27


 語り終えたマルフォイはゆっくりと唇を舐めた。
 背筋にずぞぞ〜……っと冷たいものが這いずるような悪寒を覚え、シャルルは思わず自分を抱き締めた。
 重たい沈黙が降り積もり、暖炉だけがごうごう音を立てている。
 何かが這い寄るような不安をシャルルは感じていた。ただおぞましいのとは違う、何かに気付きかけている嫌な予感で、シャルルの心臓は冷たく高鳴っていた。

「……ユ、ユニコーンは……」
 自分の声が上擦っているのを自覚して、息を整えて口を開く。脳内を整理するような呟き声だった。
「ユニコーンは敬意を払うべき神聖な存在よ。穢れを癒し、命を癒し、その血はたとえ死の淵にいる命であっても回復させることが出来る……」
 シャルルは手に力を込め、マルフォイが微かに体を揺らした。
「けれど純粋で神聖で穢れのない彼らを代償にした対価として、その存在は永遠に呪われる……生きながらの死……」
 考えるほどに鼓動がますます大きくなっていく。

 ユニコーンが傷付けられるようになったのはここ最近の話。それは、何者か衰弱した邪悪な存在がホグワーツに潜むようになったことを意味する。
 いや、森にいる他の存在……例えば人狼やケンタウロスがユニコーンの血を覚えた可能性も……。でもそれなら森番やダンブルドアがすぐに処理出来るはず。ダンブルドアはもう半世紀以上もホグワーツにいるのだから。

 ドクッ。ドクッ。
 自分でも何をこんなに恐れているのか分からない。
 思考を巡らせ、自分の漠然とした不安を理論化しようと深く深く感覚を研ぎ澄ませていく。

 邪悪な存在がいつまでもユニコーンの血を啜って生き残れるはずがない。
 そもそもなぜわざわざダンブルドアのいるホグワーツに?ユニコーンは神聖な森にしかいないけれど、探せば生息地はいくつかある。そこまで思考する脳がない?余裕が無い?元々ホグワーツに居た?それともホグワーツに来る理由があった?長く生きるつもりがない?短い間だけの手段?

 何故かふと、3人組が脳裏をよぎった。
 ポッターとウィーズリーとマグル生まれが探していた……。

「ニコラス・フラメル!」
 シャルルはほぼ悲鳴のような金切り声を上げた。心臓が握り潰されそうなほど激しく収縮し、頭の先から血が凍っていく。

 賢者の石?
 まさか。そんな。いくらなんでも思考が飛躍しすぎてるわ。まさか。ありえない。
 背筋がゾワゾワしてシャルルは歩き回った。

「スチュアート!どうしたんだ?」

 落ち着いて考えなくちゃ。物事を多面的に見なければ正しい答えは見つけられない。
 事実はユニコーンが殺されていること。最近になって襲撃を受けていること。森を守護するはずの森番がまだ対処出来ていないこと。人型をしていてローブで顔を覆い身を隠す知能があること。マルフォイの目からは血を啜っているように見えたこと。

「僕の声が聞こえていないのか?おい、スチュアート?」

 可能性は。森にいた存在が死にかけてユニコーンの血の味を覚えた。ホグワーツの近くにいた何者かが衰弱して近くの森に逃げ込んで来た。ホグワーツに何らかの目的がある何者かが身を潜めている……。

「スチュアート!」

 肩を強く掴まれてシャルルはビクリと震えた。顔には焦りと恐怖が滲んでいた。
「大丈夫か?君がそれほど動揺するとは思わなかった……」
 困惑と後ろめたさの混じった表情で、今度はマルフォイが躊躇いがちにシャルルの手を包み込んだ。シャルルの手は微かに痙攣していた。
 シャルルは目を伏せて息を落ち着けるように深呼吸した。
 その姿は酷く儚げで、華奢な肩や手の中の指先があまりにも頼りなく見えて、マルフォイは何故か無性に……何かが掻き乱されるような感覚を覚えた。
 その感覚を掴む前に彼女は弱々しく微笑んで、「もう平気よ」と言った。誰から見ても平気には見えなかったが、シャルルはマルフォイに挨拶をして自分の部屋に戻っていってしまった。

