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「お前、デンジと仲良いらしいな」
『私の運命の人です』
「……お前とそういう浮ついた話をする日が来るとはな。」


岸辺はまだ湯気の立つコーヒーのカップに口を付ける。

目の前に座りチョコレートパフェの長いスプーンを口へ運ぶのは公安の人間兵器と呼ばれている少女。

目の前で頬杖をついて愛だの恋だのにうつつを抜かすこの少女が、
三十分前には勤務歴の長い公安デビルハンターも唸らせる悪魔を一人で討伐したとは誰も思わないだろう。岸辺は酒が抜けていないので参戦もしなかった。

つまり少女一人で。
かかったのはたったの五分。



「褒美はそれで良かったのか」
『はい。岸辺先生に奢ってもらうパフェほど美味しいものはないので。』
「無表情で食うくせに。美味いと思ってたのか。」
『当たり前です。』
「悪魔を美味いっていうお前の味覚なんか信用ならねぇな」
『なら聞かないでくださいよ。
学校サボってパフェも、悪くないですね』
「サボりじゃない。仕事だ。」
『じゃあ堂々とパフェ食べられる。
でも、学校休んだら授業分かんなくなるんですよね〜』


と一言添えて甘ったるそうなチョコレートがかかった生クリームをスプーンいっぱいに掬い、口へ放り込む。

平日の昼間に顔中傷だらけで黒ずくめの中年男とセーラー服を着る少女がカフェで向かい合い二人きり。

これほどまでに社会的地位を危うくさせる状況もあまり無いだろう。名前の意向により外のテラス席に座っている為道行く人々の疑いの目が岸辺に酷く突き刺さった。

授業中だった名前を悪魔討伐に呼び出したのはマキマの指示でもあった。
校内放送で呼ばれたらしい。
『恥ずかしかった』と本人は言うが、そんな感情あったんだなと思ったのが岸辺の正直な感想だ。


『後で車出してもらっていいですか?学校に課題取りに行かないと』
「あぁ。手配する」
『ありがとうございます』
「…お前ちゃんと高校生やってるみたいだな」
『はい。今のところ無欠席です』
「遅刻は多いみたいだがな」
『え。何で知ってるんですか』
「毎度三者面談に行くのは誰だ」
『……岸辺先生』


名前は気まずそうに目を逸らした。
悪魔を討伐することだけを生きる糧にし、感情も無く強くなることが全てだった少女がここ数ヶ月で著しく表情豊かになった。それは気のせいではない。
デンジのおかげでもあるんだろう。


恋をすると人は変わるというが…




「これは変わりすぎだろ。」
『何がですか?』
「いや。何でもねぇよ」


人間兵器を作る為に名前に携わったのが始まりだった。
武器も玩具も、時間が立てば愛着が湧くものだ。


「…食い終わったか」
『あ。もうちょっと』


生クリームがうっすらガラスの容器について空になったと思っていたが、名前はスプーンでコツコツと内側に付いた生クリームやチョコレートを削ぎ集め、かき込んだ。
おまけに淵をべろべろと舐めまわしてまでクリームを味わっている。


「行儀悪い」
『すみません。美味しいので』



名前は口の周りに付いたクリームをぐいっと手の甲で拭き取る。
人間らしくはなってきたが、マナーはまだまだだな。



『先生、相談してもいいですか』
「珍しいな」
『男の子はどうすれば興奮しますか』
「…男なんて女見たら常に興奮するだろ」
『え、じゃあ先生は私を見たらいつも興奮してるんですか』
「ンなわけねぇだろ。
テメェみてぇな餓鬼は興味ねェ」
『良かった。』
「良かった、じゃねぇよ。
他人の色恋沙汰に口挟むわけじゃないが、ガキがガキ作るなよ。」
『質問してもいいですか』
「何だ」
『どうやって子どもって作るんですか』
「……教育番組見ろ」
『分かりました』



何が義務教育だ。全く身に付いてないじゃねーか。





2020.09.26