君の生きる世界が美しくあるように 1

※非夢
※捏造しかない
※シノ、リケ、ミチル



 魔法舎に住むようになってから、シノは時折ひとりで街をぶらつく時間が出来た。ひとりで出歩くなと子供扱いされることはあるが、シノはもう子供では無いし、ひとりで生きてきた時間も長い。
 昔は孤児として生きるのも儘ならぬ貧困に喘ぎ、その中でもがいた。シャーウッドの屋敷で雇ってもらってからは、城と森が居場所になった。
 だから中央の国のように、見知らぬ人間がザワザワと、まるで森の木々のざわめきのように往路する街で過ごすのは初めてだ。初めは喧騒やあまりにも多すぎる人の気配が肌に蠢いて落ち着かなかったが、慣れるとそう悪いものでもないと感じられる。賑やかな都会は興味深いし、英雄とは人の中にあってこそ生まれるものだ。

 ある日、シノが定期的な視察と暇つぶしを兼ねた街中散歩をしていると見知った顔を見つけた。
 立ち並ぶ店をキョロキョロと何か探すようにして、まるでくっつくみたいに連れ添って歩く金と茶のふたり組は、魔法舎ではよく見る光景だが街で見るのは珍しい。
 リケとミチルは手に持ったメモを確認しながら、人の波を縫うように歩いている。不安げな様子はない。最少年の彼らは何回かのおつかいを経て、今では保護者の尾行をつけられなくてもある程度安心をもっておつかいを任せられるようになっていた。

「おい、何を買う予定なんだ」

 そう声を掛けようとして、シノは立ち止まった。
 リケに子供がぶつかったらしく何やら話している。
 なんとなくシノはそっとそれを伺っていた。少しの懸念があった。杞憂ならばいいが、孤児だった彼はその光景に一抹の警戒を持たざるを得ない。

「大丈夫ですか?痛いところはないですか?」
「うん、ありがとう」
「すみません、僕が余所見をしていたから……」
「大丈夫、ぼく、いそぐから」
 リケとミチルを振り切るように走り出した子供がシノの横を通り過ぎようとした瞬間、シノは腕を素早く掴んだ。
「ぅわっ!」
 子供は後ろに引っ張られて尻もちをついた。自分の腕を掴んだシノを見上げ、キッと睨む。
「はなしてよ!なんなんだよ!」
 甲高い声に周りの人間がチラチラ視線を寄越し、人がはけていく。
「シノさん!?何やってるんですか!?」
 騒ぎに気付いて、振り返ったリケとミチルが驚きを浮かべたあと、少し怒った顔で走り寄った。子供が逃げ出そうと起き上がりかけたので、シノは軽く腕に力を込める。
「いたいっ、はなせよ!おい!」
「痛がってるじゃないですか!なんで突然……離してあげてください!」
 憮然とするミチルを無視してリケを見る。
「リケ、財布はあるか」
「えっ?」
 戸惑っていた彼にもう一度言うと、リケは混乱しながら自分の懐を漁って、焦ったように自分のあらゆるポケットを探り出した。
「あれ?な、ない……お財布がありません!どうしましょう……どこかで落としたのでしょうか。預かった大事なお金だったのに、僕……」
「えっ?違うポケットにはないですか?」
「探してるんですけど……」
 シノはため息をついて子供を立ち上がらせた。逃げないように腕は掴んだままだ。

「おい、おまえだろ。諦めて返せ」
「……」
 悔しげに拳を握って子供は地面を睨んでいる。リケとミチルはまだ答えに辿り着かないようで、きょとんとした顔でシノを見ている。
「これ以上の騒ぎにならない内にさっさと出すんだな。別に騎士団に突き出してやってもいいんだぜ」
「……っ!返せばいいんだろ、返せば!」
 小声で叫ぶと、子供はリケの胸にドン!と自由な方の腕を叩きつけた。目を白黒させるリケの手には、無くしたはずの財布があった。

「え?どうしてこれ……」
「拾ってくれたんですかね?ありがとうございます!」
 ミチルが能天気にお礼なんて言うものだから、子供は「は?」と口を開け、それから顔を歪めた。盗んだなんて考えにもならないその朗らかさは、貧しさに喘ぐ孤児にとって、いっそ恨みにも似た理不尽さと自分の惨めさを感じさせるはずだ。
「このガキが盗んだんだよ」
「盗んだ?まさか!」
「本当なのですか?」
「……そうだよ!のほほんとしたカモがいたからおれが盗んでやったの!こいつがいなかったらバレなかったのに」
 激しくシノを睨む子供に圧倒されて、ミチルが言葉を失っている。現状を理解したリケは、その端正な顔立ちをじわじわと怒りに変えた。
「盗みは心が卑しい証拠です。みな、苦しい中でも隣人と手を取り合って、弱いながらも一生懸命生きているのに。盗みとは人の秩序を乱す行為です。到底見逃す訳にはいきません」
「…………」
 リケの考えは正しい。だが清廉で、潔癖で、余裕がある人間にしか言えない言葉だ。正しさは時に残酷な刃になる。子供は奥歯を噛み締めて俯きながらリケを睨んだ。
 その様子に、なぜ自分がスリを庇わなくてはいけないのかと思いながらも、仕方なくシノは口を開いた。
「その辺にしておけよ。食うに困って、今日死ぬともしれない、こうして生き抜く方法しか知らない人間もいるんだ。盗まなきゃ死ぬしかない人間がな。リケ、ミチル、お前らも少し気が緩んでるぞ。街を歩くなら自分の身くらい自分で守れ」
 ふたりは目をみはって、すぐにそれは哀れみの表情に変わった。リケはまだ飲み込み切れないのか微妙に眉を寄せてはいるが、その子供のあまりの粗末な服装と、棒切れのような身体を見て痛ましい顔をする。

「貧困に喘ぐ辛さは僕には分かりませんが……それが相当に苦しいことは理解しています。でも、盗みはいけません。それをしたら心まで穢れていってしまいますから」
 そう言いながら、財布から硬貨をいくつか取り出して、子供と目を合わせるようにかがむ。
「僕は魔法使いですから、苦しむ人間に尽くしたいと思います。これを受け取ってください」
「リ、リケ……」
「いいんです。賢者様には僕から謝ります。ね、もう盗みをしてはいけませんよ。神は清廉な心を愛します」
「……」
 子供の手のひらを柔らかく開いて、リケは硬貨を包んだ。小さな手をそっと握る。
 子供はたじろいで、泣きそうな顔になった。リケを睨み、俯いて、また顔を上げる。緑色のあんまりにも優しい瞳に子供は長い沈黙のあと、絞り出すように「ありがとう」と呟いた。

 シノの腕を振りほどいて、硬貨を握り締めて走り去る子供の背中がどんどん小さくなり、雑踏の中に紛れて消える。
 リケとミチルは沈痛の表情を浮かべて、初めて見る冷たい子供の現実に胸を痛めているようだった。それを見下ろして、僅かに眉を顰める。
 シノは鬼じゃない。
 自分より年下で汚いことを何も知らない子供に追い打ちをかけるのは趣味じゃない。それに、孤児のシノにとって、施しを受けることは気に食わなかったが、そうする人間に助けられて生き延びたことがあるのも事実だった。
 シノにしては珍しく、迷って、口ごもって、ふたりに向かって小さく言った。
「次はもう金は渡すな。そんなことしても何も変わらない」
 リケとミチルが顔を上げて、その言葉の意味を問いかける前には、シノも雑踏の中に消えてしまった。

*

「おやつをいただけませんか?」
「夜ごはんはちゃんと残さず食べますから、ちょっとだけ多めにもらいたいんです」
「またか?まあいいけど……」
「ありがとうございます!」
 弾んだ声でビスケットやクッキーを受け取ると、リケとミチルはきゃらきゃら笑いあってキッチンを後にする。ネロが呆れと微笑ましさを浮かべて頭をかくのを、シノは談話室から横目で見ていた。

 ここ最近あのふたりがネロに以前にも増しておやつをねだっているのを見かけるようになった。
 ネロやオズやルチルやフィガロは最初は軽く窘めていたが、訓練にも精を出し、まだほんの16の育ち盛りの少年がたくさん食べたがるのは仕方ないと、あえてそれを見逃してやっているのも知っている。
 始めは特になんの興味も抱いていなかったシノだったが、ふたりがバスケットにおやつをたくさん包んで外に出掛けるのを見てから、とある考えを持っていた。他人のすることにいちいち口を出すのは性ではないが、もしシノの考えが当たっているなら、それを続けさせるのは誰のためにもならない。

