10
 試合はつつがなく終わった。31対18。ほとんどダブルスコアで終わったが、選手たちの顔は明るい。
 体操服の肩のあたりで汗を拭う。前髪が張りついて目が見えていないか不安になる。

「けっこう粘ったね〜!」
「ふつーに楽しかった!」
「白凪さんバスケ上手いじゃん!助かったあ〜!」
「急だったのに本当にアリガト!」
「役に立てたならよかった」

 控えめに笑いながら、ミチカの元に戻る。選手たちが囲まれ、上から男子の慰労の声がする。預けていたメガネと財布を受け取り、「あっつ……」と胸をパタパタさせた。こんなに汗をかくのは久しぶりだ。
「お疲れ〜。ほぼバスケ部にスゲーよ。かっこよかったよ」
「ハハ、ありがと」
「汗やば、タオル使う?」
「汚れちゃうけどいいの?洗って返す?」
「いいよいいよ、使いな」
 自分のタオルはそもそも持ってきていなかった。競技に出る気はまるでなかったのだ。お礼を言ってタオルを受け取り、おでこの下、顔、首筋を拭う。
 顔どころか肩のあたりまで真っ赤に染まっている。手のひらまで赤い。

「ごめん、すごい濡れた…」
「いーって」
「ん。じゃあわたし戻るね」
「え、白凪さんどこか行くの?」
「疲れたから涼んでくる〜。みんなありがと、楽しかった!」

 もうすぐお昼だから一緒に食べようよ、そんな声に手だけ振って、逃げるように体育館から去る。まっすぐに女子トイレに向かった。
 わざわざ人がいなさそうな2号館の方だ。高校生は球技大会じゃないから、今の時間は授業中のはず。ヒクッ、と喉が引き攣って、刹那は足を早めた。

 叩きつけるように個室のドアをしめ、ふらふらとフタに座り込む。

「…………っ」

 前髪を両手でぐしゃりと握りしめた途端、抑えきれなかった涙が両目から溢れた。唇を噛み締めて声だけは必死に抑える。泣きたくない、と強がる余裕もなかった。
 頭も心もぐちゃぐちゃだった。
 前永絵麻を憎むことで逸らしてきた痛みを久しぶりに思い出してしまった。だからバスケに出たくなかったのに!

 なんで?
 頭の中を巡る。
 なんでわたしを裏切ったの?なんでわたしをいじめたの?あのよく知りもしないサッカー部のイケメンがそんなに好きだった?違うよね?絵麻、あなたはあの男なんて大して好きでもなかった。イケメンだったから気になっていただけよ。刹那には分かる。だって親友だったんだもの。小1の頃からずっとお互いだけが親友だって言ってたのに、ぽっと出の男の方が大事だったの?それほどわたしって軽い存在だった?
 いや……違う。
 我慢してきた刹那への不満が、あれをきっかけに噴出しただけ……。
 分かっていても…飲み込めなかった。今だって飲み込めない。対話の時間がなかったから。
 わたしのことが嫌いになる前にどうして言ってくれないの?
 嫌なところ全部、全部、親友を失わないためなら、どんなことだって直したし、変えたし、言うこと聞いたよ……。わたしはそれくらい絵麻が好きだったよ……。

 ほたほた、ほたほたと袖口とスカートを濡らしていく。

 怒りになる前の虚しさ、憎しみに昇華する前の惨めさ、嫌いだと切り捨てる前の、ただ嫌われて悲しかった傷が、全身をジクジクと苛んで、息もできない。
 刹那はただ……ただ……。


 何時間トイレにこもっていただろう。いや、数十分だけだったかもしれない。しばらくそこで、向き合わないようにしてきた痛みに泣いて、刹那はぐったりしていた。
 お昼の時間はとうに終わっていた。
 教室に戻ると何人かがだべっている。朝買ってきたコンビニの袋をひっつかんで、裏庭で食事を取り、その後はずっと図書室で時間を潰していた。
 サボって帰りたかったが、今日が球技大会だとばぁばに伝えてしまっているので、途中で帰ったら心配をかけてしまう。
 まだ胸はジクジクしていた。
 怒りと憎しみにまた昇華するには、時間を置く必要がある。ボーッとしていると、どうして、どうして、と考えてしまうから、本を読んで何も考えないようにした。
 小5の時にいじめが始まって以来、何度も繰り返してきた自問だ。もう考えたくない。

