06
「あー、美味かった!」
「たしかに味はまぁまぁだったっすね」
「なんであんたはいちいち偉そうなの?」
「オレ偉いんで!」
「意味わかんね」

 思ったより喫茶店でゆっくりしてしまったが、店を出ても陽は落ち切っていなかった。黄昏をわずかに過ぎた、薄紫と紺がグラデーションの空。陽の長さに夏の訪れを感じる。

「この後どうするんスか?ゲーセン行きません?」
「えー、ジャッカルどうする?」
「なんでオレに聞くんだよ」
「どうせ帰る方一緒じゃん」
「行きましょうよ〜!ねえねえねえねえ!この前付き合ってくんなかったし、せっかくみんなでいるんだからさぁ」
「分かった分かった、オレは行ってもいいぜ。つっても数百円で辞めるけど…」
「じゃあオレも行く」
「よっしゃ!由比先輩も!」
「え?帰るつもりだったよ」
「はぁ!?ノリ悪っ、ありえないっしょ!」
「だって真逆だもん」
「いいじゃんたまには!幸村先輩たちなんかゲームなんてしねーっしょ?」
「そうだけど…うーん」

 彼らは遊んで帰るようだ。由比の隣でひっそりと会話の流れを見守っていたのに、由比が急にパッと刹那を見た。
「白凪さんはどうする?」
「えっ?」
「えっ?」
 当然その輪の中に自分は入っていないものだと思っていたから、思わず疑問符が飛び出たが、その声と重なって切原の声も聞こえた。つくづく失礼なガキだな、こいつ。
「わたしはいいかな。みんなで楽しんできて」
「えー、じゃあ私もいいや」
「はぁ〜?」
「女子一人でわざわざ遠い場所に行くのめんどくさいもん。ゲーセンはちょっと楽しそうだけどさ〜」
「…チッ。あんたも来たら?そしたら由比先輩も来てくれるんでしょ?」
「切原!」

 明確に舌打ちが聞こえ、刹那も舌打ちをしたくなった。刹那の笑みが深まる。由比が切原の首元をグイッと引っ掴んでヒソヒソ言っている。
「あんたなんでそんなに態度悪いわけ?」
「どーでもいいじゃん。つーか今日だってあいつが交ざるの我慢してやってるんだから」
「後からついてきたのはあんたでしょ!白凪さんにあんまり辛く当たらないでよ」
「なんで?」
「何でって…」
「だって別にテニスが好きで入ってきたんじゃないんスよね?そんなぬるくて気合いもねー奴になんでオレが優しくしなきゃなんないわけ?」

 切原の声は丸聞こえだ。聞かれてもいいと思っているんだろう。桑原が気まずそうに「ごめんな」と謝り、丸井が「まー、あいつのことは気にすんなよ」と他人事のように励ました。

 なるほど、刹那の「文学部の執筆ため」という理由は共有されているらしい。どこまで共有されているのかは分からないが、強豪テニス部で部長たちに期待をかけられるほどテニスに打ち込む切原からしてみれば、テニス以外の理由で入ってきた刹那が気に食わないのは当然かもしれない。
 彼の態度に納得がいくし、気持ちも理解出来る。
 だからこそ彼女が刹那を庇い、怒ってくれるのが嬉しい。

 由比茜しかいらねぇ〜……。

 まぁ、けれど、切原の意見に納得いったからと言って、ムカつくものはムカつく。
「由比さん、一緒に行こうよ」
「えっ?」
「ゲーセン。わたしも行くことにした。由比さんも来てくれるでしょ?」
「あ、うん…」

 三軍にいるかぎり準レギュラーの切原との関わりは生まれないし、最初から反感があるなら努力したって認める気にはそうそうならないだろう。
 そう思ったら我慢するのがバカバカしくなった。
 彼のような我の強いタイプに下手に出たって舐められて終わりだ。なら最初から気に入られるのを諦めて、普通にムカつくから殺そう。

 切原は不機嫌で、それ以外は気まずそうな盛り上がらない空気感の中、駅前通りのゲームセンターに辿り着く。けっこう大きくて、最新の機種も揃っている。
 ゲーセンに入った瞬間切原はコロッと機嫌を直して、「格ゲーやりましょうよ格ゲー!」と走り出した。
 彼は格ゲーが得意らしい。一直線に向かい、慣れたように画面を操作している。だが、刹那も得意だ。不登校時代、母の店の近くのゲームセンターに深夜まで入り浸っていた。この機種も馴染みがある。

「誰相手になります?」
「わたしがやっていいかな」
「はぁ?」
 無邪気な戦闘心を浮かべる切原。その台の向かいに立ち、刹那もニコニコっと笑って見せた。
「へぇ〜…出来んだ?」
「少しは」
「ふーん、いいぜ、ぶっ潰してやるよ!」
 ぶっ殺してやるからなクソガキ。

