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トランシーバーが唸る。


《こちら公安本部対悪魔課。岸辺班、応答願う》
「こちら岸辺班」
《付近で蜂の悪魔出現。お前達四人班だろ。すぐに向かってくれ》
「…こっちは班っつっても、さっきの討伐で二人亡くしてる。」
《そこには別の班を送る。
“人間兵器”は生きてるのか》
「…あぁ。」


その“人間兵器” と呼ばれる女はちらりと横目で見る。自分のことを言われているというのに助手席にそのまま座り、興味無さげに無表情で軽食のおにぎり食ってるよ。


《なら大丈夫だ。民間人の被害者も出てきている。すぐに向かってくれ。》


俺達の方は死者も出ているというのに。


『もう行きますか?』


まだ幼さの残る黒い瞳と目が合う。
そう言う割にはまだ口の中に飯が残っているようでもぐもぐと動かしていた。


「…いや。もう少ししたらで良い」
『はーい。
死んだあの人達はどうなりますか』
「名前くらい呼んでやれ。あいつらはもうじき公安から人が来て運んでくれるんだとよ」
『そうですか。なら良かったです』
「お前にも人を想いやることが出来たのか」
『すぐに来るなら悪臭や蛆がわく前に処理してもらえるんだな〜と思って。』


あいつらは仮にも半年間班として一緒に討伐をしてきた奴らだ。仲良しこよしをしろと言っているわけではない。だが話すことも、寝食を共にすることもあった。なのにその言い方は如何なものか。こういう奴の方が生き残りやすいのは確かだが、あまりに可愛げがない。姫野の甘さを少しくらい分けてもらえ。


こいつは施設で暮らしていたガキの頃に政府のきまぐれで突然生まれた《デビルハンター育成計画》の犠牲者の一人だ。全国から運動神経、頭脳、判断力に長けた子どもを集めてふるいにかけ、残った子どもを未来のデビルハンターとして育成し、そのまま公安でデビルハンターとして使う為の計画だ。
こいつ、名字名前はその育成計画で“人間兵器”として育てられた最期の一人だ。

周りの子どもが情操教育を受けて明るく伸び伸びとした感情を培っている中、こいつは悪魔を倒すことだけを頭と身体に覚えさせられていたのだ。

感情を見せることは敵に油断を示すこと同じだ。感情を見せるな。感情を殺せ。笑うな。泣くな。怒るな。
そう教え込まれた子どもは、公安の中でも特に抜きん出るデビルハンターとなった。
飯を食べてもお笑い番組を見ても笑うことも無く、仲間が死んでも怒ることも泣くことも無い。無駄なことは一切無い、感情の無い悪魔を倒すだけの人間。

人間兵器がついに完成したのだった。


だが俺はそれではつまらんと思っている。




「名前、おにぎり美味かったか」
『はい』
「梅干し好きだもんな」
『はい』
「好きなもん食った時は“美味い、好き”って笑え。この前教えただろ」
『すき』
「そうだ。もっと笑え」


顔の筋肉が緊張し過ぎて動かないんじゃないかと思える程こいつの笑みはぎこちない。


「もっとだ。口角を上げろ」
『ニッ』


名前の容姿は悪くない。
もっと笑う習慣を付ければもう少し周りに人も集まると思うんだが。

名前が俺のバディとして来てから一年が経つ。感情の表し方を少しずつ教えていった成果が出ているのか(感情の出し方なんざ教えたのは初めてだった)、前よりも自分の気持ちや感情を出している気がする。当初よりは分かりやすくなったというものだ。


『岸辺先生〜もう行きましょうよ〜!
早く蜂の悪魔を倒したいです!』
「…はぁ。」


この戦闘狂め 俺の苦労も知らねぇ癖に。
こんな17歳が大人になったら日本も終わるな。
子孫繁栄の為にも明日から恋愛ドラマを見せよう。何が流行ってんのかは姫野に聞くか。





***




『岸辺先生〜ドラマ見終わりましたよ』
「お。ちゃんと見たのか。」
『はい。施設の女の子達と見ました。めちゃ盛り上がって、施設の先生に怒られまくりでした』
「どいつがお前好みだった」
『今日の岸辺先生めっちゃ喋りますね。
この金髪の人が良かったです。』
「お前金髪好きなのか」
『強そうなんで』
「…」
『あと主人公の女の子のことを守ろうとするところも良かったです。やっぱり私より強い男がいいなって思いました。』
「そんな男中々居ねぇだろうなあ。」
『ですよね〜 』
「仮にもしもお前が良いなと思った奴がいたら何て言ってものにするか知ってるか?」
『“俺の女になれ”』
「それはドラマの中だろ」
『岸辺先生も前お酒飲んだ時に好きな女にはこう言ったって言ってました!』
「忘れろ」
『はい』
「お前らの世代は“スキ!カレシになって!”とかじゃねぇのか」
『…、それはそうと。
今日はマキマさんに呼ばれてるんでしたっけ』
「あぁ。
電鋸になれるガキが入ったらしいぞ」
『へえ…』


興味皆無な名前のことはこの際放っておこう。
マキマの部屋にたどり着き、中に入る。


「お呼びしてしまいすみません、岸辺さん。名字ちゃんもありがとう」
『いえ』


ソファーの前で立っていたマキマに向かって一礼した名前はそこで、マキマの隣に座る少年の姿を見つける。少年は窓の外を見ていて顔が見えない。だが陽の光に当たった髪色がキラキラしていいな、と名前は思った。


『金髪…』


名前の声に少年、デンジは名前の方を向いた。

二人の目が合う。
その瞬間、名前はビリビリと脳みそが痺れるような感覚に陥った。


『スキ!!!カレシになって!!!』
「「え」」


まさかの名前の言葉にマキマと岸辺の声が重なった。



それはデンジも同じだったようで突然立ち上がり頬を赤くして口をはくはくと開けている。


「お、俺もスキィーーー!!!」



出会って5秒。
まさかのビッグカップルの誕生である。




2020.09.22