忍足侑士
2023/04/04 03:31
新しくおろした浴衣を着て、髪も巻いて、慣れない下駄を履いたりなんてして。今日は待ちに待った夏祭りだ。
「お待たせ」神社の門の前でゆったりと立っていた侑士の着物姿に胸がときめく。
「全然待ってへんよ…ほな行こか」
じっと頭からつま先まで眺めたのに彼は微笑むだけで何も言わないから不安になるけど、「人多いな…俺から離れんどき」
ぎゅっと握られた手でそんなの吹き飛んじゃう。大きなてのひらに包まれながら縁日を回る。綿あめ、りんご飴、焼きそばたこ焼き、かき氷。お祭りの屋台ってどうしてこんなに特別に感じるんだろう?
フ、と耳元で侑士の吹き出す声。
「自分、ほんま美味そうに食うなあ」俺にも分けてや、左手で髪をかきあげながら、彼はわたしの腕を掴むとゆっくり箸を口に運ぶ。
光に照らされる横顔が何だか色っぽくて真っ直ぐ見れない。
「そろそろ疲れたんちゃう?下駄って歩きづらいやろ」
さり気ない優しさがくすぐったかった。木の影、人に隠れるようにわたし達は花火を見た。
「わ、近い!綺麗だね」
夜空を彩る眩さに歓声を上げて振り返ると、目元を緩めた侑士と目が合った。
「せやなあ」その声があまりにも優しくて心臓が跳ねる。
「けど、自分のがずっと綺麗や。今日の格好ほんまに似合っとる」
繋いだ手に力が込められる。からだがあつい。
「ゆ、侑士…」眼鏡越しの彼の瞳もきらきら潤んでいた。
ゆっくり近づく唇にわたしはそっと目を閉じた。花火の音が瞼の裏に響く。きっとこのキスをずっと忘れない。
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