シャッフルユニット:ポップス組 03
 ピコン。
 手の中のスマホが電子的な通知音を鳴らして、反射的に視線を落とす。女の子からの連絡かな、と思って、その度どこか後ろ髪を引かれるような気分になりながら。

『🦐があなたを「課題用」に招待しました』

 画面にはそんな無機質なメッセージが浮かんでいた。チャットグループへのただの招待通知だ。なぜかどこかほっとする。確認すれば、瀬名泉が作ったグループで、招待は羽風薫と蓮巳敬人のみ。
「瀬名くんらしい……」
 思わずクスリと笑いが零れる。
 業務用グループだろう。参加をタップすると、数分後に蓮巳も入ってきた。



🦐:とりあえずグループ作ったから練習に参加出来そうな時間とか、手直ししたい箇所あったら共有して

蓮巳敬人:了解した

薫:瀬名くんもマメだね〜♪

🦐:明日は俺撮影で1日学校いないから

蓮巳敬人:了解した

薫:botなの?

蓮巳敬人:bot?とは?

🦐:スルーして。明日早いから寝る。オヤスミ

蓮巳敬人:了解した

薫:ツッコミどころしかないんだけど……。まあいいや。オヤスミ〜

薫:俺は放課後UNDEADの練習あるから報告しとくね

蓮巳敬人:了解した。練習室の鍵は常に俺が携帯しているので使いたい時は言ってくれ。朝は靴箱に入れておく。パスワードは××××だ。7時には登校しているので、それ以降は生徒会室に来い。

薫:言っちゃっていいの?

蓮巳敬人:特に何かされるとは思っていない。それに、ライブが終われば変更する予定だ。

薫:了解したよ

蓮巳敬人:貴様ももう休め。遅刻したら許さんからな

薫:はいはい、了解したよ。オヤスミ♪



 挨拶をして、蓮巳敬人の名前を「了解したbot」に変更し、ベッドにぼふりと飛び込む。
 同級生とLINEをするのは久しぶりだ。仲のいい深海は基本携帯を携帯しないし、よく水没させたり充電切れで放置している。朔間も携帯しないし、機械音痴だからあまり使っていない。
 瀬名泉のLINE名には毎回新鮮にジワジワ笑ってしまう。いくら仕事用のスマホを別に分けているとは言え、ふざけすぎでしょ。らしくない男子高校生な一面はミスマッチで面白い。
 蓮巳いじりもガンスルーでそれが逆にツボに入って、羽風はひとりで喉を鳴らした。今日は青春めいたやり取りを不思議なメンツと交わしてしまった。らしくない。羽風もまったくらしくない。

 最近の羽風は、前の自分からは考えられないほど変化していることばっかりだ。
 女の子からの連絡じゃなくてほっとするなんて、考えられないことだったのに。

 最近、アイドルへの向き合い方が変わった自覚はあった。卒業後どうするのかはまだ迷っているけれど、このままじゃいけないことは羽風自身がずっと分かっている。
 適当に頑張らないことに対して何の罪悪感も無いふりを出来なくなり始めているくらいには、アイドルにも、UNDEADにも愛着を持ってしまった。
 本当におかしいことに、UNDEADが自分の居場所だと思ってしまっている。卒業したら手から離れていってしまうものだと分かっているのに、手放すことを寂しく思う自分がいる。

 デートに誘われたらきっと羽風は迷う。
 出来るだけ誘ってくれた女の子の誘いを断りたくないし、悲しい顔をさせたくない。楽しい時間を一緒に過ごして、笑う顔を見たいと思う。
 でもそんな時間は作れない、と思うようになった。ライブはひっきりなしにあって、試験も控えていて、イベントも増えていて……。今までみたいにサボってデートしてしまおう、と思うと同時に、いつまでに歌とダンスを仕上げなきゃ……とか、今日はレッスンがあったな、とか、後輩がトーク番組に出るんだっけ……とか。
 そんな、過去の羽風には無かったたわいない人の繋がりが浮かぶ。

 卒業後は進学しろと父には言われるだろう。
 そろそろ本格的に将来を見据えて選択していかなければならない。アイドルを一生出来るとも思わないし、やりたいのかも分からない。
 ソロでするほどアイドルにまだ本気ではないと思うし、覚悟がない人間が成功するほど芸能界は甘い世界じゃない。バラバラになって、違う人間とユニットを組んでまでアイドルを続けるなら、いっそスッパリとケジメをつけた方が未練を断ち切るという意味でもいいかもしれない。

 どうせ失ってしまうものに対して誠実であることなんて、ただただ虚しいだけなのに、それ以上に惹かれてしまうのは何故なんだろう。



 部室のドアを開けると、重厚なサウンドがギャ〜ン!と耳に突き刺さって、反射的に顔をしかめた。
「あっ、お疲れ様です」
「オツカレサマでーす」
「オウ、今日はサボんなかったみて〜だな」
「こんにちは、羽風先輩」
 挨拶が飛んできて演奏が止まる。部活がなくても双子や大神はよく顔を出して楽器を奏でることが多かった。羽風はあんまり部室が好きではない。朔間の領域だけあって暗くてジメジメしてるし、部室イコール練習だからやる気は起きないし、うるさいし。全員違う楽器でセッションしている時なら上手いのに、気分で全員ギターを弾いたりする上に、自分のやりたい曲を好き勝手にそれぞれ弾いているので不協和音がとんでもない時がある。
 羽風自身は楽器をやらないけれど、習わされていたから耳は良かった。だからなおさら思うけど、こんな場所にいたら耳がバカになってしまう。
 ワンちゃん達は何故かむしろ、この環境で音楽的なセンスが磨かれていくみたいだけど。
 今でもやっているライブハウスの経営やUNDEADのライブで慣れたとはいえ、羽風は本来ヴァイオリンとかピアノの演奏会とかオペラとか、そういうものの方が馴染みがあるのだ。静謐な空間で耳と心を落ち着かせて音を奏でる練習法に慣れている羽風には、たまに大神や朔間を見ていると、触れる音や環境の違いが浮き彫りにされる。

「オイ!いつまで寝てんだよ、吸血鬼ヤロ〜!メンバー揃ったぞ!」
 隅っこにある棺桶をガンガン蹴り上げている晃牙を横目に「今日練習なんですよね!」「俺たち上がりますね〜」と双子がさくさくとギターを片付けている。
 乙狩がマイクとスピーカーを繋ぐと、大神が「ア"ッッ!」と野太い声で叫んだ。キーーーン……とハウリングして耳が痛くなりそうだ。
「トマトジュース切らしてんだった!双子!今すぐ購買行ってこい!」
「ええ〜〜」
「今から帰るとこなのに」
「うるせえ!いいからダッシュしやがれ!」
 鞄から財布を取り出し投げつけると「じゃあアニキお願いね」「もう、仕方ないなあほんとに」とうんざりしながらひなたのほうが仕方なく部室を出ていった。
 まだ時間があるみたいだから、羽風はソファに座って足を組むとAirPodsで『STEP』の音源を聴き始めた。小さなテーブルにコトン、とグラスが置かれて目だけ上げる。
「どうぞ、羽風先輩も」
「ありがとね〜。気が利くよね、ゆうたくん」
「いえいえ♪何聞いてるんですか?」
「ん〜?授業の課題曲」
「へえ〜」
 双子とは別にそんなに親しくないのでそこで会話が終わる。背後では相変わらずガンガン暴力的な音が響いている。
「3年生はどんな課題を出されるんだ?」
 ソファにひとりぶん開けて乙狩が座り、興味深そうな顔をした。

「別に普通の課題だよ。練習曲とか指定されて歌ったりね。俺は今回ポップスだってさ。朔間さんはテクノ」
「テクノ?俺たちのジャンルですね!」
 ゆうたがきらっと瞳を輝かせる。「何か力になれたりするかな。あの人がテクノ歌ってるの、想像つかないし」
「たしかに想像つかない」
 試しに脳内で思い浮かべてみたけど、2winkの衣装で踊ってる朔間は似合わなすぎて(地獄?)と思って羽風は考えることを放棄した。どうせ羽風たちみたいに合うようにアレンジしてくるだろうし、それを見る試験なんだけど。
「朔間先輩も、羽風先輩もロックとはまったく違う系統を歌うのだな。2年生の実技課題は表現力や歌唱力を見られることが多い」
「1年生はまだ基礎とか、その先って感じでまだまだ先輩たちみたいな本格的な課題はまだなんですよね〜」
「双子ちゃん達はどんな課題が来ても困らないでしょ。アドニスくんとワンちゃんは演技とかやってみるといいかもしれないね」

 後輩に質問されることはあまりないので少し居心地が悪い。流していた音源を聞ける気分じゃなくってとっくに音は止まっていた。
「ふあ〜ぁ……」
「やっと起きやがったな!いつまで優雅に寝てんだよ!」
「う〜む、よく寝たわい……。おはよう、わんこ」
「がるるっ、だから俺は孤高の一匹狼だっつ〜の!」
「ああもう、起き抜けに大きな声で叫ばんでおくれ……」
 棺桶が軋んでゆっくり開き、伸びをしながら朔間が起き上がった。ワンワン吠える大神をのらくらと躱すのはいつもの光景で、2人ともおんなじことを毎回繰り返している。
 バタン!とドアが開いてちょっとだけ息の上がったひなたが駆け込んできた。
「あっ、朔間先輩起きてる!ハイ、トマトジュース」
「おや、ひ……ゆ……うむ、葵くんがわざわざ買いに行ってくれたのじゃな、ありがとう」
「俺はひなた!また見分けつけられないの?」
「すまんのう、寝起きだとどうにも……ゴクゴク、生き返るわい♪」

 大神に財布を突っ返し、ひなたが「次は忘れないでくださいよ、余計な手間なんだから」と文句を言う。
「薫くんまで揃っていたのじゃな、重畳重畳」
 やっと頭が覚醒してきたのか部室を見回して朔間は笑顔を浮かべた。嬉しそうな顔をしているが、その目がにま、としているのを敏感に見抜いて「何?その顔」と突っ込んでから、すぐに(あ、触れるんじゃなかった)と思った。薮はつつかないほうがいいのに、馴れ合いに慣れすぎた?

「薫くんは、随分と今回の試験張り切っておるらしいのう?B組にまで噂が届いておるぞい。やる気になってくれて我輩も嬉しい」
 やっぱりその話題か。羽風はため息をついた。椚にポップス組が呼び出されたことで、他の組が対抗心やらやる気めいたものを燃やしていることは知っていたが、後輩の前で本当に辞めて欲しい。
 意識的に平坦な口調を意識して羽風はスマホの画面をスクロールした。
「別に〜?蓮巳くんも瀬名くんもマジメだからね」
「最近は羽風くんも随分真面目さを見せてくれておるじゃろ?」
「……ゲロゲロ〜。俺がどれだけいい子ちゃんに見えてるか分からないけど、あんまりからかわれると俺、帰っちゃうよ?」
 ククク、と喉で笑って朔間は思ってもいないような謝罪をする。
 「真面目になった」ではなく、「真面目さを見せる」という言い方が見透かされているようでもあり、都合のいいレッテルを貼られているようにも思えて気に食わない。
「朔間さんも余裕ぶってると他の子に抜かれちゃうんじゃない」
「それはいかんのう。だが我輩も今回は結構楽しんでおるのじゃよ。今日も夜更かししたせいで寝不足じゃし……」
 朔間はまた大きなあくびを零した。
 朔間の夜更かしはすなわちお昼に起きてるってことなので、本来は正しいはずなのだが。

「いつもの試験と何か違うんですか?羽風先輩も朔間先輩も張り切ってるって」
「おお、ひなたくんは視点が鋭いのう。今回は3年生のシャッフルユニットでライブを行うことになっておるのじゃよ」
「ライブ?試験でシャッフルユニットもあるんですか?」
「へえ、おもしろそ〜じゃね〜か!あんたは誰と組むんだよ?」
「ライブの日程はいつなんだ?3年生でB1を開くのか?」
「おお……急にワンコが4匹に増えてしまったのう」
 思いのほか後輩の食い付きが良くて朔間はちょっと気圧された。だが、可愛い後輩にじゃれつかれるのは気分が良い。

「さすがの我輩も聖徳太子ではないのじゃが……試験は約1ヶ月後じゃよ。我輩は仁兎くんと鬼龍くんと斎宮くんとで、テクノはライブではなくMV配信になっておる。仁兎くんがおるから斎宮くんを引きずり出すのは楽じゃったが、こだわりが強いからのう」
「斎宮くんも朔間さんもちゃんと出るんだ?丸くなったよね〜」
「臨時ユニットは昔から好きじゃよ。新しい個性がぶつかり合って生まれるアンサンブルは、時に予想を超えた結果を見せてくれる」
「そうだね。それに1から何かを作るのって、思ったより楽しいかも」
 フッと微かに笑って金色の髪がゆらゆら揺れた。朔間の赤い目が一瞬またたいて、柔らかく笑みをかたどる。
 後輩たちは、そんな2人を見てなんだか「ほう……」とため息をつきたくなった。そんなに年は違わないのに、やっぱり大人なんだ。

「1から作るってどんなことをやってんだよ?」
 朔間はともかく、ちゃらんぽらんな羽風にさえなんだか血迷ったリスペクトが浮かんでしまった大神は、それを振り切るみたいに噛み付いた。なんだかずっと、自分たちが思うより3年が遠くにいるのがムカつく。
「俺たちはライブだから、指定曲の他に自由曲を決めて、俺たちに合うようにポップスのテーマを決めて、歌のパート分けとかダンス割り振って演出考えたり……衣装や小道具の意見纏めて発注したり……ステージのセット考えたり……あとはまだ取り掛かってないけどグッズ販売もかな。
 あんずちゃんはいつもこんなに大変なこと1人でやってるんだもん、尊敬しちゃうなあ」
「MV配信も割と細かい仕事が多いんじゃよ。世界観を決めてストーリーを作って、カメラマンを手配したり……仁兎くんメインにプロの演出家に教えを乞うことにもなっておる。流石にカメラワークやら照明やらなどは不勉強じゃからのう」
「うわっ、ガチじゃん。動画作成までやるの?」
「せっかく仁兎くんがおるのじゃから、やらないのは勿体ないじゃろ?加点も見込めるし♪」
「資金は足りるわけ?」
「鬼龍くんと斎宮くんは衣装提供をしておるから余裕じゃよ。仁兎くんも放送委員で色々とな」
「放送委員ってやっぱ力あるよね〜」
「本当に1から作るんですね!?」
「でも楽しそう!俺たちの好きに作れるんだ」
 双子がきらきら目を輝かせる。
「UNDEADも似たことはしてきたからある程度ノウハウはあるが、なかなか多忙で老体には厳しいわい」
「五奇人が2人もいて何言ってんの。衣装係も機材担当もいるの羨ましいな……。しかも2人とも五奇人に劣らない実力の持ち主でしょ?メンバーだったら今回1番有利なんじゃない?
 そっちの課題はむしろ、プロデュース業じゃなくてチームワークだけど、ネックな斎宮くんはクリアしてるし……あ〜あ、やんなっちゃうよ」
「そっちこそ有力ユニットの中心人物ばかり集まっておるじゃろうが。しかも坊主……蓮巳くんも瀬名くんも完璧主義者で細部まで拘り抜く性質じゃ。そこにどんな色にもなれて、細かいところまで目端の利く薫くんが加わるとなれば、どんなハイレベルな曲が飛び出してくるか分からんのう。今から楽しみで仕方ないわい」
「俺にそんなに求めないでよね〜。ま、今回読めないのはバラードとロックだよね。三毛縞くんと日々樹くんに合わせる守沢くんが可哀想〜同じチームじゃなくて良かった、ほんとに。
 奏汰くんは天祥院くんに当たりがきついし、元々試験とか受けないしね。今回成績しか受ける理由がないから引っ張ってくるのは難しいと思うよ〜?」
「巡り巡って行いが返って来たのじゃから割り切るしかあるまいて。天祥院くんがどう御するか見物じゃな♪
 しかし、青葉くんに月永くんの4人とは……なかなか残酷な組み合わせじゃ」
「そこら辺に踏み込むつもりは無いから、内々でどうにかしてもらうしかないよね〜」

 なにやら話し込む羽風と朔間に、大神はぎゅっと眉を寄せた。勝手に盛り上がってんじゃね〜よ。
 大神もライブでやりたい事の具体案を出してライブを作って来た自覚はあるが、それとは段違いで課題のレベルが高いことになんだか妙に気持ちが急いてしまう。無意識に拳を握りしめていた。
 くそっ。勝手に進んで行くな。これ以上遠くなったらますます追いつけなくなっちまうだろ〜が!
 でもそんな情けないこと言えるわけもなくて、大神は胸の中でがるる、と唸るしか出来ないのだった。

*

 蓮巳、瀬名、羽風が貸し切りの練習室に揃って顔を合わせるのは1週間ぶりだった。
 もう10月下旬。そろそろ本格的に色々と手配を回さなければ間に合わなくなってしまう。こういう時に鬼龍や斎宮に衣装製作を頼めないのは不便だ。外部だとどうしても割高になってしまうし、忙しいあんずにも頼めない。手芸部の影片や1年生で手芸の得意な紫之と親しい人もいないし、羽風はそもそも紫之への前科があるので、都合よく頼めるわけがない。

「Remixの音源どうだった?」
 先日納品された曲は既に瀬名と蓮巳と共有済だった。最初の言葉通りきっちり3日で納められたRemixのクオリティに、羽風はさすが業界でトップレベルのプロ作曲家だと舌を巻いた。LINEでは2人からも好感触をもらっていたけれど、顔を合わせた時に直接詰めてしまいたい。


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