 二人の戦いは白熱した。「あっ、クソ!」「ゲエッ、なんで今そのコンボ出せんだよ!」「抜けろ抜けろ抜けろ抜けろ!」「置きウザすぎ!ウザウザウザ!!」切原は画面に齧り付いて怒鳴りまくっている。対象に刹那は唇を引き結んで淡々としていたが、手は忙しなく動かし続けていた。

「うああーーっ!嘘だろ!?」
 癖毛を掴んで切原が悔しげに仰け反って叫んだ。刹那の勝利だ。残っている体力ゲージはほんの数ミリでギリギリの戦いだったが、勝ちは勝ちだ。
 腹の底から喜びがせりあがってきて、刹那は立ち上がった。切原を得意げに見下げる。前髪と眼鏡で見えなくとも分かる勝ち誇った表情で言い放つ。
「あーっはっは、口ほどにもないわ、このクソガキが!」
「はぁっ!?クソガキ!?」
「そうでしょ?生意気なクソガキ。それとも〜弱虫ちゃんかなぁ〜?あーっはっは!」
「クッソ、てめぇ…!つーかアンタそんな性格だったわけ!?クソ女じゃん!」
「あんたにだけなんだけど。生意気な奴に優しくする必要ないし。あー、スッキリした。あははは」
「待てよ、なんかの間違い!もう一回!次はぜってーオレが勝つ!」
「いいよ。次もボコボコにしてあげる」

 数分後、また刹那は腰に手を当ててふんぞり返っていた。切原は拳をぶるぶる震わせて「クッソーー!!」と叫んでいる。

「ガチでミリなのに!あと一発入ってれば……!くうううっ、あそこで前ステじゃなくて低空入れてれば…!」
「それって負け惜しみですかぁ〜?」
「てめえええええ」

 気持ちいい〜っ!刹那は脳内で喝采を叫んでいた。いやー、こんなに清々しい気持ちになるのはいつぶりだろう。

「…え、白凪…さん?」
 困惑した声に刹那はビクッとして首をグリンと回した。戸惑っている…というか引いている3人が突っ立っている。途中から見ていたようだ。画面に集中していてまったく気付かなかった。
「白凪って実はそーいうキャラ?」
「やだ丸井くん、違うよ。切原がムカつくからこうしてるだけ。それに格ゲーって口悪くなっちゃうの」
「誤魔化さなくていいじゃん、別にどっちにしろオレはお前のことよく知らねぇんだし」
「あ、ああ、オレもいいと思うぜ」
 桑原のフォローが痛い。どう見ても引いている。丸井は動じていないが、それは刹那に興味がないからだろう。

「えーと、白凪さんゲーム強いんだね!切原に勝つなんて!」
 由比も立ち直ったようだ。口の悪さと気の強さが露呈してしまったが、気の強さは徐々に出していくつもりだったので、刹那はニコッとはにかんだ。
「小6の時ゲーセンに通ってたんだ。他のゲームも得意だよ」
「何ほのぼの話してんだよ!もう一回!」
 切原が割り込んでくる。諦めの悪いやつだ。
「まだ?」
「たりめーだろ!勝ち逃げなんて許さねー!」
 こいつ、最早敬語すら使わなくなっている。イラッとして機体にコインを入れた。

「っしゃあああああ!!ざまあみろ!っしゃあ!やっぱオレの方が強えええ!ザーコ!もう二度と偉そうにすんなよ!」
「クソガキ…ッ」
 だが、次に負けたのは刹那だった。
 2連敗したくせにちょっと勝っただけで、どうしてここまで人をイラつかせることが出来るのか心底不思議なくらい煽ってくる。
 煽り耐性が低い方ではないのに、なぜこいつに煽られるとここまで癇に障るのか。
 刹那は無言でまたコインを入れた。
「はぁ?もっかいやりたいわけ?」
「さっさとしてよ」
「人にお願いする時はなんて言うんですか〜?」
「殺す!」

 そんなことを繰り返し、ふたりは結局10ゲームも画面に張り付いていた。刹那が6勝、切原が4勝である。切原が頭をかきむしって地団駄を踏んでいた。
 なんとか勝ち越したが、危なかった。かなりセンスがいいし、それだけではなくやり込んだ努力を感じる。勝てたのは刹那が暇つぶしに最新機種が出たら定期的に触っていたおかげだろう。切原はテニスで離れていたのか、新しい仕様や技に時折対応出来ていなかった節があった。

「もっかい!もっかい!もっかい!」
「うるさい。さすがにもう疲れたって」
「逃げるな!卑怯者ーーッッ!」
「あんたは炭治郎って玉じゃないでしょww」

 まさか漫画ネタが出てくるとは思わず、吹き出して突っ込むと、切原もニヤッと笑った。
「へー、アンタも読んでんだ。単行本派?ジャンプ?」
「先輩って呼べクソガキ。毎週読んでるよ。漫画も買ってるし」
「マジ?他に何買ってんの?」
「ジャンプ系は大体買ってるよ。ファンブックとか小説も」
「その大体を聞いてんの!」
「敬語使えよ。えー、ワンピ、銀魂、REBORN、黒バス、BLEACH、ヒロアカ……大体だって。多すぎて言い切れない」
「はぁ?全巻!?」
「うん」
「金持ちじゃん!うわ、いいなー」

