山崎弘を取り巻く多種多様な感情について


*

 教室の後ろの扉が開いた。緩慢な足取りで彼は1番後方の席にドカっと腰を下ろした。教室の生徒達は一瞬静まり返って、またすぐに各々の作業に戻り、他の生徒から遠巻きにされている件の生徒──山崎弘は冷めた顔で窓の外を眺めた。

 山崎弘。彼は霧崎第一高校の中で、最もバカな生徒だ。


 霧崎第一高校は都内でも指折りの進学校である。同時に、伝統のある私立高校でもあり、富裕層の生徒が多い。大抵の生徒は学も教養も自制心もあり、未来を掴むために自主的に勉学に励む場合が多かった。
 成績第一主義のシビアなこの学校では、学期末の試験によってクラス編成が一新され、明確な成績順でクラス分けをされる。
 そんな霧崎第一高校、1-5組で確実に山崎弘は浮いていた。1・2組はまだカリキュラムが別れてないだけで、ほぼ特進候補だから、以下8組が普通科みたいなものだった。その中で、彼だけがそぐわな過ぎる。
 染めた品のない赤髪、鋭く不機嫌そうな目付き、短く剃られた眉。制服もだらしなく、言動も粗野で暴力的。

 なぜ、彼がここにいるか分からない。5組は校内でも中よりは上の成績なのに。
 不幸にも山崎弘の隣の席になってしまっている俺は、身を縮めるようにして参考書を立て、一心に文字を追った。今日は小テストがあるから生徒の7割はそれぞれ勉強していると言うのに、山崎は足を開いて不機嫌そうに携帯を触っている。
 たまに舌打ちが聞こえて、そのたびに肩が震える。なんで俺がこんな目に。不良なんて大嫌いだ。
 軽蔑する。感情的にしか生きられないなんて。

 けれど小テストが始まると、彼は時折手を止めながらも、サラサラと問題を解いていき、俺はと言えば彼が気になって全く手が進まない。いや、そんなのは言い訳だってわかっている。
 俺が躓いている間にも山崎弘は視界の隅でみっともなく猫背になって、ガリガリシャーペンを動かしている。急かされているような気分になって強く唇を噛んだ。
 昨日の夜も勉強したのに。

 悔しさのような、嘲笑いたいような、安心したいようなよく分からない感情が爆発しそうになって、俺は授業の後、山崎弘に話しかけていた。
 殴られるかもとか、酷いことを言われるかもとか、怖いとか全部抜け落ちて、それ以上に走りだしたくなる焦燥感が俺の背を押した。この時の俺はとにかく何かの答えが欲しくて必死だったんだ。
「何時間勉強したのっ?」
「は?」
 声が裏返った。
 彼をあからさまに避けていた俺に話しかけられて、山崎弘は素っ頓狂な顔で俺を見つめる。鋭い瞳孔が少し丸くなった。
 少し黙り込んで、困惑したように繰り返した。
「何時間勉強したか……って?」
「そ、そう。今日のテスト、や、山崎くんっ、簡単そうに解いてたか、から」
 緊張して吃ってしまう。山崎は「あー?」と宙を見ながら頭を掻く。
「部活ん後だから3時間ぐれーだけど。何で?」
「ひっ。ごめんなさい」
 低い声で言われて俺は秒速で俯いた。少し冷静さが戻ってきていた。彼が3時間も勉強しているなんて思わなかった。
 俺も昨日は部活があったから4時間しか出来てない。彼と変わらない。
「別に怒ってないって。あー、まあいいや。なんかしんねーけどもういいか?」
「う、うん」
「じゃ行くわ。あのさ、話しかけてくんの珍しいなと思ったけど、ちょっと嬉しかったぜ。お前めっちゃビビってたもんな」
 顔を上げると彼がニッ、と笑った。
「じゃな」
 今度は俺が間抜けな顔で彼を見つめる番だった。


 後日、テスト結果が発表された。
 数学教師は3人いて、うちの組の担当は、30人中上位20人の点数と順位をリストにして発表する。
 18位に俺の名前があった。
 そのすぐ上に、山崎弘、の文字が。
 胃の中が一瞬で熱くなった。思わず隣を見ると、ふっと山崎もこっちを見た。ほんの少し、彼は笑った。
 俺はなんとか会釈を返して、手のひらを腿の上で握り締めながら、激しい感情に俯く。ああ、俺、もう2度と彼と会話出来ないだろうな。他人事のようにそう思った。


