ハルはツナさんは惚れていたもようです

*ツナハル(ツナ←ハル)
*夢小説ではありません
*原作後時空、未来捏造
*テーマは告白です
*ハッピーエンドではありません
*魔女の宅急便風の文体を意識しています。ハルの一人称目線ではありません
*

 今日は大事な大事な日です。三浦ハルは早起きしてたくさん準備を整えていました。
 ゆっくり丁寧に髪を梳かしていきます。中学生の頃に比べると、ハルの髪は腰までつやつや伸びて、毛量が多くてぴょこんっと跳ねがちだった先っぽの方の毛も、縮毛したおかげですっかりお利口さんです。
 ポニーテールにすると、昔とは違い肩下あたりでしっぽが揺れています。中学生の頃みたいに頭の上でぴょんっとさせるためにお団子にしようかと迷いましたが、ポニーテールのままにしました。髪の毛を引き出して緩くしたり、しっぽを巻いたり、ヘアワックスで整えたりもしません。14歳のハルはそういうことは全くしない、ナチュラルなハルだったからです。

 鏡で何度も何度も見て、よしっと心の中で呟きました。そしてハルは可愛らしい部屋の中で強烈な異彩を放つ、戦国武将みたいな甲冑を着込みました。これも中学生の頃のものです。身長はそんなに変わっていないのに、胴回りやおしりがきつくってきつくって。
 はひ、ハルは太ってなんかない……はずです〜!
 クウウ、と呻きながら体を通して、完璧に準備を整えました。今日は大事な日です。あとはこのまま川でツナさんを待つばかりなのです。



 土手の川にかかる橋の向こうから、チンタラチンタラ彼がやってくるのが見えました。愛しのツナさんです。
 動きは緩慢でとっても眠たそうに見えました。
「何だよハルこんな朝っぱらから呼び出して………………ってあんた何ーーー!!??」
 目をこしこししていたツナさんが、その目をぎょぎょっと剥いて叫びました。ハルは嬉しくなりました。既視感のあるやり取りです。
「最近頭がぐるぐるしていっぱい考えてたハルですよ。昨日の夜はちゃんと寝ましたけどねっ」
「考え込むとそーゆー格好しちゃうわけ!?……ってなんか前もこんな会話したような……」
「わっ!ツナさん、覚えててくれたんですか。そうです、これはハルとツナさんの初めての出・会・いのメモリーなんですよ」
「あ、ああーっ!そういや急に殴られたり甲冑で襲われたりしたっけ」
 昔を懐かしむような遠い目でぶつぶつ言っています。ハルとの記憶を思い返して噛み締めてくれているに違いありません。
 ハルは大きな声で言いました。
「懐かしいでしょ!ツナさん!」
 そして、川に飛び込みました。ザボーーーンッ!重たい水飛沫が吹き上がります。
「ハル!?!?」
 目の前で突然川に飛び込まれたツナさんは溜まったものじゃありません。慌てて橋に身を寄せて川の中を除き込みました。
 重たい鎧のせいでハルはあっぷあっぷと、水面に顔をつけてはまた浮き上がり、必死にもがいています。何か考えがあるのかと思ったのに、普通に溺れています。ツナさんは馬鹿だろ!と怒鳴りたくなりました。何を考えているかちっとも分かりません。
「たすけ……ゴボッ、たすけてえ!ツ、ツナさん……」
 苦しげにハルが叫んでいます。ツナさんは叫び返しました。
「あとでちゃんと説明しろよ!」
 橋にガっと足を掛けて、グローブを嵌め、ポケットから丸い錠剤を取り出し2粒飲み込みました。

 途端に、ツナさんの風貌が変化します。
 額とグローブから透明度の高い暖かなオレンジの炎が燃え始め、丸くて愛嬌のある瞳は怜悧に鋭く変わり、間抜けで親しみやすい表情は精悍で端正になっています。
 ツナさんは身軽に橋を飛び越え、川に飛び込みました。
 両手から吹き出す炎を調整し空中を自在に飛び回ると、川の上に立って、水に全く濡れることなくかがみました。
「俺に捕まれ。全く、世話が焼ける」
 抑揚のない低い声には呆れと優しさが含まれています。ツナさんは藻掻くハルの腕を掴むと、ぎゅうと片腕の中に閉じ込めました。掌の炎の遠心力で飛ぶので、片腕は開けていなければならないのです。

 中学生の頃はハルとそう身長の変わらなかったツナさんですが、いつの間にかハルの頭がツナさんの胸元ほどになるくらい2人の身長差は開いていました。昔は細くて華奢で筋肉のつきづらかった体も、今は関節がゴツゴツして、胸はあつくって逞しいです。ハルの体重を片腕で支えられちゃうくらいツナさんは大きくって力強い人になっていたのです。
 ハルは涙の滲む目でツナさんを見上げました。2つの顔を持つツナさん。あの頃とは色々変わっているけれど、でも、ハルに振り回されてくれて、こうして助けてくれるところは変わっていません。
 胸が締め付けられるような気持ちになって、心臓も顔もバクンバクンとしましたが、勇気を出してハルはえいっとツナさんに抱きつきました。腕を首に回して、暑いほっぺたをツナさんの首にくっつけます。
 すると、ツナさんがビクッとして首が急激にあっつくなりました。

「っ!や、辞めろ、ハル」
 クールな声ですが、動揺が隠しきれていません。ハイパーモードのツナさんもツナさんなのです。ちょっぴり女の子との距離感に戸惑ってしまう普通の、昔と変わらない、カッコよくて可愛いツナさんです。

 パッと体を離すと、少し顔の赤いツナさんが困惑してハルを見つめていました。
 2人は空を飛んだまま、無言で視線を交差させました。

「プ」
 ハルが吹き出すと、ツナさんは眉をぴくっとして、ハルはさらに笑いました。
「胸がドキドキします!ツナさんはやっぱり、とってもとっても素敵ですね!」
 胸をトンッと押して、背をピーンと張りました。両手両足を投げ出すポーズです。そのまま川に投げ出されてしまいそうにゆらゆらして、ツナさんは慌ててぎゅっと腕に力を込めました。
「危ないだろ」
 ツナさんはたしなめながら、川辺に降り立ちました。シュウウ……と炎が消えていき、温和な顔立ちに戻りました。
 でも、表情は温和とは言えません。

「何考えてるんだよハル!いきなり川に飛び込んだり、飛んでるのに落ちようとしたりさ……」
「ごめんなさい、ツナさん」
 怒られているのに、ハルはニコニコ顔です。
「だって、いっぱい迷惑をかけたくなっちゃったんですもん。いっぱいハルのことを考えて欲しくなったんです」
 そう言うとハルは川を見つめました。橋の影がハルの顔にかかり、太陽に照らされる川に眩しそうに目を細めるハルの横顔は、ハッとするほど美しく見えました。

 ツナさんは何も言えなくなりました。
 先日高校の卒業式を迎えました。4月にはもうイタリアにいます。ハルは児童教育について学べる日本の大学に進むことが決まっていました。

 ハルが静かに胸を抑え、切なそうにツナさんを横目で流し見ました。すぐ瞳は伏せられ、けれど意を決したようにきらきらと見つめてきます。

「ハルは、ツナさんに惚れていたもようです」

 へへ、とはにかむハルの表情にツナさんの心臓はばっくん!と高鳴り、同時に何かで突き刺されたように痛みました。
 彼女の気持ちをツナさんは知っていました。
 なにか言おうとモゴモゴ言うツナさんを、ハルは痛みと切なさと喜びと優しさと、色んな色の瞳で見守りました。ダクダク汗が流れて来ました。でもハルは何も言ってくれません。いつもなら、冗談混じりにしてくれるのに。
 最後なのです。
 たぶん、ハルとツナさんが一緒に生きていける最後のチャンスであり、イタリアに行ったツナさんと保育士か先生になるハルが交わる未来は、もうないのです。
 泣きたくなってツナさんはぎゅっと拳を握りしめました。

 ツナさんもハルも瞳を潤ませていました。
「ハル。オレはイタリアに行くよ。ハルも……ハルも、元気で頑張ってね。幸せに……なってね」
 無責任でごめん。答えられなくてごめん。その言葉は何とか飲み込みました。
「はひ。振られちゃいました。でも、なんだかスッキリします!」
 輝く笑顔でハルは笑いました。こんなにいい女の子を振るなんてツナさんは見る目がありません。そして、ハルは見る目がありました。
 悲しくはありませんでした。ちょっぴり寂しいけれど、今は清々しくて、好きで良かったなあって気持ちでいっぱいでした。

 2人は手を繋いで帰りました。
 ハルの家の前で、ちょっと黙ってから、ハルは手を振りました。
「またね、ツナさん」
 ツナさんは目をくりっとさせて、眉を下げました。その顔は安心と喜びが染み渡っているように見えました。
「またな、ハル」

 ちいちゃくなるツナさんの背中をそっと見て、ハルもお家に入りました。ハルはツナさんに人生を賭けた恋をしていました。


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