13

 授業もハロウィンらしく変わっていた。大広間と同じくコウモリが飛んでいたり、飾り付けてあって、堅物のマクゴナガル先生まで教壇の隣に小さくジャック・オ・ランタンが置いてあった。
 呪文学でサウィン祭にちなんで炎を操る呪文を習い、薬草学ではおばけカボチャの種を植えた。来年のハロウィンで使うものらしい。
 先生たちもどこかごきげんで、楽しい雰囲気が流れていた。

 魔法薬学の授業のあと、スラグ・クラブのメンバーは教室に残された。
 スラグホーンは大きな体を揺すり、「ハッピーハロウィン!」とお菓子の詰め合わせを4人に差し出したので、セツナは思わず目を丸くした。
「えっ」
「あ、ありがとうございます」
 リリーも戸惑っている。先生からお菓子をもらうとは思わなかった。彼の身内贔屓も相当なものだ。驚くセツナ達をよそにマルシベールが綺麗な微笑みをうかべ、サッとローブから小さな箱を取り出した。
「ありがとうございます。これは僕から先生へプレゼントです」
「おお、まさかわたしにも用意してくれているとは。ありがとう、ローリー」
「当然のことです。スラグホーン先生には普段からお世話になっていますから」
 深緑の高級そうな箱にシルバーのリボンが品良く結ばれている。セツナはしまったと思った。何も準備していない。
 慌ててローブを探ると、他の子に言われたら渡そうと小分けに分けていた母からのクッキーがあった。
「先生、その、わたしからも……母の手作りなんです」
「ありがとう、セツナ。 シンディーの作るお菓子は美味しくてね、昔から楽しみだったのだよ」
 エイブリーとリリーは用意しておらず、気まずそうに身体をよじっている。

 ごめん、リリー……。
 心の中で謝ったが、セツナは先生に気に入られたかった。
「毎年食事会があると上級生からうかがっていたのですが、今年は開かれないのですか?」
「ああ、友人たちにパーティーに招待されてね。今年はそちらに顔を出すことにしたのだ」
「そうなのですか……残念です。スラグ・クラブはいつも素晴らしくて、楽しみにしていたのですが……」
「気を落とさないでおくれ。クリスマスは知人たちを招いてパーティーを開くつもりだ。君達も参加してくれると嬉しい」
「もちろんです、先生。今から心が逸ってしまいます」
「た、楽しみです!」
 そつなく気取ったように言うマルシベールに続いて、セツナもうんうん頷いた。リリーも「ありがとうございます」と楽しそうな表情を浮かべた。

 次の教室に向かう廊下で、リリーが眉を下げた。
「私、先生に何もお渡ししていないけど大丈夫かしら」
「だ、大丈夫だよ」
「セツナはクッキーをあげたじゃない。ふふ、抜け目ないわね」
「たまたまあってよかった……」
 リリーがからかってクスクスする。怒っていなくてよかった。自分だけ抜けがけみたいになってしまったから……。
 それにしても、と彼女がラッピングされた小袋を眺める。
「先生からお菓子をもらうのって不思議な気分ね。たぶん、クラブのメンバーだけでしょう?」
「そうだね」
「なんだか悪いような気持ちになるわ…目をかけてもらえるのはありがたいことだけど…」
「優しいよね」
「まぁ、そうね。私もやっぱりあげようかしら。大したものじゃないけど、きっと、ないよりはいいわよね?」

 うなずくと、「ちょっと取ってくるわ。先に行ってて」とリリーはギリギリ小走りにならないくらいの早さで歩き出した。
 廊下にはほとんど人がいない。
 セツナはドキリとして、後ろを盗み見た。マルシベールとエイブリーがノロノロ歩いている。…
 少し迷ったのちに、セツナは足を止めて、振り返った。ローブをギュッと握りしめて、心臓を爆発させそうになりながら彼らの元に向かう。
「あ、あの……」
 話しかけると、マルシベールが一瞬怪訝そうな顔をした後、眉根を寄せて冷たい瞳で見下ろした。
「…何か?」
「よ、良かったら、これ…ハロウィンだから」
「いらない」
 氷のような声で即答する。分かっていたけれど、エイブリーにも差し出すと、彼は「フーン」と受け取ってくれた。
「エイブリー」
「別にいいじゃん。菓子は好きだし」
「他人の手作りだぞ? しかもシンディー・ノースエルは血を裏切る者だ」
「でも、純血だろ」
 横目で睨まれてもエイブリーは気にした様子がなく、飄々としている。神経質で潔癖っぽいマルシベールに比べ、随分大雑把らしい。

「スクイブでグリフィンドールのくせに、僕たちに取り入って利用しようだなんておこがましいにも程がある」
「り、利用だなんて……」
 これ以上冷ややかには言えないと思えるほどの響きに肩を竦め、モジモジと俯く。
「た、ただ……少しでも親しくなれたらと思って……お、同じクラブだし……」
「親しく? 僕が、お前と? 頭が足りないとは思っていたけれど、どうやら君には脳みそそのものが詰まっていないらしいね」
「俺はこういう奴好きだぜ?」
 エイブリーは気軽に言った。思わず彼を見ると、目に嫌な輝きが浮かんでいる。
「仲良くなるためにどこまで出来っかな、こいつ。ワンって言ってみろよ」
「……」
「え? 出来ねえの? 仲良くして欲しいんだろ?」
 彼は勢いよく顔を近づけ、瞳孔の開いた瞳でセツナを射抜いた。
「……ワン……」
 真顔が怖すぎて震える小さな声で言うと、「ギャハハ! 本気で言ったよ、こいつ!」とエイブリーは腹を抱えて大声で笑った。喉仏が浮き出している。
「くだらない……」
「ハーッ、いい玩具になりそうだな。気に入ったよ」
 マルシベールは吐き捨て、エイブリーが去り際にセツナの肩にポンと手を乗せていった。その力が強くて肩がジンとする。
 セツナは俯いて少しの間震えた。
 怖すぎる……。
 エイブリーの顔は嗜虐的で、いじめっ子たちと同じように、怖がるセツナを楽しむ嫌な表情をしていた。早まっただろうか。これからいじめが始まってしまうのだろうか。
 考えただけで、当時の無力感・孤独感・痛み・苦しみが蘇ってきて倦怠感で胸が重くなるほどで、勝手に手がブルブル震える。
 でも、後悔は少ししか無かった。
 いじめられるのは怖いけれど、祖父母に家を追い出されるほうが怖いから。両親が離婚したのはセツナのせいだ。それなのに、シンディーがセツナのせいでまた家族と離れ離れになったら……シンディーも、もう、セツナにうんざりしてしまうかもしれない……。
 母からこれ以上家族を奪うわけにはいかない。
 そんなのきっと、セツナが耐えられない。もしいじめられても、全部我慢して、今度は魔力が暴走しないようにしないと。今度は失敗しないようにしないと……。
 どうせ、周りから悪く言われるのなんて慣れているのだから。

*

「でね、久しぶりにセブとちゃんと話せたの」
 夕食の席でリリーが機嫌よく弾んだ声で話している。メアリーは興味がなさそうに「へー」となおざりな返事をしたが、気にしていないのか頬が緩んだままだ。
「セブは蛙チョコレートをくれたわ。わざわざ通販で取り寄せたんですって。何がいいか分からなくて、こんな定番のものでゴメンなんて言って、気にしないのに。あの子意外と気にしいなのよ?」
「くれるだけで嬉しいよね」
「そうなのよ、分かってくれる、セツナ? 本当はダメなんだけど、図書室の影で1枚だけクッキーを食べてね。見つからないかドキドキしちゃったわ」
 入学してから疎遠になってしまった彼と長く過ごせたことが嬉しいのか、リリーの口はなめらかに動いている。昼休みに会って、一緒に課題をしたらしい。
 アリスがぼーっとリリーの横顔を見て首を傾げた。
「リリーは彼に恋してるの?」
「恋?」
 彼女は何度かまばたきして、笑いながら首を振った。
「まさか、そんなんじゃないわ」
「そうなの? 彼の話をしてるとき、すごく楽しそうだから」
「ロマンスの話なら興味あるわ」
 ほぼ話を聞いていなかったメアリーも姿勢を正してワクワクした顔をしたが、リリーはまだ小さく笑ったまま、本当になんでもなさそうに答える。
「彼は幼馴染で、親友なの。魔法族の初めての友達で、色々教えてくれたのよ」
「それは前に聞いたー。なんにもないの?」
「ええ」
「なんだ」
 メアリーは溜息をつき、全身で「つまらない」と表現した。

 その時、パァン! と大きな音が響いた。

「えッ?」
 振り返る暇もなくパパァン!とさらに断続的に音が続く。
「何!?」
「天井が!」
 周囲も騒然として、誰かの怒鳴り声に釣られて上を見ると、空中にいくつもの色とりどりの花火が鮮やかに咲いていた。
 よく晴れた夜空を覆い尽くすように、光の粒が立ち上っては弾けては線を描いて消えてゆく。思わず口を開けて見とれてしまうほど、煌めいた花火の雫は美しかった。
「きれい……」
 囁き声を零す。
 けれど、どうして急に花火が?

「ハロウィンの出し物かしら?」
「先生方も粋なことをするわね」
「でもちょっとびっくりしたね〜」
「うん、心臓がビクッてなった……」

 いまだに続く見事な花火を見つめ、そう言い合うセツナだったが、マクゴナガル先生が怒鳴った。
「一体誰がこんなことを!?」
 先生は"誰が"と言いながらも、ドカドカまっすぐ大広間の隅っこの方に向かった。カーテンの裏を開くとグリフィンドール生が4人隠れていた。
「ポッター! ブラック! ルーピン! ペティグリュー! こんな大規模な魔法道具を使うなんて……もし他の生徒が火傷したり、何かに引火したら……」
「そのあたりはちゃんと実践済さ」
「そういうことを言っているわけではありません! グリフィンドールから10点減点! それから罰則を与えますからついてきなさい!」
「こりゃ手厳しい」
「なんだよ、ユーモアがないな」
「ポッター! ブラック!」
「はいはい」
 厳格な顔つきで、あんなに間近で怒りの叱責を浴びているというのに、ポッターは肩を竦めるだけだ。そして大広間から連れられる途中に、
「みんな、ハロウィンのイタズラは楽しんでもらえたかい? 綺麗だっただろ?」
 と、ウインクまで余裕そうに飛ばして行った。
「次も楽しみにしてろよ」
 シリウスもニヒルに言い捨てていく。女の子たちがそのクールだけどお茶目な表情に小さく歓声を上げた。

「まさかあの4人が……」
 花火が消え、騒音と煙が消えた広間の中、彼らがいた方を間抜けに見つめてぽつりとつぶやいた。呆れるというか、唖然としてもはやすごい。どうしてあんな胆力があるんだろう。
 千人ほども人がいるのに、あれだけ目立つマネができるなんて。
「あはは、よくやるなぁ。綺麗だったけど」
「シリウスってやっぱりめっちゃかっこよくない?」
「でも、ルーピンとペティグリューまでああいうことするなんてね」
「い、いつも一緒にいるもんね」
「悪影響を受けちゃってるわね」
 3人が話していても、1人だけ黙り込んだままだ。

「……? リリー?」
 声をかけると彼女はガバッと顔を上げた。眉に深いシワが刻まれている。
「あの人たちありえない! こんな大勢巻き込むイタズラを仕掛けるなんて!」
「マジメね〜。でも見とれてたじゃないの」
 メアリーに言われ、きっと睨む。
「だから自分も許せないのよ! 最初からイタズラだと分かってたら……。寮からまた減点されたわ!」
 リリーのポッター嫌いとブラック嫌いは相当だ。
 さっきからご機嫌だったのに、急降下してしまった彼女にメアリーが肩を竦める。彼女はシリウスがちょっと好きなのだ。
「いつもの、嫌がらせみたいなのとかただうるさいだけのとは違って、今のは素敵だったわ」
「……」
 リリーもそう思うのか、唇を尖らせたまま、ムスッとパイを口に突っ込んだ。

 そしてその日からポッター達4人組は、悪戯仕掛人"マローダーズ"と名乗り始めたのだった。

[ back ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -