悪ガキたちのmarcia

 ベルフェゴールが消えた。XANXUSが眠ってから3年が過ぎた夏のことだった。

「ベルちゃんもヤンチャねえ」
 もう12歳ですものね。ルッスーリアは気にした様子もなくころころと笑った。2ヶ月も帰ってきていないというのに呑気なものだ。どいつもこいつもヴァリアーたちはそうだった。いないのに気が付いたのも、ベル付きの部下からの報告が上がったからだと言うのだから、薄情なものである。
 名前は何となくベルフェゴールはもう戻ってこないような気もしていた。ヴァリアーはXANXUSの下に集ったが、彼は眠っている。永遠に醒めないかもしれない目覚めを待ち続けるほど、彼らは忠誠心が篤くない。
 縛られるのも抑圧されるのも嫌いな彼らが、今まで本部から嫌味を受け続けても尚留まっている事実が異様にさえ思えるほどだ。
 それはそれでいいと思った。仕方ないことだ。多分、裏切りとも言えない。XANXUS以外にヴァリアーを御すことも、留まる理由もない。それがヴァリアーという組織だった。

 ベルがいない日常は恙無く回った。XANXUSがいなくなった時でさえ、地球は平素のように回ったのだから、ベル如きで何かが変わるわけがない。当たり前だった。
 いつも通りに各々仕事をした。名前はボンゴレやヴァリアーと関係の無い情報屋として闇に潜っていたし、マーモンは自分の伝手で依頼を受けていた。ルッスーリアだって着々とコレクションを集めていたし、レヴィは部下の育成に余念がなかった。最近は大学に通い始めているのだから笑ってしまう。スクアーロも何も言わなかったが、彼は名前と違い、彼の家出は一時的なものだと思っているらしかった。
 本当に帰ってくるか、名前には分からない。
 ベルとは、いや、ヴァリアーの誰とも、深いこころの繋がりなんてものはなかったから。


*

「なあ、そろそろいいだろう?」
 首筋を指でそっと撫でるように触れられる。湧いた殺意を必死に堪え、名前は恥じらうように視線を逸らし、男の胸板にたおやかで白い手のひらを寄せた。
 肯定と受け取ったのか肩に手を回される。

 この男は三十路前半、筋肉質で高身長、こう見えてある企業の次期社長で、名前の良いカモだった。彼の会社はボンゴレの末端組織と組んで、表の会社を隠れ蓑に麻薬の売買をしていた。販路はボンゴレのシマとは被っていないが十分に粛清対象である。
 名前はそれを十二分に活用する術を知っていた。弱みで強請り資金援助をさせつつ、魅力で落とし反発心を抑える。同時に末端組織の裏切りの事実を本部のとある幹部に流し、賄賂を送ってコネを作っていた。

 この男は思ったよりも便利な男だったが、最近は恋愛に対して熱烈で、あしらうのが面倒だった。
 まだ体は許していない。許すつもりもない。彼にあからさまに求められるのは気分が悪くなる。潮時だな、と名前は思った。

 ──殺そう。

 マフィアや裏社会の人間がよく使うバールだから、多少の流血沙汰はいくらか握らせて脅してやればいくらでも誤魔化せる。愛用の銃は発砲音が響いてしまうので、懐から趣味の悪いナイフを取り出し弄ぶ。ベルフェゴールに押し付けられたナイフ。

 銀のナイフを指でひっそりとなぞり、構えた瞬間に、聞き覚えのある間抜けな声が耳に届いた。

「は?名前?」
「は?」

 振り返ると真っ赤な口紅が映える女を侍らせた金髪のガキがいた。
「ベル……」
 思ってもみなかった再会に言葉を継げないでいると、ベルは男に視線を向けて嫌な笑い方をした。こいつ、何かムカつくことを言おうとしてる。察した名前が止める前にうししっ、と笑い声。
「これお前の男?シュミ悪くね?」
「ちがうわよ!」
 否定の怒鳴り声と共に、ほぼ反射的に男の頸動脈を掻き切っていた。飛び散る血飛沫、悲鳴が響き店内が騒然とした。
 こんな騒ぎにするつもり無かったのに、と自分の短気に後悔しながら、店主にチップを渡し、ベルの腕を引っ掴んで逃げるように店を飛び出す。

「なんで王子まで逃げなきゃなんねーんだよ」
「ベルのせいじゃん」
「お前のシュミが悪すぎるせいだろ?しししっ」
「わたしの男じゃないし、好みでもない!」
 無性に気恥ずかしかった。まだ12歳のベルに女の自分を見られることも、自分に釣り合わない男と並んでいるのを見られることも。
「だいたいあの女こそ何?趣味わっる」
「知らね。声掛けられたから奢らせてやった」

 路地裏を月の明かりだけを頼りに進む。もっと深い闇に慣れたふたりにとって眩しいくらいの夜だった。
 城に帰るのとはまったく違う道をずんずん進み、名前の土地勘のきかない道に入っていく。