 ポッター達に話を聞く必要があるわ……。

*

 次の日、シャルルはポッター達の元に突撃した。金曜日は午前いっぱい魔法薬学の授業がある。ドキドキして気がそぞろになり、いつもより3回も多くお小言を貰ってしまった。
 友人たちを先に行かせ待ち構え、教室から出てきたポッター達の腕を掴んでずかずか歩き出したシャルルに「一体なんだって言うんだ!」「ほら見たことか!本性を現した!物陰に連れて行って何をするつもりだって言うんだか!」「その手を離しなさい!貴方らしくないわよ!」とかごちゃごちゃ言う声が投げかけられたが、それを全部無視して近くの空き教室に3人をぶち込んだ。
 鍵をかけて、さらに「コロポータス」と「鍵除け呪文」、さらにお父様から教えていただいた秘密の話をするための有用な呪文をいくつか掛けていく。
 準備を整え振り返ると、3人が不安や怯えの滲む敵対的な表情をしていた。

「あら。ごめんなさい」
 口から出た謝罪は彼らには随分軽く聞こえた。ウィーズリーが歯をむきだしにして怒鳴る。
「何のつもりだ?こっちは3人、君は1人、それに僕らには学年1の天才魔女がいる!やり込められるのは君だぞ!」
「まあ!」
 天才魔女とやらが嬉しげな声を上げてウィーズリーの横顔を見た。シャルルは宥めるような笑顔を浮かべた。

「わたしは暴力にすぐ訴えない。それに今日はいくつか聞きたいことがあるだけ。ハリー・ポッター」
「ぼ、僕?」
 シャルルと話すのはいつもウィーズリーだったので(話すと言うよりは一方的に怒鳴られるコミュニケーションだったが)、彼は不安そうな顔をした。
「昨日罰則で禁じられた森に行ったんでしょう?それで、ユニコーンの死体と、黒いフードの誰かを見つけたって聞いたわ」

「それが何だい?」固い声だった。「マルフォイがなんて言ってたか当てて見せようか?僕が死ななくて残念だとかなんとかだろ?」
「アー……」その通りだったので言葉を濁して話を先に進めることにした。

「それより、その何者かが血を飲んでいたって言うのは本当なの?神聖なユニコーンの血を……呪われてでも生きたい誰かがいたっていうのは?」
 顔は相変わらず完璧に微笑んでいたが、ハリーにはその声に恐怖の色が混じっているように聞こえた。怪訝に思い顔をまじまじと見つめる。
 何が言いたいんだろう。
 彼女はスリザリンだし、禁じられた森にも行っていないんだから関係ないはずだ。
「どうなの?ポッター」
 急かすように言われ、ハリーは頷いた。
「飲んでたよ。マルフォイの見た通りだ……。それで君は何故そんなことを聞きたいんだ?」
 警戒心が高まって、突っかかるような口調で言った。ケンタウロスのことや、ヴォルデモートのことは言うつもりがなかった。スリザリンの奴らはヴォルデモートの復活を知ったら喜びの祝杯を上げるだろうから。
 スチュアートは顔を顰めて呻き声を上げた。

「以前あなた達はニコラス・フラメルのことを調べていたよね?もう彼のこと見つかった?」
 彼女は突然明るい声で世間話をするみたいに話を変えた。しかし、話は変わっていない。ハリーはロンとハーマイオニーとサッと視線を交わしあった。
 上手く言えないが、危険な話の流れだ。
 ロンが突き放した。
「もう見つかったよ。君の出しゃばりは必要ない」何故かハーマイオニーが顔をしかめた。
「そう、見つかったのね。何でニコラス・フラメルのことを調べていたの?」
 ハグリッドが口を滑らせたからだけど、それを彼女に言う必要はない。彼女は何かを明らかに詮索しようとしている。不気味だった。
「どうだっていいだろ!それで、もういいかい?僕らは君と違ってスリザリンの奴らと話すほど暇じゃないんだ」

