19
*

*

 一人の少女が書斎で本を読んでいる。ドアを背にしたソファにほとんど沈みこんで、チラッと艶やかな黒髪だけが見える。刹那はそれを俯瞰で眺めていた。
 それが夢だとすぐに分かった。
 懐かしい夢だ。まだ忍足家に居候し始めたばかりの、小学五年生の頃の夢。

 コンコン、とノック音が響く。少し高い少年の声が「入るで」と呼びかける。しばしの沈黙。またノックが鳴り、そっとドアが開いた。
「刹那。オカンが夕飯出来たんやって」

 紺色の髪はやや癖毛っぽく、襟足が跳ねている。トレードマークの伊達眼鏡はかかっていない。今はすっかりなくなった可愛げをたたえている幼い頃の侑士だ。
 ドアを開けただけで書斎には入らず、何回か辛抱強く声をかけるが少女は気付かない。本の世界に入り込んでいるのだ。こんな風に、侑士がなんとか寄り添おうと、色々なことを少年ながらに気遣ってくれていたと気付いたのはずっと後のことなのに、まるでその光景を見ていたかのように、鮮やかな第三者の視点で夢は進んでいく。

 少年が重いため息をつき、スウッと嫌そうな表情が消えた。心を閉ざしたのだ。
「刹那、夕食の時間やって」
「……」
 ペラリ、ページを捲る紙の音。
「………。洗い物の時間ずれちゃうんやから、一緒に食べときや」

「……」
 ペラリ。少女はソファの傍らに立つ少年にまだ気付かない。とうとう、観念して少年は少女の肩を軽く揺らした。
「刹那…」
「キャアアアッ!!!!」

 甲高い悲鳴と共に少女が飛び上がる。バサバサと本が滑り落ち、意外なほど俊敏な動きで後ずさった少女は、胸をぎうと強く握りしめながら、激しく顔を歪めて少年を睨んだ。

「い、い、いつからそこにいたの!?触んないでって言ってるでしょ!?」
「ごめんな。何度も声掛けとったんやけど、気付かんかったみたいやから…」
「じゃあ目の前で手を翳すとか、本を閉じるとか!!色々やりようはあるだろ!!気持ちわりい!!!ハッ……ハアッ、気持ちわるい!!!」
「そうやな。次からはそうするわ…ほんまごめんな」

 触れられた肩を何度も何度も払い、叩くようにして、少女は今にも泣き出しそうだ。ゼエゼエと喉を震わせる少女だが、声は底知れぬ怒りと嫌悪に満ちている。少年は怒鳴られるまま、まんじりともせず、俯いて床を見つめたまま大人しく謝罪を繰り返した。

「つーか何の用だよ!男が話しかけてくんなよ!!大体密室にズカズカ入ってくるなんてどういうつもり!?」
「オカンが呼んでるねん。飯が出来たんやって」
「ハッ……ふう、ふう、わ、分かった」
「…落ち着いたらでえーから来てな。あ……」

 少年がふとしゃがみ込んだ。本を拾いあげる。落ちた時によるものか、ページに折り目がつき、破れている部分もあった。
「あ……」
 少女は瞳を揺らして、か細い声を洩らす。何度か口をパクパクとしたが、言葉は音にならなかった。

 この時、刹那は本当は「ごめん」と言いたかったのだ。自分が悪いときちんと頭では分かっていた。けれどこの頃の刹那は、同世代や男……敵に頭を下げることは自分を下に置くことになり、つまり加害する理由を与えると思い込んでいたし、侑士が触れなければこうならなかったという他責思考と、ほかにも色々な感情が渦巻いていて、結局、そんな簡単な一言が言えなかった。

「…謙也にもらったやつやったのに……」

 ぽつりと少年がつぶやいた。伏せた視線が影になっている。
 中学二年生の刹那には、侑士が悲しんでいるのだと分かる。悲しんでいて、傷付いていて、同時に諦めている。しゃーないな、と飲み込もうとしていて、けれどすぐに割り切れるわけもなくて……そんな表情だと手に取るように分かる。
 彼の背中は小さくて、こんなに幼い少年の大人びた部分と、こんなに幼気な部分と、そして侑士にこんな表情を浮かべさせたことにズキンと胸が痛んだ。