*


 廊下を歩いていると、ふと話し声が聞こえた。低い声が2つ。第3資料室からだ。ここはかなり古い書類やらがまとめられている部屋で、あまり使われないけれど、社会科教室が近いから生徒の溜まり場にもなっていなかった。使われる時といえば、もっぱら個人的な指導や面談で。
 私は好奇心に駆られて少しだけ近付いた。

「部活楽しいか?」
「はあ、まあ」
「スポーツに取り組むのはいいことだよな。健全で。お前は成績も規定をちゃんと満たしているし」
「へへ、ざーす」
「期待してるんだよ。なあ?正直、落ちこぼれるかもしれないと思ってたけど、クラスでもいい順位を保ててる」
「あー。まあ、それなりにはっすね。なんとかなるんで」
 山崎くんだ。私はちょっとドキリとした。不良と名高い彼が、本当は優しいことを知っている。
 何かやらかしてしまったのだろうか。まあ、普段の素行を見るに常にやらかしているように見えなくもなくも無いかもしれない。教師からのウケが悪いのも分かる。
「練習をしないで帰っていると、監督の先生からお話を受けたよ」
「……まあ。ハイ。気をつけます。スンマセン」
「あのなあ。何か事情があるのか?勿体ないよ、力を持ってるのに。授業態度も良くないだろう」
「サーセン」

 最初はわりと明るい声だったのに、お叱りになると途端に勢いがなくなり、段々あからさまに気だるげになって行った。 
 先生の声も徐々に硬質になって行く。
 私はソワソワしながらついつい扉に体を寄せた。山崎くんにも多分事情があるんだと思う。このはしたない行為に罪悪感と後ろめたさを感じながら、どこか興奮するような気持ちで、耳をそばだてる。


 山崎くんと私は特に深い接点があるわけではなかった。
 ただ、授業終わりの後に資料の片付けを申し出て、よたよたと歩く私を手伝ってくれただけ。ただの得点稼ぎだし、よろめいたのは横着したせい。
 けれど、ふらっとした私を「おっと。あぶねえ、大丈夫か?」と支え、不機嫌そうに眉をしかめながら「重たくね?暇だし手伝うけど」と一緒に運んでくれたのだ。
 最初は全部持ってくれたけど、私が申し訳なさそうなのを見て、「んじゃ、半分ずつな」と分けてくれた。どう見ても4対1くらいの量なのに。こんなギャップを見せられたら、きゅん、と少しときめいてしまうのは仕方ないと思う。
 彼は顔が怖かったけれど、年の離れた兄がいたこともあって、少し話せば内面まで乱暴なわけじゃないとすぐに分かった。
 少しの間、並んで話した。いつも不機嫌そうに見えていたのも、仏頂面なだけで、むしろ彼は色々話しかけてくれた。
「教師に押し付けられたのか?」
「ううん。お手伝いしたかっただけ」
「うわ、偉いな。オレならぜってーやんねえ」
「全然だよ。下心があるし」
「まあ、いんじゃね?頑張ってるのは事実だろ」
「あ、うん、ありがと……。自分のためにやってることだけど、褒められると嬉しいね」
「!」
 彼は一瞬驚いた顔をして、すぐニパッ!と輝くような笑顔をうかべた。まるでおっきな犬みたいで、彼への怖さとか偏見がぜんぶ吹っ飛んで行った。
「話分かる奴だな、お前!」
 よく分からなかったけど、褒められたのは分かった。その後は頭が熱で浮かれて、何を話したか全然覚えてない。


「聞いてるのか?山崎!お前いい加減にしろよ?」
 苛立ちを隠しもしない先生の声に意識が現実に戻る。山崎くんが低い声でボソッと「……っせえなあ……」と漏らした。
 ガタッ。音が響く。先生が立ち上がったのだろうか。怒鳴り声。
「さっきから生返事ばかりして。俺はお前を思って言ってるんだぞ。迷惑ばかり掛けてないで少しはちゃんと……」
「ああ?」
 先生の怒鳴り声を遮るように、さらに大声で山崎くんが怒鳴る。先生が一瞬で怯んだ。私も心臓が飛び上がってしまった。怒った彼を見るのは初めてだった。
 先生に怒鳴るなんて……。
 心配と恐怖と好奇心と失望と興奮が入り交じる。趣味が悪いと分かりつつ、私の足はその場に縫い付けられ、全ての意識が資料室の中に集中していた。
「オレのためって何だよ?自分のクラスから落ちこぼれ出したくねーだけだろ?」
「なっ……」
「つか、オレに更生の余地があるから構って来てんのも分かってんだよ。実績になるもんな。別にそれはどーでもいいけどよ、自分のためにやってるくせに、なに下心なんてありませんみてーなツラしてんだ?そういう奴が一番鬱陶しいぜ。ケッ。胸糞わりい!」

