咲篇本編 | ナノ




「いやああああっ……!」
 汗みずくの少女は自分の声で目を覚ました。目を開いて初めて、白い布団の上に自分が寝ていたことを知る。
「……気がついたか?」
 知らない男の声がした。その男は隣に座っていた。見知らぬ部屋に、見知らぬ青年の顔があった。誰だ、この男は。もしかすると、自分を追いかけていたあの男たちのひとりだろうか? だとしたらわたしは、撃たれて捕まってしまったの? そう思ったとたんに、足が震えて止まらない。疑問符ばかりが浮かぶ。それを打ち消すために少女は、怯えながらも震える唇を開いた。
「……あなた、誰? ここは?」
「私は、黒川清一郎という。そして、ここは私の家の客間だ。君は、私の小隊が訓練に使った山に倒れていたから、私が保護した……さあ、君のことを教えてくれ」
 少女の目の前の青年……黒川は、ひどくまじめくさった顔をしている。どうやら嘘をついているわけではなさそうだった。「私の小隊」といったところをみると、軍人なのだろうか。そんなに年上には見えないが、妙に落ち着いている。男の手をよく見ると、白いおしぼりが握られていた。
 しかし見知らぬ男には違いない。この男を信用できるのだろうか。この男に縋ってもいいのだろうか。
「えっ……と? 何でわたしが、あなたにわたしのことを教えなきゃいけないの?」
「君を家に帰したいからだ。君は魘されていた。民間人を助けるのも、軍人の仕事だ」
「わたしの家は……多分もう、ないと思う」
「どういうことだ」
「わたしは、追われているの。帰るところはない」
 少女の予想外の発言に、清一郎は単純に驚いた。
「なぜ、誰に」
「言えない。あなたがまだ信じられないし、わたしにもよくわからないから」
「……ならば、しばらくここにいなさい。私が君を保護しよう」
「えっ、」
 今度は少女が驚く番だった。この黒川という軍人は、身分の知れない少女を家に匿うつもりらしい。大大和軍人が一体なぜだろう、反乱分子だなどとは思わないのだろうか?異国人でなければ警戒しなくてよいというものでもあるまい。
 若い彼の表情に陰りは見えない。どうやら単純に善意で少女を匿ってくれるようだ。
 あの黒服の連中に捕まるよりは、少しはましだろう。おそらくこの人物はわたしを無碍に扱わないだろう。少女はここに置いてもらうことに決めた。
 少女の心中は知らず、黒川は得意気に語る。
「不法な者は屋敷に入れんよ。何せ、この家は公爵家なのだ。警備は厳重だぞ」
「公爵……?」
「ああ。だから、なにも心配することはないぞ」
「あ……ありがとう、黒川……さん」
「なに、清一郎でいい。そうだ、君の名前をまだ聞いていないな」
「わたしは、北山さきと言います。どうぞこれからよろしく」
 少女は長い髪を揺らして、清一郎に縋った。安心して体の力が抜けたらしい。
 少女のほっそりした体を抱えて、黒川は思った。素性は知れないが、ただの少女だ。ならば護らねばならない、と。ただただそれだけを思った。
<運命の邂逅>

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