「あん…あんたが悪いんじゃない!!触られるとパニックになるって、わ、分かってたくせに!!なんで被害者面してんだよ!!」

 少女が怒鳴った。
 刹那は目を覆いたくなった。見ていられない。見ていたくない。けれど、実体のない夢である刹那は目を逸らすことを許されない。無情に夢……かつての過去は進む。

 少女は少年の悲しみによるつぶやきを、「自分への攻撃」だと捉えたのだ。攻撃されたら反撃に出る。もう二度と誰かに尊厳を陵辱されたくないから。
 記憶に新しい陰惨な経験は、少女を根底から歪め、極度の被害妄想と過激な防衛反応に形を変えていた。誰かの悲しみも、指摘も、同世代の男というだけで全て自分を攻撃するものだと思いこんでしまう。
 少年は少女を責めたい気持ちをぐっと堪えて、ただ、悲しみを飲み込もうとしているだけだったのに。

「本は弁償すればいいんでしょ!明日には戻しておくから、あんたはもう二度とわたしに触らないでよね!!ほんっと、気色悪い!」
 無表情が崩れ、少年の瞳が怒りに染まった。
 ここ数ヶ月耐えて、耐えて、耐えて、諦めて、受け流そうとして、蓄積されてきた不満がとうとう爆発し、心を閉ざせなくなるほどになっていた。

「なんでそない偉そうなん?どう考えても自分が悪いやろ?」

「っ!」
 ビクン、と少女が肩を跳ねさせた。
 今まで一度も少女に怒鳴ったことのない、冷静で大人びた、穏やかな話し方をする少年が、初めて怒りを剥き出しにして声を荒らげている。
 自分が悪いと分かっていた。少年が正しくて、自分が間違っていると分かっていた。後悔、罪悪感、自責、決まり悪さがあの時の刹那の中にはたしかにあった。
 けれど、それら全てを恐怖が上回る。動揺は怯えになり、恐怖になり、認知が歪み、少女を黒く塗り潰していく。

「怒鳴らないでよ!ハッ…」
 荒くなりそうな息を、口を抑えて整える。
「被害者面してるんは自分やろ?そりゃ自分は可哀想な子かもしれへんけど、そんなん俺に関係ないに決まってるやん!オトンが連れて来た知らん奴になんで俺が気ぃ使わなあかんの?いつもいつもいつも八つ当たりしやがってからに…俺がお前に何したって言うねん!何もしてへんやろ?」
「大き、大きい声出さないで!こっち来ないで…こ、こっち来ないで!!」
「なんでごめんの一言も言われへんの?俺はお前のサンドバッグちゃうからな。好き勝手すんのもええ加減にせえよ!」
「わ、かったから…怒鳴らないでって…ヒュッ、い、い、言ってるじゃんっ」
「人にされて嫌やったもの散々俺にぶつけてきたん誰やと思ってるねん。自分やろ?大体俺やって好きで話しかけてるんとちゃうねん。同じ家におるから話し掛けてるだけやねん!そんな嫌なんやったら、さっさっと家に帰ればえーねん。あんねやろ?自分にも。相手してくれへんようなオカンのおる家が」
「うっ…う”う〜〜っ!こ、怖いって言ってるじゃん!!怒鳴、ふっ、カヒュッ、ゼヒューッ、ふ、う”あ”ああ〜〜〜!!たす、助けて、誰かあ”!たす、う”う”〜〜!!!」
「……!」

 少女はとうとう号泣し始めた。掠れた激しい呼吸音。少年はハッと口を噤んで、苦々しく顔をしかめる。怒りと罪悪感の伴う表情だった。
「すぐに泣いてるんちゃうぞ……泣いたら解決するんとちゃうんやから」

「カヒューッ、フーーッ、フーーーッ……うっ、うう……」
「……ハァ…」
 少年は深い深いため息をついて、深呼吸を繰り返した。静かな部屋の中に少女の荒い息だけが響く。少女は必死に息を止めたり、長く息を吐いて過呼吸を抑えようとしたが、涙が混じってヒッ、ヒッと喉が鳴った。
「すまん…言い過ぎたわ。大丈夫なんか?……袋とか持ってこよか?」
「どっか…どっか行って!」
「…分かった」
 少女の喉がぅる、と小さく鳴いた。バッと慌てて口を抑え、すごい勢いで部屋を駆け出して行く。
 少年は強く目を閉じ、こめかみを揉むと、また諦めたような深いため息を着いた。心を閉ざし、部屋を出ていく。
 この時の侑士の表情は昔の刹那は見てもいなかったのに、どうしてこんなに鮮明に思い出せるんだろう。

 場面は変わる。


 少女が廊下でうずくまって嗚咽に痙攣していた。トイレまで間に合わず、廊下が吐瀉物で汚れている。うっ、うっ、と断続的な泣き声が響いていた。
 大量のタオルを持ってきた少年が慣れたように「大丈夫か?これ使い。あと、着替えも持って来といたからな。そのまま風呂も入ってき」と声を掛けた。

「ここは俺が片付けとくから」
「自分で、や”る”っ!」

 伸びた彼の腕を、少女が振り払う。
 タオルで汚れを拭きながら、ヒクッ、ヒクッと喉を鳴らし、少女はいきなりドンドン床を叩いたかと思えば、また蹲った。慌てて少年が駆け寄る。
「どうしたん?」
「分かってるよ!」
「……」
 脈絡のないことを少女が怒鳴る。疑問符を浮かべたが、少年は何も言わない。余計な口を挟むとヒートアップするし、脈絡がないのもいつものことだったからだ。
「分かってるの!わたしが全部わる、悪いし、間違ってるって!でも、抑えられないの!」
「……」
「絵麻に虐められたのも……レイプさせるほど嫌いになったのも……ママがわたしに興味ないのも……パパがわたしを捨てたのも……全部わたしが……わたしが……う”あ”ああああん!!」
「……」
「し……死にたい……うっ……」

 グスッ、グスッと顔を埋めて少女が絶望に涙する。少年は無表情で佇んでいた。

「刹那……」
「でもっ、そんなのおかしいじゃん!!」
 ビクッと少年の肩が揺れ、伸ばしかけた手を引っ込める。

「嫌いだからって、攻撃する方が絶対、間違ってるじゃない!なんで!わたしが死ななきゃいけないんだよ!どいつもこいつも!!い、虐められる理由があるからって、虐めていい理由には、ならないじゃん!わたしに……わ、わたしに価値がなくたって、わたしが愛されてなくたって、そんなの許されていい理由にならないじゃん!」
「……」
「ママも!あんたも!周りの奴みんなそう!先生も、弁護士も、警察も!!みんな!!みんな他人事じゃん!!可哀想だねって、いい人ぶって、結局ぜんぶ他人事の同情じゃん!!」
「……」
「だ、誰もわたしのために怒ってくれなかった……誰も……」
「……」
「でもそんなのおかしいじゃん…!誰もおかしいって言ってくれないなら、わたしがわたしのために怒るしかないじゃん……わたしが戦うしかないじゃん……!!」
「……」
「ヒクッ…誰も……誰も……うう……!」

 少年は何も言わずに佇んでいた。
 だが、無表情ではなく、少女を初めて見つけたような、不思議な表情を浮かべていた。

 場面は変わる。


 少年が私室で本を読んでいる。ノック音がして、おずおずと少女が顔を出した。パジャマで、怯えたように立っている。泣き腫らしてむくんでいた顔はすっかり落ち着いていた。

「どうしたん」
 少女が少年の部屋に来ることは滅多にない。家族の誰かが呼んでいると伝言に来る時くらいだが、それとは雰囲気が違う。
 少年は静かに促した。
 少女は床を睨んで、落ち着きなく自分の腕をさすっている。

「ゆ、侑士……」
「うん」
「その…………。その……」
 少女の顔が歪む。唇を噛んで震えを抑えようとしていた。
 何かを言おうとして、何かに怯えている少女に、少年はトントン、と床を叩いた。そしてベッドの端っこにあるクッションを指さす。
 小さく頷いて、少女はクッションに座った。膝を抱え、顔をうずめる。

