クズと六つ子のエトセトラ

*絵文字が出ます

 ガチ恋になって他の指名客に絡むようになった地雷を切ったら、もっと面倒なことになった。
 他の席についてる時被りを睨んでたり、トイレ行く時にわざとぶつかったり、LINEで「あれ誰?」とか「浮気」とか責められたり、大声で他の客に聞こえるように悪口言ったり、ヘルプについてくれた女の子に八つ当たりしたり。地雷だけど太いからしばらくは宥めて貢がせてたけど、あんまりにも酷いから店の方で出禁にしてもらった。
 でも、それで一件落着とはならなかった。
 出勤前に入り待ちされて、うちのガルバ前の通りでこの前揉めて、その時はボーイに助けてもらったけど、今日は始発上がりに帰り途中の道で出待ちされてた。

「名前ちゃん!」

 声を掛けられて思わず「うわっ」と声が出る。地雷客の男がわたしの方に小走りで駆け寄ってきて、嬉しそうに「やっと捕まえた!今仕事終わり?」とふつうに話しかけてくる。
「え、待ってたの?」
「うん!名前ちゃんから店長に言ってよ!俺を出禁にするって何考えてんだよ、あいつ。めちゃくちゃ金落としてきたのに」
 まあたしかに金払いは良かった。知り合い連れてきてテキーラ祭りしたりコカボムタワー入れてくれたりしたし。1人の時もたいていシャンパン開けてくれたし。だからお前の言動にも我慢してやってたんだよ。
 限界に達したから切ったんだけど。

 こいつはなんで出禁にされたか全く理解してないらしい。
「いつからここにいたの?」
「ずっと飲んでて、店閉まる時間に合わせてこっち来たよ」
「あーそうなんだ」
「LINEしたけど既読つかないからさ。てかずっと返信くれないじゃん!」
「あーごめんね忙しくて」
 とっくにブロックしたっつーの。鈍いのかバカなのか?
「こういうの、そっちも負担だろうし、わたしも困っちゃうからさ、辞めてもらってもいいかな?お店も出禁とくのとかわたしの権限じゃ出来ないし……」
「はぁ?せっかく待ってたのに、何?今日なんか冷たくね?」
「そう?疲れてるから。そろそろ帰るからまたね」
「ちょ、待ってよ。明日は仕事?」
「うん」
「じゃあ、俺店行けないから、バイト前に会わない?俺6時には駅来れるからさ」
「ええ?……お客さんとプライベートで会わないようにしてるって言わなかったっけ?」
「あー、でも俺とは会ってくれたじゃん?」

 同伴は何回かしたね。プライベートでもショッピング行ったことある。滅多に客と会わないけど、こいつは金あるからキープするために会ってた。はあ……過去のわたし、死ね。
 なんかうざくなってきた。
「あのね、わたし忙しいし、プライベートは友達のために使うようにしてるんだ。その次はお客さん。その次は家族。その次は今はいないけど彼氏とか。だからね、もう会えないの」
「……」
 その途端、男の顔からごっそり表情が抜け落ちた。あまりの落差に喉がこくっと鳴る。
 掴まれた腕がギリギリ握りしめられた。
「いたっ……」
「俺今まで、お前に尽くしてきたよな?」
「いたい、」
「お前にいくら使ってきたと思ってんだよ?他の客も、我慢して許してきてやってたよな?」
「離して!ねえ!」
「俺のこと捨てるってこと?は?なら今まで使った金返せよ!出来ねえだろ?なあ!稼ぐ能もなくて男に寄生して生きるしか出来ねえくせに、何様のつもりなんだよ!」

 何言ってんの?こいつ。
 わたしはイライラして、怖くて、大声で「離せよ!」って喚くことしか出来なかった。朝5時の駅の近く、ちらほら人はいるけどみんな遠巻きにして、関わらないように速足で通り過ぎて行く。
 腕を引っ張られて、男はどこかに歩き出そうとした。足を踏ん張ってなんとか腕を振りほどこうとするけど、力が強くて引き摺られてしまう。
 悔しいけど、わたしは少し泣きそうになっていた。
 もうほんとにサイアク。最悪最悪最悪……。

