理性の男、理性の女

・10万hit企画でいただいたリクエスト短編
・リクエスト内容:セオドール・ノット
・ネームレス夢主
・読み切りです
・遅くなってしまい申し訳ありません

*

 お見合いの話を具体的に父親から受けたのは三年の夏休みの頃だった。卒業後、ノット家の格に釣り合う女性数人と食事会の場を開き、二十歳になる歳までには少なくとも婚約を済ませることになる。
 ただし、在学中に特定の相手がいるなら両家の顔合わせと話し合いを経て嫁に迎えることも可能だと、そう言われた。ノットは恋人を作る気も、作りたいと思ったことも無かったし、当然許嫁が準備されるものだと思っていたので、父がそんなことを言い出すとは思っていなかった。
 それは寛容さだったのか、後悔なのか、傲慢さなのか分からない。話をされても、恋人など作る気がなかったが、告白された際ふと将来のことが頭をよぎった。
 父と母は政略結婚だった。若い頃から闇の帝王に尽くしていた彼は、結婚も同じ闇の帝王に賛同する家系の若い子女が選ばれた。なぜ父が三十路を超えるまで子を成さなかったのか、あるいは出来なかったのか、流れたのか、高齢出産に至る過程をノットは知らないが、これだけは知っている。
 彼が見てきた母は幸せそうではなかった。
 自分と政略結婚させられる女性が、母の二の舞になるだろうことに同情があった。

 誰かと交際することで──想像は出来ないが──共にお互い将来を過ごしてもいいと思えることがあるのならば、それに越したことはないだろう。
 だからノットは恋人を作った。
 ティーンエイジャーらしからぬ思考。彼は同世代より成熟した精神と明晰な頭脳を持っていた。しかし、他者に対する気遣いと情というものに欠けている。
 恋人が不安がっていても、愛を求めるような問いかけをしてきても、ノットは嘘を口にしなかった。ただ事実を伝えた。

「どうして私と付き合ってくれたの?」
 数日前から交際を始めた女性にそんな質問をされ、ノットは辟易とした。まただ。彼女は三人目の恋人だったが、今まで似たような質問を昔の恋人からもされたことがある。

 これに「ノット家に釣り合う家柄だったから」と答えられた最初の恋人は涙を浮かべ、数日後にノットは振られた。何の感情も湧かず淡々と別れを了承したノットにさらに傷付いたらしかったが、フォローする気もなかった。
 自分が最初から彼女に恋愛的な好意を持っていたわけではないというのは最初から理解していたはずなのに、なぜかノットに告白する女性というのは、同じ感情を求めたくなるものらしい。察してはいても、望む言葉を掛けてやることをノットはしない。それが彼なりの誠実さだったのだが、ストレートな言葉や事実は、いつもティーンエイジャーの女の子の柔らかい部分を鋭く抉った。

 ノットは何と答えるべきか迷った。真顔で口を閉ざしている彼に、彼女は責められている気分になったのか、やや早口で続けた。
「ごめんなさい、変なことを聞いて。でも大して話したこともなかったのに受け入れてもらえたことがずっと不思議で」
 居た堪れないように髪を手ですきながら視線を逸らし、モゴモゴと言って彼女は俯いた。ノットは怒っているわけではないのに相手を萎縮させることが多い。
「じ、純血だから?」
「……ああ」
「でも聖28一族に釣り合うほどの家じゃないけど……気にならないの?」
「ああ。それに君の家は純血主義だろう」
「う、うん……。それだけ?」
「……」
 ノットはやはりウンザリした。彼女に特別な何かを見出したわけじゃない。身も蓋もない言い方をすれば誰でも良かっただけだった。
「じゃあ、どんな子が好き?」
「それを聞いてどうしたいんだ?」
「えっ……そうなれるように努力する……」
 彼女は赤くなってほろほろ言った。
「何故?」
 ノットは素で尋ねた。聞いてから少し失敗したなと思った。スリザリンが相手なら親の仇のようにギーギーデリカシーがないだの人の心がないだの野暮だの芋っぽいだのだからお前はダメだの家柄しか取り柄がないだの頭でっかちだの合理主義だの言われただろうが、彼女はなぜかますます顔を赤らめ、瞳を潤ませた。傷ついたような感じではなかった。
「す、好きな人に好かれたいから……」
「……」

