花乙女の罪人
03

「懸賞金8200万ベリー。たしか15の頃から追われてる懸賞首だ」
「8200万!?」
「15からって……お前一体何やらかしたんだよ!」
「初手配で6000万の大物だぞ、こいつァ。こんな序盤の海に潜伏してたとはな…」
「ギエエッ!?」
「ルフィより高いじゃない!」
「ふふ、罪状は強盗と殺人未遂よ。大げさよね、ちょっと偉い人の家から宝石を盗んだだけ…」
 腕を組み、顔を背けて冷めた口調で吐き捨てる。ツンと上向いた鼻が氷の雰囲気を漂わせる。
「強盗と…」
「殺人未遂…」
「お前がァ!?」
「何を考えてるか分かんねェ女だと思ったが……」
 一味の視線にため息をつき、ロザリーはいつも通りの綺麗な微笑みを浮かべた。
「安心してよ、アラバスタで船は降りるつもりだったの」
「はァ!? 聞いてねェぞ!」
「今言ったから…」
「おれは認めねェ!」
「え?」
「何勝手に決めてんだ! おれが船長で、ロザリーを仲間だと決めたんだから、降ろすかどうかはおれが決めるんだ!」
「……。…」
 頭が痛くなる理屈だ。しかも、この顔じゃ話し合いが通用しそうにない。
「それより鍵でしょ? 早くしないとクロコダイルが戻ってきちゃうかもしれないわ」
「そうだったーッ!」
「ロザリー何とかしてくれ〜〜〜!!」
「おい待てェ、話は終わってないぞ!」
「ルフィ今それどころじゃないのよ……って」
「「ギャアーーーーッ」」

 ナミとウソップが揃って青い顔で叫んだ。
 順番待ちをしていたバナナワニが2匹も顔を出している。
「ハァ……」
 鍵を持っていればいいけど。
 まだまだ後ろに控えている以上あまり大技は連発できない。ザザッと距離を取り、ロザリーは親指と人差し指をL字を描くように開き、左腕を伸ばした。
 指のあいだに植物の弦が張り、右手の指を矢に変える。
「ウルの弓矢(アーチェリー・ウル)」
 矢が間髪入れずに飛んでいき、バケモノの身体に刺さった
だが咆哮を上げただけで効いている様子はない。
「ギャオオオオオッ」
「うわーッキレてるぞ!」
「ロザリーさっきのやつやれよ〜〜〜」
 むしろ怒らせてしまったようで、獰猛に巨大な牙を光らせている。ロザリーは淡々と矢を撃ち続けた。
「……!」
「矢が曲がった?」
「遠隔操作出来るの」
 空中を飛んでいく矢が軌道を変え、ワニの両目に刺さる。視界を潰されたワニは暴れながらめちゃくちゃに攻撃を始めた。
「うわッガラスが!」
「水が……これじゃ20分もしねェうちに沈んじまうぞ!」
「バカやろーーッ」
「ギャーーッロザリー!!」
「避けろ!」
 振り回したしっぽがロザリーを襲う。薙ぎ払われた身体はフワッと木の葉になって、バケモノの尾は空をかいた。

「!? あいつの身体が葉っぱに!?」
「自然系(ロギア)か……」
「エースと同じようなやつか〜!」
「攻撃が効かねェんなら無敵だ! 行けェ〜!」
 たちまち色めき立ったウソップ達だが、ゾロは検分する目付きで冷静な態度だ。

「あいつ……戦い慣れてねェな」
「うぐぐ」

 綺麗に見抜かれたロザリーは唸る。
 そうなのだった。彼女は今までいかに"目立たずに生きるか"、"警戒されずにすむか"、"追っ手から逃げられるか"に心血を注いでいたので、荒事に慣れていない。
 だから先を読んで戦力を補充してきたり、自分に有利になる戦いの運び方ができないのだ。

 暴れ倒す2匹の怪物。有効打は少ない。
「種弾丸(セーメ・バレット)」
 手を拳銃のように向けると、人差し指からダァンッ! と銃弾のように種が飛んでいく。もちろんダメージはほぼない。バンッバンッと撃ち込み、パチンと指を鳴らす。
「芽吹(グロウ)!」
 音と同時に、撃ち込まれた種から小さな芽が生え、メキメキと太い茎が伸び始めたかと思うと、バナナワニ達に巻きついた。これは先程の茨と違い、耐久力は弱いが、あっという間に成長する、名前の通り"種"だ。
 ロザリーは腕を上げ、手を茨に変えていく。天井につきそうなほど大きな斧は振り子のように勢いよくバナナワニに振り下ろされた。ギロチンが首を狩るように、斧が2体を屠り去っていく。

「──茨乙女の断罪(リヒテン・アウロラメイデン)!」

 その場に3対のバナナワニの死体が生まれた。
「おおーーッ」
「いいぞーっ」
「ハァッ……」

 しかし彼女はよろめいてガクリと膝をついた。すぐに立ち上がったが、息が荒い。
「!?」
「どうしたの!?」
「大丈夫…」
「うわーーッ奥から溢れてきてんぞ!!」
「イヤーー! 死にたくない!」
「ロザリ〜〜〜ッ」

 "まだ"大丈夫だが、もうすぐ大丈夫ではなくなる。深呼吸して息を整える。奥からはゾクゾクとなだれ込むバナナワニ。
 こんなにたくさんは……。
 ロザリーの力は"草花"の力。自分の体積以上に草花を"成長"させることができるが、成長には水と陽光が必要だ。そのどちらもがないここでは、成長に自分の"栄養分"が消耗されるので、彼女はフラフラになっているわけだった。
 海水は"草花"を塩害にさせ、"能力者"の力を奪うものだから…ここにある水では回復できない。

「ゴャオオウ!!」
「ゴァーーッ」
「こらーっバカワニーッ! かかってきなさーい!」
 ナミが怒鳴って檻を噛み砕かせようとするが頑丈な檻はビクともしない。
 割れたグラスから溢れ出た水がいつの間にか膝の当たりまで溜まっている。倒したバナナワニを足場にして戦っていたが、逃げ場のない檻の中でルフィがフラッと力を失った。

「……あーもう! どうすれば……」
 バケモノ達が数匹もうろついている。どれが鍵持ちか分からない。
 ロザリーの白磁の肌に汗がつたう。

「太ももまで来てるぞ! うおおおお!」
「死ぬーッ! 死ぬ―ッ! ギャー!! ギャー!!」
「いや〜〜〜!」
 浸水に悲鳴を上げる一味たち。
 仕方ない。この技を使ったら確実にその後戦えなくけれど、鍵持ちに賭けてやるしかないか……。
 覚悟を決め、目を瞑る。
 ロザリーの髪が、手が、色とりどりの花びらに変わり、風を伴ってくるくると身体の周りを周りはじめる。音を立てる花びらが嵐になる前に、ふと、静かな声が降ってきた。

「食事中は極力音を立てませんように……」
「ッえ、」
「反抗儀(アンチマナー)・キックコース!!」

 腹を蹴られたバナナワニが、後ろを巻き込んでまとめて吹っ飛んだ。ズシィ……ン…と重たい音とともに、たった一度の攻撃で数体まとめて動かなくなる。
 声をなくして驚愕し、静謐が降り積もる空間で、サンジは煙を深く吐き出すとニッと煙草を檻の仲間に向けた。

「オッス、待ったか!?」

「「うおおおお!! プリンス〜〜〜!」」
 ルフィとウソップが感涙して両腕を上げた。
「サ…サンジ!」
 助かった……。ロザリーはへなへなと膝から力が抜けた。
「はぁっ……」
 指先が震えていた。情けないけれど、だって仕方がないじゃない。
 前線で戦うのも数年ぶりだったし、クロコダイルが来たらどうしようとか、水が溜まる前に鍵をだとか、わたしが負けたら仲間がだとか……。誰かの命を背負って戦うことなんか初めてだった。いつも危険に近付かず、戦う時もどう逃げるかに意識を割いていた。
 エースの船に乗っている時だって、エースは強いから、いつも守られる立場で………。
 安堵で気が抜けて、それでようやく自分が気負っていたことに気づいた。
 心臓がドキドキドキドキして、ブワッと汗が出てきた。

「大丈夫かい、ロザリーちゃん」
「え、ええ…。本当に助かったわ」
「君がみんなを守ってくれたからさ」
 差し出した手をニコッと握り返して立ち上がったロザリーが、カクカクと震えているのに気付き、サンジはギュッと力を込める。
「よく頑張ったな……ありがとう」
「そんな……え、ええと、そうね…すこしだけ……」

 そんなことないのよ、と言おうとしたロザリーは一瞬口を噤んだ。
 優しくいたわるような眼差しに気恥ずかしくなったのもあるけれど。なんだか彼が妙に…キラキラして見えたのだ。キュッと掴まれた手のひらが急に気になって来る。
 ドキドキ高鳴る心音が耳の奥で聞こえた。そういえば息も荒くて……。

「?……?…」
 分からないけどなんだか急に落ち着かなくなったロザリーは、そっとサンジから手を離す。
 緊張と安堵、戦闘疲れとときめきが混ざった彼女は混乱して何がなんだか分からなくなってしまったのだ。なぜこんなにドキドキしているのか焦りながら、ロザリーはふと(サンジ……メガネしてる……)と思った。似合うなぁ、とも。
 それから、お揃いだわ……と思って、眉を下げながら腕をすり…と撫でて赤くなる。もう、色々ありすぎて意味がわからなかった。
 それで混乱した脳みその片隅がチラリと思う。
 さっきのサンジ、かっこよかったな……。

*

 スモーカーが聞き分けたバナナワニを攻撃すると、中からMr.3が出てきた。
 出てきた瞬間鍵を投げ捨てるという敵対的なマネをした彼だが、ウソップのヒラメキと、サンジとの"友好的コミュニケーション"のおかげで檻を出た一味。

 アルバーナ方面の通路には溢れかえるバナナワニがいたが、ゾロと本調子ではないルフィですべて叩きのめしてしまった。
「……私があれ1匹にどれほど………」
 無力感とこの世の不条理に顔を覆って嘆くビビ。ロザリーにも気持ちがよく分かった。
 今までなるべく戦闘を避ける生き方をしてきたけれど……。
 自分がそこまで弱くないとも思っていたからこそなおさら、何かを背負った時の動きづらさや、戦闘経験の拙さが突きつけられて、恥ずかしくなった。

「うわぁっ! 壁が壊れたァ!」

 戦闘で壁に亀裂が入り、水が流れ込んできた。一味は滝のような流れに押し流され、ロザリーは一気に意識が遠くなった。

「ゲホッ、コホッ、は……っ」

 目覚めたロザリーは腰を曲げてケンケン咳き込んだ。口から水が零れ、深呼吸して息を整える。
「大丈夫かい?」
「サ、サン……」
 背中を撫でるゴツゴツした手と、顔を覗き込むメガネをかけたサンジの顔。助けてくれたのは彼のようだ。
「能力者ってのは厄介なリスク背負ってンなぁ」
 水を吐くルフィやゾロが助けたスモーカーを見てサンジがぼやく。その横顔を見て、また助けられた……と思う。そういえばいつも気にかけてくれるし……。
 心臓が不整脈を起こしているのに気付いた。
 溺れて意識を取り戻せば、誰だって"人の当たり前"として体調不良や心拍数の変動が起こる。だがロザリーはもしかして……と真剣な顔をして考えた。

 もしかしてこれが噂にきく──ときめき……?

 サンジはナミに「香水持ってるか?」と声をかけているところだった。
「ええ……なんで?」
「体につけるんだ!」
 彼の真剣な顔に気圧されて「こう?」と言われたままつけると、サンジはメロメロになって倒れた。
「ア〜〜〜〜〜〜〜あの世の果てまでフォーリンラブ♥」
「いやマジでイっちまえお前」
「ふふ」
 彼らしさとゾロのツッコミに小さく笑うが、不整脈はおさまっていた。
 よかった。たぶんときめきではないっぽい。
 ほっとして胸を撫で下ろす。恋はしたことがないし、これからもするつもりはないが、恋は落ちるものらしいのでちょっと不安だったのだ。
 恋は人を狂わせるとも言うし、実際ロザリーに恋をして狂った男も知っている。いや。あれは元々が狂っているから恋のせいではないかもしれないが。
 とにもかくにもロザリーは誰かにときめいている余裕はない。

「ロロノア!」
 ゾロが十手を刀で弾く。ガキン! と硬質な音が鳴る。スモーカーが暴くような強い視線で問い詰めたが、ゾロは何処吹く風に答える。
「"船長命令"をおれは聞いただけだ…別に感謝しなくていいと思うぜ? コイツの気まぐれさ、気にすんな」
「……」
 彼はそれを聞いて何か思考していたが、試すように言った。
「…じゃあ……おれがここで職務を全うしようと…文句はねェわけだな?」

 うわッ。
 わたしコイツ嫌い。海軍は全員嫌いだけど。
 ロザリーは深海の瞳で睨み、サンジが舌打ちする。

「見ろ……! 言わんこっちゃねェ。海兵なんか助けるからだ!」
「後援するぞ!」
「兵を集めろ!」
「うお!? けむり! やんのかお前!!」

 海兵が麦わらたちに気付きにわかに騒ぎ始めた。目覚めたルフィが構え、スモーカーが無言で対峙する。
「……行け」
 やがて彼が目をつぶった。
「……だが今回だけだぜ。おれがてめェらを見逃すのはな……。次に会ったら命はないと思え、麦わらのルフィ……」
「……」
 ルフィはスモーカーをつぶらな瞳でジッと見つめた。

 仲間達が駆け出していく。スモーカーと視線が交差した。
「それからお前もだ、反逆者ロザリー。海賊ってンなら容赦しねェ」
「…死ね、天竜人の犬共が」
 彼がどういう意図で今見逃すかなんて知らないし、どうでもいい。
 嫌悪感の滲む声で吐き捨てると、そのライムの珍しい金髪を切るように靡かせて、フイと走り去っていく。彼は罵倒されたことより、その内容が引っかかった。
 政府の犬、ではなく天竜人の犬、ねぇ……。
 それは彼女の罪状に関係した捨て台詞だろう。
 聖地マリージョアにて天竜人に薬を盛り、屋敷から強盗を働いた"神への反逆者"。それからも、逃亡して9年、幾度もシャボンディへの出没が確認されている。


「あそこだ! 麦わらの一味だァ!!」

 海兵たちが活気づき、ゾロが振り返る。
「おいルフィ急げ、何してる!」
「ああ」
「今度こそ逃がさんぞ!」
「おれ、お前嫌いじゃねェな〜〜〜にしし」

 背後で聞こえるルフィの屈託ない言葉に、ロザリーは「フン」と冷めた瞳で鼻を鳴らした。
 海軍なんてどいつもこいつも大嫌いよ。
 たった1人だけ、例外はいるが……。
 懸賞金を賭けられた時、ロザリーは1人で生きたこともない、能力なんて何も持っていない、ちっぽけな15歳の女の子だったのだ。

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