「おい、その手を離すんだ」

 ちょっとだけ潤んだ視界に、青い服が飛び込んで来た。眉毛のキリッとした人が、男の腕を掴んでそのまま捻り上げた。
「いっ……てえな!誰だテメェ!」
「キティが痛がっているだろう。傍から見ていられなかったぞ」
「テメェにゃ関係ねえだろが!ヒーロー気取りが!」
「うわっ」
 男が腕を振り抜いた。青い人は、小さくびっくりした声を上げながら体を軽く逸らして、するっと避ける。
 こいつ、こいつ、殴った……!
 当たらなかったけど、知らない人にまで暴力を振るおうとするなんて!目を細めて、「なるほど、喧嘩なら買おう」と低く呟くと、青い人が男の腹に拳を入れた。「ゴフッ」と唸って男は動かなくなった。
「え、これ……」
「その辺に寝かせとけばいいだろ。酒の匂いがするから、勝手に酔っ払いだと思ってくれる」
 男をゴミ箱の横に置いて、青い人は駅前の方までわたしを連れて行ってくれた。

「大丈夫だったか?」
「あの、ほんとにありがとうございました……!」
 わたしは頭を下げた。青い人がちょっとキョドって、「いや、ぜんぜん……。キティに怪我がなかったのなら何よりだ」とフッとニヒルに笑った。キティってわたしか?
「あの人しつこくて困ってたのでほんとに助かりました。えっと、お名前は……?」
「えっ、俺?」
「えっ、はい」
「フッ……俺は松野家に生まれし次男、松野カラ松だ。キティはなんて言うんだ?」
「生まれし……。カラ松さんですね!わたし名字名前って言います!なんかお礼とか……」
「気にすることは無い。助けを求めるカラ松ガールの元に何時でも駆けつける、それが俺、だからな……」
「はぁ……」
 カラ松さんは革ジャンのポケットに差してたサングラスをすちゃっと装着して流し目をした。なぜ……。今、真っ暗だけど……。
 薄々分かってたけど、なんかちょっとヤバめな人?わたしはニコッと笑って、とりあえず帰ろうと思った。
「お礼にコンビニとかで良かったら好きな物買いますよ!」
「……いいのか?」
「はい!どうぞ御遠慮なく!」
 コンビニでごめんねって感じだけど、カラ松さんは嬉しそうだから問題なし。駅前のコンビニに一緒に入って、カゴをもって店内をブラブラする。
 カラ松さんはまっすぐ飲料コーナーに向かって、6本ほどビールをぶち込んだ。この人ほんとに遠慮しねえな……。
「たくさん飲むんですね」
「兄弟が多くてな」
「へえ〜……家族思いなんですね!」
 家族の分まで買うなよ。いや、いいけどさ。
 それからおつまみとかホットフードとお菓子を買って、煙草も何箱か買っていった。数千円飛んだ。今から宅飲み?ってくらい買った。

「じゃ、帰りますね!本当にありがとうございました!」
「あ、ああ……」
 カラ松さんは何かを言いたげだ。わたし、もう眠いんだけど。でも立ち止まって、言うのを待ってあげる。
「どうかしました?」
「いや、あの男はもう大丈夫かと思ってな。これからも付きまとわれたりとか」
「たしかに……。今の店辞めたくないしなあ」
「店?」
「ああ、今ガルバで働いてて」
「ガルバ?」
「ガールズバーです。おにーさんあんまりそゆとこ行かない感じですか?」
「ガールズバー……行ったことないな……」
「ふうん。まあ、カラ松さんかっこいいし、女の子には困ってなさそーだもんねえ」
「かっこ……?!」

 あの地雷客どうしようかな。
 腕痛いけどこれで警察行っても、別に対処してしてもらえなさそう。店から駅までの道変えるしかないかな。ボーイさんに一応相談して、これから始発前に上がらせてもらおうかな。送り出るし。
 はあ、めんど。
 一応店では人気のほうだからクビには絶対ならないと思うけど、面倒なキャストだと思われるのいやだなあ。

「心配ないさ、キティ」
「はい?」
「水臭いな……。俺に頼んでくれて、いいんだぜ……」
「はい?」
「照れることは無いさ。俺と君は相思相愛、かっこいいこの俺がキティのボディガードを務めてみせよう」
「え、大丈夫ですけど……」
「えっ?!」
 何?この人。ボディガード?
 地雷客の次はなんか変な人に捕まっちゃったな。今日のわたし、運なさすぎ?

