09
 しばらくだべった後二人と別れ、図書室でダラダラ時間を潰した後、刹那は第一体育館に向かった。11時頃からは柳の出るバレーの試合が始まる。クラスの試合の日程表は何一つ覚えていなかったが、柳の出る試合日程はファンクラブのノートに提供されているのできちんとチェックしているのだ。
 球技大会は二日間に渡って行われる。三年までで何十クラスもあり、いくらトーナメントとはいえかなりの試合数になる。刹那の出る玉入れは今日の午後にあり、柳の出るバレーとバスケは今日、ドッジボールは明日だ。

 第一体育館ではバレーが二試合、バスケが二試合行われているところだった。四コートがそれぞれネットで区切られている。
 柳の試合をキョロキョロと探したが、探すまでもなく圧倒的に女子の応援が多いコートが端の方にあった。絶対にあそこだろう。幸い女子が多いから刹那が紛れても柳にはバレなさそうだ。コートの周りや体育館の壁に沿って大量に女子がいて、二階の観戦席もほとんどうまるほど女子に溢れている。

「あれ、刹那?」

 二階に上がる階段に向かおうとすると、バレーコートとは反対の方から声をかけられた。ミチカだ。
「刹那も応援?こっち来な〜」
 手招きされて刹那はうげ、と内心顔を歪めた。誘ってくれるのは嬉しいがあまりにもタイミングが悪い。入口近くの右側のコートで、運の悪いことに刹那のクラスの女子バスケの試合が行われていたらしい。
 ミチカが手を振ったことで、周りにいた同じクラスの女子数人も刹那のことを見ている。諦めてため息をついた。まぁ、バスケの試合はもう始まっているから、柳の試合が見れるかもしれない……。

 壁に寄りかかっているミチカの隣に座る。
「珍しいじゃん、どっかに引きこもってるかと思ってた」
「まぁね……」
「頑張ってるけどちょっと相手強すぎだわ」
「ほーん」
 すでに1クォーター終わっているらしい。相手が先取し、今のスコアは24対7。トリプルスコアだ。
「え、強すぎない?」
「向こう全員ミニバス経験者らしいよ。こっちは永瀬さんと愛莉しかミニバスいないんだって」
「全員?ガチすぎない?」
「んね〜」

 まぁ、この調子なら柳が見れそうだ。1クォーター10分で、2クォーター先取した方が勝利となるルールだった。さすがに1試合40分は時間がかかりすぎるし本格的すぎるからだろう。
 ミチカは他の子と話していて、みんなあまり試合を見ていない。負け確定だし。チームの子も覇気をすでに失っているように見える。
 体育座りして刹那もボーッとスマホをいじった。
 コートの右隣ではどこかのクラスの女子バスケの試合をやっていて、隣の2コートは男子バレーだったが、柳は一番端なのでここからだと女子の壁で何も見えない。

 はーあ、ここの試合終わるまでどっかに逃げようかな…。
 財布も持っていているし。でも海風館遠いしな……。

 クラスの女子ともほとんど話さない上に、ミチカたちの会話に混ざる気が微塵もないので、刹那はこの場にいてもいなくても変わらない存在だ。
 いや、でもさすがに今消えたら負け試合に冷めて応援しない子みたいであまりにも印象が悪い。

 柳くんが見たかったのにな…。
 歓声が響き始めたから、たぶん柳の試合はもう始まってしまっている。バレーも2セット先取だが、バスケと違い時間制ではないため、早々と大差で終わってしまう可能性がある。
 ああ、アタックとかサーブとかしてる柳くんが見たかった……。テニスしている柳は部活で見れるようになったけど、他のスポーツしてるところはレアだし……。去年は同クラだったから堂々と応援できて良かったなぁ……。でもファンになったのは球技大会が終わったあとだったから、正直あまりきちんと見ていなかった。だから今年は勇姿を目に焼き付けたかったのに……。

 グチグチと未練たらしく心の中でため息をついていると、突然「ピピーッ!」とけたたましく笛が響いた。ビクッと肩を揺らす。
 ミチカが「愛莉!大丈夫?」と叫んだ。
 コートの中で木島愛莉が倒れ込んでいて、審判が駆け寄っている。
「何?どうしたの?」
「分かんない、ぶつかられたみたい」
 応援していた女子たちがソワソワして意味もなく立ち上がったり、顔を見合わせている。刹那も流れに合わせて立ち上がった。
 同クラの選手たちが「反則でしょ!?」「ファール!ファール!」となにやら揉めている。

 木島が笑って手を振って、怒り心頭の選手たちを宥めていた。
「大丈夫大丈夫、今のもただのスクリーンだし。やばい、体幹弱くなってるわ〜」
 だが、立ち上がろうとした彼女が「痛っ」と顔を歪めて足首を抑えた。コートが騒然とする。どうやら捻挫したらしい。審判がブロッキングのファウルを与えたが、木島は周りの子に支えられながら足を引きずってコートの外に出ていく。試合が一時中断されることになった。困った顔で選手が応援している女子たちの方にやってくる。男子も二階席にいたようで上からもザワザワした心配の声が聞こえた。

