08
 無駄に太陽が張り切って照りつける光が燦々と降り注いでいる。絶好の球技大会日和だった。

「ダル……」
 ミチカが心の底からうんざりとした真に迫るため息をついた。ベリーショートボブの片側をねじって、簡単なハーフコーンロウに見える髪型にアレンジしてあり、一重がキリリとアンニュイな雰囲気を醸し出すメイクで盛っているが、教室内のどこかワクワクとした雰囲気に反し、どこまでもひたすら鬱々としている。
 彼女は身長が高くシュッとしていてスタイリッシュだけど、見た目から受ける印象に反して絶望的なまでに運動音痴なのだ。
「めんどいよねー。まぁでも玉入れしか出ないじゃん」
「そうだけどさぁ…。はぁ、盛り上がるのは好きだけど運動系のイベントは人権がない感じがもう心底ダルって感じなんだよな」
 あんたは違うかもしれないけどさぁ、とジト目でミチカがブツブツ言っている。

「刹那は何出るんだっけ?」
「玉入れ」
「え、だけ?」
「うん」
「もったいなっ。運動神経いいのに」
「クラスの輪に入りたい気持ちが微塵もない!(強い意志」
「あんたはそうか…。髪は?アレンジしないの?」
「上げてるじゃん」
「ポニテはアレンジに入らないだろ!私がアレンジしようか?」
「大丈夫です」
「敬語やめてww」

 交友関係の広いミチカと違い、刹那はクラスに…というか校内に友達がミチカくらいしかいないので、ほかの競技の時はどこかでずっとサボるつもりだし、暑いので外にも行かないつもりだ。
 ミチカが「日焼けしたくね〜ってのに…」とまだブツブツ言っている。どんだけ嫌いなんだよ。ここまで文句タラタラな彼女も珍しい。
 サボりたかったらしいが、彼女の家は厳しくて、理由なく学校を休むことは許されないから渋々登校してきたのだ。

「一緒にサボる?」
「悪魔の囁きやめてよ…。人権ないから応援で参加しないと反感買うかもじゃん」
「意外と気にするよね」
「無駄に敵を作りたくないだけ。陰でコソコソ言われんのフツーにイラつくしな。刹那は何気メンタル図太いから強いわ」
「ディスんなって」
「褒めてんのよ」

 褒められている気はしないが、褒めているらしい。悪口を気にしないメンタルなら刹那よりミチカの方があると思うが、刹那もたしかに悪口はあまり気にしない。
 いじめられた時、死ぬほど悪口や噂を流され、刹那は心底打ちのめされた。だから自分が悪口耐性があるとはあまり思っていない。
 ただ、耐性に種類があって、刹那は自分の傷や痛みになることに関する悪口や噂が本当に苦手だった。小学生の時はレイプされたことが学校内で広まってしまい、それに耐えられなくて不登校になったのだ。
 だが、例えば今言われるような……地味で目立たなくて押し付けやすいとか、暗くてつまらないとか、そういうものはまったく気にならないので、そういう部分でミチカは刹那を図太いと評しているんだろう。

 表面的にしか評価していない的外れな批評は有象無象の羽音だ。
 刹那は自分を見抜かれ、自分の傷に触れられることの方が耐えられない。
 もし前永絵麻がやけっぱちになって、刹那がレイプされた噂を流したとしたら、刹那は絵麻の兄にレイプされたことを暴露し、絵麻のパパ活を流し、あの女と一緒に爆発四散した末に刹那を誰も知らないところ……東北や関西の方に転校するだろう。弱みを握られたら、逃げるしかない。耐えられない。

 だから、ミチカのまず「敵を作らずに立ち回り、表面的な味方を増やしておく」という立ち振る舞いは、賢いと思うし、参考になる部分が多い。


「顔のキラキラ可愛いね」
「キラキラw」
「キラキラじゃん」
「小学生の語彙?ストーンね。可愛っしょ」
「うん。じょうず」
「んふ、やっぱ小学生じゃん。今度やる?」
「やる」
「ん」

 ダラダラ喋っていると、周りの女子たちが「キドっちメイクうま!」「え、それ可愛い!あたしにもやってくれない?」「そのアレンジ自分でやったの?すごくね?」とワラワラ虫のように群がってきたので、刹那は気配を限界まで消してススス……と教室を去った。