 しばらく長い沈黙が続いた。ペラ、と紙の捲る音がする。

「………………ごめん…」

 夜に消えてしまいそうなほど小さい、吐息のような声で少女が囁いた。
「刹那、謝れたんやな」
 少年は本から顔を上げ、横目で彼女を見ながらフッと小さく笑った。少女はカッと顔を赤くする。苛立ちと羞恥と情けなさだ。彼の声は優しい。だから、攻撃じゃないと分かっているのに、瞬間的に血が昇ってしまうのを抑えられない。
 まっすぐ前を睨み、到底誤っている人間とは思えないほど怒りに染まった表情で、少女は泣くのを抑える。まだ、震えてはいたが、少年の声音が静かなものだったから、少しずつ落ち着いてきていた。
「今日のことだけじゃ、なくて」
「うん」
「今までのぜんぶ…ぜんぶ……ごめん……」
 声が震えて、膝に顔をうずめる。少年は許すとも、許さないとも違う答えを返した。
「なんで謝ることに、そんな怯えてるねん」
 少女は、思わぬ返答にギュッと拳を握った。
「……」
「言いたくないなら言わんでもええわ……とは言わへんからな。こっちも散々付き合わされてたんやから」
「……」
「それに今の刹那は会話できそうやし…意外と論理的に物を考えられるって分かったからなぁ」
「…何それ。今までバカだと思ってたの」
「バカっちゅーか、感情的に屁理屈ばっかり捏ねるガキやとは思ってたわ」
「失礼すぎ……成績はずっといいし」
「お勉強出来ることと賢いことは別もんやろ」
「……」
 少女は怯えを消し、ブスッと頬を膨らませた。

「謝るのは……」
 渋々と、口を開く。
「自分の間違いを認めることじゃん」
「うん」
「大人に対してはともかく、同世代なんか、下手に出たり、こっちが間違ってたって分かると、それを理由にどこまでも攻撃してくるじゃない。謝って、付け入る隙を与えるのが嫌なの……」
「なるほどなぁ。まぁ、事情が事情やもんな」
「……ん」
「そうやけど、自分も俺に同じことしとったんやで?」
 鋭い正当な意見に、少女がグッ、と喉を鳴らした。
「……分かってる…。ごめん……」
「はは、まぁもうええけど。俺もデカい声出して悪かったわ。怖かったやろ?」
「うん……」

 また、沈黙が落ちる。
 少女は膝を抱えたまま動かない。少年もそれに何も言わなかった。

「そうやけど、ちょっとすごいなぁとは思うわ」
「…何が?」
「そんなに感情的に怒ったり、悲しんだりできること、俺にはできへんわ」
「自分で自分の感情を制御出来ないだけ。……ああ、嫌味言ってる?」
「言ってへんわ。素直に言ってるんねん。謙也もそうやけど、いちいち色んなことにムキになってたら疲れるやろ。俺やったら全部受け流して相手にしやんからなぁ」
「だって、許せないでしょ。あと今それ聞いて分かったけど、アンタってムカつく人間の要素全部もってるかも。だからもっと負けたくなくて、八つ当たりしてた…と思う」
「自分、言うなぁ?ムカつく要素ってなんやねん」
「男で、同世代で、その上まるで自分は関係ありませんって顔しながら、表面だけは寄り添った風の愛想のいいこと言ってくる他人事意識が丸見えのところ。どうでもいいならどうでもいい対応すればいいのに」
「そんなつもりなかったんやけど…そう見えてるんか?」
「嘘つかなくていいよ、いまさら…」
「いや、ほんまに嘘ついてないで?これでも俺なりに優しくせえへんとなぁと思ってたし、可哀想やなぁとも思って色々我慢しとったんやしな」
「可哀想がもう他人事じゃん。……でも、ムカつくけど、羨ましい……」
「羨ましい、なぁ…」
「アンタみたいに、感情を咄嗟に制御できることが……ぜんぶ、自分には関係ないって割り切れることが……。今のわたしにはどうやっても出来ないもん……」
「……」
「前のわたしはこんなんじゃなかったのに……」

