(if いい女は遅れてやってくる)(幸せver.) 「名前ちゃん、名前ちゃん」 その声で目が覚めた。 目を開けるとそこはどこかの廃墟のようなビルの中。周りには沢山の屍。すぐ近くにもある。名前は「うえ…」と言いながら身をよじり、起こした。 コツ… ヒールの音が部屋に響く。 音のした方を見るとそこにはマキマがいた。 「良かった。危なかったんだよ、名前ちゃんも地獄に連れていかれるところだったの」 『地獄…?』 何の話をしているのか、起きたばかりの名前には理解出来なかった。 「そう。今あのデパートにいた人達はみんな地獄にいるの。」 『デンジくんも、ですか…?』 「そうだよ」 『地獄って… 助けに行かなきゃ!』 「その前に名前ちゃんに言わなきゃいけないことがあるの」 マキマは名前の前でしゃがみこみ、目線を合わせた。 「名前ちゃんは海外出張に行ってもらおうと思ってるんだ」 『…え?』 「正確には中国。 名前ちゃんは公安に人間兵器となるように育てられてトップレベルで戦える子だから日本の立派な“ 武力 ”なわけ。君を中国に置いて戦力とすることは武力を貸し出すことになる。日本政府は中国に貸しを作りたいんだよ。意味、分かるよね」 にこり、と口角を上げるマキマは美しい。美しいが、何故今それを言うのかネネには分からなかった。 「中国はクァンシを失うことで武力が落ちる。その穴を埋めるのが名前ちゃん、っていうわけなの」 『どうしてクァンシさんを失うんですか。日本に戻ってくるってことですか』 「あ、そうか。“まだ”失ってないのか」 いけない、と悪戯めいたようにマキマは笑みを零す。 「名前ちゃんが何て言おうと中国に貸すことは決まったから。皆が知る前に先に話しておこうと思ったの」 その言い方はまるで名前を物の様に扱う言い様だった。だが名前には何の違和感も無い。何故なら今までも、“デビルハンター育成プログラム”の対象となったあの日から名前は人間兵器、武器としての扱いだった為、“物”としての言われ方のほうが多かったからだ。それでも受け入れなければ名前は今頃道端で野垂れ死んでいた境遇だった。 デンジから一人の女の子としての扱いを受けるようになったからかもしれない。 時々自分が普通の女の子のように感じていたが、そうではない。 『(私は“ 兵器 ”だ)』 生きる為に戦うだけ。 それは年齢を重ねただけで、今も昔も変わらない。 ただ、心残りなのはデンジのことだ。 『どれくらい中国にいればいいんですか』 「日本は私や岸辺さんや名前ちゃんも含めて、デビルハンターの質が良くてね。強い武力があるからね。偏らないように名前ちゃんを他国に送るわけだけど…」 マキマはそうだな…と顎に指を乗せる。考えるフリをした。そんなこと、マキマにとっては考えることも無く、初めから決まっていたことなのに。 「私が生きてる内は日本には帰れない、と思っててね」 *** デンジに何も言えないまま名前が中国に渡って数ヶ月が経った。名前は中国軍総督の身を悪魔から守る為常に横にいる生活を続けている。中国軍の制服が身体に馴染んで軍服の膝の色が薄くなってきたある日、名前は総督に呼び出された。総督の部屋に一人、名前だけが通される。 『お呼びですか』 「何だその格好は」 『休みだったので私服です。買い物行ってたら総督の部下サマ達に連行されました』 「誰も殺さなかっただろうな」 『なんとか』 デンジの前ではただの恋する女の子だが、総督にある程度の口答えをしても周りに止められず自分の意志を伝えることが出来る。人間兵器といえど力が物を言う場ではそれが元来名前の然るべき地位であった。 『お話とは』 「マキマのことだ」 “ マキマ ” 中国に来てからは久しく聞いていない響きだった。 中国に来る時も名前はマキマに突然言われてデンジに何も言うことも出来なかった。それどころかあの廃虚ビルでマキマと話した後気絶させられ、次に目が覚めた頃には中国政府軍の地下牢だ。