証明

・フォロワーに捧げさせていただいた作品です。
・一部暴力的なシーンがあります。
・夢主はヴァリアー邸に住んでいる一般人です。


*

 イタリアで、さらにはヴァリアーでバレンタインがどう言う扱いをされているかは分からなかったけれど、何もしないというのはなんとなく落ち着かなくて、名前は一応チョコレートを用意していた。
 手作りではもちろんない。
 柄が悪い癖に舌は肥えている彼らに手作りなんか振る舞う自信はなかったから。どうせ、警戒心の強い彼らにとって素人の作った物は大した価値のあるものではないだろうし。

 守護者たちのチョコレートはある程度の物で妥協し、XANXUSのものだけはグレードの高い、拘り抜いたものを名前は選んでいた。しかし、それでも安心とは言えない。彼に何かを捧げさせて頂くということが多大なプレッシャーだったが、でも、献上しないという選択肢はなかった。

 朝いちばんに出会ったベルは、挨拶よりも先に「なんか贈るもんあるだろ?」とチンピラさながらに名前を恫喝した。
「はい……チョコレート」
 おずおずと渡すと、包装紙をおもむろに目の前で破ってジロジロと眺めた。唇がほんの少しヒクッとひきつる。彼は遠慮も常識もない。
 彼はニマっと口角を上げてケチをつけた。
「安物かよ。まーもらっといてやるけど」
 ご機嫌に彼は去っていった。

 大広間に行くと、ルッスーリアとマーモンがソファに腰かけて朝食を取っていた。空いている席について、少し躊躇って彼らに小包を渡す。
 ルッスーリアはセンスのある人だし、マーモンは金銭に目敏い上、ふたりともブランドに詳しい。
「あら、ありがとう。今日はバレンタインだったものね」
「有難くいただくよ。見返りはないけれどね」
 喜色の滲む声に名前は安堵した。
「大したものじゃないんだけど」
 日本人の悪い癖が出た。謙虚な愛想笑いを浮かべる名前にマーモンが呆れ声で言った。
「そういうの言わない方がいいよ。なぜわざわざ贈り物の価値を下げるような真似をするんだい?」
 彼はどうでもいい人間には忠告をしない。名前は頷いた。
「もちろんボスにも準備してるんでしょう?今出来る最高の贈り物よって言いなさいね。あなたが彼を想う気持ちは本物なんだから」
「お、想うとかそういうわけじゃ……」
 名前は俯いて自分の膝小僧を見つめた。ほっぺたが少し熱い気がする。ルッスーリアはからかうようにキスを飛ばした。
「応援してるわ、バンビちゃん」

 XANXUSにプレゼントを渡すのは最後にしようと考えていたので、名前は姿の見えないレヴィの元へ向かった。彼はいつも訓練場で部下に指導しているか、部屋で過ごしている。
 ノックをすると、髭が生えかけているレヴィが出てきた。
「こんな時間から誰だ」
 名前を見た瞬間、不機嫌そうな鋭い目を大きく見開き、仰け反った。視線を周囲を探るように泳がせ、名前を戸惑うように見る。
「な……何だ?」
 微妙な顔だった。普段女に縁がなく、女性隊員にもこっそりと避けられているレヴィにとって、女が自分の部屋に尋ねてくるというのは憧れのシチュエーションだったが、名前を女という枠に入れていいのか考えてあぐねている顔だった。
 そして灰色のスウェットはくたびれ、自分が寝起きであることを思い出したレヴィは既に時を失したことに気付き、いつもの尊大な態度に戻った。
「俺は幹部だぞ貴様。所詮新入りの分際で、なんの用だ?火急の用件なんだろうな」
 名前はレヴィの一通りの心情をストレートに感じ取っていたので、多少ぞんざいに彼に押し付ける。キレられるのは怖いので、あくまでも多少、なのが名前の小心さを表している。
「これ、よかったらどうぞ。いちおうバレンタインなので!」
 いつもよりは大股で去っていく彼女の背中をレヴィは呆然と眺めた。義理のチョコですら、もらうのはあまりにも久しぶりだった。
 丁寧なラッピングのされているチョコレートを見つめて、レヴィは「……今年のバレンタインは、とりあえず女から1つは貰えたな……」と呟いた。彼は俗物的な男だった。

 スクアーロの部屋に行くと彼はいなかった。
 不在の他人の部屋にズカズカと踏み込めるほど名前は図太くはない。仕方が無いのでベッドの上にポンと放っておいた。
 誰からか分からなくても、スクアーロなら騒ぐだろうと思った。

*

 XANXUSの部屋に近づくにつれ、名前の心臓は痛いくらいに暴れだし、脚は鉛のように重くなった。行きたくないわけじゃないのに、行きたくない。
 彼の部屋をノックするのにじゅうぶんすぎる時間を要しても心の準備をするには足りなかったが、彼の部屋で意味もなくうろつくのは、彼の警戒心を高めることになると分かっていたので、鉄よりも重い自分の拳を何とか扉に叩きつけた。
 叩きつけたつもりなのに、出た音はあまりに弱々しい。
 数秒の末、XANXUSの低い声が聞こえた。
「……入れ」
 飛び出た心臓を何とか押し戻して、彼へのチョコレートをぎゅっと握りしめた。
「し、失礼します……」

