ひとりぼっちじゃない夜
01

(なんでエースがここに……また会うなんて…ルフィと知り合いだったんだ……)

 ロザリーは混乱し、思考を張り巡らせながら走った。この後すぐ船に乗って島を出る。海軍はエースが引き受けてくれたようだ。
 新世界で白ひげ海賊団のA(エース)として名を上げている彼がなぜここにいるのか、ロザリーは穏やかな微笑みを張り付けながらも色々と高速で考え込んでいた。

 なにだか胸がドキドキするのは久しぶりに全速力で走ったせいではない。エースにまた会えた喜びと、後ろめたさで胸が重くなる倦怠感と、この海を逆流している疑問やルフィとの関係などが次々思い浮かんで、焦りのようなものが浮かぶ。
 ルフィを盗み見る。
「やー、まさかこんなトコでエースに会うとは思わなかった」
 いつも通りちょっとバカっぽい顔でにししと笑っている。

「さっきの人は一体誰?」
「スモーカーを押し付けて来ちまったけど…」
「ずいぶん親しそうだったけど、どんな関係なの?…」
 カルーに重要任務を託し、船に乗り込んだ一味は興味津々でルフィに問いかける。ロザリーも前のめりになった。
 彼はあっけらかんと太陽の笑顔で答えた。

「兄ちゃんだよ!」
「「兄ちゃん!?」」

 まさか、とは思ったけれど、本当に兄弟だなんて。驚きに口元を覆う。なんだかいたたまれないというか、少し気まずい。居心地が悪いというか…。
 弟だなんて知らなかった。
 そういえばよくエースが話していた弟の名前は"ルフィ"だったかもしれない…。

「似て…ないのね…」
「まーなー」

 顔も似ていないし、名字も違う。
 けれど、弟だと分かればたしかにエースとルフィはそっくりだった。
 それに、ゴムゴムの実という名称こそ出なかったけれど、悪魔の実を食べただとか、体が伸びるだとかルフィに繋がることを話していた。エースは基本的にブラコンだから飽きるほど聞いたのに。
 使いこなせていなくて泣き虫で弱っちいとか、ケンカっぱやくて無鉄砲だとか、おれがいなくて心配だとか…そういう"可愛くてやんちゃなちいちゃな弟"のイメージが勝手に膨らんでいた。

 ルフィがエースの弟…。
 世間の狭さにロザリーは驚きで声も出ない。

 ルフィはどうやら兄が悪魔の実を食べたことも知らなかったらしい。会うのも3年ぶりだという。

「昔はなんも食ってなかったからな。それでもおれは勝負して1回も勝てたことなかった。とにかく強ェんだエースは!」
「あ…あんたが1度も!? 生身の人間に!?」
「やっぱ怪物の兄貴は大怪物か」
「そ〜〜さ、負け負けだった俺なんか。だっはっはっはっ」
 そう話すルフィは、負けた話をしているのにどこか誇らしそうだ。自分を卑下するなんて珍しい。それだけ兄を尊敬しているのだろう。
「でも今やったらおれが勝つね」
「お前が」
 ふいにルフィの背後からスタンと声がする。

「誰に勝てるって?」

 ひっくり返ったルフィは、その声に振り返ると喜びいっぱいに叫んだ。
「エ〜〜〜〜ス〜〜〜〜!!!」
「よう」

 一気に弟の顔つきになったルフィ。しかしエースはまず一味にペコリと頭を下げる。
「あーこいつァどうもみなさん、ウチの弟がいつもお世話に」
「「「や、まったく」」」
「まぁ…」
 声を揃える一味の返事に含まれるだろう意味も、あのエースがお兄さんぶってるところもおかしくって、ロザリーは声を抑えてクスクス笑う。
 そして眩しそうに目を細める。
 また会えてうれしいのに、話し方が分からない。身の振り方も。気付いてほしいけど気付いてほしくない。矛盾した感情に囚われるけど、たぶん、気付いてほしいんだと思う。だからゾロやサンジの後ろに隠れることはせず、自然体で彼を見つめた。
 もしわたしに気付いたなら、怒るかしら。笑うかしら。それとも無関心かしら。冷たい目でなじられるかしら。
 薄情なことをした自覚はある。…

