He knows love, but we don't

・ワンライ
・お題:愛 / ずっと、これからも
・not夢

*

 上機嫌なマルフォイが近付いてきた。馴れ馴れしく向かいに座り足を組む。仕方なくノットは本を閉じたが、不満を目に浮かべて軽く睨んだ。
 もちろんそんなささやかな抗議が彼に伝わるはずもない。
「今回のテストは最高の結果だったな。首位と2位をスリザリンで占められたことが誇らしいよ。もっとも、僕たちなら当然だけどね」
「たった一教科の小テストで点を取れたって、期末で取れなければ意味がない」
「相変わらず冷めてるな。もう少し喜んでみたらどうだ?順位が公表されるテストは少なからず加点を見込める。父上も褒めてくださるだろうな」

 何を呑気な。
 ノットは鼻で笑った。
「そのくらいで褒められるのか?ミスター・マルフォイは随分甘いんだな」
「甘い?結果を出したのは事実さ」
「首位と言ってもグレンジャーと同点だし、君は実質3位だろ」
「うるさい、結果が全てなんだ。まぁ、あの穢れた血を抑えられなかったのは多少ご不満かもしれないが、トップをスリザリンが占めたことは父上にもご満足いただけるはずだし、母上は絶対に褒めてくださるはずだ」
「どうでもいい」
 素っ気なく返すと一瞬ムッとしたが、いつもなら不機嫌に去るところを、今日はよっぽど浮かれているのかすぐに笑みを浮かべた。ノットにとってははた迷惑なことだ。

「君の家はさすが水準が高いな」
 ノットは肩を竦めてみせた。何もかもに余裕がある家で甘やかされたマルフォイとは違う。
「それなら、君の父上は何なら褒めてくださるんだ?」
「……」
 その問いに、ノットは少しの間停止した。
 そして呆れる。
「なぜ褒められる前提なんだ」
「……?」
 マルフォイは怪訝そうに眉を釣り上げ、首を傾げた。

「期待に応えれば褒められるものだろう?」

 思わず唇が歪み、フッと吐息が零れる。
 それは自嘲だったが、マルフォイは嘲笑だと受け取ったようで冷たいグレイの瞳に険を浮かべた。本を小脇に抱え立ち上がる。
「……君の家はそうかもな」
 呟いた声は彼の耳に届かなかったようだ。聞き返す声を置いてノットは談話室を後にした。

 マルフォイのまっすぐな言葉が、無性にバカバカしく、鬱陶しかった。
 誰も彼もが、彼の家族のように子を愛すとは限らない。
 ノットは父に思うところはない。当主として尊重もしている。育ててもらった感謝もあるし、不満もない。なのに頭の片隅で染みが広がるような気がした。

 今まで一度も父に褒めてもらった記憶はない。ずっと、これからも変わらないだろう。

*

 食器が大量に割れるけたたましい音がした。続いて甲高い怒鳴り声も。
 おいおい、勘弁してくれ。
 ソファーに足を投げ出しくつろいでいたザビニは、母と母の新しい恋人の口論にパッと身を起こした。
 こういう時はさっさと退散するに限る。
 母を抱きしめ焦ったように宥める男を横目に眺め、杖をテキトーに掴み外出用のローブを羽織った。
 暖炉にフルーパウダーを投げ込み、「ダイアゴン横丁」と呟けば、あっという間に視界が横転した。

 外はすっかり暗くなり、通りにポツポツと店の明かりがついている。まだ開いているのはパブばかり。表で学生が堂々と入れるパブは少ない。
 ザビニは手持ち無沙汰にぶらぶらとうろついていた。

 たまに母はああいう風になる。どの女性にも言えることだが、大抵は感情的でヒステリックだ。ザビニは母を尊敬していたが、甲高い声はうんざりすることに変わりはない。
 ザビニに限らずヒステリーな女は嫌だと思うが、母の上手いところはその癇癪すら相手が自分に夢中になる要素になるように普段から振舞っているところだ。
 怒っても、怒鳴っても、嘆いても、普段は艶然として余裕に満ちた母の感情的な姿を見ると、自分にだけ弱さを晒け出してくれたのだと思い込む。その上アフターフォローも手厚いし手を抜かない。
 ザビニも短気だから母の振る舞いは参考になる。