 飛び込んできたXANXUSの纏う雰囲気に、タイミングを誤ったことを即座に察した。

 名前は「も、申し訳ありません、また時間を改めますので……」と戻ろうとしたが、彼が彼女の腕の中の物に目を留めると、さらに恐ろしい空気を醸し出した。
「……それは何だ」
 彼の瞳は、底冷えするほどの激情が含まれているように見えた。
 名前が爪先を見つめ言葉に詰まっていると、追い詰めるようにもう一度XANXUSが言った。
「それは何だと聞いてんだ」
「チョコレートです……き、今日はバレンタインだったので……」
 彼は無言だった。
 急き立てられるように名前はさらに言い重ねた。後悔でいっぱいだった。
「イタリアでも……贈る文化はあるって聞いたので……申し訳ありません、XANXUS様……」

 XANXUSが机を蹴り飛ばした。全身に威圧感を与える重量のある音が名前に迫り、大きく肩を揺らす。彼はゆっくりと×名前に向かってきた。

 彼を見上げることが出来なくて、倒れた机を現実逃避するように見つめた。散らばった書類やインクの傍に、小さな箱と、装飾の凝ったメッセージカードのようなものが落ちているのを見つけた。

──あれはなんだろう。

 思考を逸らそうとして、しかし、それは失敗した。
 燃えるような痛みを感じて、名前は強制的に上を向いた。炎のような瞳が名前を強く睨んでいた。前髪を掴みあげたXANXUSは、足が浮くくらい無理やり顔を近付けさせると、恐ろしいくらい落ち着き払った声で名前を突き刺した。
「お前のそれになんの意味がある」
 それとは、プレゼントのことではないと思った。愛だろうか。親しみだろうか。忠誠心だろうか。XANXASからは名前に誰かを透かして見ているような深い復讐心を感じる。

「どいつもこいつも役に立たねえゴミを押し付けやがって……!」
 XANXUSは名前を叩きつけるように振り払った。彼女の軽い身体はいとも簡単に地面を跳ねるように何回かバウンドし、痛みで動かなくなった。
 それでは飽き足らず彼は名前の腹部を強く蹴る。柔らかい肉の感触がXANXUSの爪先に残り、彼は荒々しく背を向け、言い放った。
「出て行け」

 朦朧とした意識の中、呻きながらも、名前は今の彼をひとりにしたくない、と感じた。
 殴られても、蹴られても、殺されてもいい。
 でも、彼の今日という日がこのまま終わるのは嫌だと思った。
 XANXUSが今まで受けてきた、愛とも慈しみとも呼べない誰かの感情を、ヴァリアーの誰かが抱く感情と一緒にして欲しくなかった。いくらXANXUS様といえど、それは嫌だった。

 名前は這うようにしてXANXUSの足元に縋り着いた。
「……離せ」
 瞳孔の開いた目で鋭くXANXUSは見下ろした。名前は怯んだが、離れなかった。
「あそこに散らばってるカードを……愛と思わないでください……」
 眉間の皺を深めたが彼は黙っていた。発言を許されている。名前はなぜだか涙が溢れてきた。
「わたしに用意出来る最高の物を準備しました……あなたにとって価値がなくても、ほんの少しだけでも価値があるといいなって思いながら、XANXUS様のことだけ考えて準備しました……何かの片手間で準備された薄っぺらなメッセージと、ヴァリアーは違う…………」
 彼はメッセージカードに一瞬視線を向けて憤怒に駆られた顔をした。足元に縋り付く名前を振り払った。

「押し付けがましくて……鬱陶しくてごめんなさい……でも……でも……。忘れないで欲しいと思ってしまったんです…… 」
「灰になりたくねえのなら消えろ」
「灰になるのは怖くありません!XANXUS様に……誤解されたまま生きる方が……こわくて……」
 XANXUSが名前の襟首を掴み上げた。その瞳があまりにも煌々と燃えているので、名前は言葉を継げなくなった。
「消えろ」

 XANXUSは机の傍の小さな箱とメッセージを憤怒の炎で燃やし尽くした。灰にならないほど跡形もなく、消し炭にした。
 そして、名前の贈ったチョコレートを手に取り、ソファに放った。

 名前の目から涙が溢れてきた。
 さっきとは違う感情から生まれた涙だった。
 涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃの顔を慌てて拭い、名前は頭を下げた。


*

 XANXUSの部屋から出た名前の足取りは軽い。
 彼があのチョコレートを捨てるのか、燃やすのか、どうするかは分からない。
 でも、少なくとも今彼の部屋にある。
 名前には、それが嬉しかった。



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