「えっと、帰っていいですか?」
「あ、はい……」
「今日はありが……」
「じゃあせめて!れ、連絡先とか……」
「ああ……まあ、それくらいなら」
「いいのか?!」
 カッコつけてたのに、めちゃくちゃ気まずそうに必死にLINE聞いてきて、めちゃくちゃだるそうに返したのにパッと顔を輝かせるカラ松さんになんか気が抜けて、わたしはほろっと笑った。ちょっと可愛い人だな。頭おかしいけど。

 家に着く直前に、LINEがピコンと鳴った。

『松野カラ松です』
『よろしくお願いします』

 素っ気ない文面。実際のキャラと随分乖離しているLINEに思わず二度見した。誰?
 赤塚駅から2駅電車に揺られて、歩いて5分の場所にわたしのマンションはある。帰るのに15分くらいかな。
 すぐメッセージ来るかと思ったのに、しばらく来なかったから特にわたしに興味ないのかと思った。もっとウザめのLINE来るかと思ってたし。意外性がすごい。

『名字名前です。今日はほんとにありがとうございました🥺
カラ松さんがヒマな日とかまたお話したいなー
良かったらお店遊びにきてね 💛』

 軽く営業掛けてシャワーを浴びてベッドに横になった。既読ついたのは見たけど、中身確認する前に気付いたら眠っていた。

*

 カラ松さんとは何日かLINEが続いていた。わたしは半日くらいあけて返信するけど、カラ松さんのレスポンスは早い。慣れてきたのかサングラスとか筋肉の絵文字を使ったり、キザ……キザ?厨二病?みたいなことを言うことも増えてきた。
 別に返信しなくてもいいんだけど、お客さんに返信するついでに、通知のいちばん上にいるカラ松さんにも返信する流れが出来つつある。友達よりも返信早いのウケるな。

『今日も仕事か?』
『そだよ〜。カラ松さんは?』
『俺はいつでもフリーさ。名前ちゃんが独り占めしてくれて構わないぜ?』

 う〜ん、ウザいね。最初はイラッとしたけど、なんでだろう、絶妙にこのウザさがクセになるところ、ある。

『今日も飲み?』
『ああ』
『行きつけのお店あるのいいね〜』
『だが色々と開拓してみたいとも思ってるんだ。オススメはないか?』
『え〜、シーシャバーとかダーツバーとかならよく行くけど』
『シーシャか、吸ったことないな。今度連れて行ってくれないか?』

 ぽんぽんと飛び交っていた返事の手が止まる。
 う〜ん。カラ松さんをどの枠に入れるか迷いあぐねてるんだよね。
 枠によってLINEの名前を変えてて、ガルバの客は青ハート(💙)、パパ関係は黄色ハート(💛)、遊び相手系は紫ハート(💜)って分けてる。
 カラ松さんはどこかなあ。今彼氏もセフレも作る時間の余裕ないんだよなあ。パパとかガルバ始めたら、相手に使った時間の分の金が返ってこないのバカらしくなっちゃって、男と遊んだりもあんまりしなくなった。

『いいけど、基本的にシフト入ってるから8時前には抜けなきゃなんないんだよね』
『ガルバか?』
『そう』
『料金っていくらくらいなんだ?』

 お、興味ある感じなのかな。
 うちの店はけっこう良心的だし、指名料もかからないから、来るなら指名がいいな。客にできるならしたい。話してる限り金無さそうだから細くていいや。

 説明すると、『金が入ったら行く』と返事が来た。嬉しい。
『ほんと?🥺いつ入りそう?』
『ちょっと分からないが、近いうちに行けるようにする』
『分かった、ありがとう!じゃ、その時一緒にシーシャバー行って、そのまま同伴する?』
『了解』


 そんな約束をした3日後にカラ松さんからLINEが来た。

『とりあえず10万ほどあれば足りるか?』
『10万?!ぜんぜん余裕で足りるよ(笑)🙆』
『そうなのか。じゃあ今日の夜はどうだ?』
『大丈夫 💛楽しみ 💛』

 3日で10万ってどーなってんの?給料日……では無いでしょ?月末じゃないし。
 なんか危ないことしてる人なのかな。
 付かず離れずの距離を保たないと怖いな……。
 そういえば、喧嘩も強いみたいだったし。成人男性をワンパンでしめるってなかなかできることじゃないと思う。暴力には縁がないから分からないけど。


 午後6時に駅前で待ち合わせたカラ松さんはなかなか、なかなかな格好をしていた。
 遠目からでもわかるギラッギラのスパンコールのパンツに黒いジャケットに、サングラス。近付きたくねえ……。仕方なく歩みを進めると、白い服をインナーに着てるのが分かったけど、これがまた強烈だった。本人の顔写真がプリントしてある……。

 え、これと並んで歩くの?
 嘘でしょ?