 少女の声に涙が混じり始める。前はもっと上手く、色んなことを我慢できたし、こんなに怒りやすくなかったし、むしろいつも笑顔で天真爛漫だった。
 他人を全部拒絶して、怯えながら生きることは、十一歳の少女には酷く酷く負担だった。
 少年がおもむろに丸眼鏡を少女に放った。
 いつも彼がかけているバカみたいな伊達眼鏡だ。

「なに?」
「掛けてみ?」
「なんで?」
「自分に効くかはわからんけど、その眼鏡が俺の感情制御のコツやねん」

 怪訝な表情で少女は言われた通りに伊達眼鏡を掛けた。レンズが入っているが、度は入っていないので、景色は変わらない。
 視界の縁にフレームがチラチラ見えて邪魔だった。
「……?」
「膜を隔てて、俺とそれ以外で切り分けるねん。他人の感情やら事情やら全部受け止めるんは、しんどいからなぁ」
「よくわかんない……」
「ガラス越しに周りを見て、俺には関係無い映画の中の出来事やしなぁって見てるんやわ。そうやって心を閉ざしてるねん」
「心を閉ざす……。わたしにもできるかなぁ」
「どうやろな」
「だからアンタそんなに、我慢強いの?」
「他人にいちいち振り回されるん無駄なだけやろ?そやけど、刹那の色んなことに全力なところ、ええとこやとは思っとるで」
「フォローいらないし……」
「はは。ほんまのことやねんけどな」

 少女は、眼鏡を上げ下げして、眉をぎゅっと引き絞る。別にこんなのかけても、心を閉ざして怒りを制御することが出来るとは思えなかった。
 実際、中学二年生の刹那はできるようにはなれなかった。自分を完全に切り分けて、感情を制御し、侑士のように完璧に心を閉ざすことは。
 でも、外界を遮断する自己暗示の分かりやすい道具としては良さそうな気がしたし、衝動や感情をコントロールするために特定の動作をすることは、アンガーマネジメントや間欠性爆発性障害の抑制として心理学でもあることだ。この時の刹那にはその障害に近い症状があった。

「あとな…」
「うん」
 素直に眼鏡を弄ぶ少女に少年が続けた。
「自分、男子に見た目を好き勝手言われたり、変な目で見られるんのが嫌なんやろ?」
「うん。死ぬほど気持ち悪い……。その点だけは、アンタはマシ」
「中身を知っとるからなぁ…。でも、その気持ちは俺もちょっと分かるわ」
「ふーん?」
「女子でも男子でも、大人でもそうやけど、勝手にイメージ押し付けられたり、作られたりするもんやろ?そういうんがだるくて、髪伸ばしてるねん」
「…そうなの?」
「この鬱陶しい髪は一種の防波堤やねん。眼鏡で顔も隠れるしな」
「……侑士ってさ、他人を拒絶するためにわざわざそんなことまでずーっとしてきたの?自分をモサく見せるために?」
「モサいってほどではないやろ」
「いや、モサいよ」
「そんな言わんても……自分では似合ってるもんやと思うねんけど」
「ダサくはないけどさぁ」
「そうやろ?何でも出来る優等生の爽やか天才少年なイメージはもう経験しきったからな」
「嫌味なやつ……」
「ははっ。それにまぁ、あとはシンプルに目ぇ見られたくないねん」
「なんで?」
「いやぁ、だってなんか恥ずかしいやん」
「は?」

 胡散臭げに少年がニヤッと笑った。何言ってるんだこいつ、という目で少女がジトッと睨んだが、やがて小さく吹き出した。
「侑士ってホント、意味わかんない」
「そうやろ?今はミステリアスでクールな大人の男で売ってるからなぁ。自分、分かってるやん」
「キショすぎ!」
 声を出して笑ったのは久しぶりだった。少年も小さく笑った。この日以来、少年は少女にとって特別な人になった。

 刹那の長い前髪も、ダサい伊達眼鏡も、全部全部、彼が刹那に与えた選択肢だった。全部彼の真似っこで……自分が世界から隔てられていると思えたことは、ある意味救いで……侑士は刹那の世界を作り替えた存在だった。

 少女と少年が薄くなっていく。
 夢が終わる。

*

*

prev back next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -