ノックもそこそこにドアを開けるなり、頬を紅潮させたパンジーが前のめりになって言った。
ダフネの部屋で寛いでいたシャルル達は、慣れたように目だけを上げ、ダフネはファッションカタログに戻り、トレイシーは課題に戻った。ミリセントはもはや視線すらも向けない。ソファに身を投げ出していたシャルルだけが、本を閉じて緩慢に身体を起こしたが、微笑みには「またなのね」という風な僅かな呆れを含んだ苦笑が滲んでいる。
しかしパンジーはそれに気付いているのかいないのか、気にした様子もなくソファに座ると、早口で捲し立てた。
「ねえ、誰かドラコに見せてもらった?とっても素敵だったんだから!」
「見てないわ」
総意の答えをシャルルが口にする。すると彼女は大袈裟に、芝居がかった仕草で嘆いた。
「なんてもったいない!絶対見た方がいいわ!本当に品が良くて、センスに溢れたカフスだったわ。ホグワーツ中を探しても、ドラコのつけてる物を超えるのはないと思うくらい」
「マルフォイの袖口なんかいちいち注視して見たりしないわよ。ただでさえローブで隠れてるんだから」
うんざりとミリセントが突き放したが、パンジーは「そうよね」と目を丸くし、得意げにうなずく。
「たしかにドラコのすぐそばで過ごさないと、彼のローブの下のオシャレには気付けないわよね。悪いわね、ミリセント。あなたが彼とわたしほど親しくないってこと失念していたわ」
自分で言って嬉しそうなパンジーに、ミリセントは下手を打ったというように顔を顰める。
普段からパンジーは人の話を聞かないが、ドラコ関連になると殊更人の意見も聞かない。その上、すべてを自分に都合よく捉えて、満足するまで話し続けるのだ。
さっさと退散すれば良かったのに、強引に自分とドラコの話に結び付けられてしまったミリセントは、逃げるタイミングを失ってしまった。
「それで、何がどう素敵だったの?さっきから何の情報もないけど」
ダフネは、さも興味ありませんというのが丸わかりの冷めた口調で、パンジーに質問を投げかけた。言いたいだけ言わせてやれば、盛り上がったパンジーはまた勝手にドラコの元に戻ったり、他の女子にもドラコの話をしに行く。
「そうね、どう素敵……もう、とにかく素敵だったのよ。わたしの言葉じゃ上手く言い表せないわ」
「何色のカフスボタン?」
シャルルが横から手助けした。
「深緑よ。スリザリン・カラーね。グリーンマラカイトを使ってるんですって!それで、周りをダイアモンドの粒で囲っていたの。ダイアモンドよ?少なくとも片腕で20粒くらいは使ってあったわ」
「さすがマルフォイ家ね……」
シャルルたちはみな名家出身で、貧しさとは程遠い生活をしてきたセレブだったが、その中でもマルフォイとザビニは郡を抜いている。感心してシャルルが呟くと、パンジーが興奮して激しくうなずいた。
「そうよね?すごいわ、彼、この前ネクタイピンを新調したばかりだったのに。とっても優雅だわ……そう思わない?」
誰も返事をせず、シャルルは微笑み、あとは肩を竦めるばかりだったが、パンジーは気にもしない。ひとりでうっとりと両手で頬を包んでいる。
「80ガリオンですってよ!ドラコが今度魔法省の役人たちが集まるパーティーに出席するから、そのためにミスターが買ってくださったんですって」
「80ガリオン……!?」
トレイシーが唇を引き攣らせて絶句する。デイヴィス家は純血家だが、そこまで上位ではない家柄だ。息子のパーティーのためにそんな金額をポンと出せるのは別世界の話のようだった。
けれど、パンジーの前でドラコを褒めるなんてバカのすることだ。パンジーに対する彼の言動を褒めるならまだマシだが、愚直に「ドラコって素敵ね」なんて言おうものなら、次はどれだけ自分とドラコが親しいか延々と自慢が始まる。どうせ最後には強引にそっちに話を持っていくのだから、わざわざ自分が踏み台になりたくはない。
「見えない部分に気を遣うなんてオシャレね。多分ルシウスのセンスでしょう?あの人、すごく気品があるものね」
ダフネ、トレイシー、ミリセントの3人は、「シャルルナイス!」と心の中で全く同じことを叫んだ。
その通りだ、優雅なのもさすがなのも、マルフォイ家であって、決してあの高慢ちきで子供っぽいドラコではない。なぜかドラコというのは、同級生の女子生徒の中で、素直には褒めたくない男の子のポジションにいた。そして、彼を褒めればパンジーが鼻をどこまでも高くするのだから、できるだけ賞賛なんかしたくもないというものだ。
「ええ、お父様も本当に素敵よね……。お母様のナルシッサもいつまでも綺麗で若々しいわよね。あの素晴らしいご両親のもとで育ったドラコがあれだけ素敵なのも当然だわ」
ミリセントは、もうやっていられないと、苛立ち混じりのため息をついた。いい加減に慣れればいいのに、彼女はどれだけ惚気を聞かされても、パンジーのこのドラコ賞賛が鼻について仕方がないのだ。
「金にあかせて宝石で着飾っても、あのお坊ちゃんの中身があれなら宝の持ち腐れだわ。いつまでたっても子供っぽくて、本当に同い年か分かりゃしない」
パンジーがさすがに眉をひそめた。
「わたしの前でドラコを悪く言うなんて、随分偉くなったじゃない、ブルストロード」
不機嫌な声音にミリセントは一瞬ぎくりとした。ブルストロードは聖28一族に数えられる純血名家だが、彼女自身はマグルとのクォーターだ。そのコンプレックスは何年経っても拭い切れない。
だが、ミリセントの肩をダフネが持った。
「彼女の言う通りよ。同級生の男なんてみんな子供っぽいけど、その中でもとりわけマルフォイとザビニは幼稚だと思うわ。そうね……少しはノットとトラヴァースくらいの落ち着きを持たないと、まるで後輩の世話を焼いてる気分になっちゃう」
「ダフネまで……」
ますます眉を釣り上げ、パンジーは唇を尖らせた。周囲を見渡しても、トレイシーはうなずき、シャルルは呆れ笑いをするばかりで自分の味方はいなさそうだ。
せっかくいい気分だったのに水を刺され、パンジーは拗ねた声で言った。
「何よみんなして……。大体ダフネはただ年上好きってだけじゃないの。比べないでよね」
「だってみんな穏やかさと寛容さが足りないんだもの」
澄まして言うダフネ。
「フン、でも子供っぽいって言うけどね、ダフネ?あなたが好きになる年上の男は、きっとダフネのことを同じように思ってるわよ。幼くて手がかかる可愛い後輩って」
今度はダフネが顔を顰めた。痛いところをつかれてしまった。ダフネは同世代の中では落ち着いて大人びている方だが、年上の男からはたしかにそう見られてしまうだろう。
現に、初恋の6つ年上の男の子からはそういう理由で振られた経験がある。
「わたしの好きな人をそんなに言えるほど、あなた達の好きな人は大層な男なの?」
腕を組んで吐き捨てたパンジーは、自分の言葉に少し俯き、パッと顔を輝かせた。
「そうよ。いつもわたしばっかりドラコの話をしてるけど、みんなには好きな人はいないの?ダフネは知ってるけど、ミリセントやトレイシーは?シャルルも、気になる人くらいはいるでしょ?」
うげっと顔に浮かべ、ベッドから立ち上がったミリセントを、パンジーは素早く制した。腕を掴んで自分のそばに連れてくると、空いているソファに無理やり座らせる。
「ほら、トレイシーとダフネも」
諦めてふたりも寄ってきた。
女子は恋の話が好きとはいえ、パンジーの恋バナ好きは筋金入りだ。これならば、黙ってドラコの惚気を聞いていた方がマシだったかもしれない。だが、自分の話はしたくないけれど、他の人の話は少しだけ好奇心が擽られるのも事実だった。
*
テーブルを囲んで5人の少女が向かい合う。乗り気なのはパンジーだけで、トレイシーはニコニコしていたが、あとはいやそうだったり、困った顔をしている。
おかまいなしのパンジーは、まずシャルルに矢を定めた。
「シャルルの浮いた話ってひとつも聞いたことないけど、何か面白い話持ってないの?」
初手から面白い話、ときた。シャルルは肩を竦めて首を振った。
「あいにく、パンジーの好きそうな話は何もないわ」
「本当に?告白くらいはされたことあるでしょ?」
「それは、まぁ……」
「当然よ。シャルルほど美しくて賢くて優しい魔女はホグワーツにいないもん」
歯切れ悪く答えるシャルルを、トレイシーがすかさず持ち上げた。彼女が太鼓持ちなのはもうずっと前からなので、ありがとうとも言わず、微笑んでおく。
「でも、シャルルに釣り合う男がいないよね」
本気かは分からないが、トレイシーは真顔でのたまった。
「それはさすがに……」
「シャルルってまず恋はしたことなかったわよね。ときめいたりしたこともないの?」
「恋人だけじゃなく初恋もまだなの?」
ダフネが問うと、ミリセントが目を見開いた。彼女とは年々会話をする機会が増えているが、そこまでプライベートなことを話すほど親しいわけでもなかった。シャルルは無性に気恥ずかしい気分になって、自分の腕をすりすりと撫でた。
「まぁ、ときめいたというか……恋かもしれないと思ったことは、たぶんあったわ……。いまだに恋かわからないんだけど」
言うつもりがなかったことを、ついポロッと言ってしまいシャルルはしまったと思ったが、女子4人が一気に華やいだ声を上げる。
「え!なんなの、それ!」
「誰?だれ?」
「スリザリン?それとも他寮生?」
やかましい声を切るように、シャルルは憮然として言った。
「年上だったわ。でも、それ以上は言わない。それに恋かも分からないんだから」
ミリセントにまで「初恋がまだなんてお子様ね」だとか言われたら嫌だなんていう、シャルルの見栄っ張りの悪いクセが出て、つい言わなくていいことを零してしまった。
顔を赤くして、少し不機嫌そうになったシャルルにパンジーはとてつもなく暴きたい気持ちになりながらも、それをなんとか押さえ込んだ。シャルルが拗ねたり不機嫌になることは滅多にないが、一度そうなれば尾を引いてめんどうくさい。
「仕方ないわね。いつか話してもらうわよ。じゃあダフネは?」
「今は好きな人はいないわ」
「つまんないわね。トレイシーは?」
「右に同じ」
「ええ!ミリセントは?そういえばミリセントの彼氏って見たことないわね」
水を向けられたミリセントは、ウッとして、しばらく黙り込んだ。眉を谷のようにしかめ、小さくつぶやく。
「恋人なんて出来た試しないわ」
「え?そうなの?」
パンジーだけじゃなく、他の女子も驚いたことに、ミリセントはバカにされたような気分になった。
ぶっきらぼうに答える。
「何よ、当然でしょ?男子から私が影でなんて呼ばれてるか知らないわけないわよね?」
ミリセントは惨めさを押し殺し、凄んだ。
1年生の頃から体格がよく、大柄で、杖より先に手が出ることの多かったミリセントは、他寮の男子生徒からも、自寮の男子生徒ですらからも「メスゴイル」だの「女版クラッブ」だの散々に言われているのだ。
ダフネたちは視線を交差させて、やや気遣わしげな表情になった。それがますます惨めさと苛立ちを増させる。
「別に気にしてないわよ。こっちだってあんなガキ共お断りだしね。なんであいつら、自分たちが選ぶ側だと思ってんのかしら、偉そうに」
我ながら言い訳っぽく聞こえるかもしれないとは思ったが、本心だった。いくら男子から人気のない自分にだって、選ぶ権利があるはずだ。それなら絶対、ミリセントはダサくてガキっぽくてバカな同級生なんか選ばない。
「たしかに昔のあなたはちょっと乱暴で、男子から色々言われてたけど、今はけっこう人気あるわよ」
シャルルがなんでもないふうに言った。
「は?」バカにしているのかと、ミリセントの眉根が釣り上がる。
「そうなの?」
ワクワクを隠しきれないようにトレイシーが前のめりになった。
「知らない?私たちの代で下級生の男子からいちばん人気があるのはダフネとミリセントよ」
「ダフネは分かるけど、なんで私?」