「会えてよかった。おれァちょっとヤボ用でその辺の海まで来てたんでな。お前に一目会っとこうかと思ってよ」
「にししっ、おれも会えてうれしいよ! なっつかしいなー。おれ手配書が出たんだ!」
「見たぜ。けどまだまだだな」
「なにをー! おれも昔より強くなってんだぞ!」
「分かってるよ」
 しっぽを振る犬とそれをあやして可愛がる飼い主みたいに、軽口を叩いてじゃれ合っている。こうしているとルフィはなにだか…ずいぶんとあどけない。いつも無邪気だけれど、それとは違う、身内にしか見せない顔が出ている。
 甘えた弟の顔つきでそれはずいぶん可愛かった。
 エースがブラコンにもなるはずだ。

「仲間が増えたんだな」
「ああ! みんなおれを支えてくれるサイコーの仲間なんだ!」
「そいつァ良かった…。大事にしろよ」
「分かってるさ!」

 歯を見せるルフィを優しい眼差しで見つめ、エースはクルーたちを見回した。そして、ある一点でピタリと止まった。
「…? エース?」
 三白眼のグレイの目を信じられないというように丸くして、固まってしまったエースに声をかけるが反応がない。視線の先に目をやると、横を向いて俯きがちに上目遣いでエースを見つめ、所在なさげなロザリーが腕をスリスリと撫でている。

「ロザリー…」
「…エース」
「やっぱロザリーなのかッ?」

 ガタッと手すりに立ち上がって見下ろす彼に、ロザリーは半笑いのしかめ面でうなずいた。
「お前なんでこんなとこに…」
「…」
「なんで黙って消えたんだよ」
「……」

 エースもまさかの思いで、混乱と喜びと僅かな憤りで、自然と言葉尻が強くなった。重たい砂みたいな沈黙が振り積もって、クルー達が「えッ?」という置いてけぼりの顔をしている。
 ルフィがびっくりして2人を交互に高速でビュンビュン見つめた。
「お前ら知り合いだったのかーー!?」
「あー、まァな。知り合いっつうか…昔おれの船に乗ってたんだよ。少しの間」
「えええーーーーッ」

 驚愕する一味に苦笑し、ロザリーはちいさく言った。
「久しぶりね。元気そうで良かった」
「ああ」
「………怒ってる?」
「そりゃァな」
「……」
 ぶっきらぼうに言ったが、気まずくて申し訳なさそうな表情なのに、謝りもしないロザリーが変わっていなさすぎて、やがてエースはしゃがみこんで「プハッ」と笑った。
 優"ヤサ"なツラして頑固で強情。正しいと思うことや、やりたいと思ったことは絶対に曲げない。

「相変わらずだなァ、お前!」
 とたんに、雪解け水みたいにロザリーの強ばった表情も緩んだ。新芽の微笑みが浮かぶ。
「エースこそ…」
「怒ってねェよ。最初っからおれらの道は違ってたんだ。そんで、お前は自分の道を歩んできた。それだけだろ?」
「ええ。また会えて…こうして話せて嬉しいわ。昔よりちょっと大きくなった? 筋肉もついて、ずいぶん逞しく──」
「やめろやめろ! 年上ぶるなよ。…あの後どうなったんだ?」
「まだ帰れてないわ…新世界を越えられなくて」
「そりゃそうだ。楽園(パラダイス)と違って過酷だからな。けど、なんでこんなトコまで戻って来てんだ?」
「漂流したり、遭難したり、乗った船が壊滅したり…壊滅させられたり……」
「ハハッ! 運なさすぎじゃねェ? いや、見る目がねェのか?」
「見る目はあるわよ。あなたの船とルフィの船に乗ってるんだから」

 エースはグ、と唸り、喉仏を張り詰めさせて、脱力したように笑った。ちょっと苦さと照れの混じった笑いだった。消化しづらいのに嬉しくなる言葉。
 ほんの少し拗ねたように言う。
「じゃあなんで島に着く前に降りたんだよ。せめて言ってくれりゃア……」
「引き止められたくなかったのよ」