 ミチカは友達が多いし、素っ気なさそうに見えて人当たりがよく喋りやすい。知らない人に話しかけることも躊躇わないし、オタクだけどオタクっぽい言動はしないし、背が高くてスタイルがいいので威圧感があって舐められにくい。オシャレに対しての追求心が強く、トレンドを抑えているし、話題も広い。刹那とつるんでいても「同類」と見られるのでなく、「誰とでも仲良くできる」と見られるのだ。こういうミチカのようなタイプは虐められないし、人に好かれる。
 天性の資質もあるだろうが、努力も大きい。
 人に興味がないのに自分を貫きながら如才なく立ち回れるところを刹那は尊敬している。刹那は出来なかった。

 小学生の頃の刹那は無敵だった。生まれ持った天使のような美貌と、母親がくれるブランド品や高額のお小遣い、恵まれた運動神経、先生に褒められる成績。
 嫌われることもあったがそれはほとんど妬みだったし、刹那のことを嫌いでも、人気者の刹那を表で悪く言える子はいなかった。
 だが、ミチカと違い、昔の刹那はただただ愚かで、能天気だった。
 人に囲まれるのが当たり前だと思っていたのだ。人に好かれるための努力をしたことなどなかったし、必要だと思ったこともなかった。
 昔の刹那には分からず、今の刹那は他人を拒絶して諦めたことを、中学1年で出会ったミチカは当たり前に出来ていた。自分のやりたいことを我慢して人に合わせるやり方ではなく、好きなことを発信して好きなように振る舞い、色んなグループと交流をはかって自分の居心地のいいコミュニティを作っていく彼女のやり方は、刹那にはとても大人びたものに感じる。

*

 開会式をサボって屋上でスマホをいじっていると、扉が軋む重い音がした。ウゲッと給水塔の影に隠れる。ここには仁王がよく来るが、授業中はともかく、イベント事にはけっこう人がやってくるのだ。あと休み時間も来る。

 やって来たのは仁王と丸井だった。開会式は終わったらしい。

「お前何出んの?」
「バスケとバレーとドッジ」
「意外と出るじゃん」
「押し付けられた…おまんもじゃろ?」
「まーなー。オレはバスケとサッカーとドッジと…あー、あと卓球」
「出すぎじゃろ」

 手すりを昇るカツンカツンという音と会話が聞こえてくる。出すぎだろ。さすが運動部の陽キャどもだ。丸井が屋上に来るのは珍しい。
 隠れようかと思ったが、知り合いだったからまぁいいかと思い、刹那は壁に寄りかかって足を組む。丸井とはほとんど話したことがないからまぁまぁ気まずいけど、隠れていたり、来てすぐに帰ったりするのも印象が悪そうだ。

「あれ?白凪じゃん」
「どーもー」
「お前も屋上来るんだ?」
「たまにね」

 日陰の隅っこにいたが、彼は目敏く刹那を見つけフレンドリーに話しかけてきた。しかも近寄ってくる。別に二人で話してていいのに……。気まずいとか考えたりしないのかな。
 仁王は「プリッ」と言っただけだったが、丸井のあとに着いてきて、二人はふつうに座り始めた。

「ここで何してんの?」
「見ての通りサボってるよ」
「サボり笑 白凪は何出んの?」
「玉入れ」
「え、だけ?」
「うん。二人はたくさん出るみたいだね〜、さすが」
「たくさん出た方が楽しいじゃん。応援とかは行かねーの?」
「めんどくさい〜」
「マジかよ、お前って意外と自由人だよな」
「そう?」
「この前のゲーセンで思ったわ笑 つかふつーに喋っていいけど、オレ気にしねーし」
「いや、違うから!誤解しないでね、あれは切原くんがあまりにも…えーと…あまりにもだからアレだっただけで、別にこっちが普通だよ!」
「んなの?」
「ふつーにってなん?」

 どうでも良さそうに空を眺めていた仁王がいきなり会話に混ざってきた。余計なこと聞かないでほしい。

「ほら、オレたちこの前由比たちとカフェ行っただろぃ?」
「行っとったのう」
「その後ゲーセン行ったんだけど、赤也と格ゲーでめちゃくちゃヒートアップしてたんだよ。意外と口悪くてビビったぜ」
「ね〜ほんとに辞めて。あれは切原くんが悪いよ」
「まぁな。でもけっこー気が合うんじゃね?楽しそうだったぜ」
「楽しかったけど…。由比さんに絶対引かれたよね…はぁ」
「そーか?意外だとは言ってたけど笑ってたぜぃ。気にしすぎだって」
「ならいいけど」
「マジでオレも気にしねーし。オレにもあんな感じで話していいぜぃ笑」
「からかうのやめて〜〜〜」
「ハハッ」
「ずいぶん仲良くなったんじゃのう」

 仁王の言葉に他意があるのかないのかは知らないが、本人の前で言われても返しようがなくて刹那は軽く肩を竦める。
「おー、赤也の奴ゲームしよーって誘ってたし、まぁまぁ仲良くなったんじゃねー?あいつ好き嫌い激しいもんな」
「おまんと白凪の話」
「オレ?」
 丸井が目を丸くする。だから余計なこと言うなって。前髪の下から仁王を睨む。目は見えていないだろうに仁王には伝わったらしく、面白がるように奴の目が細まる。まさかまだ刹那が丸井のファンだと思っているのだろうか。

「仲良くなったかは分かんねーけど、意外と話しやすいわ。こんな普通に会話続くと思わなかったなー」
「ありがとう…なのかな?」
「もっと大人しいタイプかと思ってた」
「あはは、よく言われる」

 大人しいタイプを装って、クラスメイトと話す時もわざと引っ込み思案な喋り方を意識していたのだが、テニス部のマネになって他人との関わりが増えた以上、これからはこっちの話し方に移行した方が齟齬がないかもしれないな。
 ため息をつきたくなりながら内心でそう考える。
 三軍マネに過ぎないのにこんな風にナチュラルに話しかけられると思わなかったのは刹那もだ。丸井のコミュ力にちょっとだけ引く。
 気を使っているのかと思ったが、彼からはそんな態度は見受けられない。素でフレンドリーな性格なのだろう。

「つかあちぃ〜。開会式長すぎだろぃ」
「なんでわざわざ外でやるんじゃ。頭おかしいのか?」
「ハハハッ、マジでな。真夏だぜ?」
 体操服を引っ張ってパタパタ風を作り出す二人の顔や首筋には汗が浮かんでいた。屋上も暑いが、ここは日陰だし、給水塔から排出される風が回っていて汗をかくほどでもない。
 だから刹那は涼しげな表情だ。
「仁王がちゃんと出てんのが意外だわ」
「逃げる前に柳生に捕まったぜよ…」
「あー。あいつクソ真面目だもんな。正直真田と柳生と幸村くんとは同クラになりたくねー。プレッシャーやばい」
「参謀は?」
「あいつはけっこー融通効くだろぃ?」
「弱味は握られるけどな」
「うわっ、それも嫌だわ」
「つか白凪全然汗かいとらんな……。おまんサボっとったじゃろ。ずるいぜよ、自分だけ」
「めざとっ」
 断定する仁王に刹那は小さく笑った。この場所が刹那の出没スポットのひとつになったのは仁王のせいだし、この場所が涼しくて過ごしやすいことを教えたのも仁王だ。

「は?マジ?」
「暑かったしめんどくさかったから〜」
「え、お前サボったりすんの!?」
「悪い子じゃのう」
「悪い子でもいい子でもないよ」
「意外すぎだろ!」
 パチンとガムが弾けた。丸井がまじまじと刹那を見つめている。
「地味で影が薄いので、サボってもあんまり気付かれない」
 スマホをテキトーに眺めたまま、刹那が顔も上げずにピースサインをすると、唖然としていた丸井が笑い始めた。
「え、マジかよ、ハハ、ハハハッ!ギャップありすぎだろぃ!柳生タイプかと思ってたのに!授業もサボったりすんの?」
「たま〜に。でもほとんどちゃんと出てるよ。ほとんどはね」
 仁王に呼ばれた時以外は。チラッと彼を見あげると仁王が素知らぬ顔で「プリッ」と鳴く。お前に呼ばれてサボってんだぞ。
 何で判断しているのかは分からないが、刹那は前髪とメガネで目が隠れているはずなのに、その視線が自分に向いているのを仁王は最近鋭く気付いているようだった。なんで分かるんだよ。

「オレでもそんなサボんねーのに。どこでサボってんの?屋上?」
「保健室の常連だよ。あと、図書室と資料室もおすすめ」
「ああ、ソファあるとこ?あそこいいよな」
「あれ知ってる人は人のこと言えないと思う」
「元カノに教えてもらった笑」

 元カノ情報多いなこいつ。丸井にあんまり興味がないので詳しくはないが、数ヶ月単位で噂が流れるので自然と耳には入ってくる。丸井は基本彼女と長く続かない。
 社会科教室の資料室は、奥にもドアがあって、その奥には古いソファがある。中から鍵がしめられるのでちょっとしたサボりスポット、あるいはカップル御用達になっている。

「仁王と気が合いそうじゃん」
「じゃって、白凪サン。今度資料室で一緒にサボる?」
 目だけでニコ、と笑う。こいつ……。
 刹那は呆れた。自分で言う白々しさと気恥しさを抑えて答える。
「彼女にフラれてしまえ」
「ははっ、辛辣!もっと言ってやれ!」
「ひどいのう、しくしく…」
 わざとらしく泣き真似する仁王に刹那はちょっと引いた。こんなキャラなんだ、友達といる時の仁王って。
「あんな可愛い彼女いるくせに他の奴口説いんでんじゃねーよ。チクるぜ」
「大丈夫じゃ。その可愛い彼女は俺から振られない限り別れたくないらしいからの」

 し……死ね!
 ニヤニヤしている仁王が心底憎たらしい。素知らぬフリをするしかない刹那をいいことにめちゃくちゃにからかってきている。

「はぁ〜?ベタ惚れじゃん。なんで仁王ってモテんだよ。やっぱ顔?」
 ウンザリしたように頭の後ろで腕を組み、丸井は空を見上げて世を儚んでいる。「オレも彼女ほし〜!」すぐ出来るくせに切実な言い方だ。
「作ればええじゃろ」
「だってオレなんでか続かねーんだもんよ」
「理由分かってないんか?」
「わかんねーよ!いっつも振られるし。仁王の場合女子が惚れ込んでるパターンが多いよな」
「おまんは冷めるのが早いからじゃろ。どう考えても」
「別に冷めてねーよ。いつもそう言われるけどさぁ〜」
「無自覚って怖いのう…。おまんは付き合いたてのイチャついて盛り上がる時期が楽しいだけぜよ」
「えー、そうか?」
「で、だんだんそれにも飽きてダチとか部活優先に戻るから彼女が不安になって喧嘩が増える」
「あー」
「喧嘩が増えてきたらうんざりして冷たくなるからフラれるんじゃ。よーするにガキの恋愛」
「ぶん殴るぞ。つかそれってオレがめっちゃ冷たい奴みてーじゃん!」
「そう言っとる」
「お前に言われたくねーよ!」
「俺は自覚しとるから」

 うわ〜……。
 刹那はドン引きしたし、「死ね」以外の感想が浮かばなかった。こいつらに恋してる女子が可哀想だ。てか男子も恋バナとかするんだ。キショ。

「オレってそんな冷てー?」
 丸井が眉を下げたあざとい顔で刹那の方を向いた。聞き流していた刹那はびっくりして「は?」と思わず口から漏れる。
「え、わたしに聞いてる?」
「トーゼンだろぃ。女子から見てどう?オレと仁王どっちがいい?」
 丸井のこれって素?
 もし二人のファンだったらこんなことを聞かれたら浮かれてしまいそうなのに、丸井は刹那がただ女子であるというだけで、まるで他意がない。
 こいつがモテる理由も分かるな、と思いながら、刹那はもう一度心底から丸井を好きな女子に憐れみを覚えた。
「今の話を聞いてから正直に答えると」
「おう」
「絶対二人のこと好きになりたくないなと思ったかな」
「はぁ!?なんでだよ!」
「うーん…。だって別に相手の子が好きで付き合ってるわけじゃないのかなって。付き合いたい理由がないのに付き合ってるから続かないんじゃない?」
「……」
「クク、言われとるのう」
「待って、ストレートで殴られて胸が痛い」
 丸井が大袈裟に胸を抑えて前かがみになった。ガキの恋愛という仁王の指摘は的を得ているように思える。告白されたり、ワーッと盛り上がって流れで付き合って、けど本気じゃないから別れるんだろうな。ちょっと話を聞いただけでも分かるのに、丸井は自覚していなかったらしい。やっぱりガキじゃん。

「はぁ……。反省します」
「そうじゃの」
「いや、でもやっぱ爛れた恋愛しかしてねーお前には言われたくねーわ」
「ピヨッ」
 仁王の恋愛遍歴についてはよく知らなかったが、案の定爛れていたらしい。噂は正しかったようだ。
 ほんと、なんでこんな奴らがモテんだろ……。

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