荷物も全て日本に置いてきたままだ。名前は公安に人間兵器として衣食住を与えられ生かされている為強くは言わなかったが、マキマの“ 私が生きているうちは日本に帰れないと思ってね ”という言葉は今思い返しても腹立たしかった。 そしてデンジはマキマに憧れともいえる感情を抱いている。日本でのデンジの現状を確認したかったがマキマの策略なのか日本への連絡手段は全て名前には断たれていた。もしくは許可が下りなかったのだ。 元々名前はマキマに対して苦手意識を持っていたが、デンジを好きになってからは憎ささえ感じていた。 そんなマキマがどうしたのだろう。 また変なことを言ってきたのだろうか。 「マキマが死んだ」 そう聞いた時、名前の頭に浮かんだのは少しの驚きと 『(これで日本に帰れる!)』 という喜びだった。マキマは言っていた。名前が中国に渡るのは“私が死ぬまで”と。マキマが死んだ今、その契約が終わったのだ。 『この時点で契約終了ということでいいですか』 「それは困る。お前が来たことで国家の戦闘力が格段に上がったのだぞ」 『知りません』 「お前への待遇も良くしていたはずだ。何がそんなに気に食わない」 『気に食うとか食わないとか言う問題じゃなくて、契約が終わったんです。なので帰る。それだけです』 背を向けて部屋を出ようとした名前に総督は声を掛ける。 「…マキマの死因を聞かないのか」 名前は振り返った。 『どうでもいいです』 マキマさん、ざまあみろ。 *** 「お前、生きてたのか」 本当にマキマさんは死んだのか。 その確認の為先生に電話をしてみれば開口一番にこれだ。 『え、マキマさんもしかして私を死んだことにしてたんですか?』 「そう聞いていた。…今何処にいるんだ」 『中国です。場所は国家機密で言えないんですけど』 「中国か…マキマの奴…」 先生は深く重い息を吐く。電話口でそれされると、どういう溜め息か分からないんですけど。 「マキマは情報の通り、死んだ。というよりまだ確認の最中だ」 『え、どういうこと?』 「あー…まぁ説明が難しいんだ。 それよりお前日本には帰ってくるのか」 『勿論ですよ!さっきマキマさんが死んだ情報が入ってきたんで、手続き済んだら帰ります』 「じゃあ帰ってきたら話してやる」 『分かりました』 「中国はどうやってマキマの情報を仕入れたんだろうな」 『私にはどうでもいいです』 岸辺先生は小さく笑った。 「悪魔が乗り移ったんじゃねーかとも考えたが、お前だな」 『…私ですけど?』 先生の意図がよく分からなかったけど、その声が何処か楽しそうに聞こえたからまぁ良しとしよう。機嫌が悪くなければそれでいい。 『マキマさんってどうやって死んだんですか』 「デンジが電鋸でやった」 『デンジくんが…』 デンジくん、マキマさんのことあんなに慕ってたのに。何かあったのかな。まぁ私としてはデンジくんを魅了するものが一つ消えたからラッキーこの上ないのだけど。でもデンジくんの手でマキマさんを… 『早く先生に会って話が聞きたいです。五分で話を聞いたらその後すぐデンジくんに会いに行きます』 「そうか。 …お前が死んだとデンジに伝えたけど、デンジだけは生きてると思ってる。」 『え、そうなんですか』 「お前からの電話をずっと待ってるぞ」 “ 電話 ” 思い出した。少し前にデンジくんともし公安のデビルハンターの仕事が嫌で逃げたくなったらどうする、って話。私達は逃げてもすぐバレちゃうから死んだことにしようって話したんだっけ。それから少し経ったら私からデンジくんに電話して居場所を伝えるねって。他愛ない話だったのに、覚えててくれてたんだ。 『え〜〜〜何それ〜〜めっちゃ好きぃ〜〜』 どこまでも私を虜にしちゃう男の子だな。 『絶対早く帰ります。会いたすぎる』 「…日にちと時間が分かったら連絡しろ。迎えに行ってやる」 『ありがとうございます。 