「どこ向かってるの?」
「んー」
 答えはない。ふと、ベルの顔ってこんなに近かったっけ、と思って、彼がずいぶん背が伸びていたことを知った。この前までチビだったのに。生意気にも女で遊ぶようになったんだ。
 3つ年下の彼が突然大きくなったように感じ、自分がまだベルの手を掴んだままだったことに突然気付いて、振り捨てるようにして離した。
「なんだよ」
「べつに」
「あっそ。もう着くぜ」
 素っ気ない口調でぶすくれてる彼女が、本当は不機嫌なふりをしているだけであることは、3年も経てば分かっていたので、ベルはスルーして到着地を指さした。
 どう見ても廃墟であろう小さな白煉瓦の家に躊躇うことも無く入っていく。家の周辺は思ったより荒れていなかったが、道路にまだそう時間の経っていない血染みがあった。

 頑丈そうな扉からその家がもとはある程度のものだったと伺える。今はもう見る影はないけれど。
 玄関に無造作に置かれていランタンに炎を灯して、リビングを突っ切ってベッドルームへ。家の中は埃もなく、荒れてもいなかった。最低限の手入れはされているように思える。

 ベッドに仰向けに倒れ込んだベルが足を組む。
 シンプルな天蓋付きベッドも、一切の埃っぽさを感じなかった。机の上のランタンが、天井に揺らめく影を映し出している。
「ここ、何?」
「しししっ、秘密基地」
「秘密基地ぃ?」
 素っ頓狂な声を漏らしたが、なんだかおかしくなった。くすくす笑い始めたベルが釈然としない顔で言う。
「いきなり何だよ、ムカつくんだけど」
「だって……ベルにそんな可愛げあったんだね」
 ようく部屋を見回してみた。部屋はごちゃごちゃしていないし、むしろシンプルにまとまっていて、白の内装がところどころ煤けているのが趣がある。うん、悪くない。なんだか楽しくなって名前もベルの隣に寝っ転がる。
 天井を見上げると端っこの方に蜘蛛の巣があった。破れたカーテンから射し込む月光。

「ねえ、ここ廃墟でしょ。その割に綺麗だね」
「使用人雇ってっから」
「なにそれ、だれ?」
「そこら辺に転がってたやつ。ボロボロで泣いてたからちょうど良かったしここの掃除させてんの」
「ふうん」
「便利だし察しも悪くないぜ」
 外の世界の繋がりがあったのかと新鮮な驚きを感じる。殺すか遊んで嬲るかでしか、人と繋がれないんだと思っていた。彼のことをぜんぜん知らない。
「ランタン雰囲気あるじゃん」
「しししっ、だろ?レトロなのロマンじゃね?」
 ベルはいたずらっ子みたいな顔で続ける。
「まあ電気も水道も通ってねーからなんだけどさ」
「はあ?何も出来ないじゃない」
「ここは寝たり休むためだけの拠点なの、他のことは外でやるし」
「いつから?」
「ヴァリアー入る前から使ってたぜ。しししっ、前はもっと崩れててかっこよかったけど」
 そんなに前から……。ベルが入隊前にどこでどう生きてたかなんて興味もなかったし知りたいと思ったこともなかったけど、なんだか妙な感慨に包まれる。
 城ではダラダラして、寝坊して、部屋はグチャグチャで、才能はあるのに怠惰で、社会不適合者で、できることといえば人をおちょくるか人を殺すかで……。でもやっぱりベルはひとりで生きていける男なのだ。

「しっかし名前がいるとはねー。城の外でヴァリアーに会うのもけっこーおもしれーじゃん」
「そうかな。まあ、新鮮ではあるけど」
「ししっ、お前の仕事の仕方も見れたしな」
「本当に忘れて。いつもああじゃないから」
「知ってる。名前お前ハニートラップ向いてねえよ。氷みてえな目してたぜ」
「ちょうど殺そうって思った瞬間なだけよ……」
「お前キレやすいし分かりやすいだろ。しししっ」
 ある程度自覚済みだったので、名前は黙り込んだ。見抜かれて指摘されるのはムカつくが、分が悪い。


 名前が口を閉ざし、ベルも無言になった。お互いの吐息だけが微かに空間をさざめかせている。
 もう二度と会わないかもしれないな、と思っていたのに、失踪していたベルが隣に寝てるなんて、すこし不思議だった。

 名前はほんの少し身を捩りベルをチラリと横目で見て、動きをとめた。
 前髪が流れて、隙間から微かに瞳が覗いていた。髪の毛とおんなじ輝くような繊細な金の睫毛に、透き通るような涼しげな瞳。
 彼の瞳を初めて見た。

 もう帰ってこないの。
 そう言いそうになったけれど、名前は飲み込んだ。どう生きようと人の勝手だ、馬鹿らしい。

 そんな彼女の思考を読んだかのようにベルが喜色の滲む声で突拍子のないことを言う。
「明日は何すんの」
「え?……別に何も無い、けど」
「じゃー誰かおちょくりに行こうぜ。城の外の奴らに会いにいくの」
「今日のわたしみたいに?」
「そう。見てみてーだろ?」
 口角を上げる彼に釣られて名前も悪い笑みを浮かべた。それは最高な娯楽になると思う。
 ふたりは頷きあった。
 ベルと名前は、ヴァリアー邸で組ませたらいちばん面倒だと忌避される、悪ガキコンビだった。

*


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