 呆然と立ち尽くしていたら、カラ松さんがわたしに気付いた。サングラスを軽くずらして、ウインクを飛ばしてくる。
 LINEで慣れたと思ったけど、生で見ると鳥肌立つな……。

「カ、カラ松さん……」
「名前ちゃん!フッ、今日は共に熱い夜を過ごそうぜ……」
「予定変更しましょう!」
「えっ?構わないが……」
「わたし、ショッピング行きたいな〜!カラ松さんに似合うお洋服選んであげたりしたい!」
「キティが選んでくれるのか」
「革ジャンに似合うコーデ考えてあげるね」
 こんなのと並ぶとか冗談じゃない。本当に勘弁だよ。シーシャバーは友達が働いてて、よく行ってるんだけど、そんなお気に入りの店にこんなの連れて行けるわけない。
 ガルバのキャストにも今のカラ松さんとか見られたくない。ふつうにしてたら顔立ちはそこまで悪くないのに。

 カラ松さんが承諾してくれたので、駅ナカのショッピングモールに向かった。メンズの服なんか分からないけど、今よりは絶対マシに出来る自信がある。自信しかない。
 インスタで#革ジャンでタグ検索してテキトーに上位に出てきた投稿を見て、着せたい服を頭の中で組み立てていく。
 手頃なショップに入り、オーバーめの白シャツと、青が好きみたいだから青の薄いトップスを選んで、黒のタイトスキニーを掴むとカラ松さんに試着させた。
「これか?なんというか、シンプルすぎるような……」
「レザーを引き立てるためにインナーを引くのが今のお洒落なんだよ〜。それに、カラ松さんこういう格好もすごく似合うと思うっ」
「そ、そうか?」
 戸惑ったように、眉をゆるっと下げたカラ松さんは意外とかなり幼気な表情に見えた。常にキリッと上がってる眉や、流し目気味の作った表情が剥がれると、なんだかふわふわした感じになるんだ。

 試着室から出てきたカラ松さんは、さっきのヤバい格好よりも百倍はマシに見えた。青のトップスの下からちらっと見える白インナーは最近流行ってるレイヤードで、青も鮮やかだけど主張しすぎていないし、黒に溶け込みすぎてもいないし、うん、トレンドをいい感じに取り入れられてるんじゃないかな。
「格好いいっ、カラ松さん!」
「ほ、本当か?」
「はい!あんなクソダ……えっと、カラ松さんの個性的なファッションも素敵だったけど、やっぱりトレンドってオシャレ感が増すし!カラ松さんの渋いけど爽やかな魅力マシマシってゆーか」
「渋い……!尾崎みたいに……!?」
「はっ?尾崎……?尾崎豊……?」
「そうだ!フッ、尾崎は我が人生の師、エターナルリスペクトガイなのさ……」
「えた……尊敬?してる?ってことかな……」

 ついていけねえ〜〜〜。
 尾崎って渋いな。パパとかの代じゃん。パパが尾崎好きで、ちっちゃい頃とか車の中で流してるの聞かされたなあ。
「うん、尾崎みたい尾崎みたい」
 テキトーに褒めると、頬をぽぽぽぽ……と嬉しそうに染めた。へえ、こんなので喜べちゃうんだ。カラ松さんってなんか……、可哀想なくらいピュアだなあ。可愛い子犬みたい。

「そろそろいい時間だし、シーシャじゃなくて今日はご飯にしませんか?」
「ああ、バイトの時間があるんだったな。少し残念だが……」
「シーシャは次行こうよ」
「次……?次があるのか……?!」
「えっ、今日限りのつもりだった……?」
 言動はヤバいけど、優しい人なのかなあって思ってたから、ストレートに断られて少し肩を落とすと、カラ松さんはわたわたとわたしの言葉を否定した。
「ちっ、違う!また俺と会ってくれるなんて、嬉しくて……」
「ふふっ、なんで?ぜんぜん会うよ。せっかくお友達になれたんだし」
「名前ちゃん……!」

 店に来てくれる客はキープしたいからね。
 それにしても、カラ松さんってナルシストに見えて意外と自信ない?自己肯定感低い?のかな。ちょくちょく卑下するみたいな発言多い気がする。

「ご飯は何が好き?」
「肉」
 端的!
「お肉美味しいよね〜。ハンバーグ屋さんと焼肉屋さん近くにあるけどどっちが……」
「焼肉」
 食い気味!
「じゃあ焼肉にしよっか。なんかカラ松さんに焼肉って似合うね」
 この人、けっこう筋肉質だし。
「フッ、肉で肉を巻く肉食系肉とは俺のことだ」
「ただの肉好きの人じゃんそれ。……あははっ」
 肉で肉を巻くって何?肉食系肉って何?じわじわ面白くて、思わず吹き出した。カラ松さんって頭おかしいけど面白いな。
「キティが笑ってくれるなら何よりだ」
 そう言ったサングラスからちらっと見えた目が少しはにかんでいるようで、なんだかもったいないから、わたしはサッとサングラスを奪った。油断していたカラ松さんが「えっ?!」と手を伸ばしてきたのをかわして、革ジャンのポケットに差してしまう。
「カラ松さんの顔、ちゃんと見たいからサングラスは禁止ね」
「う……」
 照れてる照れてる。男の子が分かりやすくわたしに振り回されるのって可愛くていいよね。

 地獄みたいに肉を食べるカラ松さんにドン引きした後、一緒にお店に向かう。うちのガルバは『Rabbit』って名前だけど、制服は特にバニーガールってわけではない。
 私服出勤で友達と遊ぶ時とか、デートに行く服とか、そんな感じのゆる〜いモチーフ。

 カラ松さんはひっきりなしに視線をウロウロさせて、肩が強ばっていた。何回かサングラスを上げる仕草をしてハッとしては、わたしに縋るような視線を向けてくる。
「だめ」
「くっ……」
 不安を隠そうと表情を繕うのがとてもわかりやすい。
 奥の席に案内して、ボーイに「指名1名でーす」とお願いして待機室から名札を取る。
「名前同伴?見たことない客だけど」
「今日初指名」
「で同伴?さーすが」
「まあね」

 源氏名にはそのまま本名を使っている。
 おしぼりを持って、カウンターの内側からカラ松さんのところに向かうと、わたしを見て安堵した表情を浮かべた。
 めちゃくちゃ気まずそうでかわいい。
「待たせちゃってごめんね〜。何飲む?」
「な、何があるんだ?」
「これ飲み放題のメニュー」
「じゃあ……とりあえず生で」
 コースターと灰皿を出して、ドリンカーにトリプルのグラスで生をもらって「お疲れ様で〜す!」と渡すと、カラ松さんはキョトンと首を傾げる。
「キティは飲まないのか?」
「あー、女の子はお客さんにドリンク貰えないと飲めないんだぁ。お金かかっちゃうの」
「そうなのか……」
「一緒に乾杯させてくれる?」
「オフコーーース。俺だけ飲むのも悪いからな、いくらなんだ?」

 キャストのドリンクは小さいグラスのシングルが800円、中くらいのグラスのダブルが1600円、大きいグラスのトリプルが2400円かかる。
 それぞれフリーの客だとバックが100円、200円、300円だけど、指名になるとバックが2倍に跳ね上がる。
 料金説明をして、ちょっと甘えた声を作ってみる。

「カラ松さんと同じグラスでもいい?一緒に飲みたいなぁ……」
「オーケイ!どんどん飲んでくれ。今日はまだ手持ちにまだまだ余裕がある」
「え〜、ほんとにいいの?ありがと〜!」

 待って待って、カラ松さん太っ腹〜!
 これは良客の予感……!絶対キープしたい……!

