ハロー、レンタルヒーローズ

 ジリリリリリ!!
 オフィスにけたたましいサイレンが鳴る。ざわついていた空気が引き締まり、パソコンにダラダラ向き合っていた刹那もサッと体を整えた。
 社内放送が流れる。
「木椰子(きやし)区暮杜(くれと)駅にてトラブル発生。ヒーロー出動要請を受け、敵制圧任務が稼働します。第2班、第7班は直ちに現場に出動してください。繰り返します、木椰子区暮杜駅にてトラブル発生……」
 刹那はガバッと立ち上がった。部屋の中がにわかに慌ただしくなる。刹那の所属するヒーロー部第7班は戦闘や敵制圧に長けた人員構成が組まれている。

 10分もしない内に体勢が整い、第7班の5名と、第2班の5名、計10名は管理部の開発した車に乗り込んでいた。ヒーローカーは救急車やパトカーのようにサイレンを鳴らし、市民に道をどけてもらいながら、超スピードで進む。
 班長が……みんなリーダーと呼ぶ……が携帯に送られてきた資料を読み上げて情報共有をする。
「暮杜駅で傷害事件が発生した。現段階での死傷者はゼロ、軽傷者3名、現場にはパトロール中のヒーロー1名が既に対応中。現場にほど近いバクゴー事務所のヒーローが戦闘に参加しチームアップを組むことになった。第5班は戦闘、第2班は避難誘導、現場の保存、被害者の対応を」
「はっ」
「敵の人数は2人。刃物系の"個性"と増力系の"個性"で、両者とも20代後半〜30代前半の男性。目的は不明。過去に該当する敵情報は無し。動揺している様子らしく、突発的な犯行だろう。それでは各班ごと作戦立案開始っ!」
「はいっ!」

 現場に到着すると素早く散開し、現場に突撃する。現場の指示はリーダーだけど、一番槍は刹那だ。前の事務所はゴリゴリの近接戦闘系だったこともあり、刹那が1番戦闘経験がある。
 暮杜駅は一部の壁が崩壊し、負傷者が出たことも相まって避難が完了していなかったが、既にバクゴー事務所のサイドキックらしきヒーローが動き始めていた。
 構内に入る。現場は隣接するショッピングモールの入口あたりらしく、市民がまだ残っている。派手な戦闘をすればお客さん達を巻き込んでしまうかもしれない。

 前方に数十人を庇うようにして戦う2人の人影と、壁際に追い込まれつつある人影が見えた。きっとバクゴー事務所のヒーロー達だ。
「お待たせいたしましたっ、百目鬼プロの『ホッチキス』到着しました!戦闘支援しますっ!現在の状況はっ?」
「おおっ、援軍!ありがとうございます!」
 特徴的な赤い髪のヒーロー『烈怒頼雄斗』が喜色の声を上げる反面、爆発頭のヒーロー『爆心地』が目を釣りあげて怒鳴る。
「どいてろ端役が!支援なんざいらねえんだよ」
「は、端役?」
 爆心地は暴言と同時にボボッ、と手を爆発させ、文字通り空を飛んで敵の片方に襲いかかる。ぶわりと胸筋を巨大化させた敵の、風を切るような猛攻を、爆心地は爆発によって身軽に方向転換しながら簡単にいなしていく。
「すごい……」
 思わず声が漏れる。そしてハッと気付き、もう1人の敵を見る。
「俺に刃物は効かねえ!任せろ!」
 烈怒頼雄斗が両拳をガチン、と鳴らす。増力系の敵はもうじき爆心地に制圧されるだろう。
 わたし、何の役にも立てなかったな、と思いながら背後に固まる市民の守りに専念することにする。

 班員たちは違う入口から侵入して、駅構内に残っている市民の保護に動いている。

 烈怒頼雄斗が敵を殴る。
 戦闘能力は比較にならず、敵はひたすら押されている。
 敵が伸ばした刃は烈怒頼雄斗の"硬化"した皮膚に欠片も傷をつけることは出来ない。

 爆心地が敵を拘束したのが見えた。
 もう大丈夫ね。
 刹那は一瞬気が緩んでしまった。


「わあっ!」
 背後で幼い悲鳴が響いた。

 首をギュン!と回して振り向く。
 地面から鋭利な刃が伸び、小学生くらいの少年の首元に突きつけられている。
 シン……と張り詰めた沈黙が落ちた。
「ふぇっ、うっ、うっ、」
 途切れ途切れの震えた泣き声。唇を噛み締めてガクガク震えながらも、泣き叫ばないよう必死に恐怖と戦う少年に胸が締め付けられた。

 刹那がジリ……と刃物の敵に顔を向けると、烈怒頼雄斗が飛びかかろうとするところだった。
「「動くな!」」
 敵と爆心地の声が被る。

 少年の首から、つつ……と赤い滴が垂れる。

 市民の誰かが悲鳴を上げた。まずい!パニックになる……!悲鳴を皮切りに、まるで共鳴するように悲鳴や怒声が連鎖する。
「黙れ!ガキが死んでもいいのか!」
 ビクッと震わせ、恐慌一歩手前の、無理やり押さえつけるような怯えと沈黙が場に満ちる。
「クソ……」
 烈怒頼雄斗のものか、爆心地のものか、小さな呟きがいやに響く。

