しあわせな王国

 むかしむかし、あるところに小さな国がありました。
 石と緑に溢れた、黒と白の国です。街中がローレルという大きな樹木で覆われ、地中の底の奥深く深くにはマグマがぐつぐつと煮立っていました。煮えたぎるマグマの熱をローレルが吸収し、その熱で成長するローレルは、ウィリディス島の名物であり、島の命でした。

 年中暖かな気候で、今日も太陽がきらきら、さんさん。
 国民の笑顔もるんるんになるというものです。

 そんな国はローレル王国といいました。
 王さまと、王妃さまと、一人娘の王女さま。3人は幸せで完璧な家族として、国民に愛されています。
 王女さまはついこの前7歳のお誕生日を迎えて、国を揚げてお祝いしたばかりでした。国民に向けたスピーチは国中に伝わり、城下町を絢爛な馬車に乗ってパレードをし、城で祝賀会を開きました。
 肖像画や記念品が街で売られ、どこもかしこもお祭り騒ぎ。
 王さまと王妃さまは、王女さまに言いました。最近、国が荒れているから王女さまのお誕生日で民に明るい表情が戻るのは喜ばしいことだと。王女さまもなんとなくわかっていました。小さな頃よりも外からいろいろな物が入ってきて、国が豊かになっているはずで、お城で出る食事も豪華になってはいましたが、城下町におりるとなぜか街がぴりぴりぴりと肌がざわつく感じがあるのです。
 けれど、この間のお祭りは国をあげての大盛況。
 みんなニコニコ、すてきな笑顔で王女さまもうれしい気持ちになりました。
 そんな浮かれてきた雰囲気がようやく日常に戻りつつあります。

 そんな、7つを迎えてちょっとだけお姉さんになった王女さまは、今日はお城のお部屋でむすーんとした顔で、頬をぷっくり膨らませています。
 ふかふかの座椅子にすっぽり収まって、足を不機嫌にパタパタ、パタパタ。
「お行儀が悪いわよ」
「だって、ヴェラ先生」
 王女さまはうるうると綺麗な女性を見上げました。たっぷりとしたヴァイオレットの髪が美しいヴェラ先生は、王女さまの家庭教師です。
 何年も前にローレル王国に流れ着いた研究者さんで、とっても頭がよく、外の世界の知識やお医者さんの知識まであるので、国賓としてお城に滞在していました。
 ヴェラ先生は植物学者さんであり、ウィリディス島の海域周辺にしか自生していないローレルのことを研究していました。
 物心ついた時から王女さまの先生をしてくれているので、家族に近いような人でした。

「毎日楽しかったからお勉強するのがいやになっちゃったんだもの。それにお父様は今日遠くの街に行くんですって。いいなぁ、わたしもついていけたらいいのに」
「陛下はお仕事で赴かれるのよ。それに危険もあるし、幼い殿下をお連れするわけにはならないの」
「危険なの?お父様は大丈夫なの?」
「ええ。最近は国内で貧富の差が大きくなって、治安も乱れていますから…でも、近衛兵団は強いからしっかり陛下をお守りしてくれるわ」
「ふぅん…」
 ヴェラ先生の言葉はむつかしくて、王女さまにはまだよく分かりません。でも昔より国にお金が回るようになって、そうするとなぜか、困る人もたくさんになってしまうようなのでした。
 お父様は毎日宰相や大臣たちと会議をしていて大変そうです。
 王女さまは昔のローレル王国のことをあんまり覚えていません。記憶がある限り、ずっと裕福で、国もこうだったからです。

「なんでお金がない人とある人に分かれちゃうの?」
「では今日は経済のお勉強にしましょうか」
 ヴェラ先生が隣に座って、テーブルに飾ってあった白い花を指さしました。ローレルの花です。透き通るように美しい7枚の花びらが折り重なったようにふんわりと咲くローレルの花は、鑑賞用として人気が高く、さらに簡単に手に入る安価なものでした。
 国の象徴のお花です。城には至るところにローレルの花やローレル・グリーンの若葉をつけた枝が飾ってありました。

「この国ではローレルが当たり前のように生えているでしょう?」
「うん。島中どこに行ってもあるって」
「この花は外の世界には自生しないのです」
「先生そう言ってたよね。ふしぎ…だって、いつでも手に入るのに。育つのもとっても早いし、育てるのも簡単だって」
「フ、それはこの島の気候が特殊だからですよ。そしてローレルには薬としても役立つ効能があります」
「薬?」
「昔からローレル茶を飲むでしょう?」
「うん! ちょっと苦いけど、甘くてすっきりしてとっても美味しいわ」
「ローレル茶には滋養効果があるのよ」
「じよーこーか?」
「疲れた身体を元気にする力。それに、民間療法として煎じたローレルの葉を飲めば解熱や痛み止めとして用いられてきた歴史がある」
 ヴェラ先生は少し早口になり始めました。とっても楽しそうです。王女さまは、難しいことをうきうきと話す先生の美しい横顔を見るのが好きでした。
「ローレルの葉から抽出される溶媒には鎮痛作用があるのよ。これは中毒性や危険も少ない画期的な植物として世界で注目を集めたの」
「世界……」
「この国にしか生えない植物がとっても便利だから、それを貿易という手段で国の事業として今行っているわ。それは知ってるわね?」
「うん。大きな船でいっぱい荷物が港に運ばれてくるものでしょう? お城にもたくさん持ってきてくれるのよ」
「そう、それが貿易。物と物を交換して利益…ベリーを生み出すの。そうすると、そこに関わっている人たちがまずお金持ちになるわ」
「ふんふん」
「そして、外の世界の物を国の中で流通させる人がまた富み、知識を生かすことができる人が富み、ローレルを上手く育てられる人や科学技術を理解できる人が富み……そうでない人はお金を手にすることが出来ない」
「うーーん…?」
 王女さまは頭を抱えました。目がぐるぐるなりそうです。
「それなら、みんなお金をもらえるようにできないの? それか、順番でお金が入るようなお仕事につけるようにするとか…」
「フフフッ」
 真剣に言ったのにヴェラ先生はなぜか笑い出してしまいました。王女さまは頬をぷくーっとさせて、彼女を見上げます。
「そうね、そうできたらいいわね。でも人は…富を手に入れるとそれを手放したくないと思う欲深い動物なのよ」
「よくぶかい…」
 王女さまにはよく分かりません。欲しいものを欲しいと思うのはいけないことではないはずですし、でも誰かが困っていたら、人は分け合うものです。
 王さまや王妃さまにもよく言われました。
 国民を幸せにするのが王族の仕事で、王女さまたちが幸せな生活ができるのは国民がいるからです。だから王族は国民が幸せだと思えるように、権利を使って、民に与え、民に返し、民を支えるのがせきむなのだと。
 むつかしいですが、真剣な王さまのまなざしはきらきらしていて、王女さまは王さまのことを誇りに思っていました。

「じゃあ、ぼうえきというのをやめたらいいんじゃない?」
 王女さまはあっと思いついて、手を叩いて提案しました。ヴェラ先生は王女さまを見下ろして、首を振ります。

「王女サマは外の世界の話を聴くのが大好きでしょう?」
「とっても大好き! だってわくわくして、知らない世界がホントにあるんだなぁってふしぎな気持ちになるの!」
「そう思うのは他の人も同じよ。それに、外の世界の知識で国が豊かになっているのは事実なのよ」
「そうなの?」
「ええ。たとえば医療。この国は資源が豊富で鎖国していても自給自足できたかもしれないけれど、その分科学力が低い。けれど北の海(ノースブルー)との貿易が本格化したことによって、この国には進んだ医療技術が輸入されたわ。それによって今までは死んでしまった命が助かるようになったの」
「んなぅ…」
「王妃さまが去年高熱で寝込んでしまったのを覚えてる?」
「う、うん。とっても苦しそうだった…」
「あの病の原因を突き止められて、そのための薬をつくって、適切な処置ができたのは、外の世界と貿易していたからなのよ」
「そうだったんだ…」
「それだけじゃないわ。他にも国内で価値の低かった亜鉛は外では加工技術が発達しているし、宝石なんかもペリドットやグリーン・ダイヤモンドがローレルじゃ持て囃されてるけど、外じゃサファイアやルビーなんかの方が価値が高いの。宝石っていうのは島だって買えるほどの価値がつくのよ」
「ほぁ…」
 宝石のことはよく分かりません。ウィリディス島は火山なので宝石がたくさん取れます。町の人も小さなものならみんな当たり前に持っているものです。きらきらしていて綺麗だけど、外の世界の人はそれ以上に宝石が大好きなようです。

「それに、貿易というのは知的財産や情報も扱うのよ」
「ちて…?」
「本や知識のことよ。殿下も大好きな本があるでしょう?」
 そう言われて小さな王女さまはほっぺたをぽぽぽっと喜びに染めました。小さな頃から読んでいる、大好きな本! 前のめりで答えます。
「"海の戦士 ソラ"!」
「ふふ、本当にその本が好きよね」
「だってとーーっても面白いんだもの! あんなに面白くって興奮できるお話があるなんて! ソラってとってもかっこいいのよ、いつも諦めなくて、人を助けていて、頑張り屋さんで、気高くて…!」
「その本も貿易がなければ手に入らないものなのよ。もう読めないって言われて、王女サマは諦められる?」
「えっ…! そんなのイヤ!」
「でしょう? 他の人もみんな同じよ」
「そっかぁ…。貿易は辞めちゃダメなのね」
「辞めちゃダメってことはないわ。辞めることがもうできないというだけよ。フフ……いいことがたくさんあるから」
「うん、海の戦士ソラがあるんだもんね」
 王女さまは真面目な顔をして、うんうんと思慮深くうなずきました。
「アハハッ、そういうこと。人も国も一人じゃ生きていけないの。自分以外の他者と触れ合って影響を受け、与えるのよ」
「だからお父様は外の人とぼうえきして、いいことがたくさんあるように頑張ってるのね」

 貿易は悪いことだけじゃなく、良いこともあるようです。助けられる人がたくさんいるというのも分かりました。なのに困る人もたくさん出てきてしまうなんて…。
 それをなんとかするために王さまが頑張っているのだと分かり、王女さまはお父様をかっこいいと思うのと同時に、どこか肩がずしっと重くなる気持ちにもなります。
 王女さまは一人娘。
 将来女王さまにならなければなりません。お父様のようにこの国の民を幸せにしなければなりません。
 お父様のように国民のことをたくさん考えて頑張る、いい女王さまに……。
 そのためにはもっとお勉強をしなきゃダメダメです。
 王女さまはやる気に満ち溢れました。

「影響を受けた先が破滅ってことも世の中には数え切れないほどあるけれど……」
「?」
「フフ」

 考え込む王女さまに、ヴェラ先生がなにかをつぶやきました。はめつ?
 むつかしい言葉は王女さまにはまだよく分かりません。
 きょとんと先生を見上げましたが、ヴェラ先生はニッコリと笑うばかりです。

「それじゃあもう少しお勉強を続けましょうか」
「うん!」

 王女さまは明るくお返事をしました。いい女王さまになるためにお勉強をがんばったら、お父様とお母様に褒めてもらえるかもしれません。
 ちいさな女の子にとってはそれだけが世界のすべてなのでした。

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