25

 イースターが終わるとスリザリン寮は目に見えてピリピリとした雰囲気が流れ始めた。特に上級生はO.W.LやN.E.W.Tの試験が迫り始めている。
 監督生のジェマ・ファーレイはことあるごとに下級生にも檄を飛ばした。
「全員が一致団結して事に当たらなければ、7年連続寮杯獲得という輝かしい栄光は掴めないのよ。今まで以上に邁進して、研鑽して、点をもぎ取りなさい。もし、万が一、スリザリンの足を引っ張る人がいたら…………」
 ファーレイは低い声で「フフッ」と笑った。1、2年生は震え上がって声を揃えて返事をした。
 もう1人の監督生のシーザー・ジェニアスが「もういいだろ」と呆れ声で彼女を引っ張っていく。
「ファーレイとスネイプの機嫌を損ないたくなきゃ、お前たちも蛇として自覚ある行動を取れよ。最近杯の砂の増え方が鈍ってる」
 なぜ俺がこんなことを言わなきゃならないんだ?とブツブツ言いながら監督生たちはいなくなった。完全にジェニアスが世話役になっているようだった。
 張り詰めていた糸が緩む。普段下級生を脅迫する役割はジェニアスがやっていて、彼はこれを酷く楽しい遊びだと認識していたようだったが、今日はその役割が反対になったらしい。

「あんなに思い詰めなくても、グリフィンドールはもう終わりだ。寮対抗レースから脱落したも同然だよ……」
 2人の後ろ姿を見ながら、歌でも歌うような口調でマルフォイが言った。
 今週ずっと彼は上機嫌で、日課のポッター弄りにも行かないくらいの浮かれようだった。すぐさまパンジーが猫撫で声を出した。

「もういい加減に教えてくれたっていいじゃない、ドラコ。気になって夜も満足に眠れないのよ」
 パンジーは美容のために誰よりも早く寝ていた。
「楽しみは後に取っておいた方がいいだろう?君だってサプライズは好きだろ?」
「でも、そんなに焦らされちゃたまらないわ!」
 手を組んでうずうずと体を揺らしたパンジーの言葉に他の生徒も頷いた。みんな内心知りたくてたまらないのだ。マルフォイに少々虚言癖があり、思わせぶりで目立ちたがりなのは自明の理ではあったが、ここ最近の彼の態度や、自慢したがりなのにそれを秘めていることを鑑みるに、彼が本当になんらかの致命的な秘密を握っているのは確実だった。
「くだらない。あの博愛主義者が簡単に生徒を追放なんてするわけない」
 冷めた声のノットにも彼は機嫌良く眉毛を上げた。
「森番は杖を折られた。まあポッターの追放は厳しいかもしれないが、森番のアズカバン行きは確定だよ。その時が待ち遠しい」

 アズカバン行き?

 離れたところで白けた顔で熱心に爪の状態を確認していたダフネが目を丸くしてシャルルと顔を合わせた。パンジーの好奇心は今にも破裂しそうで、ノットも予想外のことに少し言葉を失った。
「それは……」
「ああ、喋りすぎたな。これは聞かなかったことにしてくれ」
「さすがに盛りすぎなんじゃないか?」
 半笑いでザビニが言った。「いくら狡猾で理知的なマルフォイお坊ちゃまとは言え……なあ?あんまり大きなことを言っていると信頼を失うぜ?」
「黙れ、ザビニ。そんな口を叩けるのも今だけさ」
「これは失敬」
 おどけて肩を竦め、癖っ毛の黒髪をくるくる触った。皮肉った彼だけれども、しかしその瞳は面白そうにマルフォイの様子を観察している。

「ま、楽しみにしていてくれ。愉快な結末は約束するよ」
 自信満々な様子に、シャルルはハリー・ポッターになにか忠告をした方が良いのではないかと不安になった。
 彼が調子に乗って口を滑らせてくれることを期待したが、やはり魔法界の旧い貴族の家らしく、情報の扱い方の教育は受けているようだ。拙い部分も多いがそれは愛嬌だろう。


