18



 非常に珍しく目をパチッと醒ましたシャルルは、急いで顔を洗い、髪をつやつやにして、前の夜に準備しておいたワンピースを丁寧かつ迅速に身に着けた。
 マリア・クロスの2年前のロングワンピースはシャルルがいくらか成長しても、膝丈サイズで違和感なく着ることが出来ていた。肩から胸、裾のところに繊細なフリルと刺繍を施され、シフォンを重ねられた深緑と白のワンピースはかなりお気に入りだった。
 楽しみなことがある日は必ずこれを着る。
 そして、優雅さを失わないように気をつけながら螺旋階段を駆け下りた。
 ホールにはもうたくさんのプレゼントの山が出来ていた。梟が1羽また小包を山の上に落としていった。

 プレゼントのそばにはアナスタシアとヨシュアがいた。
「メリークリスマス」
「さあおいで、ちいさなレディ。僕らからプレゼントだよ」
 ふたりはシャルルの両頬にキスを落として抱きしめ、背中から箱を取りだした。
 去年は呪文集と香水だった。今年の箱はそれよりずっと小さい。
「ありがとう、開けてもいい?」
 銀色のリボンを解くと、中には深緑色のシルクのハンカチーフがあった。銀色の蛇が泳いでいる。縁にはダイアモンドも縫い込まれている。
 うっとりそれを取り出すと何か固い感触があった。
 水晶のネックレスだ。中に透明にきらめく何かが閉じ込められている。光に当たって銀色にも、水色にも見える。
「これは……?」
「御守りだよ。強力の盾の呪文が掛かってる。シャルル、君を守ってくれるだろう」
「中にあるのは?」
「答えだよ。必要な時に砕ける。あるいは適切な時が来たら」
 ヨシュアは大きな手でシャルルの頭を撫でた。彼が回りくどい言い方をするのはかなり珍しかった。
 なにか大切なものだと理解したシャルルは、彼らが何も言う気は無いのも察していて、頷くとネックレスを首から提げた。盾の呪文はかなり高度な呪文だった。シャルルもまだ概念の理解にすら到達出来ていない。
 今はウィゼンガモットで知的に振る舞うヨシュアだけれど、学生時代はかなり成績が良く、卒業後は魔法法執行部に進む道も考えていたという彼のことだから、本当に強力な呪文が掛けられているに違いない。
「ありがとう、お父様、お母様」
 心からの笑顔を浮かべてヨシュアとアナスタシアの頬にキスをした。
 ホグワーツに入ってから、なにかが動き出している気がしてならない。

 メロウが眠い目を擦りながら起き出してきた。シャルルを見ると飛び上がってプレゼントのそばに走ってくる。
「お姉様からのプレゼントは?」
「メリークリスマス、ちいさな子犬ちゃん」
 メロウの鼻先を擽ってシャルルは金色がかった箱を指さした。飛び付いて箱を開けていく。
「わあ!新しいグローブ!それに……魔法薬キットだ!」

「まあっ、シャルル!」
 アナスタシアが悲鳴を上げた。「メロウにはまだ早いでしょう?……しかもファニー・フィッティング・フェッセンデンのキットじゃない!」
 珍しく大きな声で狼狽える母親にシャルルはちょっと申し訳ない気分になった。フェッセンデン氏が作る作品はどれも「普通」からは逸脱したユニークなものばかりだ。
「ごめんなさい、でもメロウはかなり賢いわ。わたしがこのくらいの頃はもうホグワーツの勉強をしていたし……」
 アナスタシアはどことなくぐったりして頭を振った。代わりにヨシュアが答える。
「シャルルは昔から色々知りたがったけど、この子はまだ箒で飛び回るのが楽しい時期なんだよ。手習いだってそんなに乗り気じゃない」
「違うもん」
 メロウが唇をとがらせた。
「やりたい時にやりたいことが出来ないのが嫌なだけ。先生は僕に質問の時間もくださらないし、楽しくないよ」
 それを聞いて得意気な顔で父親を見つめると、ヨシュアも天井を見て頭を振った。
「わかった、わかった。でもメロウ、その魔法キットを使う前に基礎的な知識を覚えるんだ。僕が教えるから……」
 シャルルとメロウは顔を見合わせて勝利にほくそ笑んだ。


 パンジー・パーキンソンからのプレゼントはマリア・クロスの新作の髪飾りだった。マーメイドモチーフの水色のサテンリボンはシャルルの深い黒髪によく映えた。
 ダフネ・グリーングラスからはその日の気分によって色を変えるインクと、花が咲くレターセット。早速手紙を書くと、マーガレットの花びらが散って、わくわくしたピンク色のインクになった。
 マルフォイからはティーセット、ノットからは音声自動筆記羽根ペン、ザビ二からもあった。『俺の心を捉えて離さない、ミス・サファイアへ』キザなメッセージカードに枯れない花束。ヨシュアがプレゼントを睨みつけたのでシャルルは慌てて次の人に移った。レイジーからもある。ミューズキャンディの詰め合わせだ。食べると優雅な演奏が流れるからお気に入りだと言ったのを覚えていたらしい。
 スリザリン生や他寮の生徒からもメッセージカードやプレゼントが届いていた。でも、残念ながら英雄様からはなかった。シャルルはメッセージカードと、保護魔法の掛けられているメガネ拭きを贈っていた。

 差出人の書いていない青の封筒の送り主は誰からか分かりきっていた。メッセージカードと招待状。
「叔母様からよ。明後日夕食にいらっしゃいって」
 ため息をついてアナが肩を竦めた。休暇くらい放って置いて欲しいと言わんばかりだ。シャルルもあの家に行くのは少し気が重い。
 母親の生家であるダスティン家は血は申し分ないけれど、今の当主の奥方──つまりアナスタシアの姉──は癖の強い人だ。その娘とシャルルは仲が良いと言うには無理がありすぎる関係性だった。