 無言で席を立ち、自分の部屋に戻る。
 ため息をついて窓を開け、柔らかな風が髪を撫ぜて行く中、シノは箒で飛び上がった。
 空はいい。
 誰も自分を縛らない。どこまでも自由に飛んで行ける。ひとりだった時と違い、帰る場所があり、傍にいるべき主君がいる。自分を繋ぐものがあれば空はますます自由だった。
 あの頃はどこにも帰る場所も、行く場所もなく、どこにでも行けたけれど、それは自由ではなくたださまよっていただけだと今は強く思う。

 広大なグランウェル城が光を浴びて白く輝く。よく手入れされた庭園、遠くに広がる森、風に乗って飛翔する鳥たち。気持ちの良い景色を眺めながら、シノは注意深く下を見下ろす。
 少しして、手を繋いでテクテク掛けるふたりを見つけた。
 箒に乗っていると彼らの歩みは亀のように遅く感じたが、たまにはただ風に流されるように飛ぶのもいい。まるで自分が雲になったかに思える。

 ふたりは城の門を出て、小川の横を過ぎ、街へ向かった。街中で空を飛ぶのを見られると人間たちが不安がるから、シノは高く高く、誰にも見咎められないほど高く飛び、豆粒みたいなふたりを追いかける。
 大通りを抜け、小さな商店街を抜け、市街を抜け、小さな森にほど近い町外れのほうに向かっている。
 睨んだ通りだ。
 寂れたそこは貧民の集まる地区で、リケとミチルはボロ屋のような屋敷に入っていった。

 高度を下げて、屋根にそっと乗る。
 家と言うより、やはり屋敷だ。そう呼ぶにはあまりにも崩れかけていたけれど。
 中からは子供の笑い声や歓声が聞こえてきた。
 ここは孤児院のようだった。金のない、貧しい人間の集まる孤児院だ。
 窓を探してこっそり中を伺うと、リケとミチルは持ってきたバスケットを広げて、十数人の子供たちにわちゃわちゃと囲まれていた。
 誰もかれも細っこくて、継ぎ接ぎだらけの衣服を纏っている。
 見る限り大人はいない。この人数の子供を維持するには、家に残って面倒を見る余裕なんてないのだろう。リケとミチルはたぶん、こっそりここに通っている。大人がいたら、魔法使いが子供たちと関わるなんて許してはもらえないだろう。

 子供たちがふたりからお菓子を分けられて、貪るように手づかみで食べ、もっともっとと強請る。
「そんなに急いで食べないで。詰まらせてしまいます」
「ボクたち、自分の分も我慢してたくさん溜めてたんです。まだありますからゆっくり味わってください!」
「ふふ、ネロの作るお菓子は美味しいでしょう。サクサクしていて、だけど舌でほろほろと溶けるようで……。味わって食べないともったいないですよ」
 お兄さんぶったリケやミチルの諌め声と嬉しそうな子供たちの声が飛び交う。

 スリをした生意気なガキの顔もその中にあった。
 激しく睨んできた生意気でふてぶてしい眼差しが、今はお菓子を前に輝いて、他の子供たちと同じように喜びを浮かべている。
 シノはなんだかつまらない気持ちになった。
 失望とも、やるせなさとも言える感情だったが、それを言葉に言い表すすべを持たず、胸の中でつまらないな、と思う。
 街で見たときはしたたかで生き汚い眼差しを持っていたのに。

 煙突に寄りかかり、腕を組んで目を瞑った。
 シノだって彼らに同情しないわけではない。同情というよりは共感の方が強いか……。
 彼らの境遇に近い分、リケたちの行為の有り難さはよく分かる。あの頃は他人に感謝して生きるほど余裕が無かったが、路地裏で倒れているシノに気まぐれに食べ物を置いていったり、残飯を浮浪者に与えてくれた店の主人や……たしかにそういう人に助けられていた。
 昔も今も、感謝よりは悔しさや、俺も成り上がってやるとか、そういう向上心や生への執着のほうが強いが、誰かの同情や哀れみ、優しさというお綺麗な感情が命綱になっていた。

 けれど、誰かの同情に縋ったまま生き伸びることは出来ない。

 人間は気まぐれだ。
 いつその温情が無くなるともしれない。いつ手のひらを返されるか、いつその命綱が無くなるか、いつ薄汚いガキだと追い出されるか。
 シノは弱かった。
 だから強くなりたかった。
 強くならなければ生きてはいけなかった。
 それはここの子供たちも同じだ。

 お菓子が無くなって肩を落とす子供たちに、リケとミチルは得意気に魔法使いのシュガーを作って見せた。
「お小遣いで牛乳を買ってきました!」
「みなさん、マグカップを持ってきてください」
 ワーッと子供らの声が散って、カチャカチャ木の音を立てて戻ってくる。牛乳にシュガーを入れて飲ませてやって、「けっこうシュガーを上手く作れるようになりましたね」「はい、ミチルも前より綺麗な形に作れていますね」「リケもぎゅっと甘さを詰めることが出来てますね!フィガロ先生に今度作ったら驚くかな」「ふふっ、じゃあ僕はオズに作ってあげようかな」なんて話している。
 シュガーは基本中の基本で、シノも良く作らされる。
 リケは教団で閉じ込められていたというし、ミチルもあんまり魔法の扱いが上手いとは言えないから、子供たちへの差し入れと同時に練習も兼ねて作っているんだろう。

「洗剤も貴重なんですよね。僕らがお皿も洗ってしまいますね」
「サンレティア・エディフ」
「オルトニク・セアルシスピルチェ!あっ、噛まずに言えました!」
 また、きゃーっと歓声が上がる。

 人間は魔法使いと分かればどこまでも身勝手で残酷になるし、弱っちくて、臆病で、そのくせ数が揃えば威勢が良くなる。シノは基本自分とシャーウッドの関係者以外みんな敵だと思っているから、人間に奉仕などバカバカしいと思う。
 でもリケは人間に尽くすのが自分の信仰で、人生だと思い込んでいるし、ミチルは魔法使いが人間から好かれるために必死になっている。
 子供たちに良くして、子供たちに好かれて、凄い凄いと歓声を浴びて、自分の願いが満たされたようで嬉しいんだろう。自分の善行で誰かを喜ばせ、助けて、好かれるのが嬉しいんだろう。

 でも、とシノは苦く思う。
 リケとミチルがしているのは善行ではない。
 自分のためにやりたいことをやるのは勝手だ。それならシノも何も言わない。好きにやればいいと思う。
 だがそれを他人の助けだと誤認したまま続けさせるのは、リケにもミチルにも子供にも毒になる。毒は周囲も蝕む。
 施しに慣れた人間は甘えるようになり、施されるのが当たり前になると、次も次もとどんどん貪欲になる。
 いずれこの孤児院の大人にも、魔法使いの大人たちにもバレるだろう。人間にバレたら、リケとミチルの手には追えなくなると分かりきっている。
 子供たちに関わるなと言われるだけならまだいい。
 もしかしたら、余裕がある魔法使いが、子供を洗脳した魔法使いが子供たちを引き取れだとか言い出すこともあるかもしれない。
 何がどう繋がって争いになるか分からない。
 魔法使いは人間に迎合するべきじゃない。弱味を見せるべきじゃない。他人に付け入る隙を与えるべきじゃない。

 そんな風に苦々しく思考に耽っていると、さよならの挨拶を交わすのが聞こえてきた。
 どうやら数時間でいつも帰っているらしい。長居しないのは良い判断だ。居座るほど情も移るし、大人にバレる可能性も高まる。

 出てきたリケとミチルを屋根から見やって、シノは重いため息をついた。
 箒に乗って追いかける。
 孤児院から離れ、人のいない森のそばまで来たあたりで、シノはわざと目の前に飛び降りた。
 ふたりは、突然現れたシノに飛び上がるほど驚き、こぼれ落ちそうなほど目を見開く。悪戯が成功したような気分でほんの少し口の端が釣り上がった。
「随分懐かれたな」
 リケとミチルはお互い視線を交わして、罰が悪そうに目を伏せた。チラッとシノを見上げる顔は叱られる前の子犬みたいだ。
 普段そういう「叱られるのを待つ」顔を向けられる立場にはないし、シノは叱られる側だし、叱られる時もシノは悪びれるということをほぼしないので、なんだか新鮮で愉快な気持ちになった。