 数日ほどシャルルはハリー・ポッターと愉快な仲間たちとの接触を測ろうと機会を伺っていたけれど、彼らはなにやら忙しい問題を抱えているようで、城の中で見かけることは少なかった。
 少し前までは図書室に入り浸り、小声で賑やかに勉強をしたり、大広間や教室でたむろしていることが多かったのに、今は顔を突き合わせてヒソヒソしているかと思えばマルフォイを見て逃げるようにどこかへ去ってしまう。
 マルフォイが彼らの秘密を握っているのは本当なんだわ……。
 彼らの態度はあまりにもあからさまだった。
 そんな3人の様子を見るたび、マルフォイは腹を抱えて転がりそうな顔をなんとか取り繕ってにやにやと満足そうにしていた。

 木曜日の朝、眠い目をこすってもそもそ朝食を食べるシャルルの隣に興奮した様子のダフネが座った。
「ウィーズリーの腕、見たっ?」
「今来たばかりなのに見るわけないじゃない」
 シャルルは不機嫌な声を出した。彼女の寝起きが悪いのはいつものことなので、ダフネは気にした様子もなく赤いネクタイの集まる方を指さした。
「ねえ見て。何があったのかしら。あれがマルフォイの言ってたこと?」
 ノロノロと振り返り、ウィーズリーを視界に入れたシャルルは息を飲んだ。彼の左手は2倍ほどに腫れ上がり、包帯で隠し切れない肌は真っ赤になっていた。
 痛々しくて顔を歪める。
「どうやったらあんなことになるの?」
 ダフネは好奇心と面白さの滲む声をしていた。スリザリン生も彼を見て嬉しそうにウワサ話をしている。マルフォイなんかは意味ありげに頷いていた。

 どうしてみんなあれが面白いと思えるの?

 シャルルは悲しかった。
 どんな相手であれ、怪我をしてざまをみろと思うほどシャルルは冷酷ではない。あの怪我をしているのがマグル生まれだったとしても、特に興味が湧かないだけで可哀想だとは感じる。
「森番と仲がいいなら狼男にでも噛まれたんじゃないの?」
「狼男!?」
「禁じられた森にいるってウワサ、知らないの?」
「まさか!人狼なんて危険な生き物放置してたらどれだけ被害があるか……。だって生徒が森に入るのを禁じられているだけで、森の中の生き物が外に出るのを禁じられた森じゃないんでしょ?もし本当に居たらダンブルドアは頭がおかしいわよ」
 驚愕して小声でシャルルは叫んだ。ダフネは真顔で言った。
「今更どうしたの?ダンブルドアは狂ってるわ」
 シャルルは冷静さを取り戻した。
「そうだったわね」
 2人はまた食事を再開させた。

 授業が終わり、ランチの頃にはロン・ウィーズリーの手は泥を混ぜ合わせたような汚い緑色になり、医務室へ搬送された。
 かなり痛むようで、ポッターとマグル生まれの魔女が悲鳴を上げるように付き添い、ウィーズリーは懸命に耐える勇者の顔をしていた。手は緑色だったが。
 無責任な好奇心が彼らを見送り、ホグワーツ1の厄介者、双子のウィーズリーは目をきらきらさせて顔を見合わせていた。どうやら新しい悪戯の着想を得てしまったようだった。

 シャルルは夕食のあと医務室に見舞いに行った。
 もちろんダフネやトレイシーには黙っていた。ダフネは無関心に柔らかく微笑むだろうけれどいい思いはしないだろうし、トレイシーは笑顔で評価を下げるだろう。マルフォイなんかに見られた暁には「正気か!?」と叫ばれるかもしれない。
 「血を裏切る者」であるウィーズリーに対する嫌悪感は凄まじい。