 敵からどのヒーローの動向も丸見えだ。仮に爆心地や烈怒頼雄斗が一撃で敵を制圧したとしても、その前に子供は死ぬだろう。

 刃は敵の手のひらから地面に潜り伸びてきているようだった。烈怒頼雄斗が拳を握る。見逃してしまったのが情けなく、悔しいんだろう。

 刃と地面は直接面している。
 敵と地面も面している。
 敵も人質の少年も刹那の視界認識内の範疇に収まっている。
 そしてどうやら、敵はわたしの"個性"を知らないらしい。

 張り詰めた空気に否が応でも緊張は高まって、ニヤリ、と唇が笑むのを抑えられなかった。

 ──対象、「刃」と「地面」。
 ──対象、「刃物の敵」と「地面」。

 刹那は両手のひらを合わせ、叫んだ。
「あはは!はい、ガッチャン!」
 同時に地面を強く蹴って抱き締めるように少年を保護し、距離を取る。一瞬驚いていた爆心地と烈怒頼雄斗は、しかし瞬時に刃物の敵を拘束した。敵を気絶させると、フッと地面から伸びていた刃が消えた。

「ワアアアアッ!」
 歓声が上がる。
 少年が安心したのか、号泣しながら縋り付いてきた。刹那はぎゅっと抱きしめて頭を撫でる。
「大丈夫だよ、怖かったね、頑張ったね」
「うん、うん、ごわがっだ」
「えらかったね。君が頑張って我慢したから敵を倒せたよ!本当にありがとう。君は強い子だね。いいこだね」
「お、おれが?」
「そうだよ。君はちっちゃなヒーローだ!」
 にひっ、と笑って刹那が拳を前に突き出すと、少年はずるるるっ、と鼻をすすり、涙を拭ってちょんと拳を突き出した。
 拳を合わせる。
 やっと、少年が嬉しそうに笑った。
「おねえちゃん、名前は?」
「『ホッチキス』!ガッチャンヒーロー ホッチキスだよ」

 少年が顔をクシャクシャにして太陽みたいにニッコリした。
「じゃあ、おれ、今日からホッチキスのファンになる!」


*

 建物の損傷が激しかったため、市民は全員駅から避難し、暮杜駅東口とショッピングモールの一部を閉鎖したが、やがて事件は日常の1ページとして流れ始めた。
 暮杜駅は木椰子区にほど近い大型駅である。全面閉鎖すると東京都の交通に大きく響いてしまう。他の出口は解放され、電車も通常通りの運行に戻った。
 怪我人の搬送や瓦礫の撤去なども大体片付き、建物の修復は工事ヒーローが受け継ぐ。
 民間企業は"個性"を使えないため、ヒーロー資格を取得して"個性"を企業に還元するヒーローの形も増えてきている。それも1つの人救けの形だ。

 現場が落ち着いて、駆けつけた記者陣からのインタビューや取材を終え一息つく。
 同じくインタビューを受けていた烈怒頼雄斗と爆心地も一緒だ。
「やー、今日のMVPはホッチキスさんっスね。マジで助かりました」
「全然!おふたりの強さがあったからこそですよ〜」
「ケッ」
「スマセン態度悪くて!こいつちょっと素直じゃなくて!ツンデレなんスよ」
「誰がツンデレじゃボケ殺すぞ」
「今日のホッチキスさんの活躍あってこそだと認めてるからMVPも否定しないし」
「都合のいい解釈してんじゃねーぞクソが」
 爆心地は激しく手のひらから爆発音を響かせて威嚇した。チンパンジーかな?
 思わずくすくすと笑いが零れてしまう。
「ふたりとも意外と面白いですね。テレビで見るよりずっと話しやすいし。共闘出来て良かったです」
 刹那は流れるようにヨイショして、流れるように肩を竦め、流れるように嬉しそうなほほ笑みを浮かべて首を傾けた。
 烈怒頼雄斗が少し目を開いて、ほんの少し上擦った声を誤魔化すように言う。

「やマジでこっちこそっスよ。あの時何したんスか?」
「んーとね、わたしの"個性"は固定化なの」

 "個性":固定。
 視界に入った対象物同士をくっつける。例えば人間と地面、人間と人間、刃と地面、のように。点と点を線で繋ぐ。
 彼はそれを「ホッチキスみてえだな」と笑った。
 だからそれがヒーロー名になった。
 ホッチキスみたいにガッチャン!と物体と物体を固定するのが刹那の"個性"だった。

「人間相手だとせいぜい数十秒くらいしか持たないけど、一時的に全身を硬直させられるの。身体ごと地面に固定してるから」
「うわ、つえー。有用ッスね」
「ま、戦闘に活かせるかはわかんねえけどな」
「?どーゆーことだよバクゴー」
「素の身体能力じゃ女は適わねぇだろ」

 刹那はピキっと笑顔を固めた。「女は〜」と枕詞をつけて見下されるのが親の仇よりも嫌いなのだ。瞬間的に血が昇りかけるが、まあ、でも、彼の言っていることは事実だ、と自分を宥める。
 男と女では身体能力が違う。構造が違う。仕方の無いことだ。

「前の事務所で近接戦闘に打ち込んでたので、ある程度は戦えると思いますよ。"個性"無しの肉弾戦なら百目鬼プロでも5本指に入ると思いますっ」
 きゃぴっ、と笑う刹那からはそんな覇者の空気はせず、烈怒頼雄斗は気圧されたように「そ、そうなのか」と返したのだった。

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