 彼は眉をピクリとさせ、何と返せばいいか分からず黙った。彼女は恥ずかしそうに片腕をすりすり撫でている。不思議な空気感で、自分の手には余る。
 彼は困っていたし、困惑していたが、自分で気付いていなかった。
「わ、私の家に問題がないなら、あとは私だけだから……。ノットはいつも本を読んでるけど、な、何かオススメはあるかな」
 問われるままノットは何冊か読みやすかったものを抑え、彼女はほろほろ嬉しそうに笑った。ノットは何となく圧倒された気分になった。彼女はレイブンクローなだけあり、ノットの気質をよく分析していたし、その上でノットに近づきたいらしい。押し付けがましくもなく、物分りがよくて健気だ。
 さすがに彼は少し申し訳なく思った。他人を路傍の石程度にしか思わず、当事者意識も皆無なノットが誰かにほんのわずかでも罪悪感を持つのは本当に稀なことだった。彼女に勧めた本の内容は覚えている。けれど、読み直してみようとノットは脳みその片隅で思った。

*

 付き合い初めてすぐクリスマス休暇に入ってしまった。まだ二週間ほどしか経っていない。
 ノットからプレゼントを貰うことは最初から期待していなかった。彼が恋人に細やかに尽くすということを想像出来ない。でも付き合って初めてのクリスマスだから、少しだけ欲張りたかった。
 彼女は「一緒に馬車とコンパートメントに乗らない?」となんとか勇気を振り絞り、誘いを受けてもらった。ノットは能動的には何も動いてくれないけれど、意外と拒絶をしない。本当に嫌だったら断るし、嫌味も言うし、サッと逃げてしまうということを、付き合う前から見ていた彼女は知っている。ノットは興味が無いけれど、私を嫌だとは思っていない。それだけで嬉しかった。好かれるかどうかはこれからの自分次第だから、やり甲斐がある。

 彼女は卒業後婚約者が宛てがわれる予定だったが。従兄弟と結婚するくらいなら死んだ方がマシだ。頭が悪く、図体ばかりでかく、アメリカで自意識ばかり肥大化した威張りやの傲慢な従兄弟が、彼女は吐き気がするほど嫌いだった。
 婚約の話をされた時、嫌そうな顔をしつつ、上から爪先まで舐めるようにジロジロ眺め、「まぁお前、顔はいいしな。母親を見たら将来にも期待できそうだ」と膨らみ始めた胸のところを見ながら言い放った従兄弟に全身にビッシリ鳥肌が浮き立ち、怖気が走った。
 本格的に婚約させられる前に彼女は自分の相手を自分で見つけることにしたのだ。

 従兄弟と真逆な人がいい。
 大前提は父が認めるような純血の人だ。それから頭が良くて、思慮深くて、威圧的じゃなくて、静かな人。それから話し合いができる人。すぐに怒鳴らず、力や魔法で押さえつけようとしない人。下心が剥き出しじゃない人。怒りっぽくない人。
 趣味は合わせられる。顔も二の次でいい。私のことを好きじゃなくてもいい。協力的じゃなくても、紳士的じゃなくても、優しくなくてもいい。

 そして見つけたのが彼だった。
 彼女はノットのことを見つめ続け、彼を一つずつ知り、いいところを数えていった。
 凪いだ瞳に知性的な輝きが宿っていること、孤高なところ、講義が被っている古代ルーン文字学の時は自分から発言はしないけれど、誰より先に答えを分かっていること、たまに退屈そうに肘を着いて空を眺めていること、図書室によくいること、人と話しているところをほぼ見かけないけれど、意外とマルフォイの冗談に笑うところ……。
 いいところを見つけては、彼に恋を出来るよう努力した。

 相手の感情に甘えて交際を受けると、彼女の気持ちが追いつかなくなって、喧嘩も負担も増えていく。愛してくれる人じゃなくて、愛せる人で、同時に妥協し合える人がよかった。

