花びらの中でずっと春を探してる
03

「おーい! 待てよあんたら! 待てったら!」

 背中から聞こえてくる声に振り返ると、リュカが追いかけてきていた。驚いて足を止めると、ゼェゼェと息を切らせてリュカが「やっと追いついた…」と肩を上下する。
「どうしたんだ?」
「あんたら海賊なんだろ」
 当たり前のようにリュカは並び、歩き始めた。4人も戸惑いながら船に向かい始める。
「船を見せてほしいんだ。あんたらの仲間も」
「おう、いいぞ!」
 ルフィはにししっと破顔し即答した。ナミは咄嗟に叱りたくなったが、口を閉じる。早く出航するべきだけど、これだけしてもらって少年の小さな願いを叶えてやらないというのも狭量だ。
 何度も「海賊なんか」と言っていたが、ほんとうは興味があったのかもしれない。
 それに、どっちにしろまだ風は荒れている。数時間も経てば落ち着くはずだから、出航はそれに合わせた方が安全だろう。

「帰ったぞーー!」
「ルフィ! 食料は売ってもらえたか?」

 初めて間近で見る海賊船は、押しつぶすように巨大に感じた。海賊旗も初めてだ。強風の中でドンとはためいていて、心臓がドキドキするのを感じた。
 近づいてみると、船の色んなところがツギハギされているのが分かって、旅の過酷さや、乗り越えてきたものが伝わってくるような感覚がして、13歳の少年は圧倒される。

「エエーーッ! こんなにか!? スゲエーーッ」
「へぇ、こんだけありゃメシには困らなそうだ」
「サンジーッ、メシーッ」
「うっせェな、さっさとキッチンに運べ!」
「!? なんだこれスゲェ美味ェぞ!?」
「ウソップ! 勝手に食ってんじゃ…いや、果物を2、3個腹に入れておけ。水分が多い…あァこれなんかいいな。ナミすわぁん、ビビちゅわぁん、これどうぞ♥ いきなりたくさん食うと腹がいたくなっちまうから」
「ありがと」

 デッキでワイワイ騒ぐ声に少年は、船の下でドギマギしていた。
「リュカー! 何してんだ? 早く昇って来いよ!」
 上から手を振られ、頬を赤くして怒鳴る。
「うるさい、船を見てんだよ!」

「なんだあのガキ」
 ゾロがたずねた。チョッパーやウソップも物珍しげに見下ろした。
「食料を譲ってくれたお店の子よ」
 ナミやビビが敬意を説明すると、チョッパーは「なんていいやつなんだ……!」と感動し、ウソップも「運が良かったなァ!」と笑ったが、ゾロだけは「良い奴、ねぇ」と胡乱につぶやいた。
「あのガキは海賊に興味があるだけなのか?」
「さァ。でもどっちにしろまだ船は出せないわ。風は多少弱まってきてるけど…」
「サンジのメシを食わせてやろうぜ」
「宴だァ!」
「宴なんかするヒマないわよ! 海軍がいるんだから」
「ええ〜っ」
「でも、ご飯を食べて行ってもらうくらいの時間はあるわね」
「! にししっ」

 ルフィはいつまで経っても二の足を踏んで上がってこない少年に、ズイッと腕を伸ばして巻き付けると、船に持ち上げた。バビュンと風が少年の頬を叩く。
「っ!? え、うわああああ!!」
「お前サンジのメシ食ってけ! あいつの料理はすげー美味ェからよ」
「おま、おまっ、うでっ……」
「お? ああ、これか? おれゴム人間なんだ」
「ゴ、ゴム人間ッ?」
「なんだよ、悪魔の実の能力者を見るのは初めてか?」
「悪魔の実……」
 長っ鼻の男が気さくに話しかけた。ルフィのビロビロ伸びる腕に腰を抜かしかけていたリュカは、悪魔の実でなるほど、と安堵の息を吐く。
 聞いたことはあった。
 能力者は初めて見る。本当だったのか…。
「おれはウソップ。ルフィはゴムゴムの実を食べたから全身がゴムみてェに伸びるんだ」
 悪魔の実は母なる海に嫌われる代わりに超越的な力を得るという、伝説めいた果実だ。リュカだってそれが本当にあるとは思っていなかった。
 当の本人は、ビビに「子供を乱暴に扱って!」と叱られている。

「ごめんなさいねリュカくん、大丈夫だった?」
「平気だよ」
 かがんでビビに撫でられ、顔を赤くしてその手を払いのける。リュカだって男だ。ロザリーといい、ビビといい、子供をあやすような態度ばっかりとるけど、そんなに臆病だと思われるなんて心外だ。
「それで……」
 ムスッとしたまま、不機嫌そうに言った。
「それで3000万ベリーも懸賞金がかけられてるんだな」
「お? 知ってたのか?」
「ロザリーが言ってた」
「ふぅん……」
 ナミは目を細めた。だから快く分けてくれたのだろうか?
「知ってるのに、よく海賊の船に来させたわね」
「黙って来たんだよ。なんか叫んでたけどムシして来た」
「まぁっ! きっと心配してるわよ。そんなに海賊船を見たかったの?」
「ちげェよ。あんたらを見極めに来たんだ」
 ゾロが眉毛をピクッとした。
「へぇ…威勢のいいやつだな。おれ達の何を見極めるって?」
「……!」
 極悪面に上からニヤッと凄まれ、リュカはガタガタ増えたが、それでも「フンッ」と顔を背けた。
「俺みたいな一般人のガキを怖がらせて楽しいかよ!」
「ハッ」ゾロは思わず嘲笑とも、呆れともつかない笑いを零した。
「メシ食ってさっさと帰れよ」
 片腕を上げて引っ込んだゾロに、リュカはやっと肩の強ばりをほどいた。
「なんだあいつコエーーッ……。あいつが船長じゃねェのか?」
「ゾロはおっかねえからなー。お前よく泣かなかったよ。あいつは元海賊狩りで有名なんだ」
「海賊狩り……」
 ウソップの言葉にふーん、と背中を見る。海賊狩りまで仲間に引き入れる海賊団……。

「オーイ、メシだぞ野郎共!」
「ウオーーーッ!!」
「「キャーーッ」」

 サンジの声が聞こえた瞬間、雄叫びを上げて船員たちが中に走り去っていった。
 ポツンと置いていかれたリュカは、呆気に取られて風に吹かれた。どうにもペースを狂わせられる連中だった。でも、やっぱり、気のいいやつらかもしれないと思った。

 船の中におそるおそる入り、ドンチャン騒ぎが聞こえる方に行くと、キッチンのそばの広いスペースで、テーブルを囲んでルフィたちがケモノのようにメシをかっくらっていた。
 食事を取るというか、まるで戦争みたいだ。
 怒声と怒号が響き、ガシャガシャガチャガチャうるさい。
 ロザリーと2人での食事は静かだし、ロザリーは綺麗にご飯を食べるから自然とリュカもそうなって行った。

 気圧されたリュカだが、ルフィに呼ばれて隣に腰掛ける。
「こっち座れよ! ほら!」
「あ、ああ」
 大皿にルフィがテキトーにぐちゃっと置いた。けど、美味そうだった。
「……!」
 一口食べてリュカは目を見開いた。うれしそうに「にししっ! なっ、美味ェだろ?」と笑う。
 サラダも、穀物のハンバーグも、スープも、どれもほっぺたが落ちそうなほど美味くて、こんなに美味いものを食べるのは初めてだ。たぶん……たぶんロザリーは料理が上手くないし……。
 まずくはないけど、めちゃくちゃ美味いというほどの腕でもなくて、リュカと当番を交代して作っている。なんならたぶんリュカの方が料理は上手い。

 目を輝かせるリュカに、サンジが寄ってきて「気に入ったか?」と皿を差し出した。
「こいつら行儀がなってねェからな。取られる前にこれ食えよ」
「あ、ありがとう」
 ちゃんとお礼を言える少年にサンジは片眉を釣り上げて返事をした。

「4日ぶりのメシだー! 染み渡る〜ッ」
「うめぇ! うめぇ! 久しぶりだからこんなうめぇのか!?」
「バーカ、おれのメシはいつでも美味ェだろうが! それにロザリーちゃんに貰った野菜たちはどれも新鮮だからな。美味いはずさ」
「お前のとこの店長なんだろ? ありがとな!」
「いや、べつに……」
「酒はねェのか?」
「ねェよ、贅沢言うな!」

 リュカの隣にはペットの小鹿もちょこんと座っていて、人間みたいに皿に乗ったメシを食っていた。ナイフとフォークも使っている。
 人間と同じのを食べていいんだろうか……。
 ちょっとの心配と好奇心をもって眺めていると、小鹿が視線に気付いてパッとリュカを見た。
「おれ達ほんとに困ってたんだよ! 食料分けてくれてありがとなー」
 ニコニコ屈託のない笑顔を向けられ、リュカはガタガタッと椅子から転げ落ちた。
「うわっ!? どうしたんだ!?」
「シカが喋ってる!?」
「おれはシカじゃねェ! トナカイだ!」
「どっちでもいいよ! 動物が喋ってる! お前も海賊なのか!?」
「……! ああ、おれも海賊だぞコンニャロ〜!」
「なんで喜んでるんだ……」

 ルフィやウソップはひっくり返ったリュカを見て腹を抱えているし、喋るトナカイはいるし、緑髪は怖いし、うるさくて耳が痛くなるような船だ。
 なぜか緑髪とサンジは喧嘩を始めていて、荒くれ者しかいない。ナミとビビは慣れたように呆れ顔で食事を取っている。
 飢えていたからこんな喧騒なのかと思ったけど、きっとこれが日常なのだ。うんざりするような荒くれ者の光景なのに、なぜかみんな楽しそうだった。

 ここなら……。
 こいつらなら……。


 食事が終わるとやっと一味はやや静かになった。
 船に吹き付けていた風も落ち着いている。

「あんたら、もう島を出るのか?」
「ああ。急いで向かわなきゃ行けねェ場所があるんだ!」
「そうかよ。そんならさ……」
「?」
 リュカは俯いて、拳をギュッと握りしめると、ガバリと床に膝をついた。
「何してんだ、おめェ!?」
「リュカくん!?」

 ざわついた一味を、腹の底から怒鳴って黙らせる。
「頼みが……あるんだ!!」
「頼み?」
 船の床板を見つめる。グッと唇を噛み締める。
「あんたらの船に……ロザリーを乗せていってほしい……!」
「ロザリーを?」
「なんだそりゃ。お前が乗りてェのかと思った」
「そのロザリーってやつがお前に頼んだのか?」
「いや……俺が勝手に頼んでる。でも、ロザリーは本当は海に出たいんだ! 前に1度だけそう言ってるのを聞いたんだよ」
「やだね」
「なっ!?」

 ルフィはあっけらかんと言った。
「なんでだよ!」
「乗せてやるのはかまわねーけどさ、ロザリーが乗りてェって言ってるわけじゃねーんだろ?」
「頼むよ! あんたら海賊だろ!? この島からロザリーを攫って行ってくれよ……! このままじゃ……このままじゃ、ロザリーは無理やり結婚させられちまうんだよ!」
「「け……結婚〜!?」」

*

 リュカがロザリーと出会ったのは1年と少し前。
 幼い頃からリュカは両親と折り合いが悪かった。実家は観光客向けに民宿を運営していたが、朝から晩まで忙しくて、金持ちにヘコヘコして、そんな生活が大嫌いだった。
 長男のリュカに家を継がせたい両親に反発し、夜遅くまで遊び耽って、うんざりするほど喧嘩をした。客の前で暴れてやった事もあった。
「一体何が不満なのよ……!」
「恥をかかせやがって! お前のせいで店の評判はめちゃくちゃだ!」
 母は泣いたし、父には殴られた。
 自分でも何に一体そんなに、抱えきれないほどモヤモヤしていたか分からなかった。

 もう二度と帰らないつもりで家を飛び出した。
 だが行くあてもなく、島は狭いからみんな顔見知りだ。逃げる場所もなくて、うんざりしていた。
 リュカはホテル業が嫌いだった。
 客にヘコヘコして、むちゃくちゃなクレームに頭を下げて、観光客を取り合って、朝から晩までいつも頭を悩ませるなんてバカバカしい。
 出来るなら人間を相手にしない仕事を……例えば、農業とか、植物とか……。そういうものを仕事にしたかったのだ。
 小さな頃から、こっそり花を愛でているリュカを友達や弟はバカにしたから恥ずかしくて言えなかったけど、リュカは花が好きだった。

 何日もあてもなくうろついた。商店街の連中に頼み込んで雇ってもらおうとしたけど、みんな知り合いだから「早く家に帰りなさい」と取り合ってもらえなくて、「お母さんが心配してたわよ」と呆れたふうに笑われて、ぜってェ帰ってやるもんかと頑なになった。