困惑と苛立ちが混じった声でミリセントがたじろぐ。パンジーも意外そうだったが、好奇心が瞳にまたたいている。
「誰から聞いたの?下級生の男子と仲良かったかしら?」
「メロウからよ」
「ああ」
シャルルには2つ年下の弟がいる。例によって1年生グループのリーダ格になっているメロウは、せっせとシャルルに情報を回しているらしい。
「女子の憧れはわたしとダフネ、女子と仲がいいのはパンジーとトレイシー、あとリッチモンドね。彼女意外と世話焼きだから。で、男子から人気なのはダフネとミリセントだって」
「へぇ!良かったじゃない!」
トレイシーに肩を叩かれ、ミリセントは嫌そうに身をよじった。照れを隠すようにムスッとした表情をしている。
「嬉しくないわよ。結局ガキじゃないの」
「また可愛くないこと言って。素直に喜んでおきなさいよ。でも何かモテる理由があるの?」
何気に失礼な質問をパンジーが口にしたが、いちばんそう思っているのはミリセントだ。
「ミリセントって下級生の揉め事にちょこちょこ居合わせるんでしょ?何回か、グリフィンドールを蹴散らしてあげたって聞いたわ」
「そんなことあったの?」
「あなたそういうところあるものね。姉御肌っていうか」
「あれは別にそういうんじゃないわよ。ただ、スリザリンのくせにグリフィンドールもやり込められないんじゃ寮のメンツが立たないから……」
「それで、杖を抜かれても毅然と対応して、他対1でも颯爽と勝つし、おまけに相手にゲンコツまでお見舞いして追い払ったところが大人っぽくてかっこいいって人気なんですってよ」
「あらあらまぁまぁ」
3人が似たような表情でニヤニヤニマニマして、ミリセントは逃げ出したくなった。
「何よ、それ。モテるっていうか、男の先輩みたいな扱いじゃないの」
口からはやっぱりトゲトゲしい言葉が出たが、ミリセントのブラウンの肌はその色を増していた。
たしかにスリザリン生は、揉め事には口を出したがるが、颯爽とやり込めることはなかなか少ないかもしれない。嫌味や皮肉で煽るだけ煽り、いつも口論に発展するか、影からこっそり正体が分からないように嫌がらせをするかだ。
正面切って剣幕で追い払う真似は、同世代どころか、スリザリンの誰もできないかもしれない。守られた下級生の男子が憧れるはずだ。
「それにミリセント、昔は背が高くて大柄って感じだったけど、今はスタイルが良くてセクシーって言葉が似合う風になったわ」
「は、はぁ?」
セクシー?
それが、自分に向けられているのか一瞬分からなくなる。
「そうね、たしかにミリセントってセクシーだわ。色っぽいというか」
「他の寮合わせても私たちの代でいちばんスタイルがいいんじゃない?」
「な、なんなのよ急に……。気持ち悪い」
「失礼な!」
「ひねくれてるわね」
ダフネがクスクス笑う。シャルルも柔らかく微笑んだ。
「同級生とかは、多分昔のミリセントの印象が強く残りすぎてるのね。でもあと数年もすれば一気に色んな人からモテるようになると思うわ」
「慰めなんかいらないわよ。というか、もう私の話はいいでしょ。恋バナがしたかったんじゃないの?」
ミリセントは腕を組んで顔を背けた。全員から向けられる生ぬるい笑顔がいたたまれなさすぎる。
「そうね」なおも笑いながら、パンジーが思い出したように「恋バナがしたいんだったわ」と言ったが、しかしパンジー以外誰も色めいた話がなかった。
「でも、ここで終わるのもつまらないわね」
「わたしはじゅうぶんだけど」
シャルルを黙殺し、「あっ!」とパンジーは何かを思いついてしまった。
「じゃあ、同学年で付き合うなら?」
「お題スタイルって……。もう恋バナでもなんでもないじゃない」
「だってダフネ、あなた達に大した話がないのが悪いんじゃないの。わたしは当然ドラコよ」
「知ってる」
トレイシーが呆れ顔で答える。「同学年ってことは、スリザリン以外でも?」
「ええ、いいわ。他の寮にいいなって思う人がいるの?」
「いないけど」
「そうよね」
ダフネとミリセントがうなずく。パンジーも水を得た魚のように生き生きと扱き下ろし始めた。
「まぁ、たしかにドラコ以外いい男ってわたし達の学年にいないわよね。グリフィンドールはバカばっかりで、ハッフルパフはマヌケしかいなくて、レイブンクローはつまんない気取り屋しかいないし」
「気取り屋具合でザビニに並べる男はいないと思うけど……」
「それもそうね!」
シャルルがボソッと言うと、女子たちはドッと笑った。他人の悪口がいちばん楽しい。それが他寮生ならなおさらだ。他の学年より関わりが多い分、粗もよく目につく。
*
「他は?まだマシだなって思うのいないの?」
もはやマシ扱いにされた男子生徒たちに、4人はうーん、と唸った。
「付き合いたい人はいないから、有り得ないのを引いていかない?」
「トレイシー、ナイスアイディアね」
「ふふん、でしょ?まずは、ポッター」
「当たり前よ!」
満場一致で決まった。スリザリンはほぼ全員ポッターが嫌いだ。唯一の例外はシャルルだが、ポッターは混血なので恋愛として見た場合選択肢としては有り得なかった。
「グリフィンドールは全員有り得ないわよね。ウィーズリーは貧乏でダサいし、バカだし、ロングボトムはデブでノロマで泣き虫。あとは混血でしょ?」
「言えてる!」
辛辣なパンジーの意見にトレイシーが甲高く笑う。
「そこまで言わなくても……」
半笑いでシャルルが窘めると、「じゃあシャルルはあいつらと付き合えるの?」と追撃が来た。
「うーん……」
付き合う……付き合う……。キスしたり、ハグしたりするだけじゃなくて、交際するなら色々お互いを尊重し合わなければならないだろうし……。
そう考えると……。
「ウィーズリーは……ちょっと」
「アハハハ!」
控えめに答えると、ダフネが吹き出し、手を叩いて爆笑し始めた。こんなに大口開けて笑う彼女は滅多にない。
「シャルルが、き、拒否するってよっぽどよ!?アハハハ!」つられてパンジーたちもお腹を抱え始めた。シャルルにも移ってきて、ハァハァ笑いながら「だって」となんとか言い訳をする。
「だって彼、わたしのこと嫌いだし……喧嘩っ早くて、話し合いとか出来なさそうなんだもの」
「そうね、そうね」
「あんなのと結婚したら絶対地獄よ?お金も無いし、将来性もないわ」
「ポッターだってありえないけど、ウィーズリーはもっとありえないよね!だってポッターは将来性と実績だけはあるもの」
「ハーッ……笑った」
涙を拭ってミリセントが息を整える。シャルルは笑いすぎと、楽しさと、罪悪感で心臓がドキドキした。普段純血の悪口を窘める立場だし、興味のない人は興味がないからわざわざ悪口なんて口にしない。だけど、パンジーやドラコたちが人の悪口で盛り上がってる理由が少しだけ分かってしまった。良くないって分かってるのに、なんだか空気に飲まれてしまう。
「でもネビルはよく分からないわ。ちょっと鈍臭いけど、彼に嫌なところって感じないし、威圧的でもないし。キスできるかは分からないけど」
「うへぇ」
少なくともシャルルにとってはナシでは無いらしい。全員理解が出来なかったが、ネビルは横に置かれることになった。
「じゃ、ハッフルパフは?」
「なんかロクなのいた?」
「いない」
とりあえず否定から入る。
「まず同世代のあいつら、純血が少ないわよね」
「マクミランとエイマーズくらいじゃない?あーあとサンプソンは一応純血なんだっけ」
「そうね」
校内の全ての純血を把握しているシャルルがうなずく。
「みんな悪い人たちじゃないわよ」
「付き合うには良い人か悪い人かじゃないわ。魅力的かそうでないかよ」
この中ではいちばん恋多きダフネが悟った顔で言う。
「さすがダフネ。その理屈で言うと、ハッフルパフの時点で魅力がないわよね。全員ナシ!」トレイシーが明るく残酷な決断を下す。
「私も無いわ」と、ミリセント。
「当然わたしも」当然パンジーも。
