる足音。息を切らした魔法使いが複数人いた。 「ゼェ、ハァ、今日は、ここだったのか…!」 「名前さん!まだ弁当は残ってるかい!?」 『今日はもう終わりなの。ごめんなさい』 「アア〜〜!!一足遅かったか〜〜!」 「チクショ〜…!!」 男達は崩れるように膝をついて地面を殴る。 「そ、そんなにか…!?」 「なぁ〜?だから言ったろ〜?熱狂的なファンがいるんだって。」 名前さんはそんなこと気にすることも無く受付にぶら下がった【OPEN】の看板を【CLOSE】へひっくり返した。 「また来るぜ!!」 「名前さん!今度は必ず弁当を食うから!!」 『は〜い また来てね〜 …さ、私達も食べましょう!能井ちゃん、椅子をこっちに持ってきてくれる?』 「おう!」 ポカン…と呆然とする私とカイマン。能井は路地の建物の傍に置かれた椅子を重ね、ワゴンの搬入口へと運び私達の人数分並べた。 「あの人達はいつもあんな感じなのか?」 『あの人達だけじゃないんだよ。他にも沢山私のワゴンを探し回ってくれる人達がいるの。毎日大変よね』 「ご苦労なこった…」 暢気なことを言いながら、椅子に座る私達の元へ弁当を持った名前さんがワゴンから下りてきた。やはり私よりも小さい。 名前を尋ねられたから「私はニカイドウ、こっちのデカいのはカイマンだよ」というと『ニカイドウちゃん、カイマンくん、ニカイドウちゃん、カイマンくん』と繰り返し呟いていた。 『はい、お弁当!少し冷めちゃったかもしれないけど、とっても美味しいよ!』 「サンキュー!!」 『はい、ニカイドウちゃんも』 「ありがとう!」 『はい、これは能井ちゃんの』 「やった!名前のドキドキ弁当だ!」 「ドキドキ弁当?」 丁寧に一人ずつに渡した名前さんは『いっぱい食べてね!』と一言言い、またワゴンの中へ入っていった。 「うおおおーー!!!!!」 突然、待ちきれず先に弁当を開けたカイマンから歓喜の大声が出る。 弁当の中を見てみると、餃子、肉、米が沢山入っていた。 「カイマンの好きなものばかりだな!」 「うんまそ〜〜!いただきま〜〜す!!」 大口を開けておかずを放り込んだカイマン。咀嚼した途端、目を見開いた。 「な、何なんだこの美味さは!!!?!美味い!!美味すぎる!!美味い!!!名前!!美味いぞ!!」 「わ、分かったから!声が大きいよカイマン!」 「そうだろう、そうだろう!」 能井は自分のことのように嬉しそうに笑う。ワゴンからも名前さんの『ありがと〜』という声が聞こえた。 「ニカイドウも早く食えよ!!この美味さはとんでもねぇぞ!!」 バクバク食っていくカイマンに引きつつも、私も弁当の蓋を開ける。 「あれ?」 私の弁当の中身はカイマンと違った。餃子は入っていたが、その他の物は酢豚と棒棒鶏と米だった。私の好きな物ばかりで嬉しい。にしても、カイマンは少し大袈裟すぎだろう。そんなにか? なんて思いながら口に運ぶ。 「う、美味い!!ホントに美味いよ!!冷めてもこの餃子、中からジュワッと肉汁が出てくる!それにこの酢豚も、棒棒鶏も、肉が全然パサついてない!!一体どうやって…」 「ニカイドウのは俺のと違うな!」 「能井!ここの弁当って何種類もあるのか?」 「それはな…」 能井が話そうとした時、再びワゴンのドアが開いた。 『私の魔法なの』 下りてきたのは癖のある長いブルネットの髪の女性。 角の生えたマスクを手に持っているということは名前さんだ。 瞳の色は能井と同じ赤い色だけど、姉妹といっても髪の色は違うんだな。能井の言う通り、確かに綺麗な人だ。 美人というよりは可愛らしい印象がある。 『私の魔法はその人がその時食べたい物、好きな食べ物を出せることなの』 「いい魔法だな!」 『もちろん注文された食べ物も出せるんだけど、中身が決まってないドキドキ弁当の方が人気なの』 「それでドキドキ弁当か!」 『わぁ、貴方頭がトカゲなのね!スゴい!棘触らせて』 「刺さらないような気をつけろよ」 カイマンは名前さんの背丈に合わせて背中を曲げて頭を下ろす。興味津々に棘をそっと触ったり、鱗を撫でる名前さんは子どものようだ。 「じゃあ能井のも違うのか」 「たぶんな。オレのはなぁ〜… お!肉!ピザ!あとフライドチキンだ!」 「ホントに違うんだな!」 ガツガツと食べ始める能井は私達と同じように咀嚼した途端「美味ェ〜〜!」と声を出した。 『いっぱい食べてね、能井ちゃん』 「美味ェ〜〜」 「なぁ名前!お前ホールにも出張してくれよ〜!ホールの奴らにもこの弁当食わせてやりてぇ!」 『ホールかぁ』 「ダメに決まってンだろ!」 能井は割り込むように言った。 その顔は心配してるような、どこか怒りすら入っていた。 「名前がホールに行ってみろ!魔法使い狩りに狙われて捕まえられたら自力で逃げ出せんのか?名前はどう思う!?」 『逃げれない!』 そんな堂々と言うことでも無いが… 「だろ!?だからダメだ!」 『能井ちゃんがダメって言うならダメなのよ』 「何だよチクショー!」 『ホールにはずっと興味があったから行ってみたかったんだけどなぁ…』 残念そうに眉を下げて言う名前さんが何だか気の毒になって、私は慰めるように「また今度だな」というと、私を見て優しく笑った。 『そうね。また今度』 魔法使いにしてはひどく穏やかな人だ。 「今度なんか来ねーよ!」 そして能井は姉に対してひどく過保護だな。 食べ終え、名前さんに『また来てね』と見送られながら能井の出した扉から入り魔法使いの世界を後にする。能井は扉を閉める時さえも「二度と名前をホールに誘うなよ!」と釘を私達に差して帰っていった。 「しっかし美味かったな〜あの弁当!また行こうぜ、ニカイドウ!」 カイマンが満足そうに笑う。 「あぁ、そうだな」 私は弁当だけじゃなくて、名前さんと話にまたあのワゴンへ行きたいよ。 その一年後、名前さんはとある事件をきっかけにホールで、しかもうちの空腹虫の二階に半年も一緒に住むことになるが、 それはまた別の話。 2020.10.29 |