 途中、ミチカから『どこにいんの?』『テニスも人足りないんだけど出れない?』と何度からLIMEが来たが、全部無視した。
 全てのプログラムが終了になって、ようやく教室に戻る。

「刹那!どこいたの?」
「あ、ごめん…なんか具合悪くて保健室で休んでた」
「そうなんか、大丈夫?久しぶりに動いたからかな」
「分かんない…微熱くらい。でも明日休むかも」
「そか」
「今日もすぐ帰るね」

 たぶん、本格的な打ち合げは明日だろうが、今日もカラオケやファミレスに何人か行くに違いない。こういう大人数が呼ばれるイベントにミチカは必ず呼ばれる。今日刹那も多少活躍したし、遊ぶ時主催のような立場にいる永瀬に認知されてしまったため、誘われる可能性があった。それを最初に潰していく。
 HRが終わり、帰ろうとするとLIMEが来てきた。

『帰らん?』
 仁王だ。奴も参加したくないのかもしれない。女子からのプレッシャーが大きそうだ。今日は一人でいたかったが、こういう時に役に立てなければ『彼女』にしてもらっている意味がない。
 はぁ、と重苦しい息が漏れる。

*

 メイクをして海志館に近い北門に行くと、仁王が手を上げた。刹那は無理に明るい笑みを浮かべる。

「おつかれ〜!」
「おう」

 腕を組んでニコニコと歩き出す。まだみんな教室でだべっている人が多いのか、人がまばらだ。
「打ち上げとか誘われた?」
「おん。だから呼んだんじゃ」
「あはは、だと思った〜。みんな仁王くんと遊んでみたいんだよ」
「御免じゃき」
「ひどいやつ。丸井くんは?」
「知らん」
「冷たっ」
「いや、じゃってクラス違うし」
「誰と一緒だっけ」
「やぎゅ」
「あー。柳生くんは何出たの?」
「ゴルフ」
「ゴルフ!?似合うwww」
「昔からやっとるらしいぜよ。あいつんち医者じゃからの」
「お坊ちゃんなんだ」

 どうでもいい話をして場を繋ぐ。
「…………」
「…………」
 気を抜くと黙り込んでしまって、刹那はまた話題を探した。
「うちのクラスはどれもけっこう負けちゃったみたいだけど、そっちはどうだった?」
「ゴルフとバスケは明日も試合あるぜよ。女子のはよう知らん」
「柳生くんと仁王くんのか〜。さすがだね」
「出るのはかまんけど、打ち上げがだるい。柳生も明日は出るっつっとったし」
「そういうの行くんだ?」
「あいつクラスの輪を重要視するからな」
「行くの?」
「行くわけないじゃろ。明日も頼んだぜよ」
「あ〜……」
「なに?」
「当方明日は熱が出る予定です」
「ブハッ!羨ましいのう。俺もサボりたいところじゃ」
「サボれば?」
「あのなぁ、うちの風紀委員さんはああ見えてけっこう厳しいぜよ」
「見た通りだね」
「じゃの〜」
「……」
「……」

 また沈黙だ。
 夕陽が影を作る。

「夕陽綺麗だね〜」
「……」

 返事が来なかった。話すことが特にないとはいえ、さすがなキャラじゃなかったかとちょっと恥ずかしくなる。
「どうしたん」
「いや、だって綺麗だったから!」
 羞恥を隠すように言い訳すると、「ちゃうよ」と仁王は首を振った。
「なんか元気ないじゃろ」
「……。…えー、そんなことないよ?」
「いつもよりよう喋る」
「……まぁ、元気はないかも?今日はさすがに疲れたぁ」

 あはは、と笑ってみせたが、仁王の観察眼が鋭すぎて怖い。たしかに言う通りだ。仁王に何かを見抜かれたくなさすぎて、元気を装うことのほうに意識が向きすぎていた。
 突き刺さる視線に気付かないふりをする。
「あんまり唇噛み締めなさんな」
「唇?」
「切れとるよ」
 トントン、と仁王は自分の唇を叩いてみせた。
 トイレで泣いた時、たしかに声を我慢しようと唇を噛み締めて、少し破れて血が出てしまっていた。でもすぐ止まったし、口紅で誤魔化したのに。なんで気付けるんだよ。
 言い訳も辞めて、刹那は肩を竦めた。