 言葉だけなら突き放すものだった。けれどその声は春の空みたいに霞んで消えそうで、瞳が切なそうに潤んでいる。そのくせ、眉はキュッと不満そうに寄っていて八つ当たりみたいな口調だった。
「エースの傍にいると、弱くなってしまうわ。…」
「……はぁ〜……」
 しかめ面で笑い、ため息をつく。手すりからトンと飛び降りると、ふてくされたようなロザリーに近づいて、おもむろにむいっと頬をつまんだ。
「あえて!(やめて)」
「っとにめんどくせェ奴だよなー、お前」
 モゴモゴ身を捩っているが、振り払わずにロザリーは見下ろしてくるエースをジトッと睨む。ニヤニヤしているエースは昔みたいな悪ガキの顔をしていた。
 おかしくなって、ふふっと喉から笑いが零れた。
 懐かしい、お互い甘えたやり取りだ。ロザリーは彼を弟のように、兄のように思っていたし、エースも彼女を姉のように、妹のように思っていた。
 見つめ合って忍び笑いを漏らし、やがてエースがバシン!と背中を叩いた。
「い"っ! この……ッバカ力! 脳まで筋肉なんだから、そんな力で叩かれたら中身が出ちゃうでしょ!」
「ハハハッ! まァ元気でやってるならいいんだ。しばらくルフィの船に乗るんだろ?」
「…たぶん……」
「じゃ、ロザリーのウジウジなんかあっという間に吹き飛ばしちまうぜ」
「フン、簡単に言って…」
「人生にはそういう人がいるんだよ。全部受け入れて、自分をちっぽけだと思わせてくれる人がさ…」
「……」

 ロザリーは見慣れたと思ったエースが、とても大きくなっていることにその時気づいた。
 体格の話じゃない。
 いつも怒りと野心が奥底で燃えているエースの瞳が、その時、凪いだ海のように穏やかに煌めいていたのだ。

 居場所を見つけたのね……。
 その瞳と、深い声音だけで、彼がどれほど心を預けているか伝わってくる。

 フッとロザリーを見守るような目で見下ろし、ルフィの元に戻る大きな背中を、彼の船に乗っていた頃はなかったタトゥーの彫られた背中を見つめた。
 ずいぶん置いていかれてしまったわ。
 なによ、自分だけ先に進んじゃって…。
 少し寂しいし、情けない。歩みは同じだったはずなのに、自分から船を勝手に降りたくせに、身勝手にロザリーはそう思った。

「ルフィ」
「あ、ああ」

 なぜだか2人を邪魔できない空気を感じ取っていた一味は、エースが弟の元に戻ったことで、ハッと潜めていた息を深く吐いた。
 なにか…独特の空気がエースとロザリーに流れていた気がする。

 どこか遠慮する空気をぶった斬るようにエースが切り込んだ。
「お前…ウチの"白ひげ海賊団"に来ねェか? もちろん仲間も一緒に」
「いやだ」
「プハハハハ!」
 即答したルフィにエースが喉仏を浮き上がらせて蹴っ飛ばすように笑う。分かりきっていた答えだ。
「あー、だろうな。言ってみただけだ」
 そしてチラッとロザリーにも目を向ける。もちろん答えは分かっているが。
「ロザリー、お前は? お前にゃ親父みてェなデカい男が必要だ」
「ムリ」
「ハハ! 二度もフラれちまったな」
「ちがうわ。わたしが好きだったのはスペード海賊団だもの」
「…。口説いてんのか?」
「そうよ」
 ロザリーは「んべッ」と舌を出し、子供っぽい仕草をする。エースは喉のあたりで低く笑った。

「白ひげ……白ひげってやっぱその背中の刺青は本物なのか?」
「ああ、おれの誇りだ……」
 心臓に沁みる声で言う。全身から情が漂っていた。

「エースは2番隊隊長なのよ」
「知ってたのか」
「えーーーーッ! 隊長!? あの白ひげ海賊団で…!」
「お前の兄貴ってすげェんだな……!」
「そうなのかー」
「なんで弟のてめェが知らねェんだよ!」
「白ひげは俺の知る中で最高の海賊さ。おれはあの男を海賊王にならせてやりてェ。ルフィ、お前じゃなくてな……!」
「いいさ! だったら戦えばいいんだ!!」

 兄弟が視線を交わし合う。
 2人のその表情をクルー達には読めなかったが、兄弟にしか分からない交差があるんだろう。

「お前にこれを渡したかった」
「ん?」
「そいつを持ってろ! ずっとだ」
「なんだ、紙切れじゃんか」

 エースは白紙をポンと放り投げた。ルフィはカサカサと紙をいじって首を傾げている。

「そうさ。その紙切れがおれとお前をまた引き合わせる。いらねェか?」
「いや、いる!!」
 何かは分からなくともエースから渡されたものだ。力強い答えに満足そうにうなずいて、ロザリーにも放り投げた。彼女は手元に飛んでくる紙を掴みはしたが、ルフィとは正反対の不機嫌の入り交じる声で、僅かに怖気付いたように「いらないわ」とエースに突き返した。
「いいから」
「いらないったら…」
 今日のロザリーは、一味の誰にも見せたことがないような表情ばかりだ。不機嫌に拗ねて、不安そうで、口調もカジュアルに崩れている。
「言ったでしょ、わたしは…」
「もう遅ェよ」
「…」
「受け取りたくねェと思う時点で、もうおれはお前の中にいるんだ」
 見抜くように言われ、唇を噛む。
「本気でいらねェんなら捨てりゃいい」
「…できないと知ってるくせに…」
「ああ、知ってる」
「ほんと可愛くない子ね」
「格好いいって? あんまり褒めンなよ、照れるだろ」
 無言でバシッと肩をどつくと、彼はあえて受けて「ハハハ!」とのけぞった。そして手のひらを差し出す。
「お前も作ってるだろ?」
「……」
 ますます唇を尖らせて睨み、全力で嫌だという顔をしてやってるのに、エースはとぼけて笑顔の圧をかけてくる。
 根負けしてあげるのはいつも年上の役割だ。まったく嫌になる。ロザリーはぷりぷりして胸からビブルカードを取り出すと、雑に破いてビシッと突き出した。
「捨てて!」
「バーカ、捨てるか。世捨て人みてェに生きるのはロザリーには向いてねェよ」
「お節介だわ」
「可愛い身内心さ」

 軽くじゃれあって、彼はテンガロンハットをおさえた。そして一味に、兄の声で大人っぽく笑む。釣り眉が穏やかに弧を描いている。
「出来の悪い弟を持つと……兄貴は心配なんだ。おめぇらもコイツにゃ手を焼くだろうが、よろしく頼むよ」

 それだけ言うと、メリー号の下に停めてあるボートにトンと飛び降りてしまった。来た時も唐突で、去る時も唐突だ。
「ええっ!? もう行くのか!?」
「ああ」
 エースは今、どうやら重大任務中らしい。
 仲間殺しの大罪を犯した"黒ひげ"の捕獲。

「次に逢う時は海賊の高みだ」
「おお!」
「ロザリーも気負わず生きろよ! ルフィ、そいつをよろしくな」
「当たり前だ! おれの仲間だからな」
「おれの仲間でもあるさ」

 サラッと言ってエースはボートで走り出した。
 最後に格好つけていって……。
 ロザリーはその言葉が思ってもみなくて、心臓を銃口で撃ち抜かれた気分になった。去り際に殺していくなんて最悪だ。
 エースにとってわたしはもうとっくに過去の仲間だと思っていた。
 だってロザリーの中ではそうだったから。リュカもそうだ。大事な人だけど、過去の居場所だ。
 過去にして来たのに。
 なのにそう言ってもらえたことが、心臓が震えるほど……。…

「ウソよ……ウソ………! あんなに常識のある人がルフィのお兄さんなわけないわ!!」
「おれはてっきりルフィにワをかけた身勝手野郎かと」
「兄弟ってすばらしいんだな」
「弟想いのイイ奴だ……!!」
「わからねェもんだな……海って不思議だ」
「ちょっとみんな……」

 小さくなるストライカーを見送るクルーたちが、唖然としながらエースをそう評しているのを聞いて、ロザリーはなんだか笑ってしまった。

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