 ノットのことを追いかけていると、やがて自然と意識しなくても視線が彼を探すようになった。彼を見かけると淡くときめくようになった。彼に自分を見てほしいと思うようになった。
 ノットに私で妥協して欲しくなった。
 彼女は自分に洗脳をかけるように彼に恋をしたのだ。歪でも、純真じゃなくても、それが彼女の求め方だった。
 
 レイブンクロー寮の近くでノットが本を片手に壁に寄りかかっていた。一緒に帰るから迎えに来てくれたのだ。彼は同世代よりずいぶんスラッと背が高く、ゴツゴツとした男っぽい骨格をしていて、前髪から知性的な瞳がキラッと光る。周りの女の子がチラチラ彼を眺めるのがいい気分だった。ノットはレイブンクローからモテる。一年生の頃からずっと試験で二位〜五位あたりにいて、物静かでクールで、学年に上がるにつれてどんどんひっそりと人気が出ていた。
 彼女は得意げに緩みそうになる笑みを抑え、髪を直した。
 ノットは彼女を見つけるとパタンと本を閉じ、顔を上げて並んで歩き出した。彼の長い足とは歩幅が違うのに、歩くスピードは同じだった。二つも彼の好きなところを見つけた。

 ホールで人混みの中待っていると、馬車がやってきた。黒のような灰のような馬が馬車を引いている。骨と皮だけの厳しい巨大な身体にコウモリのような翼。白く濁った虚ろな瞳。不気味な生き物だったが、生徒は誰も気にした様子がない。
 セストラルは不気味な生き物だとされているけれど、彼女は彼らが好きだった。
 今だって、誰からも見てもらえず、感謝もされないのに黙々と生徒のために馬車を引いてくれている。落ち着いていて優しい生き物だ。
 彼女は乗り込む前、さりげなく手を伸ばして胴を撫でた。セストラルは少しだけ震え、目だけを上げた。微笑んだ彼女に先に乗り込んだノットが手を伸ばし、それを掴んで彼女は馬車に腰掛けた。

 しばらく牧歌的な風景を眺める。お互いに会話はなかった。他の二人は小さな声でヒソヒソ話をしていて声は風に流れ、馬車の中は静かだった。
 ポツリ、と彼女の耳にも届かないくらいの声でノットが呟いた。
「セストラルが見えるのか?」
 驚いて彼の顔をまじまじと見る。ノットは真顔で外の景色を眺めている。彼女も前を向き、流れている風景を見ながら小さく頷いた。
「うん。一年生の頃から。誰も見えなくて、頭が変になったかと思ったから、図書室で調べたの」

「「幻の動物とその生息地」」

 二人の声が被り、彼女はパッと顔を華やかせた。
「やっぱり!?」
 フッ、とノットがほんの少し吐息を漏らした。いつも平行な眉が僅かに柔らかくなっていて、目元が細くなっていた。
 わ、笑っ……?
 彼女は驚き、感動し、急に背筋が突っ張るような感覚が覚えた。喉の内側を擽られている感じがした。ノットが笑ってくれたのは初めてだった。
 ドギマギして彼女は目を逸らし、「いつから見えたの?」と尋ねた。聞かない方がいいことだとは分かっていたけれど、答えてくれるような気もしていた。
「君と同じ」
 彼は静かに答えた。
 二人はそれから口を閉じて、風を感じていた。彼女はドキドキしながら、反面頭のどこかが凪いだような気持ちでそっとノットの筋張った手のひらに自分の手を乗せた。彼は振り払わなかった。僅かに彼の腕の神経が強ばるのが分かった。彼女はジッと俯いた。
 ノットが手のひらを上に直し、彼女の小さな手を握った。顔が熱くなってなぜか逃げ出したいような、抱きついたいような気持ちで脳内が大忙しで、でも、何も言わずただ黙って景色を眺めた。
 入学前にお互い誰かの死を見た。彼の痛みの一部を彼女は理解出来るし、彼女の寂しさの一部を彼は理解出来る。

 彼の冷えた手の温度がぬるくなっていくのを感じ、彼女は薄く微笑んで目を閉じた。風が耳の後ろを撫で、セストラルの足音が響く。やっぱり彼を選んだ自分の目に狂いはなかった。


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