 でも巻き込まれるのは勘弁だった。
 ザビニに八つ当たりしたり怒鳴ることはほとんどないが、ああいう時口を挟んだり、視界に入る場所にいると飛び火してくることがたまにあった。

 女の機嫌くらい上手く取れよ。
 ザビニは内心で嘲った。計算でヒステリーを起こす場合と、恋人へのストレスでキレる母の違いがザビニには分かる。今日のは後者だ。おそらく、母の頼みを二度も連続で叶えられなかったのが原因だろう。
 期待を裏切った時、他のことで機嫌を取ったり埋め合わせをするのは当然なのに、そう出来ない奴は多い。金を持っているやつはチヤホヤされてきたからか、尚更女に対して無能なやつが多かった。

 路地裏に足を進めるとどんどん店の様相が変わり始める。ノクターン横丁に続く道だ。薄暗い視線がチラホラと投げかけられたが、ザビニは余裕そうに堂々と歩みを進めた。もちろん誰も話しかけてこない。
 慣れた態度に、一目で分かる高級なローブ。貴族のお坊ちゃんに手を出すような間抜けはアンダーグラウンドでは生きていけない。特にスリザリンの純血に手を出したとなればあっという間に潰されるからだ。狭いコミュニティでは噂もすぐに広がる。

 パブに行くか、手頃な店でも眺めるか退屈そうに考えながら歩くザビニの耳に、またも甲高い声が響いた。細くてか弱くどこか気品があり、しかし焦りの滲む声だ。
「一体どこをうろいているの?!」
 後ろから聞こえた声は、振り返る前にザビニを追い越して行く。ハーフアップに編み込んだ金髪と、一瞬見えた怜悧な美貌。
 あの人は……。
 淑女の範疇ギリギリの速歩で顔をキョロキョロ動かしながら、彼女は金髪をたなびかせて路地を曲がった。追いつく前に聞こえた声に、やっぱりな、と唇が歪む。
 どうやら面白いものを見つけた。

「ドラコ!やっと見つけたわ!」
「は、母上」
 寮で威張り腐った態度で振る舞うマルフォイの動揺した声がする。路地を除くと、背中から滲み出るような怒りを称えたミセス・マルフォイと罰の悪そうな顔で肩を縮こませるマルフォイがいた。
 ザビニはほくそ笑み、すぐ近くの壁に背を預け腕を組んだ。ここなら2人がよく見える。同様にマルフォイからもザビニがよく見えるだろう。

「決して離れるなと言い付けたのに、よりによってこんなところまで来るなんて!」
「申し訳ありません、母上」
「ノクターンは危険な場所だと何度も言っているでしょう!」
 叱り飛ばされているドラコは、俯いてしおらしそうにしている。こんな姿滅多に見れない。しばらくはこれでからかえそうだ。
 ミセス・マルフォイは彼の身体を探り、杖を振り、落ち着いた声に戻った。
「どこも怪我や異変はないみたいね。良かったわ……どれだけ心配したか……」
「ご心配お掛けして申し訳ありません」
「口先だけの謝罪は必要ないわ。あなたはしばらく外出禁止です!ルシウスにも私からそう伝えるわ」
「そんな……母上!」
 ショックを受けて慌てて顔を上げたマルフォイと目が合い、奴の顔がさらに愕然としたものに変わった。眉を上げて嘲笑してみせると、街灯の下で浮き上がる青白い顔が音を立てるように赤く染まる。
 苦々しげに羞恥を浮かべ、俯いて拳を震わせるマルフォイにザビニは何とか爆笑するのを抑えた。

「母上……」
 まだ赤みの残る顔でマルフォイがザビニを睨む。
「僕はもう何もかも守られなきゃいけないような、小さな子供じゃない!」
「ドラコ!」

 母親を振り払い、マルフォイがザビニのところへまっすぐやってきて、乱雑に腕を掴む。ギリッと力の込められた腕を振り払うより前に、奴がザビニをひと睨みし、ミセスを振り返る。
「今日はこいつと待ち合わせがあったんです。用事が終わったら、漏れ鍋から直接帰ります」
「あなたはミスター・ザビニ?」
 上手く利用されるのは気に食わないが、この甘やかされたお坊ちゃんの反抗期をもう少し眺めていたい気もする。
「同寮生のザビニ・ブレーズと申します」
 とりあえず挨拶だけして、意味ありげにマルフォイに視線を流す。憮然とした表情の中に安堵も浮かんでいる。「こんなところで会うなんて奇遇だな」とでも言ってみたくなる。

