独り占め

・WWワンドロ・ワンライのSS
・パンジーの独白
・夢小説ではありません

*

 好きなことを語る時の、光を反射する透き通った硝子のようなグレイの瞳、象牙のような真っ白な肌にほのかに色味がさす頬、ころころと常に目まぐるしく変わる表情。
 腕を組んでくっついた時の少し低い体温、掠れ始めた甘くてかさついた耳障りの良い声。
 彼はパンジーの青春すべてといって良かった。いつまでもドラコのいちばん傍を独り占め出来るとは思っていなかったけれど、曖昧な未来なんか考えないようにして、彼のことをただひたすら見つめていた。

 パンジーは聖28一族の高貴なパーキンソン家の一人娘だ。いずれ、婿を取り家を継がなければならない。
 ドラコは由緒正しいマルフォイ家の一人息子。
 お互いに家を背負う立場で、その肩にかかる責任の重さの違いはあるかもしれないけれど、いつだってパンジーたちの享受する幸せの上には義務が乗っていた。

 ドラコはたぶん、スリザリンの同学年の中でいちばんそれを分かっていたと思う。セオドール・ノットも旧家で名家の一人息子であることは変わらなかったし、彼の行動には一定の倫理と責任感が伴っていたけれど、抱える荷物の大きさはドラコの比では無かっただろう。
 没落した名家、ブラック家の正当な母を持ち、政界で精力的に活動する父を尊敬し、マルフォイ家に追従する他の家系への影響力も考えなければならないドラコは、人に見せないけれど、いつも何かに急いていた。

 生まれた時から名声を得て、英雄となったハリー・ポッターに突っかかるのは、パンジーのようにただ生意気で鼻持ちならなくて気に食わない、という理由だけじゃないことをパンジーは知っていた。
 自分の行動がそのままマルフォイ家の名誉を左右するドラコは、ポッターに嫉妬していたんだと思う。自分で成し遂げたことも無いのに、周囲から無責任に寄せられる膨らんだ期待。
 対してポッターは失うものはない。親もなく、財もなく、でもドラコがこれから得ていかなければならない揺るがない自分の成果だけは最初から持っている。

 ドラコはその高慢な態度の裏に、脆くて傷つきやすい心を隠していた。
 父親からの期待に応えようと必死になり、上級生と勉強会を開き、クィディッチの練習に朝から晩まで明け暮れて、実家から送られた手土産を惜しみもなく奮って父親の政治をなぞろうとした。
 低学年の頃はただ憧れと野心で、ドラコに理想の男の子像を見出して恋していたけれど、歳を重ねるにつれ、誰かの期待を裏切って失望されたり、自分のせいでマルフォイ家を侮られることに怯えるドラコの弱さが見えるようになった。
 ほかの女の子が気づいていたかは分からない。
 弱味を隠そうと不遜に振る舞うドラコの態度を、子供っぽいとか、偉そうだとか、地位に胡座をかいているだとか、そんな簡単な言葉で評するのを何度も耳にした。

 けれどパンジーは分かっている。だから、ドラコがパンジーに微塵もときめいてくれないことを知っていながらも、パンジーは彼の望む言葉をかけ続けた。

 さすがドラコね。
 ドラコのお父様ってなんて素晴らしいのかしら。じゅうぶんな名声を得ているだけでなくて、息子のことをこんなに愛してくれているなんて。
 学年三位?すごいわ、ドラコ!いつも努力していたもの、ご家族もきっと誇りに思ってくださるわ。
 これってブランドの限定品でしょう?簡単に手に入れられるなんて……。
 あなたならきっと勝てるわ。ドラコの才能は疑いようのないものよ。

 彼に響いたかは分からないし、パンジーはずっと、ドラコが本当に望むものや、彼の抱える孤独や苦労について分けてもらえることはなかった。
 でも、賞賛のあとに「当然だろう?」と得意げに唇を釣り上げて微笑む、彼の表情を見つめると、僅かに安心出来たのだ。パンジーだけが、彼に寄り添い続けられるのだと。

 ドラコが弱さを隠したいなら、パンジーはそれを暴かない。
 ドラコがマルフォイ家を誇りたいなら、パンジーはうっとりと頷いてみせる。
 ドラコが自信を持てないなら、その自信をパンジーが与えたかった。

 両親から、お見合いの話をされた。卒業したら、数人との顔合わせの食事会が準備される。パンジーがドラコの隣に並ぶ未来は、最初からなかった。そんなこと、本当は痛いほど分かってた。でも全部関係ないのだ。箱庭の中の七年間を、報われない恋に捧げる覚悟はパンジーはとっくに出来ている。
 身動き出来ない窮屈さに喘ぐドラコとパンジーは、似た者同士だった。
 窓の外でマーピープルが連なって泳ぐのが見える。
 わたし達は湖のなかの魚と同じ。
 きっとどこへも行けない。むりに飛び上がれば、途端に息継ぎも出来なくなって死んでしまう。みんな、それを知っているのだ。利口で誇り高い生き方を知っている。

 だからパンジーはドラコの傍にいる。
 たった七年間の恋を、いつか思い出したとき、最後の恋だと言えたらいいのに。
 いつかドラコの隣に違う女の子が並んだ時も、パンジーのことを思い出したらいいのに。
 それまでパンジーは、ドラコの隣を独り占めするのだ。箱庭の未来のない恋だって、きっと永遠に残るなにかがあると、ドラコに残せるなにかがあると、パンジーは思いたいのだ。

 ほかの人は言うだろう。
 ばかな女の子ねって。


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