「今日のバスケは大活躍じゃったのう」
 話したくない気持ちを見抜いているんだろう、話題を変えて仁王がからかいの声で言った。見逃してくれたらしい。余計なことに気付いて指摘してくるくせに、踏み込んでは来ない。距離感の取り方が巧みで嫌になってしまう。
「あはは、まぁね〜。てか見に来るなよ」
「丸井についてっただけ」
「ずっと一緒で仲良しだね〜」
 仁王が嫌そうに顔をしかめる。刹那は笑った。
「やめぇ。あいつとおると、周りの奴ら気使って話しかけてこんくなるんじゃ」
「防波堤扱いw」
「便利じゃよ。柳か幸村でも可。柳生はダメじゃ、顔広いけんの」
「丸井くんも広くない?」
 そうは言ったが、丸井と仁王が二人揃うと独特の空気感が出るのは分かる。柳生と話している時は仁王から漂う近寄り難い雰囲気が中和されるのだが、丸井の場合はヤンキー感が出るというか…。シンプルにガラが悪そうに見える。丸井個人だとむしろ親しみやすそうな雰囲気なのに。
 柳や幸村の場合は、邪魔してはいけなさそうな雰囲気が壁になるんだろう。

「バスケやっとったん?」
「んー…。友達、がミニバスだったから、練習よく付き合ってたんだ〜。3年くらいほとんど毎日1on1してたよ」
 目を細めて視線を落とす。懐かしさも、痛みもある。
「ほうなんか」
「ん」
「運動できるのはちょぉ意外じゃったな」
「まね〜。バスケは一番得意な競技だけど、わたし意外となんでも出来るよ」
「部活入ろうと思わんの?」
「チーム戦向いてない」
「ああ…」
「納得の声出すな!」
「クク。じゃあテニスじゃの。個人戦」
「テニスもまぁまぁ出来るよ。あんたらと比べないでは欲しいけど」
「それも友達か?」
「そうそう。硬式テニスしてる奴がいてさ、見てるだけなのもヒマだし…教えてもらって、よく打ち合ってたんだ。全然相手になれなかったけど」
「強いん?」
「知らないけど色々優勝してたみたい。小学生の頃から天才の名を欲しいままにしてた」
「ほう…。その天才にしごかれたおまんもけっこうやりそうじゃのう?」
「いや、ほんとに遊び程度しかできな……ギャンッッ!!」
「うぉっ」

 突如景色が暗転した。犬が尻尾を踏まれた時みたいな悲鳴を上げ、膝がゴッと鈍い音を立てる。四つん這いになったまま、刹那は瞳をぱちくりとまたたかせた。
 え?なに?
 転んだ?

「おい、大丈夫か」
 仁王の声もちょっと動揺している。だんだんと理解が追いついて、しゃがんで視線を合わせる仁王に刹那は焦ったように声をかけた。
「ごめん、大丈夫!?」
「は?…」
「腕引っ張っちゃってたよね?一緒に転けたりしてない?痛いところは?捻挫とかしてない?」
「あー…俺は平気ぜよ」
「ほんと?」
「ああ。ピンピンしとるよ」
「良かったぁ〜」

 ホッと息をついて立ち上がる。変な汗を掻きそうだった。
「あ、あぶね〜。大会前に選手に怪我させたら……」
「……」
「怖すぎる……ふ、ふふっ……」
 安堵したら笑いが込み上げてきた。ギャンとか出た。初めて出る悲鳴だ。あんな声出たんだわたし。ジワジワとした面白さが我慢出来なくなっていき、たまらず腰を曲げて、刹那はヒィヒィ笑った。
「や……ふふ、あはは!あはははは!!!」
「フッ…」
「いや……あはははは!ま、待って、止まらな……ヒッ、あははは!!はーっ……」
「ク、ハハッ、やめんしゃい、つられる…っハハハ!」
「仁王まで笑わな……ひひひひ……んふふふwwwマ、マンガみたいな転け方したwww」
「クハッ、いきなり視界から消えたんじゃけどww」
「あははは!!ヒュンッ!って?www」
「おん、急になww犬が出たかと」
「犬の悲鳴だったよねwww や、もぉー、恥ずかしwwwだってさ、運動できますみたいな話してる途中だったのにwwwwww」
「ブハッ、ククッ、たしかに」
「マジで恥ずかしい、もー、あははっ」