 いつの間にか最初にあった険悪な空気は消え、ひとしきりジャンプの話で盛り上がる。切原とはかなりマンガの好みが合った。ジャンプでもToLOVEるやいちご100%のようなお色気ご都合ハーレムものより、バトルマンガの方が好きらしい。
 ジャンプ以外のマンガにも切原はけっこう詳しくて、しかも頭が悪そうな言動をするくせに、マンガのキャラクターの名前や細かいストーリーを昔の分までちゃんと覚えている。
 「面白いよねー」「かっこいいよねー」というにわかにありがちな表面上の浅い会話ではなく、切原ときちんとマンガについて語り合えていることに、刹那の心がウキウキとときめいた。
 なかなか分かってるじゃん、こいつ。

「あれ?つーかみんなは?」
「違うゲームでもしてるんじゃない?」
 格ゲーに長い時間夢中になっていたからか由比たちがいなくなっていた。3人を探しながら、赤也は「あれは?」「あれも出来んの?」と無邪気に問いかけてきた。こうして見ると犬のようで多少可愛げがなくもない。
 リズムゲーも、シューティングも、クレーンゲームも、パチンコも割となんでも刹那は得意だ。
「マジかよ、アンタ話合いすぎだろ!他のゲームもすんの?」
「他のって例えば?」
「Switchとか」
「あー、持ってるけどあんまりしない。ポケモン、マイクラ、スプラくらい」
 恋愛ゲームはあえて言わない。
「スプラすんの?ウデマエは?」
「あんまり上手くないよ。S+はいったけど借金生活だし、Xマッチでボコボコにされてる」
「S+なんぼ?」
「一瞬+10いったくらい」
「すげーじゃん!オレとあんま変わんねー。持ちブキは?」
「切原は絶対ガロンでしょ」
「ガロン最強だろ!」
「やっぱね。えー、わたしはオフロ、わかば、スシコラ、シャプマ、ガロン、ローラーあたりかな。リッターとかスクイクも好き。ヒッセンも使うしパブロも使うし…ジムワイパーも面白いよね。あ、クラブラ!クラブラ最強!クラブラ最強!クラブラ最強!」
「うげえっ、クラブラ使うのかよ」
「気持ちいいよガチで」
「あれ1番嫌いなんだけど!パンパンパンパン!マジでうっぜえええ……!」
「わたしはマニューバー系がムリ。スパッタリーに憎しみを抱いてる」
「なんで?かっけーじゃん!オレめっちゃ使ってる」
「オフロわかばがメインだったからさぁ。オフロじゃ絶対対面負けるんだよねスパに……クソ……」
「なんでそんな初心者向け使ってんの?」
「オフロとクラブラは頭使わないのが楽しい。雨も楽しい。わかばはボムで殺すのが気持ちよすぎる。わたしめっちゃボム上手いよ」
「ボムガチでムリ!あれ強すぎじゃね?なのにオレが使うと全然死なねーし!ヤグラに乗んねーだろあれ」
「慣れたら簡単だよ」
「乗せれんの?」
「当たり前じゃん」

 こんなに人と盛り上がるのは久しぶりだ。というか素で話すのも、ミチカと侑士以外にしたことがないレベルだ。仁王にはある程度猫を被っているというか、大体の人類に対して刹那はにこやかで穏やかに振る舞うよう心がけている。

「あっ、いた。丸井せんぱーい!」
「おー」

 彼らはクレーンゲームで遊んでいたらしい。由比が何個かぬいぐるみを持っているから、丸井もけっこう上手いらしい。

「わたしそろそろ帰ろうかな。由比さん、今日は誘ってくれてありがとう。楽しかった。途中ゲームに夢中になっちゃってごめんね」
「何その喋り方キモッ!」
「切原!まったく……私も楽しかったよ!切原と仲良くなれた?」
「ううん、全然なってないよ」
「いちいちウザッ!」
「あはは、丸井くんと桑原くんもありがとね。バイバイ」
「楽しかったぜぃ」
「気をつけて帰れよ」
「ねー、今度スプラやりましょうよ!」
「え、やだ」
「はぁ!?なんで!?オレかなりつぇーよ!」
「生意気だから。敬語使えよクソガキ。バイバ〜イ」

 鼻を鳴らしてバカにしてみせたが、正直かなり楽しかった。話しやすかったし……。まぁ、ムカつくものはムカつくけど。
 仲良くなる「機会」がこんな形になるとは思わなかったけれど、そんなに悪くなかった気がするのは、切原と思いのほか話が合いすぎてしまったせいかもしれない。
 キャラの違う刹那を由比はどう思っただろう……。それだけが不安だったが、楽しい気分のまま帰りたくて、その不安は頭の隅に追いやっておく。
 帰ったら久しぶりにスプラをしようかな。
 そう考えると刹那の足取りは自然に軽くなった。

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