気づいたら見知らぬ町にいた。
人は体を通り抜け、木や建物、その他あらゆる物全てに触れない。
誰にも認識されない。
これは悪い夢なんだと、そう思っていた。
君の知らない物語 白石side
「すみませんっ!!誰か話聞いてくれませんかっ!!!!」
謙也が必死に叫ぶが、皆顔色一つ変えず立ち往生している俺らの体を通り抜けていく。
「…何なんすかこれっ…!こんなんありえんっ……」
「財前、落ち着き。焦っても何も変わらへん」
「っこんな状況で焦らん方がおかしいっすわ…」
焦ってない?
俺だって謙也と財前に劣らないくらい焦ってる。
せやけど、こういう非常事態のときほど絶対に理性とか平常心、そういったものは失っちゃあかん。
…二人はすでに失いかけとるけどな……
せめて、俺だけは。
「謙也、もう無駄やて。この人たちに見えてへんねんて俺ら」
「せ、せやけど……」
…そんな泣きそうな顔しないでや。
俺だって…泣きたいねん。
「もう…どうしようもないやろ……」
冷静に考えたって、こういう考えしか出ないんやから。
「…このまま死ぬってことっすか…誰にも気付かれないで……」
「いややそんなんっ…大体俺らが何したっちゅーねんっ!!!」
ホント、謙也の言う通りや。
意味がわからへん。どないすればえぇねん…
せやけど、必死に周りに声をかけても無駄だということは分かる。
「…このまま立ち往生してても早死にするだけや。奇跡的にも“床”系統には認識されとるみたいやし、とりあえずそこの階段にでも腰掛けて一回落ち着くで」
自分で言いながら胸が苦しくなった。
あぁ、俺こんな知らない町で理由もわからずに死ぬんやな。
財前までも泣きだしそうになっている中、俺は信号の向こうにあるビルの前の長い階段へと足を進めた。
信号待ちの人混みを気にせず通り抜け、信号を渡ろうとした。
と、そのとき
ガタンッ
「っ…!?」
久々に感じた、“もの”の感触。
今、俺この自転車にぶつかったんか…?
どういうことや、とその自転車に乗る学生らしき女子を呆然と見ていると、そいつはこちらを少し振り向くふりだけして、「あ、すみません」と謝った。
こいつには、俺が見えている。
そう理解したとき、信号が赤に変わり、そいつは走り出そうとした。
俺は急いでそいつの肩を掴んで止めようとしたが、すぐに手を払いのけられ、颯爽と去って行った。
「ちょっ、待たんかいっ!!!!!!」
俺が呼び止めるより先に、謙也がそう叫び、全力でそいつを追いかける。
一瞬ボーっとその光景を眺めていたが、すぐに我に返り財前と二人を追う。
「な、なんで…」
「わからへん。せやけど、触れたのは確かや。アイツにも、な」
俺は不思議と笑っていた。
財前の表情もさっきに比べて心なしか明るくなっているように見える。
あいつが、絶対に何かを知っている。
俺はただひたすら、だんだん小さくなっていく謙也の姿を追いかけた。
本当は不安で仕方がないけど、
自分の気持ちを抑えて、元部長として。頑張るそんな白石さんを書きたかった。
×|×
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