とあるアイドルたちと少年探偵が出会ったら 1

*

 兄からのひさしぶりの連絡は薫にとって嬉しくないものだった。
「美術館?それ、俺が行かなきゃだめ?」
 ごねる薫に、電話越しの兄は、困りきったような声で「頼むよ」と言った。薫は進学もしないで、アイドル活動を続けさせてもらっている身だ。兄は家を継ぎ、姉は家のために嫁いで行った。羽風家の中で末っ子の薫だけが自由気ままに生きる選択を取ることが出来た。
「仕方ないなあ。それじゃあ、今度なにか仕事回してよ。あ、あからさまにコネって目立たないようにしてよね」
 わざと拗ねた声を作ってむちゃくちゃを言ってみせる薫に、全部見抜いているように兄が「わかったよ。ありがとうな、薫」と笑う。不満はあるが仕方ないと薫は飲み込んで面倒なお願いを引き受けた。
「何の電話だったんじゃ?」
「ああ、うん…少しね〜。はあ〜あ、零くん、土曜日のラジオ収録、午前中だけだったよね。早めに終わらせられないかな?午後は予定入っちゃったから」
 ため息をついて肩を竦める彼に、踏み込んでも良い領域だと判断した零はかすかに首をかしげて続きを促した。家のことや自分のことを話すのが苦手……というか、避けてきた薫だったが、最近は零といろいろなことを共有することを意識していた。
「うちが寄託してる美術館が改装したから、支配人に挨拶しに行けってさ」
「ほう……?珍しいのう、薫くんにお家の仕事を回されるのは」
「あんまり羽風さんちの息子、したくないんだけどね〜?今までもせいぜいライブハウスの運営くらいで、あんまり名代とかはしてこなかったのに……」
 今回は父親も兄も出席出来ないと言う。もう他家の人間になった姉を引っ張り出すわけにもいかないし、部下に任せるほど扱いを軽くして良い相手でもないらしい。
 家の仕事に携わっていない薫でも、一応は羽風家の子息だ。兄は律儀な人だから相応の報酬は貰えるだろうけれど、思わずため息が零れるのは仕方ない。
「招待券があるから零くんも無料で観覧できるけど、来る?」
「ふむ、美術館に興味はあるのじゃが、その日はわんことショッピングなのじゃ。すまないのう、薫くん」
「はあっ?なにそれ、聞いてないよっ?ずるい、零くんばっかり楽しいことして」
「まあまあ、怒らんでおくれ。今度一緒にご飯に行こう」
「逆だよっ!零くんと過ごしたいわけじゃないからっ!」
 抗議の声が宙に虚しく響いた。


「弓弦!今週の土曜絶対開けておいてよね」
「どうされましたか?坊っちゃま」
 騒々しく入って来るなり、ビシッ!と指を指す桃李に、部屋を清掃していた弓弦は作業の手を止め、眉を動かした。
「お父様から姫宮のお仕事をいただいたんだっ。ボクはいずれ姫宮家を継ぐ存在だからね、もう執務を任せてもらえるなんてうれしいっ」
 弾んだ声で言う桃李の頬は喜びに淡く染っており、なんとも愛らしい。弓弦もまっすぐな称賛を向けた。仕事を任されるというのは素晴らしいことだ。
 おそらく、弓弦も桃李の部下、あるいは側近として同行するようにと仰せつかるのだろう。光栄だが、そのためには、桃李よりも詳しく状況について把握しておきたい。
「それで、どのようなお仕事なのですか?」
 聞かれると、するすると桃李は口を開いた。
「うちがスポンサーになってる美術館があるでしょ?そこで、改装後初になる展覧会をするらしいんだけど、その内容が写真展なんだって」
「写真……ですか。そういえば、芸術家支援は、子会社のひとつで基軸となっていますね」
「うん、今回主催はその子会社なの。だからボクが、その展覧会に姫宮家子息として視察に行くようにって」
 桃李はまだ学生であるし、アイドル稼業も忙しいため、まだそれほど本格的には家の執務に関われていない。しかし、最近は以前よりもかなり頻繁に仕事のパーティーに参加することが多くなっていたし、今回父が桃李ひとりに視察を任せてくれたことは、後継者としてステップアップしたようで、さらに、父から期待されているような気がして、桃李は張り切っていた。
「支配人にご挨拶しなくちゃいけないし、ある程度きちんとしたドレスコードを選ばなきゃね。弓弦、のんびり掃除してる場合じゃないんだからねっ」
「はいはい、今参りますから、坊っちゃま」
 パタパタ慌ただしく駆けてゆく桃李に、仕方ないと、愛おしげに視線を投げかけ、弓弦はせっかちな坊っちゃまの背を追いかけていくのだった。