 手や膝を叩いて涙交じりで爆笑し、ようやく「はーっ」と落ち着いてきた。目尻に浮かんだ涙を拭う。仁王も初めて見るくらい笑っていた。顔がクシャッとなって、眉根が寄って、いつものニヤついた笑みではなく。
 しつこく喉の奥で二人はクツクツ笑って、ようやっと歩き出す。

「いやー、もう……」
「おもろいもん見れたぜよ」
「やめてもー、忘れろ!」
「脳に焼き付いたからむり」
「最悪最悪最悪。もー……ふふっ」
「フ、つられるって」
「ごめんごめんw」
「つか、腕はもうええの?」
「あー。これからやめとこうかな、また巻き込んだらやばい」

 刹那は粗忽物なのでよく転けたりぶつかったりする。普段はスマホを見ながらのながら歩きが悪いのだが…。足首が柔らかいので、ぐにゃんとなるだけで大体はすむが、今日みたいにまた盛大に転んだ時、咄嗟に巻き込まないよう腕を離せるような俊敏な身体能力などないのだ。
 仁王は来年からはレギュラー確定だろうし、関東大会でも何試合が出る有望視されている選手だ。

「そんなヤワじゃないけぇ」
 彼はおもむろに刹那の手を掴んで、自分の腕に持ち上げた。
「でも…」
「次は俺が支えるきに、ええから捕まっときんしゃい」
「わ、かったけど…怪我しないでね?」
「あのなぁ」
 呆れた声だ。
「じゃから俺のセリフじゃって。歩けるか?」
「え、全然歩けるよ。大丈夫」
「ならええけど、コンビニ寄ってくぞ」
「ん、なに買うの?」
「絆創膏と包帯」
「えっ!やっぱ怪我させちゃってた?ごめん……」
「おまん…」

 どうしよう……と顔を青くする刹那に、ハーッと仁王が深いため息をつき、片手で顔を覆う。

「気ぃつことるのかと思ったが、もしかして気付いてないんか?」
「?」
「膝。痛そうでこっちが見ておれん」

 膝?首を傾げて自分の足を見る。真っ赤だった。思わずギョッとすると「呆れた奴じゃのう」と声が降ってくる。
「全然分かんなかった…」
「今痛くなくても、後から痛むタイプじゃよそれ」
 たぶん「ゴッ」の時にブロックの隅あたりにぶつけたんだろう。焦りと笑いで気付かなかったから痛くなかっただけで、自覚したら普通にズキズキと痛みを主張し始めた。
「わ〜、びっくりしたぁ」
 笑いながら、内心で汗を流す。あれ?ふつうに痛いな……いや、待ってふつうにけっこう痛いな……。
 手のひらもなんか痛いかもしれない。見ると擦りむいて、うっすら血が滲んでいた。
 満身創痍で草。草……。
 だが刹那は自分が痛い時、他人にそれを悟られたくないという至極可愛げのない閉鎖的な性格をしている。今更痛いことを悟られるのが嫌で、ニコニコしながらペースを変えず歩いた。

 コンビニの近くの公園につくと、ベンチに刹那を座らせて「待っとって」と仁王がラケバを置いていった。
「ごめん」
「ん」
 わざわざ駆け足で買いに行ってくれる仁王に、ちょっとだけくすぐったい気持ちになる。親切にされるとどうしたらいいか分からない。それも仁王みたいなタイプに。