 バァン!
 すぐ側の扉がけたたましく揺れた。衝撃音。椅子か何かを蹴飛ばしたのだろうか。私はすっかり固まってしまって、ハッと気付いた時には、勢いよく扉が開いた。
 出てきた彼と目が合ってしまう。

「あ?……何?聞いてたのかよ?」
「あ、えっと……」
 山崎くんの三白眼にゆっくりと鋭い光が浮かぶのが、地獄のように長く感じた。
「引くわ、テメェ」
 地を這うような声で吐き捨て、彼は背中を向けた。これなら、怒鳴られた方がマシだ、とおもった。彼の瞳にあったのは明確な嫌悪感だった。


*


「うぃーす」

「おー。弘じゃん」
「うーす」
「久しぶり〜。やらかしたんだってな」
 赤いトサカにギラギラした目ん玉、いかにも荒れてますみてーな見た目なのに実はユートーセーな弘がここに来るのはひさびさだった。
 なんでも5日くらい前にセンコーと揉めて一ヶ月停学をくらったらしい。そんで真昼間から堂々オレらのトコに遊びに来たってわけ。

 オレらは親の金でテキトーにフラフラ遊んでるヒコーショーネンだから、パチ屋の裏でダラダラだべってる。
 ここら辺はパチンコもゲーセンもカラオケもあるし、飲み屋もあるし、すぐ近くにショップが並んだ通りがあるからけっこー気に入ってる。

 弘がドラム缶の横にしゃがみ込んだ。腰を壁にくっつけて脚を開く座り方はもう傍から見たら完全にヤンキーだ。
 オレはアメスピのブラックを取り出してWINDMILLのライターで火をつける。完全に見た目からキメてるけど、わりと美味い。オレけっこータバコ向いてるみてーなんだよね。
「吸う?」
「おー。サンキュ」
 箱を差し出すと抵抗もなく受け取って、シュポッと火をつけて、煙を吐き出した。
「ははっ、やっぱまじい〜」
「じゃあ吸うなよ」
「吸いたくなるだろ」
「ガキ」
「ッセ」

 しばらくどうでもいい話をしていた。ガッコーがどうとかどいつがダリーとか新作のシューズが高ぇ〜とか。
 したら弘が「わかる!」と声を上げた。
「××××のブランドだろ?ずっと狙ってんだけどまだ買えてねんだよな」
「そこのショップに置いてあったぜ」
「ガチ?見てくるわオレ」
 弘はグリグリ地面にタバコを押してつけて、吸い殻をさまよわせた。オレは黙って空き缶を放った。
「投げんなよ!こぼれんだろ」
「オメー以外に捨てるヤツいね〜よ」
「あ?ハハッそれもそうか」
 空き缶にポイッと放り込んで、オレの足元に落ちてた吸い殻も数本無言で拾って捨てた。ふつうの顔で立ち上がっていなくなる。
「オレも行く」
「おう」
 カネが走ってって、残ったオレと修哉はボーッとタバコを吸っていた。

「あーいうの見るとやっぱちげーよなって思わね?」
 スマホから目を離さず修哉がボソッという。
「まーな。育ちがちげー。さすがユートーセーじゃん」
「あいつオレらん中じゃダントツでキレたらやべえのに。ククッ。」
「変わってねえ〜〜」
 ツボったのか喉の奥でクツクツ笑っている。弘のこと好きだしおもしれーと思うけど、生きる世界がちげえなあってトコをふと見せてくる。
 そのたび納得と違和感を同時に感じる。

 弘たちが戻ってくるのが見えた。
「はえーな」
「金足りなくてよ〜!クソ」
 天に向かって怒鳴って弘はしゃがみ込んだ。
「クレカ取り上げられたし」
 は?クレカ?と思って、そういやこいつ親にクレカ持たせられてんだっけ、って思い出した。オレなら秒で使い切るけど、弘はあんま豪遊しねえな。

「どっかでカモ釣る?」
「いーわいーわ。別にカツアゲしてまで欲しいわけじゃねーし」
「あっそ」
「それよりカラオケとか行きて〜。つか女と遊びてえ〜!ヤリてえ〜!」
「ギャハッ。ケモノじゃん」
「ケモノだよ。飢えてんだよオレァよ」
「そっち共学じゃなかったけ?」
「ビビって誰も話しかけてこねーっつの」
 萎えたカネを知ってか知らずか、下品にゲラゲラ笑って、んじゃカラオケ行ってクラブでオールすっか〜ってことに決まった。こういうのが自然に出来っからオレらとつるんでられんだよな。バランス感覚がパネえっつうの?
「やべーオールとかいつぶりよ?アガるわ」
「オッサンみてーなこと言ってんなよ」
「つかこれから毎日オール安定だろ?」
「バカ言うなって。これで割と忙しいんだぜ」
「テーガクチューなのに?」
「出来なかったことやり尽くさねーとな」
「こいつ反省する気ねえ!ワハッ」
「ったりめーだろ。大体殴ってもねーのに停学とか厳しすぎ」
「はあ?じゃ何したん?」
「椅子蹴り飛ばして胸ぐら掴んだだけ」
「それで一ヶ月くらうん!?」
「キリサキやべえ!真面目こええ!」
「笑い事じゃねえよ!ついてけね〜よマジで!」

 話題はダラダラ流れてったけど、弘が誤魔化したのは分かった。後ろでノッタリ歩きながら隣に並ぶ。
「ジッサイ何してんの?」
「あ?」
「いそがしーんだろ?」
「あー、まあ別に隠すことでもねえけど。引くと思うぜ?」
「え?逆に気になんだけど」
 身を乗り出すと、少し気まずそうに視線を外した。
「ベンキョーしてんの」
「は?」
「だからベンキョーしてんだよ」
 オレは呆気に取られた。ベンキョー?ベンキョーって勉強?あの?ガッコー休みなのに?
「だから言いたくなかったんだよ」
 だってオメーふつーゲームとかデートとか買い物とかだと思うじゃん。え?そうだよな?
「いや、なんで?別に引かねーけど。純粋に意味わかんね」
「何でって、授業についてくためだろ?霧崎じゃ停学イコール自主退学みてーなとこあっけど、オレは辞める気サラサラねーし」
「はあ……。すげえな、何か」
「ハハッ。すげーバカみてーな顔してんぜ」
「そりゃバカだからな」
 やっぱさあ、弘はちげーよなーって、急に弘が眩しく感じた。そんで自分が情けなくなる。なんつーか、なんも言葉が出てこないような気持ち。あーあ、上手く言えねえよ、オレバカだからさ。


*


 花宮が爽やかな表情にひそかに苛立ちを混ぜ、ボトルを飲みながら部員たちを眺めている。
 古橋が近づいて行った後を追いかけ、ステージに肘をつき体重をかける。
「進捗は悪そうだな。マシな奴もいないのか?」
「いねえよ」
 お綺麗な顔に似つかわしくない低い声で花宮は吐き捨てた。
「自明の理とは言え、選手層が薄すぎてお話になんねえ」
 それはそうだろうな。古橋が肩を竦める。花宮の認める類が4人も集まったことがまず天文学的な確率だろ。

 IHで誠凛の選手を故意に潰してから、加速度的に部内は割れ始めた。花宮派と監督派。前々から種を巻いていたこともあり、当然のように花宮の圧倒的優勢。
 どうやるかは詳しく知らされてねえけど、瀬戸と顔を突き合わせている光景が増えたのを鑑みるに、そろそろなんだろう。

 俺たちがスタメンとして主体でやって行く話は前々から受けていた。ただ、俺と瀬戸はポジションが被ってる上、瀬戸も古橋も今年からバスケを始めた初心者だ。全国でやり合うにはまだまだ時間がかかる。
 花宮はずっとSGが出来そうな類友を探していたが中々見つからず、最近は少し焦ってきているらしい。

