臆病は病
01

 巨大な海王類に襲われたところをクンフージュゴンたちに助けられ、河を超えた一味。
 時間に追われる一同だが、アラバスタ王国最速集団、「超カルガモ部隊」が迎えに来てくれたことにより、砂漠を超える目処が立った。
「まぁ、カルーは隊長さんだったのね」
「クエーッ」
 凛々しく敬礼をするカルーの嘴を柔らかく撫ぜる。エサにされたり、ルフィたちと騒いだり、ちょっと可哀想でかわいいおバカさんなところしか見ていなかったが、カルガモたちを率いる彼は風格のようなものを醸し出している。
 ……かと思えば、撫でられてへにゃへにゃと目尻を緩め、温泉に浸かったように「クェ〜…」と気持ちよさそうな顔をした。
「あらあら」
「とろけてないで、行くわよ!」
「クエッ」
 ビビの声にハッとしたようにキリリと表情を作り直す。やっぱりおバカさんではあるようで、ロザリーはほんわかした。

 西から入れる門は3つある。
 一味はふたり組のペアで囮を勤めることになった。揃いのローブで深く顔を隠す。ロザリーは髪をまとめ、メガネをかけた。
「ペアはどうする?」
「くじでも引きゃいいだろ」
 ウソップやナミはごくりと唾を飲み、真剣にくじを睨む。ロザリーのペアはウソップだった。
「よっしゃー!!」
 ガッツポーズをした彼が「頼んだロザリー、おれを守ってくれ!」といい笑顔で親指を立てる。パシン! とサンジが「てめェが守るんだよ!」と頭をはたいた。

 カルガモに乗り込み、一味は颯爽と走り出した。ロザリーは南西ゲートを目指す。門の前ではエージェントたちが待ち構えていた。
 前方に飛んできたボールをゾロの掛け声と共に避けると、カルガモたちが別れ始めた。
 チラリと振り返ると敵が追いかけてきている。
「もっと遠くへ!」
 街中に入り込み、カルガモたちの脚力で引き寄せ、ウソップが不敵に笑った。

「うっふっふ!! よくここまで着いて来てくれたわね!」
 無理に出した高い声と、作戦が上手くいった高揚感でロザリーも「ふふっ」と笑った。
 ふたりは勢いよくフードを脱いで顔を現した。
「残念!」
「ハズレ!」
「んな〜〜んですってェ!?」
「ごめ〜〜〜〜ん!!」
「こら、謝らないの!」

 ロザリーたちに着いてきたのは船で一度邂逅している、Mr.2 ボン・クレーだった。綺麗に嵌められたと悟った彼は特徴的な顔を驚愕に染めた。
 怯えながらもウソップが腕をかまえる。
「ふははは騙されたな!! ビビはいねェぞ! お前はここでロザリーが……ぶへェッッ!!」
「ウソップ……!」
 目の前を閃光が横切り、咄嗟に庇おうと身体が動く前にウソップの鈍い声が響いた。遅れて、壁に叩きつけられる痛々しい音が聞こえる。
 早い……!
 今の一瞬で何度も蹴りが入っているのが見えた。

「じょ〜うだんじゃないわよ〜う! ナメられたもんだわ! 下手を打っちゃったけど、でもあんた達を倒して王女のところに行けばいいだけよねい?」
 彼がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 ロザリーも冷静な瞳で見返した。
「あらァ、戦う気? 悪いけどあちし、女でも手加減しないわよう」
「心配いらないわ。あなたじゃわたしに勝てない」
 ロザリーも口角を上げ、微笑んだ。たしかに彼の格闘技術は驚異的だ。目で追うのもギリギリだった。
 けれど、相性はバツグンだ。

「そんじゃッ遠慮なく行かせてもらうわよォ〜〜〜う!」
 目にも止まらぬ速さで蹴りを放ったボン・クレーが、しかし目を見開いた。
「……ッ!? すり抜けたァ〜!?」
 ロザリーの腹を的確に捉えた鋭い蹴りは、花びらの中をすり抜け、虚しく空を掻く。悔しげにボン・クレーが顔を歪めた。
「まさか自然系(ロギア)……!? なんだってこんなとこにレアな能力者がいんのよ〜う!?」
「ふふ…あなたに有効打はあるかしら…?」
「あ〜〜ん生意気っ! その余裕のツラ崩してやるんだからね〜い!」
 乱撃がロザリーを襲うが、そのどれもが花びらを撫でていくだけだった。彼は覇気を修得していないようだ。自然系(ロギア)とて無敵では無いが、楽園(パラダイス)で覇気を操る人は少ない。
 火も使わないらしい。
 彼はロザリーの敵ではなかった。

「残念だけど…相性が悪かったわね──夢花束(ソムニウム・ブーケ) "白昼夢"(ブランシュ)」

 ポンッ。ポンッホポンッ。手のひらから白い花束が生まれ、髪、胴体、腕、腰、脚──全身に至るまで同じく白い花がロザリーを覆い隠すように咲き乱れ始めた。
 花束をステッキのようにボン・クレーに向けると、白い花びらと霧状の花粉が渦を巻き、彼に襲いかかる。舞う花びらに包まれたボン・クレーは「んなっ!?」と呻き声を上げた。
 鋭利な花びらがプシュプシュと彼の肌を傷つけ、白い花が赤くなっていく。
「んな〜〜〜によう! これしきの傷どうってことないわよ〜う! がーっはっは!」
「そう? 攻撃は花びらだけかしら」
「それ以外に何が…………ウッ!?」
 ガクッとボン・クレーが体勢を崩した。
「白い花は眠りへ誘う(いざなう)……素敵な白昼夢を見るといいわ」

 くるりと背を向ける。
「眠り……! そんな効果があったなん……て……」

 背後でドサッと倒れる音を聴きながら、ロザリーはウソップへ駆け寄った。
 顔がボコボコに腫れ、頭から血を流している。
「大丈夫? 起きてウソッ……ウぐッッ!!」

 後頭部に強い衝撃が走った。何回かバウンドし、壁に激しく衝突したロザリーは、何が起きたか分からずに肺からドバッと巨大な空気を吐いた。
 視界に星が飛び散り、頭が強く痛む。
 なんとか薄目を開けると、仁王立ちするボン・クレーのシルエットがぼんやり見えた。

「な……なん…で……」
 たしかに眠らせたはずなのに──。
「がーっはっは、眠る寸前に口の中を噛みきったのよーう!! それに…自然系(ロギア)も見えない場所からの攻撃は避けられないってのは本当だったみたいねい。がーっはっは、あちし最強!! 嬉しいから回っちゃう!!」
「う……」
 ロザリーは呻きながら腕を伸ばしたが、脳が白んでいくのには抗えなかった。
 油断していい相手でも、油断する場面でもなかった。
 弱いと自覚していながら、わたしは能力に驕っていたんだわ……!
 最初に殺しておくべきだった!
 だらりと体から力が抜け、意識が遠くなっていく中で悔しさが身を焦がした。最後に見たのは哄笑しながらくるくる回るボン・クレーの姿だった。

*

「……ちゃん、ロザリーちゃん、大丈夫かい?」
 遠くから染み渡るような声にロザリーの意識が浮上した。ゆっくりまばたきすると視界が戻ってきて、心配そうに覗き込むサンジと目が合った。
 数瞬の間記憶を辿り、ハッと体を起こそうとするとズキリと頭に痛みが走った。
「うっ……」
「むっ、無理しないでロザリーちゃん、頭から血が……クソッ、あのオカマ野郎……! こんな幼気(いたいけ)な子に傷をつけやがって……!」
 い、幼気……。もうそんな歳じゃないけど……。
 怒りの形相のままにサンジは今度は倒れているウソップを叩き起した。ロザリーと違い、雑に揺らしむりやり起こされたウソップが、痛そうに顔を歪めた。
「おっすサンジ。ああヤツとの勝負の行方か? 誘き寄せるところまでは作戦成功。そして2秒でケリがついた!」
「ちっとは踏ん張れよっ!」

 サンジのツッコミは耳に痛かった。
「ごめんなさい、倒したと思ったんだけど油断してたの…」
「ああっ、ロザリーちゃんに言ったんじゃねェさ! そんなに血を流して、すごく頑張ってくれたんだな。すぐに助けに来れなくてごめんな…」
「態度違いすぎだろ…」
「ったりめェだ!」
「でもロザリー、戦ってくれたんだな…わりィ、すぐやられちまって」
「ううん……わたしこそ、相性が良かったのに、負けてしまって……」
「それほどあいつがつえーってことだろ!」

 だから気にすんな、おれの方が情けなかったしなとウソップが笑う。
 久しぶりに直接攻撃を受けてしまった。背後からの攻撃を警戒しないなんて……。
 苦々しさに眉を寄せる。

「でもサンジ、なんでお前がここに?」
「おめェらのカルガモが助けを呼びにきたんだよ!」
「クエーッ」
「そうだったの……ありがとう」
 羽根を撫でる。
 サンジが険を浮かべ、汗を垂らした。
「とにかくMr.2を逃がしたんだな? ヤベェぞ、ビビちゃんが危ねぇ……!」
「すぐに追いかけましょう!」
「ああ! ロザリーちゃんはおれと一緒に! ウソップ、てめェはチョッパーんトコ行け! 今一人で闘ってんだ」
「お、おう! 分かった!」


 ビビを追い、カルガモを全速力で追いかける。
 砂漠を超え、階段を駆け上がった。遠くの方で雑踏がざわめくのが聞こえる。反乱軍と兵士たちが戦っているのだろうか。
 サンジの横顔は射抜くように鋭く汗がきらりと光った。

「ッ! ビビちゃん!」
 彼が真に迫る声を上げた。視線の先には小さな影がみっつ。特徴的な姿はボン・クレーだろう。ふたつの影は蹲っている。
「お前らァッ、もっとスピード上げろッ」
「クエッ!!」「クァーッ」
 サンジが吼える。今でも全速力なのに2匹はさらに力を振り絞った。風が後ろに流れていく。血塗れで倒れるカルーにロザリーが唾を飲む。
 飛びかかろうとするボン・クレーにカルガモたちが飛び上がり、サンジとロザリーは地面にシュタッと降り立った。今にも蹴られそうだったボン・クレーに、2匹の体当たりが見事に決まり、砂埃を上げて吹っ飛んでいく。
「まだ反乱は止まるだろ、ビビちゃん。よくやったなカルー隊長、男だぜ……!」
 振り返ったビビが、ほっと安堵に眉を下げた。
 キュッとネクタイを締め直し、サンジが言う。
「そのオカマ、おれが引き受けた」

「ジャマすんじゃないわよーう! 誰!? あんた誰!?」
 驚愕に騒ぎ立てるオカマを無視し、サンジが「行け!」と怒鳴った。ビビが力強くうなずく。
「わたしも行くわ!」
 彼女を守る人が必要だ。今度は絶対、油断なんてしない……。
「ありがとう、ロザリーさん!」
「ガーーッ! 逃〜〜〜〜がしやがったわっ!! しかもあんた、さっきの女じゃないのよ〜〜〜う!」
 ガーガー喚く声を置いて、ふたりは並んで走り出した。

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