萌芽

「……君が監督生?グリフィンドールにはまともな生徒がいないのか?1人も?」
 コンパートメントが開き、ジロジロリーマスを眺めた後、青色のネクタイを締めた男の子は開口一番にそう言った。胸元にPのバッジが輝いている。
「どういう意味?」
 言い返したのはリーマスではなく、リリーだった。男の子は冷めた目で「君の事じゃない。君が優秀だってことはみんな知ってる」とどうでも良さそうに返した。
 彼の言葉に喜ぶどころか、むしろさらに語気を強めて、彼女は豊かな赤毛を揺らした。
「いきなり侮辱するなんて失礼って言ってるのよ。それにグリフィンドールを馬鹿にされていい気分になるはずがないでしょ。ルーピンは優秀だし、先生方が選んだの」
「あっそ、君もあのチープな集団のお仲間ってわけ。ルーピンは正に模範だろうな。なんなら愉快なポッターが監督生になれば、毎日ハッピーに過ごせるだろうさ」
 鼻を鳴らして不快な顔をする彼に向かってリリーが口を開く前に、レイブンクローの監督生は扉をピシャリと閉めた。
 行き場のない怒りに眉を吊り上げるリリーだったが、リーマスは苦笑いするばかり。
「なぜ笑ってられるの?」
「悪戯仕掛人のユーモアが真面目な人には少しばかりカンにさわるってことは、ずっと前から分かってたよ。むしろ僕が監督生に選ばれたことが不思議なんだ」
 リリーは少し口ごもった。彼女はジェームズ・ポッターのタチの悪い冗談が大嫌いな生徒の筆頭だった。
「あなたは一味の中ではかなりまともな方よ。真面目だし、優秀だし、努力家だし」
「先生方もそう思ったんだろうね。問題児の中ではマシな部類の問題児にストッパーになってほしいって」
 リーマスは肩を竦めてみせた。それが出来るなら、とっくに悪戯仕掛人なんて個性的な生徒の影に埋もれてるだろう。

 無言の時間が流れ、少しの気まずさを感じた。リリー・エバンズとはたいした交流がない上に、彼女から好意的に見られているとは思っていない。
 しかし、気まずい時間は長く続かなかった。
 またも新たな訪問客がやってきたからだ。

「失礼しても?──って」
 緑のローブが映える女性は2人の顔を見るなり大きく顔を歪めた。
「ここって最悪の空間」
 目の前に座るリリーの、形の良い眉毛がムムムと皺を刻んだ。緑色の目が強く強く「早く去りなさい」と命じていた。美人の顔は凄むとかなり迫力がある。
 女子生徒はそれに気付いているだろうに、あからさまに無視をすると薄い唇に冷たい笑みを浮かべた。
「噂が本当なら……嘘つき狼のあなたが何で監督生にまでなってるの?本当に自分が選ばれるのに相応しいって思ってるなら、軽蔑する」
「黙って!」
 強く目を閉じ、息を吐いてからリリーはスリザリン生を睨んだ。ジェームズに向ける顔よりもずっと怒りに燃えていて、一拍挟んだ意味は無いように思われた。
「彼は監督生に選ばれるべくして選ばれたの。あなたにどうこう言われる筋合いなんてないわ。先生方も、わたしも彼が相応しいと思ってるわ!」
「あなたたちの寮監って狂ってるの?穢れた血まで監督生だなんてね。それとも校長が戦犯?偉大なダンブルドアが狂人めいてるって確証がまた増えたわ」

 落ち着き払った、しかし明確に固い声がコンパートメントに響いた。
「君の高尚なご意見はよく分かったよ、ミス・フロッグ。やかましく鳴いてくださってどうもありがとう。さて、続きは素敵なご友人とお願いしても?僕らは監督生の仕事があるんだ」
 穏やかさが逆に薄気味悪い口調で、わざとらしく胸元のバッジを触り、リーマスは小首を傾げた。
「ああそうだ、次悪夢的な言葉を口にしたら、君に減点と罰則をプレゼントさせていただくよ。なんたって僕は生徒の模範になるべき存在だからね」
 有無を言わせないにこやかさで、怒りに顔を真っ赤にするレディをスマートにエスコートし、コンパートメントはまた閉ざされた。

「大丈夫?」
 振り返って彼は心配と申し訳なさを滲ませてリリーを覗き込んだ。
 そこに1ミリも悪意も他意も無かったのだが、彼女はみるみる不機嫌そうになってしまった。何も言わない方が良いと察して、リーマスは教科書を眺めた。
 リリーは窓についている1点の曇りを睨み続けているように見えた。

「悔しくないの?」
 あまりに唐突で一瞬自分に話しかけられているのか分からなかった。見回りも終え、ローブも着替え終わり、そろそろホグワーツに到着する頃合いだった。
 リリーはまた窓の曇りを睨み付けていた。
「何も思わないわけじゃないけどね。ひどい奴らには僕達もけっこうやり返すし、どうってことないよ」
 彼女は正面に向き直った。リリーの目が真っ直ぐリーマスを見つめてきて、何となく逸らしたくなる。
「あなた自分のことでは全然怒らないのね」
「わざわざ波風立てる必要も無いと思ってね。穏やかさって僕の魅力の一つだと思ってるけど、どうかな」
「そのスタンスには同意できるわ……でも……でも」
 もどかしそうに身振り手振り何か言葉を探しているリリーに思わず笑みを零す。彼女は優しい。知っていたけど、でも、まさかそれが自分に向けられるなんて。

「僕のために怒ってくれると思わなかった。ありがとう」
 リリーはすぐさまキッと眉を上げた。
「自惚れないで。わたしが許せなかっただけよ」
 そして、目元と声音を少し柔らかくして続ける。「あなたも怒ってくれたわ」
「ああ、僕が許せなかったんだ」
 彼女はクスクス笑った。リーマスの撃退方法はかなりスっとしたと、気に入ったと笑っていた。リーマスも釣られて笑った。
 友達に庇われる時の、嬉しいのに何故か後ろめたい居心地の悪さが、するする溶けて消えていくような気がした。

「これがあなたの戦い方なのね」
 エメラルドの瞳がキラキラしていた。リーマスは驚いて瞬きを繰り返した。
 ジェームズやシリウスのように真っ直ぐぶつかることが出来ない自分は、誰よりも臆病者だと分かっていて、しかし同時に、誰よりも色々なものを耐えて強くなろうとしてきた。
「まだ上手く言えないこともあるけど、でも悪くないと思うわ。あなたってけっこう大人な人ね。これからリーマスって呼んでも?」
「光栄だよ……リリー?」
 彼女がはにかんだ。何故かほんの少し息苦しくなる。
 頭の片隅で、ジェームズになんて言われるだろうか、と考えて、浮かんだ映像を追い払った。今日の夕食とこれからの監督生生活、どちらも憂鬱で、それ以上に楽しみだった。

 その日リーマスとリリーは友人になった。


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