君の生きる世界が美しくあるように 2

「ワーーーッ」
 リケとミチルを見るなり、子供らが餌を待つ犬のように輪になって寄ってきた。
「こんちには、皆さん」
「今日はいつもと違うことをしようと思って来たんです。あっ、もちろんおやつもありますけど」
「おやつ!」
「さくさくで、ほろほろのやつ?」
「ちゃいろくてあま〜いやつ?」
「それともふわふわで、とろとろの?」
「リケおにいちゃんたちの持ってくるお菓子、ぜんぶおいしくてだ〜いすき!」
「皆さん、並んで下さいね。そうそう、良い子ですよ〜」
「シノ、お願いします」
 玄関の影からヒョイと顔を出したシノに子供たちの声がピタッと止まった。凝視されるのをかまわず、「邪魔するぞ」と入り込むと、シノの歩みに合わせて輪が遠ざかっていく。
 持たされていたバスケットを、ボロいテーブルに開いて「好きに食え。今日はスコーンに群青レモンとルージュベリーのジャムだ」と声を掛けると、固まっていた子供たちがチラチラシノを見ながら近付いて、やがてきゃあきゃあ言いながら食べ始めた。
 警戒心は失っていないようだ。

 ひとりの子供がシノを見て、
「あっ!おまえ、」
 と指を指した。眉を上げてそちらを向けば見た事のある顔だった。スリをした子供だ。シノを覚えていたらしい。
「なっ、なんでここに」
「オレが聞きたいくらいだ」
「はあ?」
「今日からはシノさんにも協力してもらうことになったんです。これからはお菓子を持ってくるんじゃなくて、みんなに色々なことを教えてあげたほうがいいと思って」


 あれから、シノはふたりに忠告はしたと、もう口を出すつもりは無かったのだが。
 夜にリケとミチルが突撃してきて、「ふたりで考えたんですけど、いいアイディアがぜんぜん思い浮かばないので一緒に考えてください!」と請われたのだ。
 なんでオレが、とシノは断ったけれど、煽てられるうちに満更でもなくなって、3人で顔を突き合わせてあれやこれや考えてやったのだ。
 そして次の日も、当然のようにふたりはやってきた。
「シノ、今日予定は?」
「授業はお昼すぎで終わりなんです。ボクたちあそこに行きますから行きましょうよ」
「孤児だったシノは僕達より必要なことが理解できるようです。お願いします、力を貸してください」
 シノは憮然としながら、結局リケとミチルに協力することになってしまったのだ。

 人間のコミュニティに混ざるつもりは無い。早くこんな見返りのない行為を終わらせたくて、シノはテキパキことを進めた。
 まず、子供たちに言い放つ。
「おまえら、今日で施しは終わりだ」
 ポカン、としたのち、子供たちが騒然とする。
 スリのガキが食ってかかった。
「なんでだよ!オレが盗んだから!?もうやんないって!ごめんなさい!」
 子供の中では兄的な立場らしく、シクシク泣き始めた子を見て頭を下げた。シノは首を振る。
「別に盗みたいなら盗めばいいだろ。上手く行けばタダ飯が食えて、失敗すれば縛り首だ」
「シノ!」
「オレもそうやって生きてきた。だからスリも盗みも否定しない。おまえらも分かってるだろ、こんな歪な与えられる関係が長く続かないことは」
 子供は俯いてクッと唇を噛んだ。周りの子も徐々に鎮痛な面持ちに変わる。そうだ、みんな分かってる。
 自分たちの命が気まぐれな誰かの手のひらの上だってこと。

「そう落ち込むな。葬式みたいな空気だが、リケとミチルはそこまで薄情じゃない」
 キョトン、と顔を上げる。困惑と期待にパチパチする子供たちに、暗い雰囲気に飲まれていたリケとミチルがハッと我に返る。
「そうです!ボクたち、みなさんのお役に立ちたくて色々考えたんですよ」
「シノがアドバイスしてくれたんです。彼は言葉が足りなくて、雰囲気も冷たくて近寄りがたいとは思いますが」
「おい」
「でも意外と優しいところもありますから、みなさん怖がらないであげてくださいね」
「意外ってなんだ。オレは優しいだろ」
「はい!色んなことに詳しくて、とっても頼りになります」
「ふふん。もっと頼っていいぜ」

 シノは子供たちに、「まず盗まなくていい環境を作る。ミチルが畑の耕し方、オレが食える野草と狩りの仕方を教えてやるよ」と声をかけるのを見て、ミチルとリケはふふっと笑った。
 年上だけど、シノには可愛いところがある。

 南の国ではみんなが手を取り合って、人間も魔法使いも男女も歳も関係なく協力しあっている。何故なら、南の国は自然が雄大すぎて、人が生きていくには厳しいからだ。
 全員が出来ることをして、自然を開拓しなければ人が生きていけない。
 ミチルも国にいる頃は、近くの人間と畑仕事をしたり、物々交換をする荷台を引くのを手伝ったりしていたから、畑なら少しは人に教えられる。
「どうだ?ミチル」
「そうですね……全員分を賄うのは難しいかもしれないですが、育てることはできそうです」
 中央の国は南に比べ、農作に向いている土地ではないけれど、孤児院は森のすぐそばにある。裏庭は荒れて表面は乾いていたけれど、軽く掘り返すと、湿った黒い土が出てきたから、ミチルは明るい顔で頷いた。

「とりあえず、草を抜いてしまいましょう」
「……この大量の草をか?」
「たくさん生えていますけど、これは食べられないんですか?」
「雑草ばかりだ。食えなくはないが、不味くて固い上栄養もない。慣れていないと腹を壊す。泥水を啜るくらいに追い詰められないと食う旨みはないと思うぜ」
「そうなのですか……。それで、どうやって摘むのですか?」
 リケはのほほんと首を傾げているが、シノはブランシェットの城で庭番と関わったことがある分、目の前に広がる見渡す限りの雑草と、それを抜く手間に圧倒された。面倒くさすぎる。
 手で抜いていたらキリがない。でも、昔魔法で仕事をしようとしていたら、めちゃくちゃに怒られたのを覚えている。植物や花は繊細でよく気を細やかに配ってやらないと直ぐに枯れてしまう。水が多すぎても枯れるし嵐でも枯れるし根を傷つけても枯れるし虫に食われても枯れる。
 森の植物は逞しいが、森とは生きているものだ。枯れるも実るもシノの介入するべきことではなく、森に適応するのが良い森番の仕事だった。
 しかし人の手の入った植物はそうはいかない。
 シノの大雑把な魔法で庭の木を傷つけてしまった時、烈火のごとく庭番に叱咤されて、それからは魔法でそういうことをするのが良くないと覚えたのだ。

 どうするのかとミチルに視線が集まる。
「えっと、本当は自分たちで出来るようになった方がいいと思うんですが」
 言いながらミチルは魔道具を出した。半透明の黄緑の液体が綺麗な薬瓶だ。
「南の魔法使いに今度任務が入ることになって……。ここにもあんまりたくさんは来れないですし、だから今日はボクたちで整えようと思います!……いいですか?」
「なぜオレに聞くんだ?」
「えっ、だって全部やってあげるのは良くないって言うから」
「畑は消え物じゃないだろう。好きにすればいい。でも、畑に魔法を使ってもいいのか?」
「?」
「土とか育ちになんか影響があったりしないのか」
「ああ。大丈夫ですよ!除草すると土が汚染されちゃうので、土を掘り返すだけです」

 気負った様子もなく、ミチルが呪文を唱える。
「オルトニク・セアルシスピルチェ」
 ボコッ、と地面が膨らんだ。ミチルの足元からボコボコ、まるで土を泳ぐ巨大な土竜がいるみたいに、膨らんだ土が列を成して広がっていく。
 何本もの列がうねり、土埃が舞う。地面が僅かに揺れていた。
 誰かが悲鳴を上げ、誰かが歓声を上げる。

 シノはびっくりして声を失っていた。
 地形変動とも言っていい光景だ。これだけ広い目の前の荒れ地を掘り返すのは並大抵の魔力じゃないはずなのに。
「すごい……」
 リケが呆然と呟く。ミチルはいつものように腰に手を当てて立っているだけだ。疲れも見えない。
 土煙が晴れ、轟音が止んだ頃やっと彼が振り返る。
「お待たせしました!一応根ごと掘り返したので、あとはみんなで草を集めれば大丈夫です!」
「おまえ、すごいな」
「え?」
「南の魔法使いのくせにやるな」
「そ、そうですか?」
 いつも南の魔法使いを悪意なく下に見ているシノに珍しく褒められて、ミチルの頬が林檎になる。胸を張って「ふふん」と嬉しそうにして、
「これくらいなんでもありませんよ!南の魔法使いは広い畑を耕すのをお手伝いしてるので慣れてるんです。魔力もそれほど使わないですし」
「ふうん」
「凄いですよ、ミチル!僕、こんな光景初めて見ました!地面が膨らんで、ニョロニョロ生き物みたいに動いて……」
「えへへ、ありがとうございます、リケ。なんだか恥ずかしい……」
「なんだ、照れてるのか?かわいいやつだな」
 普段キャンキャン噛み付いている子犬が褒められててれてれしているのにシノはフッと笑った。ミチルは褒められ慣れてはいるが、すごいすごいと認められる機会は少ないのだ。

 ミチルが子供たちに指示して、みんなで雑草を拾い集めてうんしょらうんしょら隅っこに集める。これだって魔法でやればいいとも思うのだが、シノは土ごとザバッと運ぶのは楽にできるけれど、落ちた草を拾い集めて草を払って……という細かい作業は得意じゃないから、まあたまにはいいかと、腰を曲げて拾ってという作業を繰り返した。
「あんまり纏まらないでくださいね。土が踏み固まっ
ちゃう」
「葉のところはそのままでも大丈夫ですけど、根っこはできるだけ取り除いてくださいね。雑草が抜いても抜いても生えるのは根っこが深いせいなんです」
「疲れた子は休憩してくださいね!汗をかいたぶん、お水もいっぱい飲んでください!」
 あれこれ声をかけるミチルは水を得た魚のように生き生きとしていた。頬に土をつけながら、
「土いじりするのは久しぶりです。やっぱり気持ちいいなあ」
 と、太陽みたいに笑っている。

 草を隅っこに集め終わる頃にはもう太陽が傾き始めていた。茜色と薄紫の薄雲が空に靄がかり、ふちから金色の光が射し込んでいる。
「リケとシノさんはみんなの手洗いをお願いしていいですか?ボクはここの土をならしちゃいます」
「ああ」
 昼は真っ平らで荒れ放題だった裏庭が、数時間でまっさらになって、黒土でふかふかになっていたら帰ってきた大人が驚くだろう。驚きから立ち直ったら不審に思うはずだ。道具もないのに。
 草はとりあえず置きっぱなしにしておく。
 子供の労力でぜんぶは難しいだろうが、土まみれの服と顔を見たら、ギリギリ誤魔化せるかもしれない。知らないが。
 まあ、魔法とはあまり結びつかない。はずだ。たぶん。

 疲れ切って座り込む子をリケが手を引いて、逆に初めての魔法やらに興奮して落ち着かない子たちのお尻をせっついて、シノたちはひとりひとり手を洗わせて、顔を拭ってやった。
 こんなに働いては、夜おなかが空いて眠れないかもしれない。
 くたくたになるまで動いて、でも雀の涙ほどのごはんを分け合って、おなかがすいたと誰かが泣いてもそのままなんとか寝るしかない夜を思うと、哀れだなと思う。
 でも、今ばかりはみんな明るい顔で笑っていた。

 帰り道、リケがポツリと言った。
「僕、こんなに土にまみれてお仕事をしたのは初めてです……」
 自分の手を握ったり開いたりしている。
「賢者の魔法使いになってから不思議なことばかり……」
「楽しかったですか?」
「はい!次が楽しみです。ミチル、畑用の種と道具はどうしましょうか?」
 その横顔は孤児院の子供たちと同じようにニコニコと輝いて、夕日を受けたオレンジの金髪がはらりと揺れていた。


*

 優しい森だ。
 孤児院の裏庭に足を踏み入れて散策したシノはそう思った。葉が風に揺れて、背の高い木々から零れる光が青い氷のようにきらきらしている。
 鳥の鳴き声や虫の音がひっきりなしに耳を撫でる。視界の隅に小動物が掠めていくのを捉えていたが、攻撃的な気配はない。
 ある程度は人の手が入っているが、奥まるにつれて自然がのびのびと広がっていた。シャーウッドの森のように、鬱蒼と厳しい飲み込むような力強さがある森とは違う。おそらくは昔は管理されていたが、この地域が寂れるにつれて放置された森なのだろう。
 自由で優しくて穏やかだった。
 大きな野生動物の気配もない。鹿や熊や魔物が生息するには、ここは人間に近すぎる。けれども、人の手を離れて久しいから人間を拒絶しない、警戒心の薄い弱くてちいさな獲物ばかり。

 この森に危険が少ないことをじゅうぶんに確かめたあと、シノは孤児院のおおきな子供たちを数人選んで森に連れて行った。

「シノー、これは?」
「食える。葉だけちぎって湯がけば割とうまい」
「これは?」
「山菜みたいなものだな。それは蕾が小さいやつを茎のところから折って採るんだ」
「あ!ねえねえキノコある!」
「オイ、触るな!キノコは毒があるやつが多い。おまえらだけだと見分けるのはむりだ。触るな」
「えー」
「毒キノコは食って腹を壊すならマシな方だ。酷いのだと1日中吐いて高熱で苦しんで死んだり、呼吸が出来なくなったり、全身にボツボツが出来てそこから血を流して死んだりする。まあ、苦しんで死にたいなら食えばいい」
「ヒッ」
「こんなに綺麗な色なのに、そうも恐ろしい毒があるのですね。ネロがお料理してもダメですか?」
「料理じゃ毒は消せないだろ」

 怯えて伸ばした手を引っ込める子供らと違い、リケは残念そうな顔をした。呆れ声のシノと苦笑いのミチル。外の世界を知らないリケは赤ん坊よりも危険な存在で、シノは孤児院の子供たちよりもリケのほうがよっぽど危うく映った。
 森に入る前にこんこんと「勝手に動くな」と言い聞かせ、リケとミチルも森のプロであるシノに従うと言ってはいたが、好奇心でホイホイ動くリケから目を離せない。
 ミチルは南の国で自然と触れ合っていたぶん、その厳しさを身に染みてわかっているからまだ安心出来る。

 森は山菜やらキノコやら木の実やらがふんだんにあった。人に採取されなかった恵みを、採りすぎないように調整しながら指示を出す。
 森の一部となって分けてもらう程度の量を見極められるまで、子供たちには何回か教える必要がある。