「別に咎めるつもりはないさ。ただ、おまえらがやってることが、子供のためになると考えているなら、それは間違ってる」
 シノは肩を竦めた。背を向けて歩き出すと、リケとミチルがシノを挟むようにパタパタ慌てて追いかけてきた。
「前も似たことをおっしゃってましたよね。どういう意味なのか教えていただきたいです」
「与えられることに慣れた人間は弱くなる」
 端的な答えはふたりの心には響かず、ミチルがムッと拗ねたように唇を尖らせる。
「苦しい思いをしている人がいるのに見過ごせってことですか。死んでしまうかもしれないのに。南の国ではみんなが……」
「ここは南の国じゃない」
 言い終わるうちにバッサリ切り捨てられて、ミチルの眉が釣り上がる。その口から甲高い文句が出る前にシノは淡々と畳み掛けた。

「いつまで施しを続けるつもりだ?飢える子供がいなくなるまで?そんなの現実的じゃない。あの孤児院だけじゃなく、あんなガキはどこにでもいる。ああいうのを減らすのはアーサーの役割だろ。
 オレもおまえらも役目があって、帰る場所があって、自分のことでいっぱいいっぱいだ。みんなそうだ。
 オレは運良くシャーウッドの旦那様と奥様に良くしていただいたが、オレを抱え込めるくらいの力と立場がある。余裕が無いと他人の世話なんて焼けない。あいつらの人生を背負えないのに、同情で適当に施して生きる強さを奪うなよ」

 リケの言葉が鋭利だったように、正しさとは残酷で痛みを伴うものだ。ふたりは黙り込んだ。何かを言い返そうとして、けれども、シノの正しさを自分たちでも心のどこかで分かっていた。
「でも……でも……手の届く場所に、救える人がいるのに……」
「僕たちは魔法使いです。人のために何かをすることが、助けようとすることが間違ってるなんて思いません」
「……」
 言いたいことが上手く伝わらずに、シノは舌打ちしたくなった。黙って従えばいい。そう思うけれど、ふたりの強い目を見れば、どうせまたあの場所に行くのは考えなくても分かる。
 勝手にしろ、と思う一方で、もう辞めろ、と思う。
 孤児はかつてのシノなのだ。
 生きるための刃を施しでゆっくり奪われていく孤児と、自分が重なって胸が悪くなる。

「食ってなくなるものは今生き延びられるだけだ。他人の温情に縋ると心も生きる力も弱くなっていく。おまえらがあの場所に行けなくなった時、あのガキたちはどうなる?また盗みをしたり、物乞いをしたり、地べたを這ったりするだけだ。
 元通りになるのに、おまえらが甘やかしたら生き抜くすべを忘れるだろ。誰かに甘やかされる楽さを知って放り出された孤児は、もう生きてはいけないんだよ」
「じゃあ……じゃあどうすればいいんですか!?シノさんは何もしてないくせに!そんなに言うなら、教えてくださいよ!」
 ミチルは涙目で悔しそうに言った。
「だから関わるなって言ってるんだ」
「先立つものがあれば……生き抜くすべを教えられればいいのですよね?」
「は?」
「シノさんの言うこと、難しいけれど正しいのだと思います。でも僕は魔法使いですから、か弱き者には手を差し伸べなければなりません。
 お菓子を与えるのが、無くなって終わりだからいけないなら、無くならないものを与えればいいんですよね」
「な、無くならないもの?なんでしょう……食べ物で無くならないもの……?」
「僕にもまだ分かりません。だから帰って色々考えないと……」
「そうですね!シノさん、それならいいですよね!」
「……勝手にしろ。忠告はしたからな」

 吐き捨てるように言って、箒にまたがる。風を切るように、言葉にできないイライラやモヤモヤや、そして何故かふわふわした気持ちや……そういうものを振り切るように飛ぶ。
 ミチルやリケは「自分のため」と「他人のため」がズブズブにくっついているから、もうシノに出来ることは無い。
 魔法舎に帰ったら、この気持ちを晴らすためにカインと手合わせをしよう。シノは飛ぶスピードを早めた。
 

*


[ back ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -