それだけが真実
02

*

 一足先に裸になったナミとビビが、ロザリーを振り返って「ゆっくり着替えてきたらいいわ」と浴場に向かった。その気遣いをくすぐったく思いながら、おそるおそる服を脱ぐ。
 ふたりに押されて自分で決めたことだが、明るい場所で裸体になるということに、どうしても恐れを抱いてしまう。
 だが、ビビの好意でロザリーにだけローブを用意してもらった。このローブを纏ったまま湯船にも浸かっていいらしい。ナミも「いちいち気にしないわ」と鷹揚に手を振ってくれた。

 一糸まとわぬロザリーは、素晴らしいプロポーションを誇ってはいるが…その肉体は美しいとは言いがたい。言葉にするのもおぞましい背中の痕の他にも、彼女には無数の傷がある。

 クサクサの実は自然系(ロギア)に分類される。大きな特徴として、身体を植物にできることの他に、成長というメリットがある。ロザリーは水と陽光さえあれば、受けた傷を比類なき速度で癒すことが出来るのだ。
 クロコダイルと対峙した時に迷いなく自分の腕を切り落とそうとしたのは、切り落とした腕を修復できるからだ。覇気を受けた場合や内臓を損傷した場合はその限りではないが、覇気で傷を癒すことが出来なくとも外傷であれば植物で肉体を創造できる。
 けれど…能力者になる前に跡になった傷跡は、消えない。癒すことが出来ない。

 ローブから覗く自分の歪な…緑色の左手のひらを見た。お風呂というのは水だ。能力が途切れる。これは隠せない。小さな溜息をつき、ロザリーは覚悟を決めて浴場の中に足を踏み入れた。


 湯気に包まれた見上げるほど広い大浴場にロザリーは感嘆しながら見回した。そびえ立った柱、白と金の装飾、口からお湯を流す黄金のドラゴン。
 宮殿らしい威容に溢れたゴージャスさだ。

「来たのね、こっちよ!」
 ナミが笑顔で手を振る。シャワーの近くでビビがナミの背中を流していた。深呼吸して彼女たちに歩む。
 絶対に見られたくないのは背中だ。他の傷は、ある程度許容するしかない。見られたことも触れられたこともある。だから、大丈夫。

 ふたりはロザリーの身体を見て、一瞬痛ましげに眉根をしかめたが、すぐにそれを消した。少しだけ離れてロザリーも座る。
「待ってたわ。すごいわよね〜、さすが王族って感じ!」
「とっても素敵」
「こんなお風呂初めてよ!」
「ふふ、でしょう? ふたりにここを楽しんでもらいたかったの」
 ローブを羽織ったまま、石鹸を泡立てた。金粉の散らしてある豪華な仕様だ。ナミが瞳をベリーにして「これ貰えたりできない?」とビビにおねだりした。余念がない。

「気持ちいい〜っ。こんな広いお風呂がついた船ってないかしら」
「たしかにメリー号のお風呂はちょっと手狭よね」
「あるわよ、きっと。海は広いもの」
 ナミの背中を擦りながら答えるビビの声には、どこか熱がこもっていた。
「巨人もいた、恐竜もいた、雪国には桜も咲いた……海にはまだまだ想像を越える事がたくさんあるんだわ!」
 ロザリーは微笑ましくそれを聞き、ナミがじっとビビを見つめる。視線に気付いたビビが慌てると、ナミはニコッと笑った。
「交替!」
「う…うん、ありがとう」
 ナミは鋭くて、優しい。ロザリーが察していることを彼女も気付いている。

「ん?」
 ふと怪訝そうにナミが背後を振り返った。ビビが叫ぶ。
「きゃあ! ちょっとみんな、何してるの!?」
 振り返ると7つの頭が綺麗に並んでいた。ゾロ以外の全員がまさかの覗きをしている。ロザリーは心臓がヒヤリとした。ローブがあってよかった…。
 サンジはともかく、まさかの国王やルフィまで……。
「あいつら……」
 呆れた溜息をついてナミが「一人10万よ」と言いながら立ち上がる。何をするつもりかと疑問に思っていると、ナミはハラリとタオルを緩めた。
「ちょっ!?」
「幸せパンチ♥」
「ナミさん!!」
 男たちは揃って鼻血を吹いて壁の向こうに消えていった。ビビが慌てふためいて「何してるの!」と赤くなったり、青くなったりして叱りつけた。だがナミはあっけらかんと「いいじゃない、減るものじゃないわ」と笑ってみせる。
「そういうことじゃ…」
「減るどころか、今ので70万ベリーも増えたわ!」
 完全に脳内がベリーに侵されているようだ。強かな彼女にロザリーはクスクス笑った。
「全くもう…女の子なんだから…」
 ビビが諦めて肩を落とした。

「いいお湯ね〜…」
 かぽーん。湯船に浸かってナミがしみじみ手足を投げ出していた。持ち込んだグラスに赤いワインが揺れる。ビビは果実酒、ロザリーは白ワインだ。大理石の床に金のケーキスタンドを置いて、切り分けられた瑞々しいフルーツが並んでいる。
「こんな贅沢な時間いいのかしら」
 ナミが癒された声を出しながら、フルーツのお皿をビビとロザリーに差し出した。
「ありがとう」
 ロザリーが腕を伸ばす。見ないように視線を外してくれていた彼女たちの視線がロザリーに向いた。どちらかが、ハッと息を飲んだ。

「あっ…」
 左手首を見られているのを感じ、咄嗟に隠そうとした。だが、途中でそれをやめ、ロザリーは気軽な…明るい声音で答えた。
「能力者になる前に失ったの」
「ロザリーさん…手が…なかったの?」
 そう、ロザリーは左手首の先がない。
 15歳のとき、自分で切り落としたのだ。
「気にしないで。これは後悔してない傷なのよ。自由になるために…そう、戦って抗った代償なの」
「自由に…」
「普段はどうしてたの?」
 震えるビビの声とは違い、ナミはいつもと変わらない声だった。わざとなのか、素なのか分からないけれど、少しだけ安心する。
「植物で手を象ってるのよ。クサクサの実の力でね。普通の手と変わらないくらい自然に動くし、不便はないの。便利でしょう?」
「だからいつも手袋をしてたのね」
「ええ。緑色の手は目立つから」
「そのお腹の傷は?」
「ナ、ナミさん」
 当たり前のように尋ねる彼女に、ビビが戸惑ってパッとナミの肩に手を置いた。
「いいのよ。これは昔手術を受けた傷。これでも薄くなった方なのよ」
 残っている自分の右手で、ロザリーは腹に出来た縫い跡をなぞった。これは罪の証だ。けれど、何食わぬ顔をすることには慣れていた。
 まだ少しポコポコとしているけれど、痛々しいほどにはもう痕は残っていない。
「随分苦労してきたのね」
「そうかもね。でも、それはみんな変わらないわ。でしょう?」
「そうねぇ」
「ゾロのお腹にも大きな傷があるわよね。実はちょっとだけ親近感があるのよ」
 彼ほどには、ロザリーのお腹の傷は目立たないけれど。ある意味おそろいだ。
 ふふっといたずらっぽく笑う。みんなそれぞれ過去がある。ナミには何があったのか…ふと気になったけれど、問わなかった。

「あれは七武海につけられた傷よ」
「七武海? クロコダイルの他にも戦っていたの?」
 ロザリーの知らないゾロの傷跡をナミは知っているらしいが、ビビは知らなかったようだ。彼女が仲間になる前の話だろうか。
「[[rb:東の海 > イーストブルー]]でサンジくんが仲間になる時色々あったみたい」
「…みたい?」
 ナミの答え方は伝聞系だった。まだ仲間になっていなかったのかしら。不思議そうなふたりの視線にナミが苦笑する。
「なんて言えばいいのかしら。あいつらと出会ったのは早かったけど、最初は仲間だと思ってなかった。船も途中で降りたし…だから詳しくは知らないわ」
「そうなの?」
 新事実に目を見張る。ナミが降りていたなんて知らなかった。ビビも驚きを浮かべている。ナミがワインをグイッと煽った。
「やだ、そんな期待の目で見ないでよ。大した話じゃないわ。ただ…そうね、途中で降りたけどルフィに助けられて仲間になることにしたのよ。それにあいつらだけじゃ早々に遭難するに決まってるもの。航海士が必要でしょ?」
「クス、誰も天気を読めないし…金庫の管理もきっとそりゃあ酷いと思うわ」
「そうなのよね。あいつらどうやって海を渡るつもりだったんだか」

 笑い合うナミとロザリーの横で、ビビが考え込むように視線を伏せていた。
「……迷ってるんでしょ?」
「え?」
 出し抜けな、何かを見抜いた言葉にビビが顔を上げた。
「私達ね…今夜にでもここを出ようかと思うの」
「え!? ほんと!?」
「だってもういる理由がないじゃない。船長も目を覚ましたし、港にはたぶん海軍も構えてる。船もそろそろ危ないわ」
 ビビが夜の瞳を愕然とさせて声を失っている。急な話すぎるかもしれない。でも、迷いのある表情の中に追い詰められた色を浮かんでいるのを思えば、時間がないことはきっと、ずっと分かっていただろう。
 彼女が迷っていたことをロザリーは知っている。
 決めるのはビビだ。いつだって自分にしか決められない。

「そういえば、海には軍艦が並んでるらしいわ。本部から海上戦闘に長けた大佐が呼ばれたって」
「もう捕縛準備は万端ってワケね…。どこで聞いたの?」
「地元民のフリをして海兵に聞いたのよ。逃亡にあたって情報は必要だから」
「さすが余念がないわね。その大佐のことは?」
「世間的な評判くらいしか…。黒檻のヒナ。捕縛に一家言持つらしいけど、その戦闘についてはあんまり…。でも、スモーカーと同じくらい有名よ。この二人、連携が取れてて海賊の中では悪名高いの」
「そうなの?」
「ええ。東の海(イーストブルー)をナワバリにするスモーカー。そしてなんとか偉大なる航路(グランドライン)に出ても、後ろからは執念深くスモーカーが追いかけて来る上に、出てすぐの海域をナワバリにするヒナがいて…逃げ場をガッチリ前後から塞いでくるらしいわ」
「なんて嫌な布陣…。早く船を確かめにいかなくちゃ」

 思い悩むビビにかける言葉をロザリーは持たなかった。手を差し伸べることもできない。伸ばされた手を掴むこともロザリーにはできないから。
 でも、ロザリーはビビを愛おしく思う。

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