「うっ……わあ!」
「ギャッ」
「え、え、生きてる……」
 悲鳴が上がって慌ててそばに寄ってみれば、罠にかかった野ウサギを見て子供が腰を抜かしていた。木と縄と網で簡単なものをいくつか仕掛けておいたのだが、さっそくかかっていてシノは唇を舐める。
 ウサギはぐったりしていて一晩中暴れ疲れ切っていた。僅かにふかふかの胸元が上下している。
「ウ、ウサギが!可哀想に、怪我してます。これなんだろう……変なのに引っかかって動けないみたいです」
「外してあげましょう」
「バカかおまえら」
 シノはウサギの耳の根元を掴んで持ち上げた。なんの抵抗も無くしんなりと伸びている。ズシッと重くて身が詰まっていて美味そうだった。野生のウサギはシュッと筋肉質で身が引き締まっている。恵みが多く天敵がいないからよく肥えて、罠への警戒心もない。このぶんだとしばらくはたくさん狩れそうだ。
「そんな持ち方したら可哀想です!」
 ミチルとリケに呆れ顔を浮かべた。
「何言ってるんだよ。食うために捕まえたのに」
「く、食う?」
「食べるってことですか!?」
「それ以外に何がある。ウサギは美味いぞ。持ち帰ってネロに捌いて欲しいくらいだ」
 子供たちを近くに呼び寄せて、目に怯えを浮かべる彼らの前でシノは大鎌を出した。小さく息を飲む音が聞こえる。
 しかしかまわずにシノは森の奥の方に歩いて行った。孤児院からある程度離れた場所で、ここら辺でいいか、と鎌をお腹に突き入れる。みんなシンとして言葉も出せなかった。
「何してるんだ。近くで見ないと覚えられないだろ」
「あ、は、はい……」
「ウン……」
「まず、腹を裂いて内臓を取り出すんだ」
 鎌が茶色の腹をまっすぐ切り裂いた。どろっと赤い血と、赤黒いモツが溢れてくる。手が汚れるのもかまわずシノはそれを掴んでズルズル引っ張り出した。
 野ウサギはビクビクッ!と伸びて脚を伸ばしたっきり動かなくなった。
「ウッ……」
「オェッ」
 子供のひとりが嘔吐したのにつられて何人かが気のそばでゲエゲエ吐いている。
「軟弱だな」
「し、仕方ありませんよ。ボクも吐いてしまいそうです……」
 ミチルがのけぞって手をぎゅうっと握り、震える声で答えた。リケは青ざめた顔で硬直して野ウサギの死体を凝視している。ウサギの血とシノの目が同じ色で恐ろしかった。
 リケもミチルも魔物の討伐はしたことがあるし、それをネロに持って帰って食べることもある。普通の命の営みだと分かっているから、リケは狩りが神の意思に反することではないと思っている。無駄な殺生じゃなく、命を繋ぐための殺しだ。
 でも、目の前で何かが死ぬのはやっぱり胸に浮かぶ何かがある。
 魔法で殺すんじゃなく、刃物で裂いてこんなに生々しい死を目の当たりにするのは初めてだった。

 スリのガキは白い顔をしながらも、シノのそばにピッタリとくっついてその手際を観察していた。見所があるガキだと思う。
「お前、名前は」
 孤児院のガキはたくさんいてシノは誰の名前も覚える気がなかった。
「コーレルだよ」
 ブルブル震える声で子供は名乗った。シノを見返した目が思いのほか強くて、生きるための執着心が滲んでいるように見えた。
「コーレルか。気に入った。森のリーダーはおまえだ。森での生き方を仕込んでやる」

 臓物を取り除いたあと、足を脱骨させ、さらに大きく腹を開く。血の匂いがむわっと充満している。腹をひっくり返して血を垂れさせる。ある程度流れたら魔法で水を出して洗い流していく。
「何人かで水筒を持ってきたほうがいい」
「ウン」
 コーレルは頷く。他の子供たちも復活して恐る恐る捌く様子を眺めていた。
「罠にかかってる時、活きがいいのがいたら、脚を掴んで木の幹に頭を叩きつけろ。そうすれば動かなくなる」
「ウン」
「殺したらすぐに血抜きしないと匂いがついて不味くなるからな。森の奥か、川のそばで捌くのがいい」
「ウン」
「この臓物やら血はこのままでいい。狐や鳥が食べに来る。ホラ、あそこだ」
 シノは遠くの茂みを指さした。コーレルは目を凝らしたが何かがいるのは分からなかった。それを知ってか知らずか、「狐だ。血の匂いに寄ってきたんだろ」と立ち上がる。
 頭を下にして、脚を縄で結んだウサギをコーレルに差し出した。流石に怖気付いて、でもなんとか震える手でそれを掴んだ。まだ温かかった。

「あとで罠の作り方も教えてやるよ」
「ウン」

 孤児院に向かって歩き始める。少しして振り向くと、黒い小さな影が捌いた気のそばに佇んでいるのが見えた。
 飢えて死ぬのと、人から盗んで生きるのと、命を狩って生きるの、どれがいちばんマシな生き方か考えて、コーレルはウサギを持つ手に力を込めた。
 答えは決まってる。
 罵られながら地べたを這いつくばって生きるのはもう嫌だ。

*


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