 拗ねて夜道を歩く。
 見回りをしている海兵に「まだ帰ってないのか」と苦笑いされて、「俺も昔は反抗期があったけど、帰る家があるっていうのはいいもんだぞ。母さん元気かなァ……」と物分りがいいふうに言われるのも死ぬほどムカついた。
 この島の人間は優しくてリュカは見守られている。
 そんなの分からないほど子供じゃなかったけど、だからこそ拳の下ろしどきを失って、リュカはさまよっていた。
 帰ってどうする?
 家を継ぐのか?
 一生あの小さなホテルでお客様にニコニコして、楽しくもない仕事に人生を捧げるのか?
 そんなの嫌だ!
 いつまでもこんなことしてられないと、頭では理解していても、胸の中にちいさく生えている夢の芽を、自分の手で摘み取ることをどうしてもしたくなかった。
 そんな時、ロザリーに出会った。

「あら、ウワサの家出少年ね」
「……俺もあんたを知ってる。よそ者なのに、市長に取り入って店を貰った女だろ」
「ふふ、ロザリーよ。最近この辺で見かけるけど、泊まる場所はあるの?」
「関係ないだろッ」
「良かったら泊まっていく? 何もないけど、花はあるわ。美味しい果物もね」

 何を考えているんだが分からないニコニコした笑顔で、ロザリーはリュカの手を引いた。他の大人みたいに家のことを言ってこないのに戸惑って、どこか安心して、少しだけ泣きそうになった。
 そして、リュカは「Flower Shop Rosalie」の店員になったのだ。
 それ以来、ずっと家に帰らずそこで働いている。
 ロザリーの店も、家も、野に咲く草花みたいにただ寄り添って風が吹いているみたいで、居心地がよかった。

*

 1年と少し一緒に過ごしても、ロザリーのことはよく分からなかった。
 怒ったり泣いてるところは見たことがなくて、いつでも余裕そうな、優しそうな微笑みを浮かべて、慈愛の瞳をしている。
 だけどロザリーと過ごすのは楽しかった。
 草花の育て方、剪定、売り方、花束の作り方、入荷ルート、接客、店の運営、資金の動き。ロザリーはなんでも教えてくれたし、教えるのもうまかった。
 仕事が楽しくて仕方なくて、ホテルの手伝いをしている時には感じたことのない、やりがいめいたものを毎日感じられた。
 仕事をして疲れたあとに、地下の暖かい部屋で眠るのは安心できたし、帰れと言われないのも、帰ってこいと言われないのも深く安心できた。
 ロザリーが両親のところに行って頭を下げていたことをリュカは知っている。
 お人好しすぎるんだ、あの人は。
 気付けばよそ者と言われている彼女も島に馴染んでいて。

 けれど、優しい人だからこそ変なやつが寄ってくる。
 島の市長にロザリーは言い寄られていたのだ。
 ロザリーの花屋も、島に来たばかりであてのなかったロザリーのために、市長が個人的に金を出してやったらしい。ふたりは恋人同士なのかと思っていたけど、やつに会いに行く時のロザリーはいつも僅かに憂鬱そうだったし、帰ってきたあとはいつも疲れていた。

 結婚を申し込まれているらしい。
 何度も断っているのに、この店の出資をゆすられ、だんだん屈強な男たちが店に出入りしてくるようにもなった。
 でも、ロザリーは本当は強いんだ。
 前に、海賊が商店街に数人で来た時も、普段のおっとりした喋り方から想像できないくらい俊敏に動いて、自分よりずっと背の高い大男を吹っ飛ばしたり、締め上げたりしていた。
 この島に来る前は、一人で旅をしていたらしい。
 傲慢で、乱暴な市長の回し者たちを追い払わないのは、きっと市長に逆らったあとのリュカのことをきにしているからだった。

 いつかの夜、旅をする理由をたずねたリュカに、「故郷へかえりたい」と囁くように教えてくれたことがある。

 たぶん、それはきっと、リュカの胸にもあった、夢の芽なのだ。だけど、リュカがいるから……今までみたいに自由に海へ飛び立っていけないに違いない。
 ロザリーは意外としたたかで、いい性格をしているけど、それでもとても……情が深いから。

 枷になんかなりたくない。
 ロザリーは恩人だ。このままじゃ、いつか市長に結婚させられて、この島に縛り付けられてしまう。

*

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