「母上、僕らはやることがありますので先にお帰りください」
「そんな勝手な……!ドラコ!」
 心配と怒りの入り交じる声を置いて、マルフォイは腕を引っ掴んだまま大股で歩き出した。路地を何度も曲がり、母親を振り切ったところでザビニの腕をパッと離した。

「もういいのか?家出ごっこは」
「家出じゃない!クソ、よりによってお前に……」
「ママに叱られる時は大人しいんだな?さすがのマルフォイのお坊ちゃまも」
「黙れ!」
 顔を赤くして言い返してくるマルフォイの反応はいつも面白くて、これだからこいつに嫌味を言うのは楽しいんだよな。

「協力者の俺にそんな口聞いていいのか?今からミセスの元に戻ってもいいんだぜ」
「余計なことするな。大体お前、こんな場所で一人で何してたんだ?」
「別に、暇だったからブラブラしてただけだ。お前の家と違って俺んちは放任主義なんでね。お前こそ、母親の目を盗んで何か企んでるみたいだけど?」
「暇だから?まさかよく来るのか?一人で?」
 都合のいい耳は都合の悪いことは聞こえないようだ。分かっていたが、企みについての返答はない。
 今時、ノクターンに来たことがないスリザリン生や純血の子供なんてほぼいない。マルフォイだって父親がよく顔を出しているから、馴染みの店のいくつかはあるだろう。
 だが未成年が一人でぶらつくのは確かに危険だった。歩き方を知っているザビニが特殊なのだ。
 マルフォイの信じられないような視線に気分が良くなる。

「この後はどうするんだ?」
「テキトーなパブで飲むけど」
「行きつけがあるのか?」
 なんでこいつは俺に着いてくる気でいるんだ?
 ザビニはうんざりしたが、マルフォイは当たり前の顔して横にならんでザビニの歩みに合わせている。
「ママに叱られるぞ、坊や。さっさと帰った方がいい」
「母上は心配性すぎるんだ。もう一人で平気だといい加減分かってもらわないと窮屈で仕方ない」
「家に帰ったあとが見物だな。どんな折檻が待ってるんだか」
「折檻?」
 マルフォイが鼻で笑った。
「母上が僕にそんなことをするものか。お叱りは受けるしかないだろうが、すぐ許してもらえるよ。僕に甘いからな。父上もノクターンに関しては母上より話がわかる」
「ふーん」

 あれだけ派手に反抗して叱られるだけとはな。
 聞きしに勝る溺愛っぷりだ。ザビニが冷めた気分になった。面白さが波のように引いていき、白けてもうどうでもよくなった。
 ザビニが母親にあんなに真正面から言いつけを破ったら……。

 マルフォイの家は厳しいように見せかけて子供をどこまでも甘やかす方針らしい。だからこんなに考え知らずで生意気で、そのくせ傲慢で自信過剰な空気の読めないお坊ちゃまに育つんだろう。

「じゃ、俺のオススメの店に連れてってやるよ」
 ニヒルに唇を釣り上げてザビニは笑った。清楚なお坊ちゃまに悪い遊びを教えてやるのも悪くない。
 きっとミセスが知ったら悲鳴を上げるだろう。
 呑気に瞳を輝かせるマルフォイを内心で嘲笑った。帰宅したらザビニは母のご機嫌取りが待っている。少しくらいマルフォイで遊んでストレスを発散しても罰は当たらないだろう。

 だって、こいつは親からは見放されないと心底信じ切っているもんな?

 吐きそうなほど甘いマルフォイの考えに軽蔑の視線を浮かべ、ザビニは歩き出した。この世で信じられるのは自分だけだ。
 そんな当たり前のことすら分かっていないマルフォイを見ていると、何故かいつもザビニは無性に腹が立った。マルフォイが嫌いだ。


[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -