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成人を迎えると、おそ松兄さんは松野組の若頭となり、そしてお嫁さんを貰った。


なまえちゃんとは子どもの頃から何度も家を行き来していたし、姉とか妹とかそんな感じだと思って接してきたけど、おそ松兄さんは違ったみたい。

いつもは六つ子長男らしく頼もしい兄も、彼女を前にするとそれを機能できなくなる。

骨抜きとはまさにこのことだと思った。


おそ松兄さんとの婚約だって、生まれた頃から決まっていたらしい。母さんが婚儀の時にそういえば、って感じで話したからその時初めて知った。



「なまえ姐さーん」
『はーい、中に居ますよ〜』


外回りが終わり、離れに顔を出すとなまえちゃんは和室で花を生けていた。


「あ、いた。」
『あ、やっぱりトド松くんだった』
「只今戻りました」
『おかえりなさい』


兄弟の中でなまえちゃんと過ごす時間が多いのは僕だと思う。勿論おそ松兄さんの次にね。
何でって、若頭の細君の出掛ける時のお付きは必ず僕だから。
こうして外回り後になまえちゃんへ顔を出すのも、僕がいない時はなまえちゃんは外出さえ許されないから。


「今日はお花を生けてたの?」
『うん。実家からお花が届いたからね。折角だから綺麗に飾ろうと思って』
「何かの記念日?」
『ううん。パパの気まぐれ。きっと機嫌が良いのよ』
「愛されてるんだね」
『ふふ。
本当いつまでも子離れ出来ないんだから』


なんて、困ったように見せながらもなまえちゃんは機嫌が良くて鼻歌を歌いながら花を生ける。天気が良くて、窓を開いて縁側へ出た。
ここから見える池の立派な錦鯉だって、なまえちゃんの実父であるデカパンの叔父貴から数匹送られてきたのは、つい最近のことだ。なまえちゃんが松野組へ嫁いでも寂しくないように、実家から見慣れた錦鯉を送ってきたそうだ。



チョキン、チョキン と
鋏が茎を切り落とす音が心地良い。


なまえちゃんは笑って過ごすけれど、デカパンの叔父貴は本当に過保護さには目が余る。

子どもの頃からなまえちゃんと一緒に遊んで彼女が転んで膝に擦り傷でも付けて帰ってきた時なんか。雷が落ちたように僕らは怒られたものだ。

おそ松兄さんはなまえちゃんとの婚約を認めてもらおうと叔父貴の所に行く前日は大好きな酒さえ一滴も喉を通らなかったらしい。

あのおそ松兄さんが。
そのくらい本気の時は怖い人なのだ。




池を挟んで本邸の方で、若い衆と話す兄さんが見えた。噂をすれば何とやらだな。

部下と別れてこっちに来る兄さんが見えた。目が合う。気さくに手を挙げて歯を見せるおそ松兄さんに僕も手を挙げて応えた。


「姐さん、おそ松兄さんが帰ってきたよ」
『えぇ〜?もう?
早く帰ってきて欲しい時は遅いのに、こんな時だけ早いんだから』


なんて言いながら口元には笑みを浮かべながら、ぱらぱらと切った茎を集め、手際良く片付けを始めた。

鼻歌は機嫌良くリズムを奏でている。


離れの玄関の戸が開く音が聞こえた。急いで棚の上に花を飾り、何でもないような顔をして居間でテレビを付けるなまえちゃんに、僕は笑った。


「なまえちゃんただいまー!四時間ぶり!会いたかったよー!」
『おかえりなさい。お勤めご苦労様です』
「おかえりおそ松兄さん」
「よぉトド松〜!
ねぇなまえちゃん。おかえりなさいのちゅうは?」
『トド松くんが来てるから今はダメ』
「いいじゃん〜!俺の兄弟だよ〜!?」
『人前でするなんて、はしたないでしょ』
「ちぇー」


口を尖らせるおそ松兄さんがふと棚を見た。


「あんな花、朝からあったっけ?」
『ううん。さっき届いたの』
「あれ、親父さんからだろ?」
『あら。何で分かったの?』
「んー、なんとなく」
『ふーん』


そんな何気ない兄夫婦の会話を聞いている時にふと思い出した。


「あ、父さんが帰ってきたらおそ松兄さんを呼んでくれって言ってたんだった」
「早く言えよ!なまえちゃんの顔見たらもう出たくないじゃーん!」
「いいから行くよ」
『頑張れおそ松』
「なまえちゃんもトド松も冷たーい!
はぁ、何だろうなぁ。行きたくないなぁ〜、行きたくないよぉ〜」
『帰ってきたらおかえりのちゅうしてあげる』
「おい何してんだトド松!!!親父が待ってんだろ!!!早く行くぞ!!!」


なんて分かりやすい人なんだ。
なまえちゃんに一言「またね」と挨拶をしておそ松兄さんに続く。







「そういえばさ」
「ん?」
「何でさっき叔父貴からだって分かったの?」
「あぁ。
あの花見たろ?ピンクと白だけだった。」
「なまえちゃんに似合う優しい色だよね」
「叔父貴だけなんだよ

“ 赤 ”を入れないの。」




心臓がどくりとした。




「他のお得意さんが俺やなまえに花を送ってきたら必ず赤の花を入れる」
「…叔父貴と喧嘩でもしたわけ?」
「いんにゃ!
大事な一人娘をかっさらった男だから普通にムカつくんじゃね?」
「叔父貴も大人気ないなぁ。
…なまえちゃんはこのこと知ってんの?」
「知ってるよ。初めに気付いたの、なまえでさ。親父さんに電話してめちゃめちゃ怒ってた!」
「なまえちゃんも大変だなあ…」
「ま、なまえが明日あたり花屋に行くと思うから付き添い頼むよ」
「? また花?」
「まぁ見てろって」




***




おそ松兄さんの予想通りだった。
次の日なまえちゃんは『お花屋さんに行きたい』と言ってきた。
そこでは花を一輪だけ買って帰った。


次になまえちゃんが生けた花の花瓶を見た時にはピンクと白の花々の真ん中に、

赤い菊が一輪咲いていた。



「お花増やしたんだね」



それを見た僕になまえちゃんが言った。


『私、赤が一番好きなの』


それはそれは幸せそうに笑いながら。





2020.11.11