「エイマーズは文字学で話すけど、割と話が分かる人よ。年上だったら選択肢には入るかもしれないわね」
「エッほんと?」
トレイシーが口をぱっかんと開けた。ダフネが同世代の男子をそう評するなんて珍しい。
「穏やかだし、話し方もゆったりしてて、聞き上手で、けど話すのも上手いわ。大人しいから目立たないけど」
「分かるわ。素敵な人よ。主張が激しくなくて。マクミランは楽しい人だけど付き合うとなると疲れちゃいそう。サンプソンは少し気弱すぎるかも。ハッフルパフで選ぶならエイマーズよね」
「年上じゃないからわたしはナシだけど」
ダフネは梯子を外した。
「次はレイブンクローだね。わたし、顔はコーナー好きだよ」
「まぁ……」「そうね…」「そう?」「整ってるわよね」
シャルルは肯定し、ミリセントは怪訝そうに首を傾げ、パンジーとダフネは嫌々ながらうなずいた。
「だよね?あー、すごくタイプなのに、どうして半純血なのかしら」
トレイシーが嘆く。
「いくら顔が良くたって、穢れてる時点でないでしょ」
パンジーが毒を吐き、「分かってるよー。でも、もったいないって思っちゃうのよ」とため息をついた。
「ゴールドスタインも容姿は割といいわよね。スリザリンの次に、男子がまぁまぁかもしれないわ」
「でもあいつも半純血よ」ダフネにもパンジーはすぐ指摘した。
「そうなんだよねー」トレイシーが悲しげに肩を落とした。
「レイブンクローの有力な純血はテリー・ブートだけど、タイプじゃないわ」
「マルフォイとは真逆だものね。わたしももう少し……なんというのかしら……気品がある雰囲気の人が……」
「なんか、熱血っていうか、元気っていうか」
「うるさい」
ミリセントがビシッと突き付けた。テリー・ブートはレイブンクローなのに、ぽく見えない雰囲気がある。お嬢様育ちのシャルルたちには合わない空気感だった。彼は名家育ちなはずなのだが……。
「じゃあ、ついに我が寮ね」
パンジーがいきいきと楽しげな表情を浮かべた。
「今更同学年の同寮生の誰がいいとか、考える余地ある?正直1番ないわね、全員」
「何よミリセント、さっきから全員バッサリじゃない」
「いい男が誰もいないのが悪いわ。私らの代、不作すぎるわよ。上だったら、まだ女子の扱いがマトモな人だっているのに」
「まぁねぇ……」
ダフネもおっとりとしながらも、全面賛成だった。
「強いて言うなら……トラヴァースかしら」
アラン・トラヴァースは、スリザリン3年生の中で1番大人っぽくて、穏やかで、人当たりも良かった。身長が高く見た目もハンサムで、攻撃的な感じがない。
「あー……」ダフネが好きそうだ。
「年上だったらなぁ……」
本当に惜しそうなダフネの声に、どれだけ年上フリークなのよ、とツッコミが入る。
「同い年ってだけで、なんだか気持ちが萎えるのよね」
「重症ね……」
「トレイシーは?ミリセントもなんとか1人くらい選びなさいよ」
「本当にスリザリンの奴だけは絶対ムリ!どうしてもどうしてもなら……うーん……ブート」
「ええ?まぁ、接しやすそうではあるのかもしれないけど」
「わたしは…エントウィッスルかなぁ……」
「へぇ?」
面白そうにパンジーが眉を上げる。「意外だわ。どうして?」
「ニコニコしてて話しやすいし、人を否定しなくて、けど他人と距離を取るところがあるでしょ。ズカズカ踏み込んでこなくて楽そう」
「夢がない理由ね」
つまらなそうにパンジーは肩を落とした。分かっていたことだが、このメンツで恋バナがそもそも間違っていたんだろう。
踏み込んでこないからいいだなんて、恋愛という前提をひっくり返すような理由だ。
もはや期待もしてなかったが、最後にシャルルを見る。シャルルはうんうん唸って、テストよりも悩んで答えを捻り出した。
「結婚生活まで見据えるなら、セオドールかしら……?」
「……!」
4人の顔が、パァァァっと輝いた。
これよ、これ!
こういうのを求めていたのよ!
いきなり捕食者の顔つきになった彼女らに、シャルルがたじろぐ。
「なによ……」
セオドールとシャルルが、1年生の時から特別に仲がいいのは周知の事実だった。パンジーは、いずれ恋に発展するかもしれないと、密かに野次馬しているくらいだ。
「なんで?なんでノットなの?」
トレイシーがガシッとシャルルの腕を掴んだ。パンジーがひしっと隣りにより、瞬時にふたりで逃げ場をなくす。ミリセントもちょっと楽しそうで、ダフネは苦笑していた。
「ちょっと、なんでわたしの時はそんなにいきいきするの?」
「だって……ねぇ?」
「なんでノットなのよ?」
「特に深い理由は……1番仲がいいし……話も合うし……話し合いもできるし……。恋愛したとして、喧嘩とかあったときに、ちゃんと話をして仲直りをして、理解していくことが出来そうだから……?」
「随分ちゃんと考えてるのね!」
「仲良いものね!やっぱり今までの積み重ねでそう思うようになったのかしら?」
華やいだ声で、からかわれるでもなくひたすらキラキラした目を向けられ、シャルルはゲンナリとした。
「言っておくけど、恋とかはないからね、わたしたちの間に。ただ、関係を築くという点において、1番対話が成立しそうなのがセオドールだっただけよ」
「そんなこと言って、ときめいたこともないの?」
「多分ないわ」
「多分ってことは、あるかもしれないってこと?」
「あのノットに?」
「ときめく要素ってある?」
「スチュアートって趣味悪いわね」
「アハハ!でもわたしもノットはなー。一緒にいても本の話しかしなさそう。てか、話振ってくれなさそう」
「わかるわ。女子の喜ぶこと何も知らなそうじゃない?」
「話しかけてもさ、ああ、うん、とか相槌ばっかりで、挙句の果てには本に集中したいんだが今じゃなきゃいけないことか?とか言いそう!」
「キャッハハハ言いそうだわ!」
とうとうトレイシー、ミリセント、パンジーは好き勝手盛り上がり始めた。セオドールのイメージが悪すぎて、ムッとするような、でも彼女たちの言うことも分かるような感じでちょっとニヤッとしてしまう。
実際はまったくそんなことないのに。
ダフネもクスクス笑っている。
セオドールとマトモに会話をするのはシャルルとダフネくらいのものだから、みんな彼のことを知らない。
ただ、今庇ったところでどうせ恋愛に繋げられるだけだ。
だからシャルルは他の人を刺してみることにした。
「わたしは彼と話が合うからいいのよ。それより、つまらないって意味ではクラッブとゴイルでしょう?」
「最初っからあいつらは選択肢に入ってないよ」
全員真顔だった。むしろ、何を言い出すの?と引き顔すらしている。わかっていたけど、可哀想で少し笑えてしまう。
「じゃ、有り得ないってほうなら、ザビニよね」
「絶対有り得ないわね」
ミリセントが力強くうなずいた。顔がいい女にしか優しくないザビニのその性質を彼女は酷く毛嫌いしている。1年生の時から割とつるむことが多くて親しい間柄ではあるが、メスゴイルだとか言い出したのもザビニ派のフォスター達だし、彼らがヘラヘラ嘲笑ってあだ名を広げたのも知っていた。ミリセントはいずれあいつらをボコボコにしてやるつもりだった。
「あら、ブレーズはけっこう素敵だと思うけど……」
「はぁ?」と、トレイシー。
「えぇ……」と、シャルル。
「ないわよ」と、ダフネ。
「あんた正気!?」と、ミリセント。
パンジーに非難がごうごうと飛び交う。
「そ、そこまで?だって、顔がいいじゃない。話も面白いし、お金持ちだし、純血だし……」
「何言ってんのよ、あんなナルシストで高慢ちきでサディストで馬鹿みたいにヘラヘラしてる無責任な男!」
「パンジーってほんとに見る目ないね……」
トレイシーの小さなつぶやきは、幸いなことに彼女の耳には届かなかったらしい。
「そんなに人気がないなんて……」彼女は少し呆然としている。
「そうでしょうね。お互い火遊びならいいかもしれないけど、将来を考える相手としては彼、最悪だと思うわ」
シャルルですらそこまでボロクソに言うのだから、本物だ。ブレーズ・ザビニは本当に同寮生からの人気が終わっていた。
彼が関係を持った女を寮でどれほど悪意的に笑っているか知っていたら、とてもザビニと付き合いたいなんて思えないだろう。
「ま、本命はドラコだから、言ってみただけよ」
「あいつもどうかと思うけど」
「わたしはザビニもないけど、マルフォイはもっとないわ。結婚を見据えたときにあれだけ頼りがいの無い男でパンジーはほんとにいいの?普通に話すだけでも、自慢話と悪口ばっかりで心底つまらないのに」
「ダフネ!」
ここまで直接的なドラコの悪口をぶつけられたことはなかった。悲鳴めいた非難をあげた彼女に、ダフネは悪戯っぽく片目を瞑り、「今日はそういう日でしょ?」と悪びれもしない。
パンジーは唇を引き結んでンググッ……と唸り、「もー!」とドハッと息を吐いた。
「自分たちに好きな人がいないからって、人の好きな人をあんまり悪く言わないでよね!」
今までの自分たちの全てを棚上げするセリフに、シャルルが笑いだし、パンジーも呆れたように笑った。そして5人の少女たちは共鳴して、コロコロクスクス吹き出した。
恋バナと他人の悪口は、友達とするのがやっぱりいちばん楽しい。
*
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