 シャルルも思うところが無いわけではない。愚かで穢らわしいマグルを庇うのは理解し難いし、マグル生まれと深く関わりたがるのもどうかと思っている。
 でも彼らは純血だ。
 しかも聖28族だ。
 マグルの血が限りなく薄い、純血の中の選ばれた尊い純粋な純血家系はもう28家系しか残っておらず、世代を重ねるにつれてマグル生まれが増えている魔法界にとって、それを維持するのは並大抵の労力ではない。
 その中で聖28族に数えられるほど濃い血を保ってきたウィーズリーをシャルルは他の純血家系と同様に尊重している。
 マグルフリークと悪名高いアーサー・ウィーズリーでさえ、モリー・プルウェットという今は失われた高貴な純血子女と血を結んだ。彼等は誇り高い魔法族の矜持を失ってはいないし、きちんと自覚を持った純血魔法族だと思う。
 そして何より彼らはマグルに興味が無い。ただ、人を大切にするだけだ。
 だからシャルルは彼らが好きだった。純血の魔法族は全員尊重していた。

 医務室には誰もいなかった。
「あらあらどうしたんです?体調が悪くなったの?」
「いえ、お見舞いに。ロン・ウィーズリーの」
 マダム・ポンフリーはシャルルの緑のローブをジロジロ眺めていたが、手に持ったお見舞いの品を軽く持ち上げて見せると諦めて小さく息をついた。
「まだ治っていませんから、10分だけですよ」
「ありがとうございます、マダム・ポンフリー」

 ウィーズリーはうとうとしていたが、誰かが入ってくる気配を感じて目を覚ました。その誰かがシャルル・スチュアートだと気づくと、目をぎょっとさせて跳ね起きた。
「な、な、何しにしたんだよ!」
「何しにって、お見舞いに来たの。腕は大丈夫?」
 まだ緑色の手に心配の滲む眼差しを受けてウィーズリーはたじろぐ。しかし授業終わりに来たマルフォイに秘密を握られたばかりの彼は警戒心をあらわにしてシャルルを睨んだ。

「君には関係ない。帰れよ、スチュアート。もう君が望む情報はとっくにマルフォイが持っていったよ」
「わたしが望む情報?」
「しらばっくれるなよ!ほんとに忌々しい奴だな」
 なぜそこまで言われなければならないのだろう、と少しムッとするが我慢して微笑んだ。
「マルフォイがここへ来たの?彼、何かを企んでるみたい。グリフィンドールはもう終わりだって最近嬉しそうにしてるのよ。内容は誰にも言ってないみたいだけど、気をつけた方がいいわ」
「……」
 目をぱちぱちさせて、それから怪訝そうな顔をした。
「何を企んでるんだ?」
「何にも企んでなんかいないわ。わたしはあなた達にけっこう親切だと思う。前も忠告してあげたでしょう?」
「たしかに……。でも騙されないぞ。ヨシュア・スチュアートが前の大戦で多くの死喰い人を庇ってきたというのは有名なんだから」
 シャルルは微笑みを維持するために拳を握って全神経を集中させなければならなかった。そうでなければすぐさま杖に手をかけてしまっていただろうから。
「わたし……もう行くわ。お大事に」
「もう来なくっていいよ」
 ガタン。椅子を鳴らして立ち上がりシャルルは去った。医務室を出た瞬間シャルルから笑顔が消えた。
 彼は純血、彼は純血、彼は不正を許さないゴドリックの誇り高い精神を受け継いでいるだけ、あれはグリフィンドールらしい性質が強いだけ、彼は純血…………。
 自分に言い聞かせて深呼吸する。なんとか怒りを抑え込むことに成功した。大丈夫。ウィーズリーを許せる。もう怒ってない。

 ヨシュア・スチュアートは死喰い人を庇ったわけではなかった。純血家系を庇ったのだ。父親は死喰い人が好きではなかったし、屈していない。誘いも蹴ったと言っていた。
 反ヴォルデモートだけれどそれを声高に言うほど愚かじゃないだけよ。

 そして次の朝、グリフィンドールから150点が失われていた。

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