「もしかして──」
 スチュアートの顔が大きく歪んだ。
「もしかして、ホグワーツに賢者の石があるの?」

 ハリーは凍りついた。後ろでロンとハーマイオニーが息を飲む音が聞こえた。
 スチュアートは諦めたように苦く笑った。
「あるのね……」

「な、なんで知ってるんだよ」
 ウィーズリーが完全に恐怖に満ちた声を出した。まずいことになったぞ──そんな心の声がそのまま聞こえてくるかのようだ。
「わたしはあなた達を見て仮説を思いついただけだもの。あなた達こそ、よく見つけたわね」
 3人は後退りして顔を見合わせている。シャルルは肩を竦めた。1年生でも分かったんだから、他の人も知っているだろう。
 そして賢者の石が学校にあるなら、それを手引きしたのはどうせダンブルドアなのだから、後始末もあの老耄(おいぼれ)が付けるだろう。
 賢者の石とかいうとんでもないものをホグワーツに持ってきて暴かれている時点でやはり気狂いだと確信はできるけれど、それなら先生方も把握しているはずだし、ハグリッドからユニコーンの話も聞いているはず。
 急速にシャルルの気持ちが落ち着いてきた。
 むしろ何をそんなに焦って怯えていたのかと恥ずかしさすら浮かんできた。感情に振り回されて思考力を失うなんて、貴族の子女として有るまじき失態だわ……。

「何をするつもりなんだ?」
 毅然と言ったポッターをシャルルは鼻で笑いそうになった。
「何をって?闇の魔術師に対して何かしようなんて思わないわ。対処は大人がするでしょ」
 その言葉は闇の魔術師と「敵対する立場」での無意識の発言であり、ポッターはなにか違和感を感じたが、その後の言葉で霧散してしまった。

「でもお父様に報告は必要よね。ああ、スネイプ教授にも一応言った方が」
「ダメだ!!」
 いいのかしら、と言う前に怒鳴り声で遮られた。
 3人が凄い形相をしていた。シャルルは困惑の表情を浮かべた。
 しかし、彼らが問題児であること、学校の秘密の深部に迫っていること、スネイプ教授のポッター嫌いは並々ならないことなどを思い出し合点がいった。呆れ顔で「スネイプ教授に退学を決める権限なんてないと思うよ?でも分かったわ、教授方には黙っておくわ」と言った。

「え……いいの?」
「わたし達はありがたいけど、どうしてか聞いてもいい?」
 マグル生まれがおずおずと尋ねる
「どうしてって」シャルルの声には隠し切れない嘲りが乗っていた。「わたし達の気付く事実は、当然教授方も気付いてらっしゃるもの」
 しかし3人の反応は曖昧だった。ウィーズリーはわかってないよな、とばかりに眉を上げ下げし、ポッターは困った顔をしている。
 眉をひそめてさらに言い募った。
「だってそうじゃない?罰則の件から賢者の石がここにあることが部外者に漏れている事実も明らかだし、衰弱した何らかの邪悪な存在であることも、わたしでもわかるんだから、あとはあの役立たず…………いえ、ダンブルドア校長がどうにかすることでしょ?」
「役立たずだって?」
 ウィーズリーが唸り声を上げた。
 シャルルは苦笑いして「邪悪な存在をホグワーツに侵入させたことからも明らかじゃない。でも、少し口が悪かったかもしれないわね」と宥めたが、火に油を注いだだけだった。

「やっぱり君は腐れスリザリンだ」
「日和見主義の八方美人め!」

 ──こういう所がグリフィンドールの駄目なところなのよね。
 猪突猛進、思い込んだら一直線の頑固で視野狭窄な英雄気取り……。

 シャルルはにっこり笑った。
「今日は時間を割いてくれてありがとう。あなた達と話してみたかったから有意義な時間になったわ」
 言い逃げして、後ろから追いかけて来る声を振り切るようにシャルルは去った。
 教授方が対処するだろうし、対処すべきでありシャルルがこの件に手を出すつもりがないという意識は変わらない。
 でもやっぱり、心の奥底で得体の知れない不安が蠢くのを止めることは出来なかった。

 シャルルは、敢えて聞かなかったのだ。
「衰弱した邪悪な存在は誰?」と……。

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