 一方、とある学生たち。園子のいつものお誘いに、蘭は快く頷いた。
「プロの写真が見れるなんて楽しみ。園子、ありがとう」
「いいのよ、美術館なんて1人で行っても味気無いし。展覧会中は人の出入りも増えて賑やかだろうし、ガキンチョたちも誘ったら?」
 園子お嬢様が、サバサバと大したことではないと笑うが、蘭たち一般人にとってはまったく大したことである。今回は、改装に鈴木財閥が出資した関係で招待を受けているらしい。
 改装後は写真の展覧会をするらしく、現代の写真家たちの名作が展示されるらしい。
 コナン、もとい工藤新一は芸術には特に興味はないが、ガキンチョたちは行きたがるだろう。なんにでも好奇心旺盛なところは、好ましいが、すこし危なっかしい。
 園子は、何を着ていくべきかと頭を悩ませているようだ。べつに、ふつうの美術館なのだからなにを着ても良いと思うのだが、鈴木家の娘として挨拶に伺うからには、それなりに相応しい格好を取らなければならないらしい。お嬢様っつーのは大変だな。と、コナンは思った。


 骨喰は、手元の招待券をじっと注視して、固まっていた。無表情なので、何を考えているかは伺い知れない。時折そわり、と視線を泳がせては、また招待券を眺める作業に戻る。
 そんな骨喰をひととおり眺めた鯰尾は、かつかつ近づいて、後ろから彼の方を叩いた。びくっと肩を強ばらせ、少しだけ目を丸くして、鯰尾を見上げてくる。
 あはは、と思わず笑った。本当に周りに気づかないほど、なにか考え込んでいたみたいだ。
「兄弟……驚かすのは、やめてくれ」
「ごめんごめん。何見てたの?」
 覗き込むと、少し恥ずかしそうに顔を僅かに逸らす。と言っても、小さい動きだったし、無表情なのでほかの人には分からない。鯰尾は骨喰の機微が誰よりもわかる。主である刹那よりも。
「招待券?美術館の?」
「ああ……、……、……。」
 何かを伝えたいようだが、骨喰はなかなか言葉を出せないでいる。鯰尾は隣に座り、気長に待つことにした。骨喰は言葉を大事に選ぶから。
 しかし骨喰が何かを切り出す前に、名前がやってきて、答え合わせをしてしまった。
「骨喰、受賞おめでとう。展覧されるなんて、素晴らしいことね」
 骨喰の真っ白な顔が、僅かに血色が良くなったように感じる。俯きがちに彼は頷いた。
「ありがとう、主」
 照れる骨喰と、にこにこする名前についていけないのは鯰尾だ。
「なになに、なんですかっ?俺だけのけ者なんてひどいですよ」
「あら?言ってなかったの?」
「……タイミングが、なかっただけで、べつに隠していたわけじゃない」
 クスクス笑って名前が説明してくれた。
 なんと、こっそりフォトコレクションに送っていた写真が、賞を撮ったらしい。しかも、受賞した作品たちは、今回美術館で開催される写真展覧会で一定期間展覧されるというのだ。
 かなり、すごいことだと鯰尾は興奮した。
 骨喰がカメラを趣味にしていたのは知っていたし、素晴らしい腕前だとつねづね言っていたけれど、それが評価されたのが嬉しい。
 賛辞を並べ立てる鯰尾の口を、骨喰がぎゅむっと手のひらで押し潰した。
「もう、黙ってくれ、兄弟。わかったから」
 じゃれるふたりを微笑ましげに見つめていた名前は、おもむろに鯰尾に言った。
「期間中は忙しくて、支配人や展覧会の主催者にご挨拶に伺う時間が取れなさそうなの。そうね、鯰尾、わたしの代わりに行ってくれる?」
 目をギョッとさせて鯰尾がのけ反った。驚愕、と言った表情だが、「お、俺でいいんですか!?」叫んだ声に嫌そうな響きは含まれていない。ただただ、恐縮している。
「いいの、むしろ、あなたにお願いしたいの」
「はっ、はい!がんばりますね!」
 頬を紅潮させて、鯰尾はブンブン頷いた。瞳がキラキラして、今にも振った尻尾が見えそうだった。鯰尾は名前に強烈に憧れ、いや、崇拝しているので、頼られたのがことさらに嬉しいのだろう。
 冷静に、骨喰が指摘した。
「主が、先方に挨拶を?」
 たしかに、そうだ。名前は芸術支援に積極的だが、直接的な資金援助などは、鶴丸や一期の財閥を通すことが多い。名前自身の名前が前面に出ることは無い。
 にこやかに名前は頷いた。
「実は、骨喰の写真が展覧すると聞いてから、主催者に個人的に資金援助をしてたの。主催者は姫宮関係だから、わたしが恩を売るのにちょうど良かったし」
 親バカである。
 それに、名前はスターメイカープロダクションは嫌いだが、所属タレントについては評価している。最近は事務所を跨いだシャッフルユニットについて練っていて、姫宮桃李のことが気になっていたので、今回のことは姫宮家に迂遠ながらも、名前個人が恩を売り付ける事が出来る、またとないチャンスだった。
 名前が去ったあと、少し口元をもごつかせて、骨喰が言う。
「黙っていてすまない、兄弟」
「ほんと、俺、寂しかったよ?……なんてね。骨喰が照れ屋なの、知ってるし、さっきこのこと言ってくれようとしたんだろ?」
「……」
 無言は肯定である。笑って見せれば、骨喰もほっと息をついた。骨喰の写真を見れるのが、楽しみだ。そして、完璧に主の代わりを務めなければというプレッシャーも降り掛かって、鯰尾は緊張と喜びで心臓がドキドキした。