 大変だな〜、と他人事で見ていた刹那だったが、他人事ではいられなくなった。
 永瀬が「誰かバスケ出れる人いない?」とこの場にいる刹那含めた五人に尋ねたのだ。

「えっ……」
 当然全員が絶句してしまった。
「無理無理無理無理無理無理、私運動マジで出来ない」
 即座にミチカが必死に首を振る。首が取れそうなほど全力で振る。他の子もそれに乗って「やったことない」「私文化部だから…」と控えめに、断固とした拒絶をした。刹那は気配を消して女子の影に隠れた。

 だが、許されなかった。
 ミニバス出身の木島の代わりを立候補する子は当然ながら出ず、運動神経に自信のある子は第二体育館でやっているドッジボールの方に出ているらしい。他の女子はたぶん校庭のサッカーの応援かなにかに行っている。呼びにいく時間がない。
 そして仕方なく、この場に応援に来ていた女子五人でジャンケンをする流れになってしまった。逃げようと思ったが、ミチカがギロッと睨んだ。ここで逃げて、あまつさえミチカが出ることになったら、たぶん本当に引くほどキレられるだろう。
 ため息を押し殺し、仕方なく手を出す。なんだか嫌な予感がする。
 何度かあいこが続いた。

「……………………」

 刹那は自分のチョキを出した手を無言で見つめた。
「あ〜…」
 気まずい空気が漂う。最悪だ。負ける気がしていたが、本当に負けた。死ね。
 周りの子が気を使ったように「白凪さん、がんばって…」「えーっと、他の子も初心者だし!」と空元気な声援を送ってきた。選手たちは半笑いで顔を見合わせ、すでに「あーあ……」という雰囲気に包まれていた。
「私が怪我しちゃったせいで本当にごめんね。あの、あんまりボール持たなくても大丈夫だから!ドリブルとか難しかったら、すぐに誰かにパスすればいいし!」
 明るい声で、なおかつ申し訳なさそうに木島が刹那の背中をポンとたたく。彼女が謝ることではないのに、ふつうにいい子だ。
「うん、まぁ、がんばるね…」
 諦め声で小さく言う。本当に最悪。この地獄みたいな空気の中で気を使われながら出なきゃいけないなんて。
「大丈夫でしょ!刹那運動神経いいもんね!」
「そうなの?」
「そうそう!スポッチャとかで一緒にバスケしたけどふつうにシュートとか打てるし。ね!」
「他人事だと思ってさぁ…」
「あはは、ごめんごめん。頑張って」

 ジト目で睨むが、地獄に行かなくてすんだミチカはカラッと笑っている。ふつうにムカついたが、負けたものは仕方がない。メガネを外して、財布と携帯をミチカに押し付けた。
 嫌々コートに入る。

「メガネなくて見えるの?大丈夫?」
「ああ、うん、あれ紫外線を遮断するものなの。わたし目が直射日光に弱くて」
「そうだったんだ」
「がんばろうね!」
「私たちもフォローするから!」

 慣れたように嘘をつき、選手たちががんばってフォローをして士気を上げようとしてくれた。胸が痛い。なんでこの子なんだ……という空気を頑張って振り払おうとしている。
 相手の選手も微妙な雰囲気が漂っていた。

「は!?白凪出んの!?」
 向こうの二階席から素っ頓狂な声がした。聞き馴染みのある声に刹那は心底舌打ちをしたくなった。顔を上げると、案の定丸井が手すりから身を乗り出していた。
 隣に仁王がいて、奴も目を瞠っている。
「マジかよ、白凪ファイト!」
「ファイトじゃ〜」
 なんでいるんだよこいつら!
 どうやら隣でバスケをしていたのが丸井のクラスらしい。
 仁王の声がバカにしているようにしか聞こえなかった。二人のせいで他のコートの応援席からも視線が刺さったのを感じる。死ね。無駄に声がでけーんだから声かけてくんなよ!
 八つ当たりでしかないことを毒づき、目を強く強くつぶった。
 はーあ……。
 何もかもが最悪だ。今日の運勢はきっと最下位だろう。

*

 試合が再開される。残り試合はあと6分だ。
 こっちのスローインから始まり、選手が散らばる。最初のパスは当然のように経験者の永瀬が受け取ったが、相手はほとんど全員が永瀬のそばで警戒している。
 ドリブルで何人か抜いたが、抜けきれずに止まってドリブルをしている。相手と対峙しながらパス出来る場所を探す永瀬。刹那には当たり前に誰もついていない。

 走り寄って、永瀬の視界のすみで手を上げると彼女は瞠目したが「ナイス!」と選手の腕の下を通り抜けるバウンドパスを投げた。
 えっ?と相手選手が振り返る。
 パスを受けて刹那はさっさとドリブルで前に進んだ。永瀬が斜めに走っていく。だが相手選手もパスするのが分かっていて、すぐさま永瀬に張り付き、隙がない。