 すぐに戻ってくると、ベンチの前にしゃがみこんで慣れたように手当てを始めた。自分でやると言っても、ええからと聞いてくれない。足を触られるのが普通に嫌だし、下着が見えないか気になるし、優しくされるとすこし気持ちが悪い。
 膝下に仁王のタオルを当てて、ペットボトルの水を流すと、鋭い痛みが走って身体が揺れた。
「っづう!…」
「ちょっとの我慢じゃ」
「や、全然大丈夫、ありがと」
「…ん」
 水で洗った後マキロンで消毒し、大きめの絆創膏を貼る。
「包帯はいらんかったな」
「あの、ごめん…ありがとうね、わざわざ。レシートある?」
「ええよこれくらい」
「わたしが転んだんだしさ…」
「次は気ィつけんしゃい」
 お金を払わせてもくれない。折れざるを得なかったがどうやって借りを返そう、と渋い顔つきになった。貸しはあればあるだけいいが、借りがあると不安になる。借りはイコールで弱みだと思うからだ。
「せめてタオル洗って返すよ」
「頑固者」
「だってさ…」
 申し訳なさでオロオロする刹那に、仁王が目を細める。

「見直した代」
「なにそれ」
「マネを頑張っとるのは知っとったが…それもなんか企んどるんじゃろうなって思っとったんよ」
「はぁ…」

 知っていましたが。そしてそれは間違っていませんが。
 口を開けて間抜けな顔で仁王を見上げる。
 奴が刹那を観察しているのも、警戒しているのも、ちょこちょこ試しているのも知っていた。

「まさか咄嗟に俺の怪我を心配するとはな」
「はぁ…。それで見直してくれたんだ」
「おう。まー考えはあるんじゃろうけどな。マネとしての意識が高いなら、もうええよ」
「最初にそう言ったじゃない。ふふ、でもありがと」
 何が仁王の警戒を解いたのか、説明されてもピンとは来なかった。けれど、認めてもらえたならラッキーだ。
「選手に尽くすなんて普通の奴じゃよう出来ん」
「そうなの?由比さんとかすごく真剣だと思うけどな」
「それはテニスが好きだとか、選手と仲がいいとかいう下地があって出来ることじゃからの」
「ふぅん」
 たしかに、三軍のマネは意識が低いけど……。じゃあ、刹那の意識は一軍でも通用すると、ちょっと期待を持っていいのだろうか。
「分からんか」
「んー、だって最初からあんまり意識は変わってないから。でも多分、認めてくれたんだよね。ありがとう!」
「認めたっちゅうか…。まぁ、そうじゃの」
 仁王の口調は素っ気ない。それはたぶんちょっとの照れ臭さがあるのかもしれない。仁王って他人を褒めたりするのが苦手そうだし。だから前進したんだろう。素直にうれしい。

「運動部を通ってないのに、ようマネの心得をすぐ身に付けたもんじゃ」
「マネの心得…なのかな?分かんないけど、始める時にスタンスは決めてたんだ」
「スタンス?」
「滅私奉公」
「武士?」
「始める理由が理由だし、途中入部だし、マネージャー自体も初めてだし。認められるためにはテニス部に尽くしているという実績を得るために影日向の努力をするしかないなって」
「真田と気が合いそうじゃ…」
「あはは!でも、方向性は間違ってないってことだよね。なんかやる気出てきた」
「真面目そうな不良かと思えば、やっぱりクソ真面目か」
「真面目ではないけどw」
「真面目じゃよ。あるいは努力家か。マネどころか選手にも出来んやつもおるき」
「それはやる気がないだけじゃない?」
「ほう、厳しいご意見じゃのう」
「えー、叶えたい目標のために努力するのは大前提でしょ。わたしの場合、それが自分で定めた滅私奉公を実践し続けることだけど、努力にも質ややり方があるもんね。でも、間違っていないって選手に肯定されただけ前進だから、すごく助かるよ。あとは突き進むだけ」

 やる気に瞳を燃やす刹那だが、ハッと話しすぎたなと恥ずかしくなった。余計なことばかり言ってしまった。語るのが好きだから…気が緩んだせいもある。

「ちょっと話しすぎたね。まぁ、でも、一軍には行くよ」
「待っとるよ」
「…ん」
 そう言われると、くすぐったい。
「そのやる気の元が何から来るのは気になるが…」
「ふふ」
 ニコ!といつもの笑みを浮かべて仁王を見上げた。奴はいつもの見抜くような鋭い視線ではなく、仕方なさそうな血の通う小さな微笑を浮かべた。
 本当に認めてくれたんだ。淡い喜びが心臓をくすぐる。刹那も作った笑みではなく、自然とほころぶような笑みが零れた。

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