*

 美術館はリニューアルオープンしてすぐということもあり、かなりの人で賑わっていた。
「美術館とか、タイクツかなって思ったけど、けっこう気軽に楽しめるのね」
「色々な写真があって目に楽しいよね」
 どうやらモチーフは「自然」らしく、人物写真はなかったが、雄大な景色を撮ったり、花畑を撮ったり、ひとつの植物をアップして撮ったり、背景のひとつとして小さく人間や動物を入れてみたりと、写真家によってアプローチがさまざまで、おなじ写真がひとつもない。
 美術館と言えば堅苦しいイメージがあるが、この写真展はかなり気軽に楽しめるものになっていた。
「うわあ、このお写真、とってもきれい!」
 歩美が嬉しそうな声を上げて、展示に走り寄った。
 光を浴びてきらきら光る水たまり、まるでアーチのように左右に広がる紫陽花、傘を投げ出すように空を見上げる黒髪の誰かの背中と、雲の切れ間から差し込む光、見事な虹。
 黒髪の背中は、顔は見えないのに、満面の笑みを浮かべているのだろうと、想像がつくような。
「歩美、このお写真とっても好きだな」
「たしかに、すごく素敵な作品ですよね。紫陽花も水たまりも空も、ぜんぶがキラキラしていて」
 光彦は、歩美に追従して、にこにこと褒めたたえた。元太はあまり、写真に興味が持てないようだ。

「これ、学生さんが撮ったみたいね」
 蘭が写真の説明を読んで感心の声を上げた。どうやらここのブースはフォトコレクションで入賞した作品が展示されているようで、この写真は学生部門らしい。
 興味を惹かれてコナンも説明を覗き込んだ。
「粟田骨喰……。不思議な名前だね?え〜っと、中学生!?すごいね」
 まだ14か15で写真家として賞を貰うなんてなかなかないことだ。それに、写真界はシビアだし、コネの温床でもある。かなり、才能がないと入れない。
「粟田!?」
 コナンの声を聞いた園子が素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっ、見せて!うそ、ほんとだ、粟田骨喰……。すごい」
「知り合い?」
「一方的に知ってるだけ。ほら、粟田金融、あるでしょ?そこの御曹司なの」
「へえ〜!お金持ちで、写真の才能もあるなんてすごいわねえ」
 蘭はのんきな感想を言った。なるほど。粟田財閥のお坊ちゃんなら、賞を撮るのは難しくなかっただろう。
 お金持ちの裏の事情が垣間見えた気がして、コナンはげんなりした。まあ、でも、本当にこの写真が良いものであるから、才能は本当にあるのだろう。


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