*

 ミッドナイトブルーの壁、白の亀裂が大胆に走る漆黒の大理石の床には、ネイビーのベロア絨毯が敷かれている。セルリアンの色が入った磨りガラスの窓枠に、セピア色にくすんだ青銅の品の良いテーブルにチェア。柔らかなブルーのクッションがシャルルのちいさな身体を包み込む。
 天井から吊り下げられている豪奢なシャンデリアは、優雅に、かつ威圧的に、リビングに静謐をもたらしている。

「いま食事を運ばせるわ。寛いでちょうだいね」
 ディアナ・ダスティンがにこやかに言った。彼女はアナスタシアの姉で、親切そうな笑顔を浮かべているが、どことなく胡散臭さの感じる顔つきをしていた。
 迷子になったように、隣に座っていたメロウがそっと体を寄せた。シャルルは彼の背を撫でた。
「2階にリディアがいるのよ。シャルル、呼んできてもらえる?」
 まるで女王様のように言われ、小さく頷く。「メロウ、あなたはお母様を呼んできて」シャルルが優しく指示を出すと、金髪の子犬は玩具を前にして待ちきれない風に顔を明るくした。固い雰囲気にメロウは戸惑いきっていたから。アナスタシアはいつも別館に篭って祖父母たちと話している。家を出てしばらく経っているのに甘やかされているのだ。
 冷たい視線が背を追ってきている気がする。
 ディアナ・ダスティンは、アナスタシアや、シャルルのことをどう考えても嫌いだった。 フン、と鼻を鳴らした声が聞こえた。
 ダスティン家は良い屋敷だけれども、あの女性のせいでかなり威圧的な空間になっているのは間違いない。そして、今から向かうリディア・ダスティンのこともシャルルはあまり得意でなかった。彼女はシャルルのいとこだった。

 銀の取っ手を軽く鳴らすと、不機嫌そうな彼女がシャルルを睨みつけた。まるでなにか大事なものでも取られたかのように大げさに。
「何?あなたの顔見たくない」
 口調は冷たくてまったく友好的でない。彼女はシャルルが穏やかな微笑みを浮かべることさえ気に食わないのだ。理由は知らないけれど、母親を見れば分かる。ディアナはアナスタシアになんらかのコンプレックスを感じている。
「叔母様が食事にしましょうって」
 扉から部屋の中が見えた。ネイビーやターコイズで統一された落ち着きのある装い、銀と水色の家具。かなりシャルルとセンスが似通っていて好ましい。
 テーブルの上には書物がいくつも積み重なっていて、茶色と白の鷲の羽根ペンがインクに刺さっていた。
「勉強していたの?」
「あなたに関係ないでしょ」
 母親そっくりにリディアは鼻を鳴らした。シャルルは微笑みを深めた。
 リディアと並んで食堂へ歩き出すと彼女は神経質にシャルルを気にして落ち着かない様子だった。

 食卓にディアナ、リディア、祖母と祖父、アナスタシア、ヨシュア、シャルル、メロウが揃った。
 実に気が重い時間だった。
 祖父母はアナスタシアとシャルルとメロウにあからさまに好意的で、リディアが哀れになるくらいだった。ディアナは祖父母の関心を奪おうと高慢に喋り続け、アナスタシアはニコニコそれを聞いていた。
 彼女が口を開くのを遮ると、祖父母はディアナを嗜めて、子供時代もそうして過ごしてきたであろうことは想像にかたくなかった。

「ホグワーツはどう?スリザリンに入ったんでしょう?私の出身寮でしたのよ」
 祖母は機嫌よく問いかけた。
「居心地がよくて、みんな気品があるわ。わたしずっと入りたかったの」さらに機嫌が良くなって、祖母はワインをスイスイ飲んでいる。
「勉強は?アナの娘だから心配はしていないけれど」
「どうかしら、学年首席は難しいかも。優秀な子が多いの。でも授業自体は易しすぎて、今3年生の内容を自習してるわ」
「あら、本当に?」
 祖母は声を僅かに上ずらせた。
「なんて賢いの!さすが……」そこで一瞬不自然に途切れ、ヨシュアをチラッと見た。
「……さすがダスティンの血を引く子ね」
「レイブンクローの末裔として鼻が高いよ」
「シャルルは本当に優秀で、誇り高い子なの。自慢の娘よ」
 祖父母からの賞賛にアナスタシアが無邪気に喜色を浮かべた。リディアは唇を引き結んで目の前の皿を懇々と見つめていた。ディアナは眉が釣り挙がってピクピクするのを必死で抑えているように見えた。

 当たりがきついふたりへのちょっとした意趣返しだったが、祖父母やアナスタシアには悪気がない。それは相当堪えるに違いなかった。シャルルはリディアに同情して口を開いた。
「さっき部屋でリディアは勉強してたのよ。偉いと思うわ。きっと彼女はレイブンクローになるでしょうね」
 彼女はすぐさまシャルルを睨んだが、
「リディアも頑張り屋さんで偉いなあ」と祖父に褒められると、困り眉になった。肩を固くして照れている。逆にディアナは顎をつんと上げて得意げに頷いている。
 シャルルはリディアのことを好きになれそうな気がした。彼女も母親と同じ反応をするかと思ったのに。リディアは明らかに褒められ慣れていない。

 夕食を終えて別れの挨拶をする時、握手をしながらリディアが体を寄せてきた。
「感謝なんてしないから。余計なことしないで」
 彼女はハリネズミみたいだ。
 来年のホグワーツがきちんと楽しめるか少し不安になった。


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