 ウキウキしてわたしもアイスビールを頼む。ボーイに「トリプル入りました〜」と笑顔で報告すると、「名前ナイスゥ〜!」と合いの手が入る。
 今たしかカラ松さんの手持ちが7万くらいかな。延長4時間は固い。トリプル何杯飲めるかなぁ、ガンガン煽ってみよ〜っと。

「カンパーイ!」
「キミの瞳に乾杯……」
 何か言ってるカラ松さんをスルーしてビールをごくごく飲んでいく。ぷはーっ、美味し!昔は全く好きじゃなかったけど、前職の宴会とかで飲まされてたらいつの間にか嫌いじゃなくなってた。
 わたしそんなにお酒強いほうじゃないから、頭痛くなる前にふわふわして熱くて気分が良くなる酔い方をしとかないとすぐ死んじゃうんだよね。カクテルちみちみ飲むより、ビールカチ込むほうが体に酔いがいい感じに回りやすい。

 カラ松さんは一気に生ビールを飲み干してしまった。フーッと息をついて、ガン!とグラスをテーブルに置いた彼に拍手を送る。
「よいしょ〜っ!!いい飲みっぷり!」
「今日は酔いたい気分だ……」
「そうなの?なんか嫌なことあった?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
 カラ松さんはソワッと店内に視線を泳がせる。外国のヒップホップが流れ、橙の薄暗い照明や、壁のお洒落なランプ。一直線に並んだカウンターにチラホラ座っている数人のお客さん。そして磨りガラスの敷居の奥はVIP席になっている。割とクールで雰囲気がある店内だと思う。
「もしかして緊張してるの?」
「なっ?!ノンノン名前、ノォ〜〜ン!フッ、俺は孤独と静寂が似合うギルドガイ、松野カラ松だぜ。バーの雰囲気を飲むことはあっても、飲まれるなんてナッシングだ」
「孤独と静寂……。カラ松さん、おかわりします?」
「頼む」
「同じでい?」
「ああ」
 2杯目のビールも半分くらいまでごくごく飲み干して、やっとカラ松さんは落ち着いたみたいだった。
 ちょっとトロンとして、たわいも無い雑談をする。

「ガールズバーってこんな感じなんだな」
「初めてって言ってたもんね。どう?楽しい?」
「ああ。思ったより普通の店だし」
「普通の店だよー。どんな感じだと思ってたの?」
「なんか、こう、ガール達とスキンシップの激しいような……」
「あはは!風俗じゃないんだから!」
「ふっ?!違う違う!すまんそう言う意味では……セクハラになっていないか?!すまない!」
 慌てるカラ松さんに夜のお店慣れてないんだなと思う。変わってるけど紳士的だ。今日の同伴でも、すごくわたしを意識してエスコートしようとしてくれるのが分かった。階段を登る時は後ろを振り返ってくれるし、ドアは開けてくれるし、当たり前のように車道を歩いてくれたし、何回もわたしをチラチラ見て歩幅を合わせようとしてくれた。
 カラ松さん、意味わかんないこと喋らなかったらモテそうだな。ロマンチックを履き違えてるのがあまりにも勿体ない。

「女の子とお酒飲みながらお喋りするだけのお店だよ。良かったらカラ松さんの話色々聞きたいな」
「俺の話?」
「そう!カラ松さんのこともっと色々知ってみたいの」
 ニコッと笑うと、眉を下げて頬をほにゃっと染めた。え、今のがときめきポイントなんだ?読めない。
「俺のブラザーの話なんだが……」

 ポツポツとカラ松さんはご兄弟の話をしてくれた。兄と弟がいるらしく、そんな兄弟との何気ないハチャメチャな毎日だとか、おでん屋さんをしてる幼なじみとか、性格が悪くて金にがめつい幼なじみとか、とてつもなく可愛い女神の幼なじみとか……。
 兄弟の話をしているカラ松さんの目がすごく優しくて、わたしは実家の兄弟を思い出した。
「あ〜、わたしも家に帰りたくなっちゃったなあ」
「実家じゃないのか?」
「うん、田舎から上京してきてるんだ」
「地元はどこなんだ?」
「東北だよー。年の離れた妹と弟がいてね。うちはあんまり裕福じゃないから、大学費用が厳しくて。でも、お金のせいで選択肢がなくなるの可哀想じゃん」
「それでこの仕事を?」
「うん。昼職の時よりよっぽど稼げるの。でもしばらく実家帰ってないから、久しぶりにみんなの顔みたくなっちゃった」
「今は一人暮らしで仕送りしてるのか?」
「うん。大した額じゃないけどね」
 照れくさくなって、誤魔化すようにビールを飲む。カラ松さんは目を細めて、低い声で呟いた。
「若いのに自立してるなんて、本当に偉いな……」
 別に褒められるようなことじゃないから恥ずかしい。本当に尊敬しているような表情で見つめられて、わたしは茶化すように言った。
「若いって。同い年くらいでしょ」
「えっ?俺もう22だぞ。名前よりよっぽどオッサンだ」
「同い年じゃん!そしたらわたしもオバサンになっちゃう!」
「はっ?!同い年?!」

 カラ松さんが目をギョッとさせる。その反応にわたしがびっくりする。
「え、そんな驚く?」
「てっきり未成年かと……」
「未成年(笑)(笑)そんな幼い!?まあ言われるけど……」
「雰囲気がな……。背伸びしたい年頃のガールなのかと……ええ、マジで同い年?」
「マジだよ!てか、未成年とデートしようとするなよ」
「ぅぐっ……」

 正論に押し黙ったカラ松さんはビールをちびっと飲んで、「まあハタ坊もチビ太も童顔だしな……」と独り言を呟いた。チビ太はおでんの屋台屋さんだよね。童顔なんだ。都内で屋台出すってすごいよねえ。

「しかしそうか……。俺と同い年で家族を養ってるのか」
「養うってほどじゃないよ。数万円仕送り送ってるってだけ。カラ松さんは仕事何してるの?」
「仕事?フッ……ノープランだ!」
「ん?ごめん、どゆこと?」
「あ、働いてないです……」
「あ、ニート?」
「はい……」
「ふうん。実家に住んでるんだもんね、いいなあ」

 都内で成人男性のニート抱えてるって、ご実家が太いのかな。まだ兄弟も家にいるみたいだし。いいなぁ。うちもお金があったら、わたしも遊んで暮らしてたのに。
 少しの羨望を感じていると、肩を縮こまらせていたカラ松さんがぱちくりとまばたきをする。
「……え、引かない、のか?」
「引く?なんで?」
「なんで!?え、逆になんで!?この年で仕事もせず遊び呆けてる実家暮らしだぞ?!」
「べつに生活に困ってないならいいんじゃない?わたしもこの前まで無職だったしね」
「名前ちゃんが?!」
「うん。昼職辞めたあと数ヶ月フラフラしてたんだけど、貯金やばくなってきちゃって。仕送りはしてたけど、さすがにきつくなったからまた仕事しなきゃなってここ始めたの」
「そうなのか……」

 グラスを握りしめた手がプルプル震え出したかと思うと、「恋の歯車……」とかなんとか呟いてカラ松さんがガバッとビールを煽った。
「ぅわっ」
「ビールおかわり頼む!」
「あ、うん……。わたしも飲んでいい?」
「どんどん飲んでくれ、カラ松ガール!」

 カラ松ガールって何だよ。グラスにまた生を注いでもらう。コールもしてないのにひとりで一気してるのウケる。

「じゃ、いただきまーす」
「ああ。運命の出会いに乾杯!」
 酔ってるからか、なんだかテンションが変なことになり始めたカラ松さんとグラスをカチンと合わせる。

 なんやかんやでカラ松さんは3時間くらい延長してくれた。トリプル5杯飲ませてもらったから、3000円のバックがついた。それに指名料バック500円/hがつくからプラス1500円。
 まだ煽れそうだったけど、カラ松さんが潰れちゃったから帰ることになっちゃった。お酒はそんなに強くないみたい。もし次があったらペース落とさせよう。
「カラ松さん、ほんとに今日はありがとね」
「いやぁ〜、ぜんぜんいいんだ、名前ちゃん」
「同い年だしカラ松くんって呼んでもいい?」
「もちろん、もちろん!いや、ぜひ、でもいいのか?おれなんか……」
「うん、カラ松くん!また来てね!気をつけて帰ってね!」
「うぅっ、あいらびゅ〜……名前ちゃん……」
 バキューンと鉄砲を打つ仕草をしてカラ松さん……カラ松さんはフラフラ帰って行った。
 頭おかしい人だけど、変な絡みもないし金払いもいいし、いい客だな〜。これから営業かけよーっと。

 すぐにLINEを送る。
『今日はほんとうにありがとね!すごく楽しかった🌷
 カラ松くんも楽しめてたらいいんだけど……。
 次はシーシャ行こうね 💛 🚬』

 あ、金の出処聞くの忘れた……。

*


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