 他の子は……と視線をさ迷わせるが、もう、自分でした方が早いな。
 全く警戒されていないのか、ボールを奪いにくる選手はおらず、パスコースだけ塞がれている。
 足を止めずに刹那はドリブルで前に走り抜け、トン、トン、とタイミング良くジャンプした。ガシャッとリングが小気味よい音を立て、ボールがネットをくぐる。

「えっ……えっ?」
 一瞬シーンとして、誰かの声がした。永瀬が「ナイッシュー!!」と叫んだ。応援席からキャーっという甲高い声が上がった。

「レイアップ!?すごい!!白凪さん経験者!?」
 興奮したように永瀬が刹那に抱きついた。な、馴れ馴れしい。他の子にもすごいすごいと囲まれ、刹那は困ったように微笑む。
「友達がミニバスだったから。遊びだけど、三年くらいその子に教えてもらったよ」
 そう答えて、刹那は昏い瞳で爪先を睨んだ。
 バスケに出たくなかった。
「それで出来るのすごいよ!ルールもちゃんと覚えてたりする?」
「うん、基本的なことは。でも1on1ばっかりだったから、ミニバス相手に本格的なプレーは出来ないよ。チームでしたこともないし…」
「じゅーぶんだよ!うわー、びっくりした!」
「キドっちが運動神経いいって言ってたもんね!」
 いきなりみんなフレンドリーになってうんざりする。ハハ…と愛想良く笑っておく。
 バスケに出ている子は、未経験者とはいえみんなスポーツを通っている子ばかりだ。だから見下されるような雰囲気だったが、それが一気に霧散した。現金な子たち……。

「やるじゃん、白凪!ナイシュ!」
 丸井がウインクして手を上げた。刹那も手を上げて答える。

 プレーが続く。
 相手は全員ミニバス出身なので、当たり前だが刹那は抜かれたり、ボールを奪われたりしたが、刹那も何回か抜き返したり、パスをしたり、シュートを決めたりした。
 そのたび、周りがワーッと盛り上がってくれる。
 ミスすればまるで友達かのように「ドンマイドンマイ」と手を合わせた。

 自覚しているが、刹那は観察眼が鋭く、視野も広い。だからいい立ち位置を取れて、パスが回る。そうしてチーム全体にパスが回りやすくなっていく。そして1on1を何度も、何度も、何度も、何度も飽きるほど繰り返してきたので、ボールを奪うのも、抜くのも、ある程度はできる。
 何度目かのチャンスが巡ってきた。
 目の前に敵が張り付いている。ドリブルしようとした刹那に合わせて敵がサッと下がった。刹那がパッとジャンプしてボールを投げる。
 弧を描いて飛んでいったボールが、くるくるとリングを回ってそのままネットをくぐった。
 スリーポイントが入る。
 ワァワァと歓声が上がって、背中を叩かれたり、抱きつかれるのに笑って返す。
「スリーも打てたの!?」
「ナイッシュー!」
 点差は離れていくばかりだったが、みんな楽しそうだった。刹那も笑みを浮かべた。

 だけど、どこか全ての景色も、全ての声援も、全ての賞賛も遠くで聞こえるような気がしていた。
 バスケをしていると気分が沈んでいく。
 バスケが好きだった。バスケをするのが楽しかった。親友が楽しそうに、嬉しそうに教えてくれるのが嬉しかった。

 ──絵麻とするバスケが、好きだった。

*

 懐かしさと、悔しさと、虚しさ。怒り。
 色々な感情と思い出で閉塞感に喉が締め付けられる。

 小二の頃、ミニバスを始めた絵麻。彼女はすぐにバスケに夢中になった。刹那は昔から他人に興味が薄い子供だったから「刹那もやろうよ!」とミニバスに誘われても入る気にはなれなかったけれど、休み時間のたびに他の子とバスケに行ってしまうのが寂しくて、バスケを教えてもらうようになった。
 ミニバスのあと、家の近くの公園で、今日はこれを習ったの、だとかドリブルのコツはね……だとか、楽しそうに指折り話しながら、暗くなるまで遊んだ。
 刹那が上手くなると絵麻が喜んでくれた。
 中休みも昼休みも、いつも体育館にすっ飛んでいって汗だくになってボールを追いかけた。
 1on1を数え切れないくらい繰り返した。
 絵麻がレギュラーになるとますます熱中して、自主練と称していつも向かい合っていた。

「刹那と一緒のチームだったら絶対楽しいのに!SFとか…あ、でもあたしがSFだからライバルになるなー。ライバルも楽しそうだけど、負けたくないから〜……うーん、PGかな!」
「司令塔?」
「そう!頭いいし、向いてると思う!」
「かなぁ?でもミニバスは興味ないからいいや」
「なんでよー!!」
「絵麻とだけバスケ出来たらいいもん」
「キャハハッ、あんたホントあたしのこと好きだよね〜」
「うん!」
「あたしも!他の子はつまんないし。刹那が一番!」
「ふふん、でしょ〜?」

 夕陽の下で、バカみたいなことを言い合って笑っていた。
 ほんと、バカみたいに能天気で、バカみたいにまっすぐで、バカみたいに信じていて、バカみたいに絵麻が好きだった。

 わたしたち親友だったのに……どうして裏切ったの?

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