私またもやめっちゃ強くなってるんで帰ったら組手しましょうね。今度こそ先生に五分以内に一本取ります』 「少しは年上を労れ」 『そんなこと言って一本も取らせないくせに』 *** 結局中国政府と手続きをしたり日本の公安に連絡を取ったりしてたらバタバタしちゃって、そのまま岸部先生に連絡をするのを忘れて日本に帰ってきてしまった。絶対怒られちゃう。でも早くデンジくんに会いたい。 『…てか、デンジくんどこ?』 …岸部先生に電話して聞かなければ。私は肺いっぱいに入れた空気を吐き出し、空港の公衆電話に硬貨を入れた。 *** 「俺が出張にでも行ってたらどうするつもりだったんだ」 『考えてませんでした』 「報連相、名前復唱しろ、報連相だ」 『ホウレンソウ』 「ったく…、着いたぞ」 『ここがデンジくんのお家…!ドキドキしちゃう!』 「少しは反省の色を見せろ」 車から急いで降りて古びたアパートの階段を上っていく。錆びれていて、台風でも来たらすぐに壊れてしまいそう。 前にデンジくんが住んでた早川さんちとは、全然違う。 日本を離れたたった数ヶ月、されど数ヶ月。 その間に早川さんもパワーちゃんも、沢山の人が死んだと聞いた。 デンジくんは生きててくれて良かった。 だけど大切な人達を失った。 どんな気持ちだったんだろう。悲しいかな。寂しいかな。 そんな中で私を待つのは、苦しかったかな。 先生に教えてもらった号室の前に立つ。インターホンを押せば、デンジくんに会える。 ずっと会いたかった。 中国にいて差別も偏見も受けたけど、悲しくなかったのはデンジくんと過ごした日々があったから。 私のことを“可愛い”と褒めてくれたあの人のことを想えば、他の人なんてどうでも良かった。その気になればアンタ達なんかすぐ死んじゃうんだからね。 頑張れたのはデンジくんのおかげ。 こんなにも想っていたのに、いざ会うとなったら緊張してしまってインターホンを押そうと出した指先が震えた。 私って、震えることあるんだ。 『っ女は度胸だ!』 ついにインターホンを鳴らす。するとドアの奥から 「へーい」 くぐもった愛しい気だるげな声が聞こえた。 どうしよう、声を聞いただけなのに心が溢れてくる。やっぱりデンジくんが好き。 ドアが開く。隙間から来客を探すデンジくんと早く目を合わせたくて体をずらす。 やっと、目が合った。 デンジは目を見開き、 「あ…」 とだけ、あまりに驚いているのかポカンと開いた口のまま声を出した。そんなデンジくんさえ可愛くて、さっきまで緊張してたのが嘘みたいに私は笑顔を見せることが出来た。 『信じてくれてたんだね、デンジくん。』 「名前、ちゃん…?」 ドアを強く押して中からデンジくん。ようやく等身大の彼が目の前にいる。 少し痩せたようにも見える。顔色もあんまり良くないな。 それでも、大好きなデンジくんがそこにいる。 『ほらね。 やっぱり私達には愛の力があるんだよ』 そう言うとデンジくんは泣きそうな顔して、全てを爆発させたように駆け出して私を抱き締めた。 言ったでしょ。 愛があれば大丈夫。 2021.03.22 (フリリク) ワンワンワン! 『犬だ〜!』 奥から一匹の犬が私の元へ駆け寄ってきた。奥からもわんわん声がする。五匹以上いるな。犬は大好き。 『わんちゃん飼ってるの?可愛いね!』 「こ、これだ〜〜…っ!名前ちゃん可愛い…っ!!」 デンジくんくんは噛み締めるように胸の前で拳を強く握りしめた。 「デンジ、誰?」 その声に犬から顔を上げるとデンジくんのすぐ後ろに小学生くらいの女の子がいた。 『!? あんたが誰!?』 「あー、ナユタだよ、名前ちゃん」 『…隠し子…!?』 「違ェよ!?」 「デンジ食パンくれる」 『食パンだけ!?』 一体どんな関係!? 「時間はあるから、今までのこと話そうぜ」 私に手を伸ばして歯を見せて笑うデンジくんは幸せそうだった。 end. |