「霧崎にスポーツ推薦はないからな。俺みたいに外から引っ張って来ればいいんじゃないか?」
 古橋は花宮が目をつけてバスケ部に入部させた。いや、誘導した、が正しいけど。 神経が太い上、あらゆる所に喧嘩を売ったり買ったりしては、きっちり掃除までこなす優良問題児だ。なかなか見どころがある、と気に入られていた。花宮が嘆息する。
「テメェらみてえのがゴロゴロ転がってりゃ苦労しねえんだよ」
「そうか。光栄だな」
「褒めてねえよバァカ」
 今のは褒めてただろ。何故か少し喜んでしまう自分が嫌だ。
 花宮と古橋があれこれ言い合うのを見ながら、あいつわりと良さそうだけどな、と口を挟む。
「山崎とかおもしれえよ」
 今は体育館の隅で冷やしタオルを被っている赤髪を顎でしゃくる。座り込んではいるけど割とまだ体力は残ってるようだ。サボって帰るのを繰り返してる割に練習には真剣でバスケも楽しんでいる稀有な奴。

「あいつはただの馬鹿だろう」
 古橋が一刀両断する。無表情だが眉をひそめる様な声音。
「ダハッ、バッサリ!まあそうなんだけどよ」
「つかあいつ一ヶ月も停学くらってただろ。普通にねえな」
「普通にな」
 古橋と花宮は頷き合っている。割と気が合うよなこいつら。まあ、気持ちは分かる。

「馬鹿だよな。でも教師に自主退学促されても拒否ったらしいぜ」
「ああ、たしかに。何故まだいるんだ?あいつ。拒否したからといって在学し続けられる程甘くないはずだが」
「それが2学期のクラス編成試験で成績保ったらって言われて、マジに結果出したんだぜあいつ」
「ふうん。山崎って何組だっけ?」
「5組」
「はあ?マジ?」
「マジ」
「意外だな。あんなに愚かなのに」
「愚かて!愚かとかリアルに使う奴初めて見たわ。でもそんな感じ。バカそーでバカじゃなさそーでバカ。突然キレるわりに温厚だしよ」
「馬鹿だろ」
「馬鹿だな」
 まあバカだわ、普通に。
 脈ねーか、どうでもいいけど。そう思ってたが、花宮は山崎に興味を持ったらしかった。
「お前は人を見る目異様にいいからな。山崎か……」
 これは明確に褒められたよな?
 普段人を食ったような言動しかしない花宮は、けれどナチュラルにストレートな物言いをするから、少し座りが悪い。

 休憩が終わると3on3が始まり、2つのコートを監督が往復して怒鳴ったり嫌味を飛ばしたりしている。いるよな、指導と罵倒を混同してる奴って。
 何でそんな奴が霧崎の監督を出来ているかは知らないが、一応有名な体育学部出身で、高校ではバスケで割といい所まで行ったらしい。あらかたスポーツなんかてんで興味も無い経営陣がテキトーにハリボテの名声で雇ったんだろう。だからか監督は無駄に感情的に部員に口を出してくる。外部の人間のくせに。
 無能は黙っとけっての。
 多少頭が回ってスポーツの経験がある奴は皆監督の指導の無意味さに気づいている。

「山崎!なんだ今のプレーは!」
「ハイ」
「今フリーだっただろ!集中しろ!」
「ハイ。スンマセン。ハイ」
 どうやら山崎に的を決めたようだ。前から監督と山崎はよく衝突している。
 はたから見たら監督の理不尽さとしつこさに山崎がキレるってパターンに見えるけど、そのタイミングが分かんねえんだよな。山崎のキレるポイントどこだよ。
「大体暴力沙汰で停学たあ少しは名門校の自覚を持て!」
「……ハア。っスか」
「バスケはチームプレーだ、お前のように自分勝手な奴がいたら足並みが乱れる!ろくにシュートも決めれんで……」
「部に迷惑はかけたかもしんねっすけど、シュートの成功率別に関係なくねえっすか?」
「口答えするな!」
 かなり眉がピクピクしてるからだいぶイラついてるな。でも山崎は耐えていた。
 だが、そこまでだった。

「大体どんな神経で普通の顔して部に戻ってきたんだ?練習サボって叱られて逆ギレ停学処分だなんて恥ずかしくないのか?お前のせいで皆が迷惑してるんだ、申し訳ないと思わないのか!」
「ハア〜〜〜……ウッゼエ…………」
 でけえため息をついて山崎はダラン、と腕を垂らした。
「なんだ、その態度は」
「マジでウゼエ。気に入らねえ生徒あげつらって指導した気になってキモチヨクなってんじゃねえよ!みんなを免罪符に自分のストレス発散してる人間に教わることなんかねーんだよ」
 山崎が「やってらんねえ。気分わりいから帰るわ」とドスドス部室に戻っていった。
 今のは何でキレたんだ?前はもっと罵倒されてもキレなかったのに。
 花宮が背後で「なるほどな……ただの馬鹿じゃねえんだ」と愉快気に呟いたのが不穏だった。


*


「は?ラフプレー?」

 思いっきり顔を顰めた赤いトサカ頭は、花宮主体チームの最後のスタメンだった。山崎弘。わりと話すけどオレはあんま好きじゃない。だって馴れ馴れしいもん、こいつ。
 花宮に選ばれた人間にしてはマトモな反応で、逆にこっちが戸惑うんですけど。

 邪魔な監督も先輩も追い出して悠々自適に過ごせるようになり、今も部室にはスタメンとレギュラーの6人しかいない。
 瀬戸は一応目を開けながらソファに寝て、古橋は部室の花に水をやってる。松本はスマホを弄ってオレはガムを噛んで、花宮と山崎の会話を遠巻きに見ていた。

 花宮がヘーゼンと言う。
「ああ。他人の絶望する顔が見たくてバスケやってんだからな」
「趣味わる……」
 それは同感。まあ楽しそーだと思うけどね、オレは。引いたような山崎の反応に花宮はふはっと笑う。
「ラフプレーでいい子ちゃん共を潰して、頭に血の昇った馬鹿を蜘蛛の巣に嵌める。これが来年からの霧崎のバスケだ」
「蜘蛛の巣ってアレか、100%スティール。んなことできんのかよ?いくらお前が無冠の五将っつったってさ……」
「出来なきゃやるなんて言わねーよ。テメェは黙って俺の指示に従っとけ」
「ラフプレーしてまで勝ちてえのか?」
「あぁ!?」
 山崎のノーテンキな有り得ない質問に、低く這うようなドス声で花宮が凄む。
「キメーこと言ってんな。勝利なんてどうでもいいね。どう潰すか、結果は副産物でしかねえよ」
「あっそ」
 冷めた声で言って、山崎は着替え始める。思っていたどの反応とも違う。

「オレはただふつーのバスケ楽しくやれりゃあいいんだけど」
「じゃあ辞めろ」
「チッ。独裁者が。つか他の奴らはなんも言わねーの?」
「言わねー奴を選んだんだよ」
「ハア……。じゃもうオレの意思とかねーじゃん」
「そうなるな」
 ロッカーを閉める音が心無しか荒れている。不機嫌になり始めたっぽい。
 つか、こんな不良みたいな見た目なのにわりといい子ちゃんなんだ?教師に暴力沙汰起こして停学受けたくせに、ラフプレー嫌がるタイプのバスケ少年だとはねー。

 花宮もちょっと想定外かもしれない。おもしれー奴を見つけたって言ってたし。実際はつまんねえ奴だったみたいだけど。

「もうオレが何言っても意味ねーみたいだから止めねーけどよ。オレはやんねーからな?」

 は?
 コイツ、バカなの?花宮にこんなこと言うとか自殺志願者?
 平然と言い放つ山崎に部室が固まる。花宮も珍しく虚をつかれたように固まっている。猫みたいな顔。
「何勝手なこと言ってんだ」
「別に他人の嫌がる顔見てえとか傷付けたいとは思わねーし。やりてえなら勝手にやってくれ」
「命令だと言ったら?」
「ウゼエ……。レギュラー下ろすなりなんなりすりゃいいだろ。ベンチでもバスケは出来るしな。それでも無理矢理やらされるぐれーなら辞めるわ」
「ふはっ!ははは、やっぱお前いいわ!」
 煽るような花宮にイライラを隠そうともしない山崎の間には険悪な空気が流れていたのに、唐突に邪気なく花宮が笑い出して、山崎は素っ頓狂な顔をした。一触即発の空気は霧散して消えてしまった。

「なんだよ突然笑い出して」
「清々しくていいわ。じゃあラフプレーは許してやる。だがそれ以外は部員として主将に従え。マ俺に従ってれば間違いはねえってすぐに分かるだろうけどな」
「もう知ってるよ」
 気が抜けた声で山崎は肩を竦めた。

 変な奴。ちょっとだけ興味が沸いたかもしんない。ウソ、やっぱどーでもいい。

 まあ、ラフプレーの話を聞いて、楽しいバスケがやれりゃあいいと言った山崎を、まあ、スタメンだと認めてやらなくも無いかな。
 オレらの類だって片鱗は見れたことだしね。


*


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